いつもよりちょい短いです。
カーテンの隙間より差し込んだ朝陽により目が覚めた。目覚まし時計が鳴る前に起きたことにより沸き起こるちょっと損した気分になったが、いつまでも寝ているわけにはいかない。二度寝を誘う布団の温もりにに別れを告げ、枕元に置いていた目覚まし時計に手を伸ばす。今か今かと鳴る瞬間を待っていた目覚まし時計には悪いが、アラームを切り俺はベッドより起き上がった。
「んーーーー」
寝起きの体を解しつつ、寝巻きにしているスウェットを脱ぎ、二年前より身につけるようになった私立聖祥大附属小学校の制服に手を伸ばす。今ではすっかり見慣れた白を基調にした制服だ。男子用のため当然短パン。この制服を身につけるのも三年目だが、未だにこの短パンを見る度、気分は少しばかり萎える。
小学生の経験があるのに、何故着るたびに萎える制服に毎日袖を通し、私立の学校に通うことになってしまったのか。それにはもちろん理由がある。もともと前世の経験もあるため、俺は小学校に拘る気はさらさらなかった。俺自身は無難に家から近い公立の小学校に行くつもりだったのだ。イリヤとなのはちゃんの強い薦めがあったのと、兄妹で学校を分けるのも手続きが面倒だという母さんの言い分もあり、あっという間に入学が決まってしまった。
同い年の兄妹が違う学校にいるというのが面倒だという理由は確かに納得できる。しかし、普段家にいない母さんが偶然その話題を話している時に家に帰ってきたというのが引っ掛かる。というか、裏で何かしら動いていたのは確実なんだが証拠がないため、母さんを追求できていない。
「圭、起きてる?」
控えめなノックの音が部屋に響き、同じ私立聖祥大附属小学校の制服に身を包んだ美遊が部屋に入ってきた。
小学生になった今でも、朝になるとイリヤか美遊のどちらかが起こしに来るのは継続されている。時折、二次元にしか存在しない幼馴染かよ!とツッコミたくなるが、実際訓練に熱が入った次の日の朝は目覚ましで起きれないことが多いため助かっている。
「ああ、少し前に起きたとこだ。毎朝ありがとな。今日はイリヤは起きてるか?」
「ん。いい。好きでやってるから。……イリヤはまだ寝てた」
「先にイリヤを起こしてやれよ。女の子なんだから支度に時間かかるだろ?」
「それだとイリヤに負けちゃう」
不満げな表情を浮かべる美遊。うちに来た当初より、自分の感情を表すようになった彼女。だが、今の様にその真意がわからない時がある。前世を合わせ三十年ほど生きているが、俺には女心を理解するのは難しい。
「なにを競い合ってるのかはわかんないけど、とりあえずイリヤを起こしにいくぞ」
「いい。圭は先にしたに行ってて。イリヤのとこにはわたしが行く」
足早に俺の部屋を後にしようとする美遊。ちょっと抜けたところのあるイリヤと、しっかり者の美遊。どこをどう見ても美遊の方が長女っぽいな。
「ああ。悪い」
「大丈夫」
去っていく美遊の背中に声をかけると、短く答えた美遊は、イリヤと美遊の部屋へと向かっていった。
同じ部屋で生活しているんだから、先にイリヤを起こせば良いのにと思う。極稀にイリヤが起こしに来る場合も、美遊を起こさずに来るし何なんだろう。わからないことを深く考えても仕方ない。折角美遊がイリヤを起こしに行ってくれたんだし、俺はリビングに向かおう。
「おはよー」
「おはようございます」
「セラさん、リズさん。おはようございます。リズさん。ご飯前にお菓子ですか。これから朝食なのに。残したらセラさんに怒られますよ」
キッチンにて朝食と、俺、イリヤ、美遊の弁当を作るセラさんと、リビングのソファーに座りニュース番組を見ながら、やめられない~のコマーシャルで有名なお菓子の袋を手に持ち、口を動かすリズさんに挨拶を返し、朝食の準備の邪魔にならない様、ソファーに座るリズさんの隣に腰掛ける。
「みんなとは違ってわたしは栄養を溜めておく袋があるし、お腹的にも問題なし」
