魔法少女なのは・イリヤ   作:rain-c

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遭遇

 それは不思議な出会いだった。

 魔術師である私が不思議と表現することしかできないのだから、その不思議度合いは自分のことながら、とんでもないものだったと素直にそう言える。あれは、娘、イリヤが三歳の誕生日を迎える日。私は夢を見た。もちろんただの夢ではない。予知夢とも違う。一番近い言葉は神の啓示だろうか。夢の通りの出来事が起きた時にはあまりにも驚き、唖然とする彼を尻目に、私キリスト教じゃないんだけどな。と呟いてしまった程だった。

 

 真っ白い空間。そこに私、アイリスフィール・フォン・アインツベルンは立ち、一人の老人と相対している。ただそれだけの夢。ここまでなら、なんてことはないただの夢で片付けることができたのだけれど、老人はハッキリとした口調でこう言ったのだ「庭に新たな家族がいる」と。

 そこで私は夢の世界より現実へと引き戻された。普段なら夢だと割り切るのだけれど、なぜか庭を見に行かなければいけないという気持ちが湧き上がった。湧き上がる不自然な衝動に不信感を覚え、私はちょうど起きてきていた切嗣を伴って庭へと出る。するとそこには、イリヤと同じくらいの歳の男の子が倒れていた。

 

 七月半ばとはいえ、その日は熱帯夜だった。彼をそのまま放って置く事などできるわけもなく、一応罠が仕掛けられていないか簡単な検査を行った。持ち物は身につけていた服に、ハッピーバースデイ圭と書かれたカード。そしてサイズの合わない九つの玉の付いたブレスレットのみ。魔術的トラップも科学的トラップもなかったので、無害と判断し私達は彼を家へと招き入れた。

 翌日、イリヤと眠り続けていた彼の世話をセラ達に任せ、私と切嗣は全力で彼のことを調べ上げた。表に裏、両方の人脈を使い全力でだ。それなのに、彼のことは何一つわからない。そこで切嗣に私の見た夢の内容を伝えると、彼は驚いた表情を浮かべこう言ったのだ。「君も同じ夢を見ていたのか」と。

 そこから私の行動は早かった。切嗣いわく、「神速とはこういうことをいうんだろう」というスピードで彼、圭を私達の息子に迎えた。圭・フォン・アインツベルン。私としてはいい名前だと思っていたのだけれど、アインツベルンと名乗らせるのは不自然だと切嗣に言われ、圭の苗字は彼から貰うことにした。衛宮圭。それが愛すべき愛息子の名前。

 

「今日という日も、愛すべき子供たちにとって良き日でありますように」

 

 朝の日課となっている言葉を紡ぎ、イリヤと圭に思いを馳せ、私は活動を開始する。普通の家族のように、共に過ごすことは難しい。けれど、家族を思う気持ちは誰にも負けるつもりは無い。

 さて、今日も日常を守るために頑張りましょう。

 

◇◇◇

 

 季節が巡るのは早いもので、転生して二年が経過し、俺は五歳となった。

 衛宮圭。それが今の俺の名前である。テンション高めな銀髪の女性により与えられた苗字だ。

 俺を養子とし、居場所と苗字をくれ養母となってくれた彼女の名前はアイリスフィール・フォン・アインツベルン。

 苗字をくれた時に、彼女の横に立ち、苦笑しつつ俺を眺めていた男性、俺に与えられた苗字の本来の持ち主、衛宮切嗣。

 アイリスフィールと切嗣の血の繋がった娘イリヤ。そして、アインツベルン家に使えているセラとリーゼリット。

 これが俺の現在の家族である。養母であるアイリスフィールと養父である切嗣は仕事が忙しく、あまり家には帰って来ない。基本は俺、イリヤ、セラ、リーゼリットの四人で海鳴市にある一軒家にて暮らしている。

 ちなみに、イリヤとの関係は兄と妹。俺の誕生日は、イリヤと同じ七月二十日。だが、イリヤより大人びているので、俺が兄ということになったそうだ。

 二十五年生きてきた記憶があるので、大人びて見えるのは当然だろう。むしろ、あなた子供っぽいから弟ねとか軽いノリで言われたら泣ける。

 

「どうかしました?マスター」

 

「なんでもないよ。トパーズ」

 

 どうやら無意識のうちに負のオーラを発していたのか、右腕にはめた九つの玉が繋がるブレスレット、その真ん中に位置する三日月を閉じ込め、小さな羽の意匠の施された相棒に声をかけられた。

