魔法少女なのは・イリヤ   作:rain-c

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転生

 意識は覚醒している。そうはっきりと言いきれる状態なのだが、俺の視界に映るのは光に溢れた現代社会ではありえない闇。星の光さえない真っ暗闇だけだった。当然、まぶたを閉じているからなんて理由ではないし、目を開けている感覚はしっかりとある。何故真っ暗闇なのか。

 

「どういう状況なんだよ」

 

 夢、そう判断することも出来なくはない。しかし、夢だと決めつけるには、意識がはっきりしすぎている。

 

「俺は確か、職場に行こうとしてたはず」

 

 現実であると仮定し、この空間にくる前の出来事をはっきりと思い出そうと言葉に出していく。無論、夢の中という可能性が無いとは言い切れないが、特に他にする事も無い。時間潰しには丁度いい。

 俺が職場に行く道程に、光の一切届かない空間など存在しない。そもそも俺が出社するのは遅くても昼の一時だ。周りの景色が見えない程に暗い場所になど普通なら辿り着く訳が無い。こんな場所にいる理由として考えられる可能性としては、厄介事に巻き込まれたというのが一番高いだろう。しかし、確信を得るために外れかけていた思考を記憶を辿る作業へと戻す。

 

「施設に近づいた時に、小さな女の子を見かけた気がする」

 

 どこかぼんやりとした記憶だったが、時間はかかったものの、少しずつ浮かび上がってくる光景。

 

「ああ、俺は、死んだのか」

 

 辿り着いた結論に思わず脱力してしまった。俺が最後に思い出したのは、トラックに引かれそうになっていた少女の襟首を掴み、思い切り引っ張った場面だ。そこで記憶は完璧に途切れている。この光景が正しいのなら、時速八十キロぐらいの速度で走っていたトラックに引かれてしまった自分は確実に死んでいるだろう。もし生きているなら、目が覚めるのは病室であるはずだ。

 

「我ながら最後は呆気ないもんだな。でも、あそこで女の子を無視するなんて選択肢は選びたくなかったし、仕方ないか」

 

 驚く程にあっさりと、自分の死を受け入れることができたのは、人を助けたという自己満足からだろうな。積みゲーや小説にアニメ。未練がないと言えば嘘になるが、不思議と後悔だけはしていない。あとはなるようになるだろう。いつまでも立って居るのも馬鹿らしい。ちょっと横にでもなるか。

 

「なっ!」

 

 体を倒そうとした瞬間、足下より強い光が生まれた。すっかり闇に慣れていた目は、光により潰され、俺の目は視力を失う。

 次に目を開けた時には、足下より広がった光は俺が居た空間すべてを作り変えていた。黒一色であった空間は、白へと変貌し目の前には神聖か神々しいとしか言い表すことのできない神殿が存在していた。

 

「どういう原理やっちゅーねん」

 

 動揺のあまりエセ関西弁で話し、左手で誰もいない場所にツッコミをいれてみたのだが、言葉で表すなら、ふにょんだろうか。ツッコミを入れた左手の甲が柔らかなモノに当たる感触。

 

「原理と言われても説明のしようがありませんね」

 

 次いで俺の耳に届く柔らかな声。声につられ左手に視線をやると、けしからん事に俺の左手は、誰かの胸部に当たっていた。

 羨ましい、俺と変われ!と訳のわからん思考を押しのけて、双丘の持ち主を確認すると驚く程の美人さんだった。年の頃は、十代後半から二十代前半といったところだろうか。長く伸ばされた綺麗なプラチナブロンド。ゆったりとしたローブに似た服。閉じられた両目が彼女の神秘性を増している。そして、彼女の神秘性の象徴。背中から伸びる一対の純白の翼。

 

「いやいやいや。天使かよ!」

 

「はい。その通りです」

 

 翼を軽く動かし肯定する美女。彼女の答えにより少しばかりの思考停止に陥る。闇より光へと変わった不思議な空間。自身を天使と言う翼を持った美女。自分が置かれている状況がいまいち理解出来ない。

 

「あの」

 

 美女が口を開く。この状況を説明してくれるのかと期待に胸を膨らませ、彼女の閉じられた瞳へと視線を向ける。

 

「はい」

 

「そろそろ私の胸から手をどけて頂けますか?」

 

