こんな鈍速な小説でも待っていてくださる方がいるのがとても嬉しいです
どうしてこうなってしまったのだろう。
ふぁんの人たちが行う略奪行為を止められなかったから?
大陸一を目指したから?
太平要術の書を拾ったから?
旅芸人を始めたから?
痛む左足が正常な思考回路を奪う。
後悔の波が押し寄せ自分自身をどんどん追い詰めてゆく。
私たちは軍に追われ、大勢のふぁんの人達の力によって何とかここまで逃げることができている。
しかし途中私が足をくじき、その速度は一気に落ちた。
周りにいた人たちも一人、また一人といなくなり今では私達三人しかいない。
「ほら、きっと何とかなるからもう少しがんばろ~」
「ちぃ達がいるんだから大丈夫よ。もう、そんな不安そうな顔をするなっ!」
天和姉さんのいつもと変わらない、ぽわぽわした声が安心感を与えてくれる。
いつも元気な地和姉さんの明るい声に励まされる。
いつしかノンビしすぎる姉といつも問題を起こす姉、二人を支えているという自負があった。
しかしまだまだ二人の足元にも及ばない、二人は自慢の姉たちだ。
持ち直した心はしかし地響きにより揺さぶられる。
「やばっ、あいつらもう追いついてきた」
「うーん、どうしよっか」
両側の姉たちが焦る。逃げ切れないのは最早明確だ。
「姉さん、私をここに「「ダメ!」」・・・むぅ」
私をここに置いて、という選択肢を言い切る前に拒絶された。
「人和ちゃんだけをここに置いていけるわけないでしょ~」
「そうよ、次言ったられんほーの分の杏仁は私が食べちゃうからね」
「そうね、ごめんなさい。大好きな杏仁、絶対にちぃ姉さんなんかにはあげない」
「なんかってなによー!」
「あはは、元気でたみたいね~。それじゃそこに森があるからもうちょこっとだけがんばろ~」
そういって指さした先には深い森。
今の状況じゃ厳しいけど、平原をひたすら逃げるよりかは多少はマシのはず。
うまく見失ってくれればいいのだけど、それともこちらの体力が尽きるのが先か。
「いこう」
張三姉妹、張角、張宝、張梁は肩を寄せ合い森の中に踏み込んだ。
扉を開けると壁にもたれかかるようにして倒れている3人が視界に入る。
露出の高い服はところどころ破けていたりほつれていたりとボロボロになっていた。
そして肌には無数の細かい傷、道ではなく森を突き進んできたことによりできた傷だ。
「お願いします、れんほーを、れんほーを助けて下さい!」
こちらを見た青髪の子が縋りつくように腕を取る。
必死な形相で訴えかけられ、思わず目をそらすように他の二人に視線を向けると桃色の髪の子が紫の髪の子を抱きかかえていた。
心配そうに見つめているその先の紫の髪の子は・・・顔を赤くし苦しげな表情で細かく呼吸を繰り返す。
「流琉ちゃん、すぐに布団の準備。あと拭く物とお湯も準備しておいて」
「は、はい兄様」
やばいことを悟ると後ろからついてきていた流琉ちゃんにすぐさま指示を出す。
切羽詰まった様子を理解してくれたのか、すぐさま走り出してくれた。
「ここじゃろくに治療もできない。すぐに中に入ろう」
桃色の髪の子に近づき、しゃがみこむとそっと抱きかかえていた手を離してくれる。
開放された子の背中と膝裏に手を添えそっと抱き上げる、いわゆるお姫様抱っこ。
「ね、ねぇ、れんほーは大丈夫なの!?」
「ちーちゃん、少し落ち着こう」
立ち上がるとすぐさま駆け寄ってきた子が慌ててこちらに言葉を投げかけてくるがもう一人の子がなだめる。
こういう時冷静な人がいてくれると有難い、それだけこちらも迅速に対処できるから。
「いますぐ危険ってわけじゃないと思う。とりあえず二人共ついてきて」
