実験室のフラスコ(2L)   作:にえる

121 / 134
女神転生(地方しらべ)7

 

 かたんかたんと音がする。

 一定のリズムで体が揺れる。

 疲労した体には電車の穏やかさがひどく心地よかった。

 

「新幹線ならアイスが食べられたのにな」

 

「シンカンセンスゴイカタイアイス美味しいですよね。私はあれが大好きでして」

 

「今は途中のコンビニで買ったお菓子くらいしかないから残念だ」

 

「でもカプリコ美味しいですよ。私はこれが大好きでして」

 

「いっぱいお食べ。俺は化石発掘するから」

 

「まさか電車でやっちゃうんですか? 発掘を? 電車で?」

 

「とっくにご存知なんだろう? 公共の場で化石発掘する楽しさってやつをさ」

 

「ずるい。私もやります」

 

「ちょっと。流れるように俺の化石食べないで」

 

「土の部分だからセーフですよ。とっくにご存知のはず」

 

「全く存じておりませんが。俺のチョコだからどっちにしろアウトだよな」

 

 兄妹だろうか、言い争う声音すらも柔らかい。

 仲の良さを感じ取って穏やかな気持ちになっていく。

 微睡んでいた意識がどこまでも深く潜りそうだった。

 自分にもああいった頃がつい先日まであった気がするのに、何故だろう。ずっと遠くに感じる。

 意識が沈む。

 闇が迫る。

 何よりも嫌いな闇が。

 

――我は汝

 

 暗い闇の中に仮面が浮かんでいる。

 どこまでも醜いその仮面は、今も尚表情が変わっている。

 ああ、まただ。

 声は小さいのに酷くうるさい。

 頭が割れるように痛む。

 仮面をどうにかすれば声は消えるのだと期待して手を伸ばし、幻のように揺らいだ。

 触れない物をどうやって止める。

 知らない物をどうやって認める。

 五月蠅い物をどうやって受け入れろというんだ。

 

――汝は

 

 だが声の遮り方は覚えた。

 怖い時は大きな音を立てればいい。

 暴れまわって、でたらめに叫んで、いつかは終わる。

 やめろ、そんな目で見るなよ。

 闇に溶けていく仮面と目が合った気がした。

 

 

 

 

 

「オマエ。運がいいな。何が良いって俺様が通りかかった所。この幸運の意味わかる?」

 

 チンピラが声をかけてきて、自分は何事かを喋った。

 確かこの時は学校の友達と肝試しに来て、自分だけが生き残ったんだった。

 化け物から逃げて、追いつかれて、殺されそうになって、それでも逃げて生き延びた。

 まだ若いのだと勘違いした感性を持ったまま年だけを取った男だった。

 

「舎弟にしてやるよ。命救われてんだからオマエもスジ通せよ? ま、見てろよ。俺様がどれだけ強いかってわかりゃオマエだって舎弟になりてえって言い出すからよ」

 

 化け物がいるのに変わらず、ただ好き勝手話すだけのチンピラ。

 安っぽい金色のネックレス、ごてごてした金色の指輪、尖ったサングラス。

 こいつが嫌いだった。

 

「拾ったからには面倒みてやんよ。オマエ。運がいいぜ?」

 

 運がいいとしか言わないこいつが嫌いだった。

 運じゃない。

 自分の力で成し遂げたんだ。

 それを認めない。

 こいつが嫌いだった。

 

「おいおいおい、異能持ちかよ。運がいいな。オマエ」

 

 自分には力があった。

 だから殺した。

 そうだ。

 これは夢だ。

 

――我は汝

 

 

 

 

 

 

「オマエの異能、ぜんっぜん開花しねえな。運が良かったのは最初だけかよ? ああ?」

 

 チンピラがへらへらと笑う。

 苛々する。

 自分のせいじゃない。

 こいつの教えが悪いだけだ。

 悪魔だって自分の力で倒している。

 強くなる努力を続けているのに、こいつは何もわかってはいない。

 

「ちっ。仕方ねえ。クソジジイはもったいぶって離さねえからサガミんとこ行くか。オマエ? ヤタガラスに認められてねえんだからオマエはいらねえよ」

 

 何が認められていない、だ。

 認めないのはお前だろう。

 自分は知っている。

 神奈川の中でこの男が最も弱く、周りに嫉妬していることを。

 だからこそ自分の異能に期待していることを。

 