調理を続けているセラさんに視線をチラリとやった後、自らの胸部を強調するように胸を張るリズさん。セラさんに見られていなくてよかった。もし見られていたら、朝からガチバトルに発展していたところだ。自分に自信を持つのは良い。しかし、朝からバトルに発展しそうな状況を作るのは自重して欲しいと思う。
「さわってみる?」
俺の呆れの入った視線になにを勘違いしたのか、片手で胸を抱えるリズさん。幾ら相手が小学生とはいえ、その言動は拙いと思います。
「ほら、遠慮しなくていいよ」
胸を強調したまま、にじり寄ってくるリスさん。顔は無表情なのにどこか楽しそうだ。
「ちょっと!リズお姉ちゃん、お兄ちゃん。近いよ!何してるの!?」
女性にここまでさせてしまったら、逆に触らないと失礼になるのだろうかと真剣に考え始めていたところで、ドタドタと大きな音をたて俺と同じ私立聖祥大附属小学校の制服に身を包んだイリヤが登場した。
正直助かった。危うく朝っぱらから桃色思考に脳内を支配されるところだった。
「別に。圭と今より仲良くなろうとしてただけ。イリヤもやれば?」
「仲良く……リズお姉ちゃん、何をしようとしてたの?」
仲良くという言葉に惹かれたのか、先程までとは打って変わり落ち着いた様子でリズさんに尋ねるイリヤ。昔ほどベタベタすることは無くなってはいるけれども、十分俺とイリヤと美遊の仲は良好だと思っていたのでその反応は予想外だ。てっきり成長したからそういうのが減ったと予想していたが、実はそれは間違いで、イリヤは俺に遠慮していたりするのだろうか。
「胸を揉ませようとしてただけ」
「へっ?」
あっけらかんと答えたリズさんに、間抜けな声を出すイリヤ。さり気なく触るから揉むに変化しているあたり、リズさんはイリヤをからかう方に切り替えたらしい。
「イリヤもやってみたら?圭も喜ぶよ」
ついでに俺もからかう気のようだ。だが、この悪戯は失敗に終わるだろう。幾ら単純なイリヤでもそんな冗談に引っ掛かるほど単純ではないし、俺も今のところ、イリヤの胸に興味を抱いていない。言っちゃ悪いがイリヤの胸は年齢に相応しく断崖絶壁。揉むほどない。
「お、おお、お兄ちゃん!」
「ん?どうした?」
真っ赤な顔をし、俺との距離を少しずつ縮めてくるイリヤ。リズさんにのせられていないと信じたいが、イリヤの表情にそこはかとない不安を感じる。念のために縮められた分だけ、俺はイリヤから距離をとっておこうかな。
「兄妹の仲が良いって大事なことだよね?」
イリヤが詰めた距離を間髪いれずに開けるのを見てそう口にするイリヤ。どうやらこの子は完璧にリズさんにのせられているらしい。変なところで単純だ。ここはハッキリと真実を教えてやらないと。
「ああ。でも俺たちは十分仲良しだろ?わかってると思うけど、リズさんが言ってることは冗談だからな?」
「も、もももちろんわかってたよ!ただ……そう。お兄ちゃんをからかおうとしただけなんだからね!」
両手を下に突き出して顔を赤くしたまま、ぶんぶんと擬音が聞こえてくるんじゃないかと感じるほど首を左右に振り否定するイリヤ。あまりにも必死過ぎて、逆に騙されていたのを証明してしまっているが、それにツッコミを入れたら何が起きるかわからない。スルー推奨だろう。
「皆様、お食事ができましたよ」
絶妙なタイミングでセラさん作の朝食が出来上がった。今の俺にはセラさんが女神にしか見えない。
「イリヤ」
耳に届いた美遊の声。セラさんに意識を向けたほんの僅かな時間の間に美遊も降りてきたようだ。セラさんに向けた視線を戻すと、美遊がイリヤに何かを耳打ちしているところだった。
「なっなっ何を言ってるのかなー。美遊は」
段々と白に戻ろうとしていたイリヤの頬が、一瞬にして桜色へと変化すると同時にイリヤの両手が素早く動き、美遊の頬を挟みこむ。
あんなに動揺するとは、美遊はイリヤに何を言ったんだろうか。
「仲がよろしいのは解りましたので、朝食が冷める前に席に着いてくださいね。それとリズ。後でお話があります」
「はーい」
「わかりました」
「わたしは無い」