そういって流琉ちゃんが布団を敷いてくれているだろう部屋に向かう。
後ろの二人も相当疲れているのだろうが歩くのには支障がないようでちゃんとついてきてくれた。
「あ、兄様、お布団は敷いておきました。お湯もすぐに用意します。あとなにか摘めるものも」
先んじていた流琉ちゃんがすぐさま台所に向かう。
本当に気が利くいい子だ。
敷いてある布団にゆっくりと下ろす。
額に汗をかき、今でも苦しそうに呼吸を繰り返す。
「ちょっとごめんね」
そういって胸元を少し緩め、簡単に診察してゆく。
青髪の子が小さく声を上げたが結局はっきりとは出さずおとなしくしていてくれた。
どうも直情的のような子だ。それだけこの子が心配なのだろう。
「あの、れんほーちゃんの足も診てください」
そういってブーツを脱がす。
綺麗な足だ。けれどもひと目で分かるほど足首が真っ赤に腫れていた。
赤く腫れた右足首をそっと触る。
小さく悲鳴を上げた。
「・・・よくここまで我慢したね」
折れてはいないだろうが、数日で完治するとは思えない。とてもじゃないがすぐに歩くことはできないだろう。
「たぶんこの捻挫が引き金になったんだと思う。動かさないように安静にしなきゃいけないね」
その一言を聞くと二人は倒れるように寝転がった。きっと安心したのだろう。
それにしてもスカートの裾が危険なラインだ、と思ってしまうのは俺もようやく落ち着いたからだろうか。
「とりあえず二人も綺麗にしたほうがいいね。全身傷だらけだし、痛いかもしれないけどできるならお風呂に「「入る!!」」・・・諒解、すぐに準備するよ」
言い切る前に入る宣言され思わず苦笑い。
こちらの二人は紫の髪の子に比べかなり元気そうで安心した。
「兄様、ひとまずお湯を持って来ました」
ちょうどいいタイミングで流琉ちゃんが帰ってきた。
「ナイスタイミング。流琉ちゃん、料理変わるからこの子の世話お願いしてもいい?
泥だらけだからざっとでいいから身体を拭いてあげて欲しいんだ。終わったら彼女たちをお風呂に案内してあげて」
「ないすたいみんぐ?えっと、よくわかりませんがわかりました」
思わず口に出してしまった英語に少し戸惑いつつも、了承してくれた。
本当にいい「・・・兄様にそんなことさせられませんから。胸元を開けただけでも度し難いのに」
・・・妙なセリフが聞こえたような気がしたが気にしない。気にしないのだ。
と言い訳しつつ逃げるように部屋から出ていった。
「ああ、また廊下を掃除しなくちゃなぁ」
誰か来るたびに泥だらけになる部屋や廊下を見て、いい加減何かしら対策を立てなければと強く思うのだった。
「でねー、おっきな剣を持った怖い人がずっと追いかけてくるんだよ~」
「そうよ、何度死ぬかと思ったか。ふざけんじゃないわよ!」
ピンクの髪にゆったりとした喋り方、惹きつけられる大きな胸、天和と名乗った少女が一生懸命にその怖さを伝えようと頑張る。
水色の髪に気の強そうな喋り方、表情が多彩な地和と名乗った少女が怒りをあらわにする。
しかしほっぺたについたご飯粒、手の箸とお茶碗によって可愛らしく見えるだけだ。
「姉さん達。恥ずかしいからちょっとは落ち着いて・・・」
そう言って頬を僅かに赤く染めているのは人和を名乗った少女だ。紫の髪に眼鏡が知的な印象を与える。
足は処置によってだいぶ痛みも和らいだのだろう。巻かれた包帯が少し痛々しい。
あとなぜだろう、同じにおいを感じる。きっと苦労しているに違いない。
この三人、姿は似ていないが姉妹なんだそうだ。
旅芸人として各地を放浪中とのこと。
今は囲炉裏を囲んで、俺、流琉ちゃん、天和、地和、人和の計5人で食事の最中だ。
天和さんと地和ちゃんはお風呂から出たあと食事をすることなくそのまま気絶するかのごとく寝てしまった。