――汝は

 

 

 

 

 

 

「オマエの異能はペルソナだ。じゅーぶんに感謝しろよ? サガミのクソから俺様が聞いてきてやったんだからよ?」

 

 物に当たりながらチンピラがそう言った。

 組み手と称したカワイガリとやらで転がされながら話を聞く。

 もう一人の自分がどうだ特殊な能力がどうだと何の役にも立たない知識ばかりだ。

 結局何も変わらないじゃないか。

 苛立つほどに、心が黒くなるようだ。

 

「オマエが直接? 話を? 無理に決まってるだろうが。バカか。近づいたら殺されて終わりだっつうの。ありゃあヤタガラスの理想を体現してるかんな。それでいて気にいらなけりゃあヤタガラスにも噛みつくほどには狂ってる。……ムカつくけどよ、あれのほうが才能はあっからな」

 

 チンピラが言う才能、それはどれだけイカれているか。

 躊躇いなく人を殴れるような暴力や悲しむ人を嘲笑う冷酷さこそが輝く業界だと教えられた。

 隙だらけの人間の後頭部に鈍器で殴り付けても嗤っている人種がこのチンピラだった。

 こいつが言うほどの人間ともなれば、社会に混ざって生活が送れているとは思えない。

 

「それにしても何が出禁だ、ふざけやがってよ。挑発して本音を引き出そうとしただけじゃねえかよ。マジでふざけやがって。イラつくぜ。なあ? ああ?」

 

 勝てない相手に喧嘩を売って、嫌われて帰ってきただけのチンピラに苛立つ。

 お前がもっとしっかりしていたら、自分はもっと強かった。

 何が運だ。

 何処が運が良いって言うんだ。

 苛立つ。

 

 

 

 

 

 

――我は汝

 

 ああ、うるさい。

 うるさいうるさいうるさい。

 声が頭に響く。

 何かが認めろと囁いていた。

 違う。

 何もかもが。

 

「あ? 声? ちっ。鳩女みてーにチャネリングしてんのかよ。だったら勝手に会話してろや。そろそろペルソナくらい使えねえと俺様も優しく教えてらんねえからよ? は? バカだな、オマエ。会話したくねえってんなら大声で掻き消しゃいいだろうが。……何のための拳があんだよ。納得するまで殴れや。こっちが上だって教えてやれよ。俺様はそうしてきたぜ?」

 

 うるさい。

 好き勝手言うだけで何も役に立ってないやつが。

 何もかも運のせいにしやがって。

 

――汝は

 

 夢を見た。

 虚空から仮面が浮かぶ様を。

 だから思い切り殴ってやった。

 仮面が割れて、泥が染み出した。

 ひび割れた仮面の双眸から泥が流れ落ちた。

 滴るそれは、まるで涙のようで、何処までも黒かった。

 

――汝は我を認めず

 

 

 

 

 

 

「ちっ。なんだ、その隈は。寝れてねえのかよ。クソ。さっさと強くなれっつうのに……。今日は休みにしてやる。」

 

 舌打ちしながらチンピラがそう言った。

 違う。

 もっと出来る。

 力が溢れ出していた。

 その言葉は通じない、うるせえとだけ返される。

 何を言っても無視される。

 何が師匠だ。

 運が悪い。

 誰か話を聞いてくれ。

 誰も聞いてくれない。

 仕方ない。

 ふらふらと歩みを進める。

 

「あら、素晴らしい才能。でも今は理解を得られていない。環境も良くないのでしょうね。……どうでしょうか、わたくしのお話を聞いてくださいませんか。あなたはきっと偉大な事を成し遂げます。それのお手伝いをさせて欲しいのです」

 

 神秘的な女性がにっこりとほほ笑んだ。

 胸に暖かいものが溢れる。

 安心感が体を包むようだった。

 これはきっと運命だ。

 自分が強く頷けば、女性は手を差し出してくれた。

 柔らかなその手を握れば、これまで感じたことの無い幸福感で満たされる。

 夢でも、現実でも、何度だってこの場面を思い出せる。

 頭の片隅で何かが囁いてたが、それを無視する。

 うるさいと脳内で叫べば、それは黙った。

 

 

 

 

 

――我は

 

「あなたは選ばれた人なのですよ。……これをどうぞ。あなたの力を最大に発揮できます」

 