三者三様の返事をし席に着いた三人に続き、俺も自分の席にと座るとおいしそうな匂いを漂わせている朝食が目に入る。表面をかりかりに焼かれたウインナーに目玉焼き。そしてレタスと胡瓜のサラダ。こんがりときつね色に焼かれた食パンに、コーンポタージュ。さすがに野菜は買ったものであるが、他はすべてセラさんの手作りだったりするのだから恐れ入る。
今日もセラさんに心の中で感謝をしつつ、朝食を摂った後、セラさんとリズさんに見送られイリヤと美遊を伴いいつものように登校した。
◇◇◇
「来たわね美遊。今日こそはテストの点で勝ってやるんだから!」
「勝負するようなことじゃない」
俺たち三人が教室に入った途端、金髪ツインテールの少女が美遊に駆け寄り、腰に片手を当てビシッという効果音が付きそうな動きで指差し宣言するも、つれない返事をされ悔し気な表情を浮かべた。
美遊に駆け寄った少女の名前はアリサ・バニングス。うちのクラスのリーダー的ポジションに収まっている少女だ。なのはちゃん繋がりで知り合った。三年生になるまでは別クラスだったため、共通の友達であるなのはちゃんがその場に居ないとあまり会話することはない。仲は悪くはないが、良くもないといったところか。
テストの点に拘りを持っており、常に百点の美遊に対抗意識を持っていて、両親がこの街有数の富豪である。それぐらいしか俺は彼女のことを知らない。
きっかけがあれば仲良くなりたいとは思うものの、俺の対女性スキルは限りなく低いという前世の経験に元ずいた自覚がある。そんな訳で、下手に何かして今より険悪になったりしたら困るので、今のところ積極的に動いてはいない。
「アリサちゃん。挨拶ぐらいはしようよ。おはよう。圭くん、イリヤちゃん、美遊ちゃん」
「おはよう。にゃはは。アリサちゃんらしいの」
バニングスさんに続いて声をかけてきたのは黒の髪の少女、月村すずか。お嬢様という言葉がこの子程似合う子を俺は他には知らないのだが、その見た目とは裏腹な年齢に似つかわしくない高い身体能力をもち、少しばかり闇の気配を感じる気になる少女である。同じクラスになった当初は警戒していたのだが、なのはちゃんに聞いた彼女と仲良くなった時の話や、普段の様子を見て警戒するのはやめた。
警戒を外した後、何度か図書館で遭遇したので魔術の話を遠回しにしてみたのだが、彼女にはライトノベルの話だと勘違いされたので、前世で読んだことのあるライトノベルを進めておいた。その際、本の話で盛り上がり、良好な関係を築けている。
余談になるが、彼女たちとなのはちゃんが出会った話を聞いて、一番驚いたのは揉めた月村さんとバニングスさんになのはちゃんが武力介入したところだったりする。話を翠屋で聞いたのだが、その際口に含んでいた士郎さん特性ブレンドのコーヒーを吹き出してしまった上に、士郎さんにさすが高町家の子ですねと言ってしまったのは、消したい過去だ。
「先生が来たよー」
しばらくの間、美遊に絡むバニングスさんを尻目に、なのはちゃん達と四人で雑談をしていると、廊下に近い席に座る少女が教師の訪れを告げた。次いで教室に鳴り響くチャイムの音。
「じゃあ圭くん。後で話の続きを聞かせてね」
「また後でなの」
「了解。バニングスさんも戻った方がいいよ」
「うん。またねー」
「はあ。わかってるわよ。美遊。また後で来るわ」
「わかった」
席に戻っていくなのはちゃんと月村さんを見送り、今だに美遊に絡んでいたバニングスさんに席に戻るように促し、俺も自分の席へと向かった。
◇◇◇
「マスター。巨大な魔力反応を感知しました。数は三つ。いずれも同じ魔力パターンです」
普段通りの学校生活を送り、珍しく一人で帰宅している最中、不意に告げられたトパーズからの報告に一瞬頭の中が真っ白になった。トパーズによると、海鳴市に住む魔力持ちは俺、イリヤ、美遊、セラさん、リズさん、母さん、そしてなのはちゃんの七人だけ。セラさんとリズさんの魔力パターンは似ているが、それ以外の人間の魔力の波形は異なる。
つまり、俺の知らない魔術師が海鳴市へと訪れたと言うことだ。
「魔力反応の位置は?」
「海鳴公園を目指し移動しているようです」