 トパーズ。正式名称、愉快型魔術礼装マジカルブレスレットカレイドトパーズ。

 トパーズからの説明により、俺が飛ばされた世界がプリズマイリヤの世界に近い世界であると確信を得れたのは僥倖と言えるが、退屈しない人生を願っただけのはずが、こんな原作介入の力を与えられることになるとは夢にも思っていなかった。

 

「お兄ちゃん!わたしと遊びに行こう!」

 

 物思いにふけりつつ、出窓に座り外を眺めていると、部屋のドアがノックも無しに勢い良く開けられた。飛び込んで来たのはここ二年で見慣れた銀髪の可愛らしい義妹。

 

「イリヤ、ノックぐらいできるように成らないと、いい大人に慣れないぞ」

 

「んー。頑張る!」

 

 俺の毎度のツッコミに、もはや定型分と化した返事を返すイリヤ。満面の笑みで応えたイリヤだが、きっと今は理解できていないだろう。まあ、原作時には常識人になっていると思うので、実際はそこまで心配してはいない。

 

「ん。じゃあ、遊びに行くか。海鳴公園でいいよな?」

 

「うん!」

 

 両手を胸の前で握り、嬉しそうに笑みを浮かべるイリヤに、外出の準備をするように話すと、彼女は素直に自分の部屋へと帰って行くイリヤの背を見送り、俺も準備を開始した。

 

 セラとリズの二人に見送られ、俺とイリヤは海鳴公園へと無事にたどり着いた。ちなみにリズとはリーゼリットの愛称である。さらに補足すると、リーゼリットを呼びやすい様に短くしたのにも関わらず、イリヤはたまに噛み「リジュ」と口にしたりする。言った後の恥ずかしそうな顔は、セラの密かな癒しとなっているそうだ。

 

「あれ?」

 

 普段なら、あれをしよう、これをしようと提案すると、俺の答えを聞かずに走り去っていくことが多いイリヤが口元に人差し指をあて、首を傾げていた。

 

「ん、どうしたイリヤ?」

 

「えっと、あの子、なんだか寂しそうだなって思って」

 

 イリヤの視線の先に居たのは、一人でベンチに腰掛けている同じ年頃の少女がいた。ただ休憩の為に座っているのなら、イリヤが寂しそうだとは表現することはなかっただろう。ベンチに座る栗毛色の少女は俯き地面を見続けたまま動かない。あんな表情で蟻の観察をしてます、なんてことは……ないな。ありえない。十中八九落ち込んでいるのだろう。

 

「お兄ちゃん」

 

 何かを期待するように俺の袖を引っ張るイリヤ。何かと誤魔化すのはやめよう。イリヤの望みはわかりきっている。

 

「ああ、放っておけないんだろ。任せろ」

 

 前の人生では生意気な弟しかいなかったせいか、どうしても俺はイリヤに甘くなっている気がする。

 イリヤの期待を背に受け、俺は落ち込んでいる最中であると思われる少女との距離を縮めていく。しかし、どう話しかけたものか。意を決して近づいてみたものの、実際はノープランだ。

 

「こんにちは」

 

 悩気の利いた台詞の一つでもと必死に考えては見たものの、悩んだ末に俺の口からでた言葉はただの挨拶だった。チキンと笑いたきゃ笑え。

 

「……誰?」

 

 ゆっくりと顔を上げた彼女の瞳は、涙を流した後なのか若干赤くなっていた。これは正直俺の手には余る気がするんだが。背後に一瞬視線をやると、こちらをじっと見つめるイリヤと目が合った。イリヤからのプレッシャーに負け、俺は会話を続ける為に自己紹介をすることにした。

 

「俺は、衛宮圭。君の名前は?」

 

「高町なのは……。何か用なの?」

 

 名前を聞けたことにホッとした。どうやら会話は成立するようだ。

 

「君が落ち込んでるのを見て、放って置けなくてね。うちの妹も気にしてるんだ。何があったんだい?」

 

 警戒させない様に、できる限り優しく話しかけ、右手の親指でイリヤの存在をアピールする。急に栗毛色の少女、高町なのはさんに視線を向けられたイリヤは一瞬びくりと体を震わせぎこちない笑みを浮かべた。幸いにもなのはちゃんは一瞬視線を向けた後、また下を向いてしまった為、イリヤのぎこちない笑みを見ることはなかった。

 

「……わたしには、居場所がないの」

 

 てっきりハムスターを買ってもらえないとか、学校行事に来てもらったことがないとか、そんなようなことだと思っていたのだが、想いのほか重い話のようだ。

 