 美しい……。

 ゆらぎ様は今日も美しい……。

 きらきらと輝く銀色のそれを巻かれる。

 視界が広くなった。

 何処までも見渡せる。

 あの方の声がずっと聞こえる。

 力が溢れている。

 世界はこんなにも明るい。

 

「オマエ! 何してたんだ! ……は? 何だソレはよお!? どうしてそんなん付けてやがる! さっさと外せ! ボケが! 殺されんぞ!」

 

 ああ、うるさいな。

 嫉妬してるんだろう。

 運命に出会ったんだよ。

 ああ、そうだ。

 確かに運が良かった。

 だからもうお前は要らないんだ。

 ゆらぎ様が教えてくれた。

 どうしてとか、なんでとか、無駄な事を言われるから。

 だから顔から潰しなさいと。

 肉が潰れる音、骨が砕ける音、水が滴る音。

 

 師匠!

 自分にも才能があったよ!

 誇ってよ!

 自慢の弟子だって言ってくれよ!

 

 笑顔を向ければ、肉塊がぴくぴくと震えていた。

 

 どうして?

 あれ?

 なんだっけ?

 

 もう何もわからない。

 

 ああ、そうだ。

 ゆらぎ様に聞かないと。

 あの人なら教えてくれる。

 

――我は汝を認めず

 

 

 

 

 

 そこは寂れた林の中だった。

 僅かに広けた空間、その真ん中に古びた井戸があった。

 スマホの画面に写っていた井戸と同じだと直感で理解した。

 どうしてここにいるんだっけ。

 確か、怖い人から逃げてにげて、そうだ、親切な人たちに道を教えて貰ったんだ。

 早く横浜に行かないと……。

 師匠が待ってる……。

 違う。

 ここで合っている。

 ゆらぎ様がここで何かしろって言っていた。

 何だっけ。

 ダメだ。

 考えられない。

 怖い。

 身体が震える。

 井戸を直視できない。

 あの中には、理解できない何かがいる。

 不安と恐怖に押し潰されそうだ。

 

「誰なのぉ……。怖いよぉ……」

 

 思わず言葉が漏れる。

 薄れていく記憶を思い出す。

 そうだ、初めて悪魔と戦った時もこうだった。

 一人で震えて、助けを待っていた。

 みんな死んだ。

 目の前で死んだか、断末魔が聞こえるかの違いだけだ。

 こんな時はどうだったか。

 記憶がおかしい。

 思い出せない。

 いや、思い出した。

 師匠が助けに来てくれたんだ。

 今日もそうに違いない。

 だらしねえなってバカにされながら二人でラーメンを食べて帰るんだ。

 期待して振り向けば、そこに居るのは狐面を被った人だった。

 人間に向ける物とは思えない大きさの銃火器がこちらを向いていた。

 何事かを言う前に、眩いばかりの光と絶え間ない痛みが襲い掛かってきた。

 どうして死んでないのか不思議なほどに。

 力があるはずなのに容易くねじ伏せられる。

 あまりの痛みで叫びたいのに言葉が出ない。

 動けないほどの恐怖から誰が助けてくれるのか。

 師匠。

 どこにいるの。

 弱いから呆れられたの。

 見捨てられたの。

 弱いから?

 

 欲しい。

 強さが欲しい。

 ペルソナがあれば良かった。

 もう一人の自分が表に出てきたら、きっとこんなことにはならなかった。

 2人なら強くなれるって言ってくれた。

 そうだよ、なれるんだ。

 もっと強かった。

 もっともっと強くなれるはずなのに。

 師匠も喜んでくれた。

 ああ、そうか。

 自分という全てが邪魔なのか。

 窮屈だった。

 生きる屍だった自分を繋ぎとめていた『呪具』を頭ごと引き千切る。

 植え付けられていた鎖が、脳ごと抜け出す。

 運命を、命を、才能を、あらゆる全てを捧げて留められていた命が崩れ始める。

 だから良かった。

 自分は要らない。

 仮面も要らない。

 

 新しい、強い自分が欲しい。

 

――我は汝を認めず

 

――汝は我を認めず

 

――我々は道を違えた

  

「Pe ◆ S…… nA」

 

 泥が溢れる。

 新しい自分が溢れ出る。

 見てくれよ師匠。

 これが俺様の力だ。

 最強になれたんだ。

 

 師匠?

 何処に行ったんだ?