トパーズが巨大な魔力と表現する相手が三人。危険はあるが、どういった存在か確認しないことには話が始まらない。敵対者であるという最悪の状況を想定して動いた方がいいだろう。
「確認しにいく。俺の魔力はきちんと抑えられているか?」
「はい。現状感じられる魔力量は極わずかです。一般人にしか見えないかと」
「ならまともな魔術師であることを祈っておくか。いつでも展開出来るようにしておいてくれ」
相手がまともな魔術師であるなら魔術の秘匿を第一に考えるはずだ。
まあ、この世界でこのルールが適用されているかは定かではない。しかし、それも仕方のないことだと思う。だって他の魔術師に会ったことがないんだから確かめようがない。
それに、俺には頼れる相棒がいる。
「了解しました。お任せくださいマスター」
愉快型魔術礼装マジカルブレスレットカレイドトパーズ。腕にはめている頼れる相棒には、Aランクの魔術障壁がある。一般人だと侮り低ランクの魔術を使用されたら障壁頼みで一人くらいは削れるだろう。自惚れと思われるかも知れないが、それだけ自信があるということだ。トパーズを用い行っている模擬戦でも素の状態で、だいぶもつようになったし、
「魔力反応、海鳴公園にて合流。その後魔力反応ロストしました」
「はっ?」
「目標、ロストしました」
戦う決意をし、いざ海鳴公園へと足を踏み出そうとしたところで追加の報告。それを聞いた俺の反応に、トパーズは俺が聞き逃したと判断したのか内容を簡潔にして再度報告してくる。無論、聞き逃した訳ではない。折角戦う覚悟を決めたのにその決意が無駄になってしまったことによる脱力により間抜けな声を上げてしまっただけだ。
「どういうことだ?」
「魔力反応が海鳴公園に集まるまでは観測できましたが、集まったその後は不明です」
俺には魔力を感知する能力はない。トパーズの支持のもと魔術を学んでいたが、あくまで磨いたのは戦闘技術のみだ。トパーズに習った魔術では複雑な探知魔法は使えないし、トパーズの探索でロストした反応を探索魔術を一切学んでいない俺が見つけられる訳が無い。だけど、動かない訳にもいかないだろう。完成された聖杯である美遊に、未完成ながらも美遊に並ぶ魔力を持つイリヤを狙った存在ではないとは言い切れない。今となってはこの世界が俺の現実であり、二人は俺にとって大切な家族だ。彼女達を害する存在に俺は容赦をするつもりはない。それに、可及的速やかに現場に向かえば、トパーズの優れた
「トパーズ。展開」
「了解。コンパクトフルオープン。境界回廊最大展開。カレイドトパーズ展開完了いたしました」
人の眼が無いことは確認済みだ。今現在異質な格好をしているが、今の姿を見られても俺の年齢は小学三年生。きっとテレビのヒーローにでも憧れ、コスプレをしているとでも思ってくれるだろう。しかしさすがに現実世界で空を飛ぶわけにはいかない。鏡面界を介して現場に向かうのが最速だな。
「鏡面界へ移るぞ」
「はい。半径一メートルにて反射路を形成。境界回廊一部反転します」
辺りの光景がすっかり見慣れた景色へと切り替わる。どこか不気味な気配を漂わせる升目の付いた空。思えばホラー映画の舞台になりそうなこの世界にもすっかり慣れたものだ。もう訪れたのが何度目かはっきりわからない。
「魔力反応複数感知。先程ロストした魔力反応と合わせ合計五つ。そのうち四つは固まり同調しているようです」
鏡面界に移ると同時にトパーズからの報告があがる。
「こっちの世界に干渉できるってことは、クラスカードか?」
クラスカード。可能性としては一番高い。だが、原作ではクラスカードが現れるのはイリヤや美遊が小学五年生の時である。俺がこの世界にいる影響により、原作と異なった自体が起きているのか、はたまた別の何かが起きているのか。
「結局、現場に早急に行くしかないな」
あれこれ考えても結局すべて予想でしかない。情報不足の現状で動くのは拙いことであるとはわかってはいるが、不確定要素を放置したことにより、結果大惨事になりましたとでもなったら最悪だ。
「はあ」
鬼が出るが蛇がでるか。ため息を一つ吐き、俺は海鳴公園へと移動を開始した。