絹のような綺麗な髪をなびかせ、黒いマントをはためかせた一人の少女が鏡面界の空を舞い、黒いフードを被った、人影と交戦していた。性別から判るように縦横無尽に空を駆け相手からの攻撃を交わしているのは衛宮圭ではない。
幼い見た目のわりにきわどい服装をし、鏡面界の空を忙しなく移動し、フードの人物が繰り出す交戦を避けている少女の名は、フェイト・テスタロッサ。ミッドチルダ式と呼ばれる術式を用いる魔導師である。ミッドチルダ式の担い手としては年齢の割に上位に分類される彼女は今、苦戦していた。
「くっ」
同時に四つ展開された魔法陣より放たれた光線をぎりぎり避けることが出来たフェイトは短く呻く。回避だけで精一杯の現状で無理に攻撃に転じても落とされる未来しか見えず、反撃出来ない歯痒さから無意識に声が漏れてしまった。
フェイトと対峙している黒いフードを身に纏い、目隠しをした妙齢の女性。別世界にて神代の魔術師と称されるキャスターのクラスカードが顕現した存在は遊んでいるのか、単純な準備不足なのか明確な答えをだすことはできないが、六つ以上の魔術を展開しようとしないのがフェイトにとっての救いになっていた。
「この結界といい、この相手といい、わからないことが多い」
愚痴ともとれる疑問の声を上げつつも、フェイトはキャスターの繰り出す魔術攻撃を避ける。
フェイトにとっての救いはまだあった。キャスターが用いている魔術が、追尾系ではなく、斜線上を攻撃するタイプの魔術であることだ。繰り出される魔術の威力は確かに高いものの、スピードタイプの魔導師であるフェイトには当たらない。言ってしまえば、当たらなければどうということはないということだ。しかし、フェイトの魔力も体力も無尽蔵ではない。今はなんとか避けられて続けてはいるが、近い未来に落とされるのは確実だろう。そのことをフェイトも自覚しているからだろう。状況を変えるため、フェイトは思い切った行動に移る。
相手の攻撃方法から接近戦には不慣れであると判断したフェイトは、ソニックムーブを使用し、キャスターの懐へと踏み込んだ。移動速度を超高速化する魔法であるソニックムーブにはさすがのキャスターも反応できず、簡単に懐に入れたことにフェイトは自分の考えが正しかったと判断し、そのまま攻撃に移る。手に持った鎌、インテリジェントデバイスであるバルディッシュの金色の魔力刃を一切の容赦なく振り下ろした。
届く。
そう信じて疑わなかったフェイトの渾身の一撃は、キャスターがギリギリで展開した魔術障壁に阻まれ、金色の刃を霧散させた。
「ここは、わたしの距離」
動揺したものの、フェイトは体の動きを止めなかった。振り下ろすだけでは力が足りない。それならと、腰を捻りその場で右回りに一回転する。回転することにより遠心力がのり、勢いのついたバルディッシュを横に薙ぐ。今の距離で出せる最大級の近接攻撃だった。だが、その攻撃ですらキャスターの魔術障壁を抜くことは出来なかった。一瞬の拮抗ののち、かん高い音を立てフェイトの魔力刃が砕け散る。
「まだ!」
諦めずに三度攻撃に移ろうと考えた彼女だったが、さすがにキャスターも三度の攻撃を許すほど甘くは無い。バルディッシュを振り上げた際、フェイトの瞳に上空に浮かび上がる魔法陣が映る。ミッド式とは異なる魔法陣より放たれる攻撃の威力は、大地に刻み付けられており、十分理解していた。フェイトは急いでキャスターから大きく距離を取ろうと動く。
上空に浮かぶ魔法陣の一つが今までと異なることに気付かぬまま。
フェイトが気づいたのはソニックムーブを終えた後だった。
移動を終えたフェイトが空に描かれた魔法陣に目を向けると、五つの魔法陣、そのうち四つから閃光が放たれ大地を抉る。しかし、中心に展開された魔法陣からは細い光が幾つも生まれ、地上からフェイト方へと、進行方向を変えていた。
相手の力量を考えれば、フェイトの防御魔法では防げないのは明白だった。
終わる。何も出来ずに。
こちらの攻撃は通らず、無いと思っていた追尾魔法らしきものまで出た。