恐らく体力的にも精神的にも限界だったのだろう、お風呂にはいって汗と汚れを落としたのは乙女の矜持のなせる技か。
翌日になると人和ちゃんの苦しそうな様子もなくなり、目を覚ますと見知らぬ所に寝かされていたことに驚いたがすぐそばで寝ていた二人の姉を見て大丈夫だと思ったらしい。
下手に悲鳴をあげられなくてよかった。十中八九流琉ちゃんに殴られる役は俺になるので。
三人が目を覚ますと流琉ちゃんが朝食を作っている間にひとまずここの説明を軽くしておいた。
ちなみに真名をすでに預っていたりする。故あって本名は名乗れないということらしい。
「それにしてもお姉さんたち大変だったんですね」
「だなぁ。そんな恐ろしい目に会ってよく生きていたね」
巨大な斧を持ったやたら自信家の男っぽい女性から始まり、黒髪サイドポニーの女性、背中に大きな刀を持った忍者?らしき少女から
死神を思わせる鎌を振りかぶる金髪ドリル、その姉?と思われる高笑いをする金髪ドリル二号にニコニコしながら剣を振りかぶるピンク髪の色黒巨乳。
先程は無闇矢鱈と突っ込んでくる、黒髪オールバックの女性。
色黒ピンク髪の女性にわずかばかり心当たりがある気がしないでもない。
コロコロと変わるガールズトークに久々に聖フランチェスカ学園のことを懐かしく思った。
流琉ちゃんが両手で自分の体を抱きしめ、顔をひきつらせる。自分がそんな目にあった時のことを想像したらしい。
現代で言うならば、ストーカー?に付け狙われているようなものだ。こっちのほうがずっと過激かもしれないけれど。
「もうホント一刀のお陰だね~。助けてくれてありがとう~」
そう言って天和さんが右腕に抱きついてくる。
ふんわりと柔らかい胸が右腕を包み込み、天和の体温と匂いを強く感じる。
過去に体験したことのないボリュームに思わず圧倒され、その感触を強く意識してしまう。
「あー姉さんずるいー」
素早く立ち上がった地和ちゃんが左腕に滑りこむように抱きつく。
・・・ノーコメントで。
「っ」
「今姉さんと比べたでしょ?!がっかりしたでしょ!」
摘み、捻る。
その単純だが効果的な攻撃によって左腕に激痛が走る。
右腕に幸福、左腕に不幸と全く逆の幸のせいでこの状態がいいのか悪いのか。
「兄様?」
訂正、正面に怖い笑顔を浮かべた流琉ちゃんを含めると不幸分が大きすぎる。
なんとか状況を打開しなければ、そう思い周囲を見渡すも、人和さんは首を横にフリ、管路は部屋に引きこもり中。
「兄様のバカー!!!」
叫びとともに飛んでくる湯のみをお腹に受け、左右にいた二人とともにぶっ倒れた。
湯のみ直撃でぶっ倒れるってどんだけー。
「流琉さんよぅ、もう少しお淑やかにならんと嫁の貰い手がみつからぬぞう」
起き上がるついでに少し嫌味を零しておく。
優しくて家庭的でとってもいい子なのだが、少しデレデレしただけで死ぬ思いをしてちゃ生命がいくつあっても足らぬ。
包丁や鉈何ぞ無くても、アイアンクローで頭蓋骨を陥没させたり、さばおりで背骨を折ったりデキる子(想像)だからなぁ。
「余計なお世話です!そんなに言うなら兄様が貰ってください!」
「えへへ~残念。一刀は私達三姉妹がもらっちゃうよ~」
「えっ姉さん、私も含まれてるの?」
「当たり前じゃない。むしろれんほーの服を脱がしてあんなコトとかこんなコトした責任とりなさいよっ!」
「いやでも、俺はただ診察・・・医療行為を」
「一刀ひどーい、女の子に恥ずかしい思いをさせておいてそんな」
「に・い・さ・ま?」
阿修羅が、流琉ちゃんの背後に阿修羅が見える。
その圧力を避けるようにして俺の後ろに逃げ込む天和さんと地和ちゃん、我関せずの人和ちゃん。