 探さないと。

 そうだ。

 井戸の中にいるって誰かが言っていた。

 誰だっけ。

 まあ、いいか。

 力があるんだ。

 欲しい物は全部手に入る。

 師匠も褒めてくれるよね。

 師匠もきっと認めてくれるよね。

 お前を弟子に取って良かったって笑ってくれる。

 笑われるのが嫌いだったのに、どうして笑ってほしいんだろう。

 教えてくれよ。

 誰か教えてくれよ。

 

 

 

 

 

 

 

「サガミくーん、待った?」

 

「うん、凄く」

 

「そこは今来た所って嘘でも言えぇ! 乙女に恥を掻かせるなぁ!」

 

「こわ、情緒が不安定すぎる」

 

「長生きしすぎてホルモンバランスがクライシスなのよ」

 

「そうなんだ?」

 

「わからない。不老だし健康診断とかしたことないから私は雰囲気で生きている」

 

「だいじょぶそ? 健康に不安なら帰って寝る?」

 

「生き物を殴ったら健康になると思うのよね。なった」

 

「ならねーよ」

 

「クモジジイが死ぬまで殴り殺したら結構スッキリしたのよね。むかでちゃん、おかわりがほしいなぁ? ね?」

 

「きっっっっつ」

 

「殺すぞ」

 

「冗談だよ。今日も可愛いよ」

 

「Chu! 可愛くてごめん」

 

「うわきつ……」

 

「殺すぞ」

 

「こわ。おかわりは一応あっちにいるやつで頼む」

 

「なんだあれ!? 本当にあれがペルソナ使いかよ。もろそうだぜ」

 

「負けフラグ立てないでくれない?」

 

 

 

 

 

 

 

 




師匠
族上がりのチンピラ。昔は暴走族もいっぱいいた。自分がそうであったように、いつか弟子にヤマキタの名や管理地域、アイテム等を継承するつもりだった。
サマナーとしての才能はあったが、異能に対しては全く無かった。
メシアの鳩女が守護天使持ちなので、何か参考になればとサガミに話を聞きに行ったが素直にお願いできず喧嘩になってしまった。真摯にお願いできて知識を得たところでペルソナ使いを育成できるかは怪しい。
ペルソナは羽化と同じ、柔らかい心を育てる必要が有った。自身がサマナーだったので、師から厳しく育てられたのを参考にしてしまった。ペルソナの萌芽を我で抑える事しか教えられなかったのが不幸の始まりだったのかもしれない。
弟子の豹変に非情になりきれず、その隙に頭を潰された。死体はアルミホイルたちに回収され、蘇生後に弟子のダメージを肩代わりする呪法とかに晒されたので破損が酷くて赤玉を取られて廃棄された。
彼もよく死んだ師にラーメンを奢ってもらっていた。

弟子
まだ二十歳にもなっていない。ヤマキタの名を継承するはずだった。師に命を救われ、寝食を共にして修行し、師の命を奪った。
修行が上手くいかず、その不満のままに騙され、脳に呪具をぶっ刺されて色々書き換えられたからしょうがない。
師匠が血を流している状態で「どうして」等と呟かれたら正気に戻って存在する記憶がよみがえり硬直、その隙に殺されていた。作戦勝ちだね。
増長させず、自信を持たせ、謙虚さを教え、卑屈さを忘れさせる。心はそうやって育つのだ。切磋琢磨できず、導になれない者にとってペルソナ使いの育成はひどく難しい。

ユガワラ
師匠も弟子も知らない仲じゃないので流石に鈍った。老いた身にはきつい。

『邪仙』ツチグモ
なんか色々と背景や思いの丈があったっぽいが、話せる余裕も無いままムカデさんにボコられて死んだ。
目的が長生きにすり替わって運動不足になり、蟲形態もちゃんと操れないやつが生き残れるほど楽な世界じゃなった。
嗚呼無常。

サガミ
ヤマキタの師匠と弟子の話はまあまあ知っていたが、それはそれとして弟子を撃ち殺そうと頑張った。「はやく死んでよーだるいよー」とボヤいていた。

ムカデさん
「もろそうだぜ」(冗談)→「マジで脆いですわよ!?」(驚愕)
シャドウはすぐ死んだ。

ピジョンちゃん
J( 'ー`)し「としき、ピジョンだよ。死になさい」

ゆらぎ様
美しい女性らしい。
銀杯教の教祖。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。