わたしじゃ勝てない。
「あっ」
僅かな思考の間に、もう、目と鼻の先に迫っていた魔法に気づき、フェイトは小さく声を上げた。
「母さん、アルフ。ごめんなさい」
バルディッシュがシールドを張ってくれたが、きっと助からないだろう。
折れかけた心で、最愛の母と使い魔に謝り、フェイトは目を閉じた。その直後、何かに右手を引かれ、何かにぶつかる。そして轟音が耳に届いた。轟音の次にフェイトの耳が捉えたのは、トクンットクンッという規則正しい音だった。それが心臓の鼓動の音だと気付いたフェイトは自分が助かったことと、自分を助けた相手がアルフではないことに気づき、閉じていた目を開く。最初にフェイトの瞳が捉えたのは黒い服。
「大丈夫か?怪我とかないよな?」
体を離してから心配そうに助けてくれた相手はフェイトに声を掛けた。見た目はフェイトとそう歳の変わらない見た目の少年だ。
「えっと、言葉通じてるか?」
「……助けてくれて、ありがとう」
敵の敵は味方と簡単に割り切ることはできない。しかし、さすがに命の恩人にたいして、いつまでも無言を貫くほどフェイトも礼儀知らずではない。短く礼を述べ、フェイトはバルディッシュを握る手に力を込める。
近接攻撃は防がれた。けど、他にも攻撃手段はある!
歳の近い少年に助けられたからか、負けず嫌いなところのあるフェイトの胸に少年への対抗心が生まれ、折れかけていた心は持ち直した。
「なあ」
少年が何かを口にしようとするが、それは敵の攻撃により阻まれた。フェイトは回避のため少年と大きく距離をとる。こうして第二ラウンドの鐘は鳴らされた。
◇◇◇
誰でもいい。俺にきちんと順を追って説明をしてくれよ。
それが鏡面界にてキャスターの姿を捉えた俺の素直な気持ちだった。
イリヤは小学五年生になっていないし、見知らぬ少女がキャスターと戦っているし、訳が解らない。鎌を手にキャスターの魔術を避ける少女の服装は、イリヤや美遊のカレイドライナーとしての服装に近い雰囲気がある。しかし、トパーズの報告によるとルビーやサファイアを用いた転身ではないとのこと。
幾つかの不確定要素はあるが、キャスターと戦うのは決定事項だし、深く考えても仕方ない。とりあえず、彼女の援護にでもまわろうか。
「あれは拙い」
鎌を二度折られた少女が大きく距離を取ったところで、キャスターが浮かべた魔術式より魔術を放った。そのうちの一つから放たれた魔術に思わず舌打ちし、俺は急いで少女の元へと向かう。原作でイリヤと美遊が開幕直後に喰らうことになった魔術だ。
「間に合え!」
美遊の使用していた飛行?魔術を使用し、最速で少女の元へと向かった俺は、少女の手を掴み引き寄せ、追尾型の魔術なら何かに当ててやればいいだろうという考えの元に、開いている手で魔力を散弾にして解き放った。
直後、散弾にぶつかった幾つもの尾を引いて向ってきていた光が、耳に届く爆音と目が眩みそうになるほどの閃光を起こし消滅する。
その結果に成功してよかったとホッと一息つきたくなったが、胸に顔を押し付ける形となっている少女の存在を思い出す。ぱっと見た限りでは怪我をしているようには見えないが、俺がここにくるまでに怪我を負っていないとも限らない。
「大丈夫か?怪我とかないよな?」
距離を開けて少女へと問いかける。近くで見た彼女は文句なしに美少女と呼べる部類だった。綺麗な金髪に、赤い瞳。明らかに日本人とは異なるが、この世界は驚くほど髪のカラーバリエーションが多い為、日本語の通じる可能性を信じて話しかけてみたが、返事は無い。
「えっと、言葉通じてるか?」
「……助けてくれて、ありがとう」
一縷の希望をのせて再び、日本語で話しかけてみると返事があった。
「なあ」
どうしてキャスターと戦っているんだ?そう続けようとした言葉は、割り込んできたキャスターの魔術攻撃により、飲み込むことになった。
「空気読めっての!」
飲み込んだ言葉のかわりに出てきたのはキャスターへの文句だ。無駄だとはわかってはいたものの、どうしても言いたくなったのだから仕方ない。せめて彼女になんで戦っているかを訪ねる時間くらいくれても罰は当たらないだろう。