「なんで、そう思うんだい?」

 

 ぶっちゃけ逃げ出したい。しかし、背後から伝わるイリヤからのプレッシャーがそれを許してくれそうにないので、そう感じた理由を問う。

 

「お父さんが怪我をして入院してから、わたしはずっとひとりなの。お母さんも、お兄ちゃんもお姉ちゃんもすっごく忙しそうにしてて、全然お話できてないの」

 

「それは単純に忙しいからだろう?なのはちゃんがどうしても話したいって言っても、誰も相手をしてくれないのか?」

 

「……良い子にしてなきゃいけないから、そんなこと言えないの。そんな我侭いったらみんなに嫌われちゃうの」

 

 父親の入院により一家全体が忙しくなる。話を聞いている限りでは、仲の良い家族としか思えない。末っ子が構って欲しいと我侭をいっても、誰一人として文句を言わない気がする。

 

「なあ、なのはちゃん。その考えはきっと間違ってると思うんだ」

 

「あなたに何がわかるっていうの!?」

 

 声を荒げる。感情が高ぶったのか、彼女は瞳より涙を零しながら怒声をあげた。

 

「なのはちゃんの話を聞いて判断しただけだよ。一家の大黒柱であるお父さんが倒れて、お母さんだけじゃく、なのはちゃんのお兄さんやお姉さんは忙しくなったんだろう?そんな家族愛溢れる家族が、なのはちゃんをそんな簡単に嫌うと思うかい?お父さんが怪我をして入院する前からなのはちゃんを放っておく事が多かったのなら、なのはちゃんの言い分もわかる。けど、そうじゃないんだろう?」

 

「……うん。みんなが忙しくなったのはお父さんが入院してからなの。それまでは、なのはといっぱい遊んでくれたの」

 

「だろ?それに、みんなはなのはちゃんの気持ちを知らないんだろう?」

 

「だって寂しいなんて言ったら嫌われちゃうの……」

 

 俯きスカートを握るなのはちゃん。だから、それは思い込みだと俺は思うのだが。

 

「怖いのは判る。けどさ、気持ちを伝えるのは大事なことだと思うんだ。世の中には言葉にしなきゃ伝わらないことってあるんだよ。一人で伝えるのが不安なら、俺もついていくよ。今ならもれなくイリヤもついてくる。お得だぞ?」

 

「お得って……でも、ありがとうなの」

 

 気持ちを上向きにしようと、戯けて話すとなのはちゃんは照れくさそうに笑顔を浮かべた。どうやら彼女の気持ちを上向きにすることには成功したようだ。

 

「なら、膳は急げだな」

 

 不安そうに見守っていたイリヤに声をかけ、俺達は二人は海鳴公園で遊ぶことなく、なのはちゃんを伴って公園を後にした。

 

 なのはちゃんの案内により辿り着いた場所は、美味しい洋菓子を出すと評判の喫茶、翠屋だった。道中聞いたなのはちゃんの説明によると、夫婦二人で経営してたらしいのだが、夫である高町士郎さんが入院してしまったため、今は母、高町桃子さんと長女である高町美由希さんの二人で店を切り盛りしているが、美由希さんは料理音痴なので、桃子さんにかかる負担が増えているそうだ。

 兄である高町恭也さんは何をやっているのかはわからないが、帰りは遅く毎日汗だくで帰って来ているとの事。何やってるんだよ長男。ぶっちゃけ恭也さんが店の手伝いを行えば、誰かしらなのはちゃんの相手を出来ると感じたのは俺だけだろうか。

 

「いらっしよいませ。一名様ですか?」

 

 なのはちゃんとイリヤに押され、最初に入店した俺を迎えてくれたのは、ダークブラウンの髪の眼鏡の女性。なのはちゃんの情報から判断するに、料理の腕が壊滅的だと噂の高町美由希さんだろう。

 

「いえ、三人です。高町美由希さんとお見受けしました。高町なのはさんのことで、高町桃子さん、高町恭也さんを交えて少しお話したいことがあるのですが、お時間は取れますでしょうか?」

 

 感じのいいウェイトレスといった雰囲気を醸し出していた美由希さんだったが、なのはちゃんの名前が出た瞬間、目がスッと細まり、気配が変わる。

 

「なんの用?」

 

 

 喫茶店にこの気配は似つかわしく無い。なのはちゃんとイリヤに登場願おう。

 

「イリヤ、なのはちゃん入っておいで」

 

「うん。うまくお話できた?」

 