少し人和ちゃんの顔が赤いのは、まだ熱が引ききっていないからかな。
無理して起こさず、寝かせておいてあげればよかった。ついでにもう一度ゆっくり寝たい。
と現実逃避をする暇もなく4人+傍観者1人の大騒ぎが始まった。
明かりも消え皆が寝静まったと思われた頃、1人の少女が玄関から外に出た。
少女は森の中に入ることもなく、ゆったりと旅館の周りを歩き出す。
そして裏手に出たところで、木でできた簡易なベンチに腰掛けた。
これは流琉ちゃんがたまに考え事をするときに使っているベンチだ。
元々森のそばで育ってきた流琉ちゃんには家の中で考えるよりも森のにおいを感じられるところのほうがいいらしい。
「一刀、そんなとこいないでこっちに来なよ」
空、恐らく月を眺めていただろう少女がこちらを振り向かず声をかける。
歌手、だからだろうか。
それほど大きな音量ではないし、こっちに向かって声を出しているわけではないのにはっきりと耳に届いた。
「ごめん、少し気になっちゃって・・・いつから気づいてた?」
「んー最初から、かな。一刀が声掛けてくれると思って待ってたのに全然掛けてくれないんだもん。ず~っとお月様を見てるのもいいけど一刀とも話がしたかったから」
「そっか、じゃあそっちにいってもいいかな?天和さん」
「あははっ、私お話したいっていったよね~。ほらほら、早くこっち来てよ~」
天和さんは身体をずらし、ベンチを二度ぽんぽんと叩く。
その空いた場所にそっと身体を滑り込ませた。
元々あまり大きくないベンチは、二人も座れば肩が密着するような形になっていた。
「ここ、いいところだね」
月を見ながら呟いた一言。
その横顔は優しげな笑みを浮かべていた。
「一刀も典韋ちゃんもとっても優しいし、それにここは暖かい。私達って旅ばかりしてきたからかな、家に帰ってきた、そんな気になるの」
もう本来の家はないんだけどね~と遠い目で付け足す。
「それに最近はず~っと大変だったから。ちーちゃんとれんほーちゃんのあんな笑顔、久々だったなぁ」
どれほど大変だったかなんて、体験していない俺には分からない。
でも天和さんの嬉しそうな笑顔を見れば、紛れも無い真実だろう。
「そっか、天和さん達が助かったって言うなら、ここに俺がいた甲斐があるね」
「そ~だよ。一刀がいてくれたから、助かったんだよ。本当にありがとう」
ここが今噂になっている管路の占いの旅館ということはすでに話してある。
なぜ俺が選ばれたのかは今でも分からないし、管路も知らねの一点張り。
でも天和さんのありがとう、という一言を聞いて有耶無耶になっていた気持ちがはっきりとした。
「こちらこそありがとう。天和さん達のお陰で気持ちが固まったよ」
「え~と?」
「うん、大変かもしれないけど占い、実現させてみようと思うんだ。
『幻の旅館、天の御使いと共に現れる。迷いし者、傷つきし者、壊れし者、導き、癒し、治す理想郷となろう』ってやつ。
ここに来た人の力になりたいんだ」
今までここに来た人。
朱里ちゃん
雛里ちゃん
シャオちゃん
流琉ちゃん
天和さん
地和ちゃん
人和ちゃん
ついでに管路
そしてこれから恐らく来る人達。
笑顔で『いってらっしゃい』といって送り出してあげたい。
笑顔で『いってきます』といって旅立って貰いたい。
きっとそれが俺がここに呼ばれた理由なのだ。
「できるよ、一刀なら」
両手で俺の手を包み込み、ぎゅっと握りしめてくれる。
見た目とは裏腹にところどころ硬い部分を感じる、生易しくない、苦労したことがわかる手。
「だから、れんほーちゃんも助けて」
より強く握られた手と、先程までの優しい笑顔から一転、真剣な表情で打ち明けられたのだ。