苛々を解消するのと、攻撃を妨害する目的をもち、両手からありったけの散弾をばら撒いてやった。射線上を撃ち抜く魔術には効果はなく簡単に突破されてしまっているが、やっかいな誘導弾を除去するのに大活躍だ。
「撃ち抜け、ファイア!」
金髪の少女も遠距離攻撃に切り替えており、誘導弾は威力を発揮することなく撃ち落とされているものの、憂さ晴らしと妨害を兼ね撃ち続けている俺の散弾も、少女が使う雷系の魔術もキャスターにダメージを与えるには至らない。他のクラスならこんな展開にはならないと思う。さすがは神代の魔術師と言ったところか。幾ら無限に近い魔力を持つ魔術礼装を持っていても、使いこなすことができなければ意味はないということを現在進行形で、思い知らされている。俺が一度に放てる魔力放出の出力は、トパーズの見たてによるとあの少女とほぼ変わらない。つまり、誘導弾が止み、散弾を撃つ必要がなくなっても、俺の魔力放出ではキャスターに有効打を与えるのは難しい。
敵か味方かわからない少女に見せるのは気が進まないが、やられるのは論外だ。残された手が少ないのだからしょうがないと割り切るしかないか。
「ランサー
「了解」
顕現する紅き魔槍。
「あとは、どう近づくかか」
「丁度こっちに寄ってくれたことだし、ダメで元々だ。頼むだけ頼んでみるか」
キャスターの細かな攻撃を交わし、眼下へと移動した金髪少女。空を蹴り、俺は一気に急降下し、少女との距離を詰める。
「なんで魔法を撃つのをやめたの?」
雷系の魔術を撃つ手は止めずに、少女が訝しんでいる様な表情を浮かべる。
そんな顔はしないで欲しい。今のところ俺には少女に敵対するつもりはない。
「いや、俺が未熟だからだと思うんだが、これ出してるとさっきみたいなのは出来ないんだよ。その代わり、やつの防御を抜く攻撃力はある。ただこれだけだと一手足りないんだ。会ったばかりの人間にこんな事を頼むのは申し訳ないんだけど。足止め頼めるか?」
「……確実に倒せるの?」
一瞬の思考の後、もっともな疑問を口にする少女。まあ、当然だろう。見ず知らずの他人に使い捨てにされる可能性もある分、話を聞いてくれるだけマシな方だろう。
「ああ」
言っておくが、この会話の間もキャスターの容赦のない魔術攻撃が飛来し続けている。正直、キャスターの魔術を交わしながらの会話は面倒極まりない。結論を早く出して欲しいところである。
「わかりました。でもジュエルシードは渡しません!」
俺の提案を呑んでくれた金髪少女は、ジュエルシードという謎の単語を残し、俺から離れていく。
どうやら彼女は俺の知らない情報を持っているっぽい。ジュエルシードとやらがなんなのかはわからないが、クラスカードが顕現していることに無関係ではないはず。戦闘後に詳しい話が聞ければいいんだけど。
「と、考えてるのはここまでにして、今はこっちに集中するか。仕留め損なうわけにもいかないしな」
彼女の足止めがいつまで続くのかはわからないが、早めに仕留めるに越したことはない。
「フォトンランサー・マルチショット!」
少女の気合いの入った掛け声と共に、複数の魔術がキャスターへと殺到した。さすがのキャスターも量に驚いたのか魔法障壁をはり、防御に徹した。足止めとしては充分役割を果たしていると言えるんだが、あそこに突っ込むのはだいぶ勇気が必要だ。なんで炸裂する魔術を選択したのか小一時間ほど問い詰めたい。俺が槍を手にもってるのを見たよな?
「はあ、物理保護と魔術障壁全開で頼むな」
「わかりました」
愚痴を吐いても炸裂する魔術が、炸裂しなくなるわけでもないし、魔術の変更を頼むにしても、切り替える間にキャスターが動かない保証もない。このまま行くしかないだろう。そう結論づけ、俺はため息を一つ吐き、突撃のための指示を頼れる相棒にとばす。
「最速で離脱すれば上手くいけばノーダメージで終われるだろう」
足に魔力を集め、
「……その心臓、貰いうける!