「あ、お姉ちゃん」

 

 二人の姿を見た美由希さんからは、不穏な空気が霧散した。

 

「今更ですが、別に怪しいものではないですよ。単純にお話をしたいだけですので」

 

「その喋り方からして十分怪しいわよ」

 

 それを言われたらぐうの音も出ない。確かに見た目から幼いとわかる子供が、こんな話し方をし、話があるから家族を集めてほしいと願うのが不自然だと言うのは理解出来が、そこまで警戒することでもないだろうに。

 

「そこは流して頂けると幸いです」

 

「見た目通りの年じゃないでしょ?」

 

「何歳に見えるかはわかりませんが、俺は五歳ですよ。そんなことより、お時間はとれますか?とても大事な話なんです」

 

 誠意を伝えるため、美由希さんの目をじっと見つめる。話を出来るかどうからは美由希さん次第だ。ここで拒否され様ものなら、なのはちゃんに頑張ってもらうしかなくなる。

 

「わかったわ。恭ちゃんを呼ぶのは難しいけど、私と母さんで話を聞くわ。なのはと一緒にあそこの席で待っていてくれる?」

 

 美由希さんからの返答に、俺は小さく息を吐く。なのはちゃんについて行くと行った手前、簡単に引き下がる気はなかったが、比較的あっさりと了承して貰えて本当に良かった。

 

「わかりました。なのはちゃん、イリヤ行こう」

 

「わかったの」

 

「うん」

 

 席につき一時間程経過した頃、高町美由希さんがなのはちゃんと同じ髪の色の女性を伴い現れた。客の相手をしていたのは、美由希さんとこの女性の二人だけだったことを考慮すると、この人が母親なのだろう。

 

「こんにちは。なのはの母の高町桃子です」

 

「ちゃんとした自己紹介はしてなかったね。なのはの姉の高町美由希よ」

 

 にっこりと微笑みを浮かべるとても子持ちの女性には見えない桃子さんと、俺の態度にまだ不信感を抱いているのだろう、若干警戒した様子の美由希さん。二人の様子に苦笑が浮かぶ。

 

「衛宮圭です。突然押しかけてしまいすみません。今日はなのはちゃんの付き添いで参りました」

 

「イリヤです。お兄ちゃんの付き添いです」

 

「いえいえ。圭くんの様にしっかりした子が必要だと判断したのでしょう?全然構わないわよ。イリヤちゃんもいらっしゃい。歓迎するわ」

 

「ありがとうございます」

 

「はい!」

 

「それで、なのはの話って何?」

 

「それは、なのはちゃん本人から。言えるよね?もし怖かったら俺とイリヤの手を握っててもいいからさ」

 

「うん」

 

 頷くと、直ぐになのはちゃんは俺とイリヤに手を伸ばす。彼女に勇気を与えられることを祈り、俺はなのはちゃんの手を握ると彼女は詰まりながらも、自分の想いを家族へと伝え始めた。

 

「だから、わたしは必要とされてない。気にしてもらえないって思ったの」

 

 時間にして二十分程話したなのはちゃんは、最後にそう締めくくり、桃子さんと美由希さんの反応が怖いのか俯いてしまう。けど、俺の予想があっているなら、悪い結果には成らないはずだ。

 

「バカ、なのはは大バカだ!大事な家族だ。必要とされてないわけないだろう!」

 

 涙目になりながらも、美由希さんはなのはちゃんに怒鳴る。怒鳴られたなのはちゃんは怒鳴られたことに驚いたのか、一瞬、体をびくりと震わせたものの、美由希さんの言葉はしっかりと届いたのだろう。次第に瞳に涙が溜まり始めた。

 

「なのは」

 

 桃子さんは優しく微笑みを向け、今にも涙を流しそうな状態の彼女の名を呼ぶ。

 

「なあに?お母さん」

 

「なのはが欠けてもダメなのよ」

 

 涙を流すのを我慢し、桃子さんに返事を返しまなのはちゃんだったが、桃子さんがなのはちゃんの頭を撫でながら発した言葉に頷いた後、彼女の頬を涙が伝った。

 

「よかったね。なのはちゃん」

 

 もらい泣きしたのか、涙ぐみ笑顔を浮かべるイリヤ。いつまでもこの家族愛溢れる光景を見ていたいが、頃合いだろう。

 

「イリヤ。帰ろう」

 

「うん」

 

 俺の提案に頷くイリヤ。幼いながらも空気の読める子でよかった。

 

「では、俺たちはこのへんで失礼しようと思います。なのはちゃん。気持ち、伝わってよかったな」

 