初めての実戦に高鳴っていた心臓の鼓動を落ち着かせるため一呼吸起き、気合いと仕損じないようにと、この魔槍の本来の持ち主の言葉を口にする。気のせいかも知れないが、言うと言わないでは威力に違いがあるんだよな。
そんなアホな感想を思い浮かべながら、俺は足に集めた魔力を爆発させた。その瞬間、俺の知覚する世界が色のついた線へと変わる。耳に届く炸裂音が次第に大きくなっていく。キャスターとの距離が縮むにつれ、金髪少女の使用する魔術の影響か、礼装越しに振動が伝わりだした。しかし、ダメージは皆無。どうやら。彼女の魔法はトパーズの対魔術障壁を突破出来ないようだ。
瞬動が終わりを迎える寸前、なにか硬いものを貫いた感触が
知覚できる光景が元に戻ると、俺の前には遮るものは何もなく、ただただ鏡面界の升目の浮かぶ空が広がるのみだった。
「やれたか?」
呟いた後にフラグを立ててしまったことに気づく。
どうか成功してますように。強く願いつつ振り返った俺の目に映ったのは、予想もしていなかった光景だった。振り返るほんの僅かな時間に、升目の浮かぶ空が綺麗な夕陽の沈む空に変わるなんてのは鏡面界内ではまずありえない。つまり、トパーズを使用せずに世界を超えたことになる。
「これはなんだ?」
成功したか否か。確認のため振り返った俺は、キャスターの存在した場所に目を向ける。そこには成功したことを示すキャスターのクラスカード。そして、三つの青い宝石が存在していた。
「最初に感知した魔力と同一の反応です」
疑問の声を上げた俺に報告するトパーズ。これが最初に感知した魔力の正体であるのは理解できた。しかし、俺が知りたいのはこれがなんであるかだ。
「なあ。って何するんだよ!」
ジュエルシードという俺の知らない単語を口にしていた金髪少女にこれがジュエルシードなのか確認しようと少女に視線を向けると、飛来する魔術が目に入り、俺は急いで回避行動をとった。
攻撃してきたということは、これが彼女の求めているジュエルシードという物なのは確定か。
「倒してくれたことには感謝します。けど、ジュエルシードは渡しません」
俺の考えを肯定するかのように、鎌を構える金髪少女。
何故彼女は俺がジュエルシードを取りに来たと思い込んでいるかはわからないが、訂正しておいた方がいいのは間違いない。
「俺が欲しいのはカードの方だ。その宝石は君に渡す。だから、カードは俺にくれないか?」
彼女と敵対してまで俺にはジュエルシードを集める理由はない。それにここで譲っておけば、また同じ様な事態が起きた時に協力してもらえるかもしれない。そんな事を頭の隅で考えつつ、金髪少女に提案してみた。実力で奪い取るという手もある。しかし、甘いかも知れないが俺には同い年くらいの少女を切りつけるなんて出来ない。
「……わかりました。ジュエルシードが頂けるのなら問題はありません」
「提案を呑んでくれてありがとう。先にそちらから目的の物を手にいれてくれ。ランサー
敵意がないことを示す為、
「ありがとうございます」
俺の意を感じ取ったのか、ただの偶然か、金髪少女は鎌から飛び出していた金色の魔力刃を引っ込め、ゆっくりと宝石に近づき、手を伸ばし宝石を手に取る。宝石を手の中に収めた少女は、歳相応の少女らしい嬉しそうな表情を浮かべた。大事そうに宝石を収めた手を胸にあて、少女は礼の言葉を口にし頭を下げる。
「利害が一致しただけだよ。気にしないでくれ」
宝石を手にし、その場から離れた少女に声をかけ、俺はクラスカードに手にとる。封印してある状態であるにもかかわらず、どこか力を感じさせられる。
「失礼します」
クラスカードに気を取られていると、声をかけるまもなく金髪少女は飛び去って行ってしまった。遠ざかっていく少女の背中を眺めつつ、俺は重大なことに気が付いた。
「なあ、トパーズ。今の俺って周りの人に丸見えだったりするか?」
「はい」
「急いで鏡面界に跳んでくれ」
俺の初の実践はなんとも締まらない終わり方だった。
相変わらずのクオリティーの低さ。原作改悪タグを追加いたしました。