「え、もう行っちゃうの?」

 

「ああ。これ以上の長居は無粋だろ?」

 

 無粋の意味がわからなかったのか、首を傾げるなのはちゃん。彼女には悪いが考えてるうちに失礼しよう。

 

「残念だけど、このまま帰す訳にはいかないよ」

 

「そうね。美由希の言う通り。大切な娘がお世話になったんですもの。是非お礼をさせてください」

 

 腰を浮かせた俺は、いつの間にか背後に回っていた美由希さんに肩を押され、再び着席させられる。

 どうでもいいことなんだけど、美由希さんの言葉に少しばかり恐怖を感じた。きっと桃子さんの言葉がなかったら、トパーズを使ってでも逃げていた。

 

「イリヤちゃん。シュークリームかケーキでもどう?」

 

「シュークリーム!?ケーキ!?食べたーい!」

 

 俺が渋い顔をしていたからか、標的をイリヤに切り替え、速攻落とした桃子さん。さすがに三児の母、子供の心を掴むのはお手の物か。

 

「イリヤちゃんに喜んで貰えて嬉しいわ。もちろん圭くんも食べて行ってね」

 

 完敗だな。下手に断るとイリヤが愚図りだしそうだ。

 

「すみません。ご馳走になります」

 

 嬉しそうな表情を浮かべ両手を挙げるイリヤを制御ずる術は俺には無い。その後、俺は楽しそうに洋菓子を食べるイリヤを目に納めつつ、翠屋の電話を借り連絡をとったセラに簡単に事情を説明する。現在地と夕食は高町さんの家でご馳走になることを伝えると、「さすがです」と、なぜかお褒めの言葉を頂いた。なぜ褒められたのかはよくわからない。だが、お小言を貰わず、丸く収まったのでよしとしておこう。

 

「お兄ちゃん!ここのお菓子は侮れないよ!食べなきゃ損だよ!」

 

「圭くんも一緒に食べようなの!」

 

 電話が無事に済みホッとしていると、口元に紫色のクリームをつけた興奮状態のイリヤと、子供らしい満面の笑みを浮かべたなのはちゃんに手を引かれ、席まで連れていかれ、二人の間に座らせられた。

 ちなみに若すぎる母、桃子さんと俺に恐怖を与えた姉の美由希さんは仕事に戻っているので、営業に支障はない。というか、電話を借りる際に、営業時間が終わるまで二人の相手を頼まれた。報酬は紫芋のモンブランだったのだが、俺が座っていた席に置かれた皿。その中央に鎮座していたモンブランの半分が消失していた。

 

「イリヤ」

 

「あははは、美味しゅうございました」

 

「わたしもちょっと貰っちゃったの。ごめんなさい」

 

 イリヤに小言の一つでも言ってやろうかと考えていたのたが、本当に幸せそうな表情を浮かべるイリヤと、なのはちゃんからの予想外の謝罪があったため、やめた。

 

「いや、まあ、残してくれたからいいさ」

 

「ねっ、言った通りでしょ?」

 

「そうなのかな?」

 

「うん!リズお姉ちゃんがそう言ってたから。きっと間違いないよ!意味はよくわからないけど」

 

 俺を置いてけぼりにし、二人で会話を進めて行くイリヤとなのはちゃん。どうやら、リズさんが言った言葉により、イリヤの中で俺は勝手にものを食べられても怒らないと思われているらしいことは理解できた。今後のために、否定しておくか。

 

「イリヤ。リズさんがなんて言ったかはわからないけど、さすがに俺だって毎度毎度好物を食べられたら怒るぞ?」

 

「えっ、じゃあ、リズお姉ちゃんが言ったことは嘘なの?」

 

 しゅんとするイリヤ。ここで選択を間違えたら泣くかもしれない。

 

「あー、イリヤ。ちなみにリズさんは何て言ってたんだ?」

 

「圭お兄ちゃんは、義妹萌えのシスコンだって、よくわからなかったから、どういう意味か聞いたら、イリヤのことが大好きって言ってたよ。お兄ちゃん、嘘なの?」

 

「いや、まあ、イリヤのことは好きだけど、だからって何されても怒らないって訳じゃない。だけどな、好きだからこそ、イリヤを思い叱ることもあるってことは憶えておいてくれ」

 

「んー。わかった」

 

 顎に指をあて、首を傾げながら返事をするイリヤに苦笑しつつ、俺はとりあえず、家に帰ったらリズさんと話し合いを設けようと強く思った。


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