 心なしか少しばかり桜色に染まっているように見える彼女の頬。彼女の言葉により、再び意識は左手に。柔らかな双丘を押しつぶし続けている俺の手。もう少しこの感触を味わっていたい。そう思う気持ちを必死になって振り払い、揉んでしまえよという悪魔の囁き、理性を総動員し悪魔を押しのけ手を離す。

 

「ごっ、ごめん!」

 

「いえ、急に現れた私にも非があります」

 

 この天使のような美女は心まで天使であるらしい。

 

「でわ、付いて来てください」

 

 詳しい説明もなく、彼女は俺を一瞥すると、神殿へと歩き出してしまう。この状況についての説明が今一番俺が求めているものなのだが、彼女に説明する気はないらしい。スタスタと神殿へと歩いていく彼女。時折動く翼からは羽が抜け落ちたりする事はなく、代わりに動くたびにキラキラとした光がこぼれ落ちる。どうやら羽根が抜けることはないらしい。彼女の姿をもう少し何も考えずに見ていたいところだが、付いて来てくださいとのことだったが、俺が付いて来ているかなど一切確認する様子はない。

 

「ちょっと待った!今の状況の説明は?」

 

 神殿の扉へと手をかけた美女に駆け寄り、疑問を口にする。

 

「それは後程、我が主より。私はただの案内人ですので」

 

 彼女から返ってきた答えはそっけないものであった。一つだけ解った事といえば彼女が主と呼称する人物がいるということだけ。言うべき事は言いきったのか、彼女は口の代わりに扉を開くと神殿へと入る。

 

「なんだってんだよ」

 

 知らない人にはついて行かない。不意に幼い頃、母親によく言われた言葉が思い出された。残念ながら、今の俺の状況を知るためには、彼女について行き、彼女の主とやらに会う道しかない。俺はため息を一つ吐き、心の中で母親に謝り彼女の背を追い、神殿へと足を踏み入れた。

 

 翼付きの美女の案内により、俺が辿り着いたのは、ここに来るまでに見た神殿内部の装飾が陳腐に思える程に、神聖さの漂う部屋であった。翼付きの美女は俺をこの部屋に案内すると、早々に退室してしまったので、今この部屋にいるのは俺と、玉座っぽいところに座るこの部屋というか神殿の主であろうアロハシャツのじいさんだけだ。

 何故アロハシャツ?

 

「良く来たね。とりあえず座りなよ」

 

 ファンキーな服装の割にじいさんの口からでた言葉は穏やかなものだ。てっきりアロハーとかヘイ!と声をかけられると思い身構えてたのが馬鹿らしいと、じいさんの正面に位置する椅子へと腰掛けた。

 

「ふむ。どうやら君の反応からするとこの服装はこの場に適してはいないようだね」

 

 それは全力で肯定する。人と会うのにアロハシャツはない。どこぞの怪異の専門家じゃあるまいし。

 

「ご機嫌だね。圭くん。何かいいことでもあったのかい?」

 

「あの、口調を似せる気が無いのなら無理に真似しなくても」

 

 彼の常套句である台詞を発したじいさんにツッコミをいれる。似せる気が無いモノマネは無駄にファンの怒りを買うだけだ。実際俺も少しばかりイラっとしたので、やんわりと止めておく。

 

「そういうもんかね?」

 

「そういうものです」

 

 納得がいかないのか首を傾げるじいさん。そんなじいさんの姿に違和感。アロハシャツなのは突飛ではあるが、そこまで深く掘り下げることではない。では何にたいして違和感を感じたのか。

 

「あっ」

 

「やっと気づいたのかね」

 

 違和感の正体に気づいた俺に、じいさんはやれやれといったように肩をすくめた。わずかに感じ取れる感情は飽きれだ。確かに飽きれたくなるのも仕方ない。

 

「読まれてる」

 

「ご明察。といいたいところだけどね。気づくのが遅いよ」

 

 ああ。確かに遅かった。ナチュラルに名前を呼ばれてるうえに、心の声に答えが返ってくるという異常にすぐに気づけなかったのだから。

 

「まあ、いいさ。混乱しているのも無理のないことさ。はっきり言って君が今体験している出来事は、異常としか言い表せられないからね。さて、本題に入るとしようか?櫛灘圭くん」

 

「本題?」

 

「ああ、君は満足しているみたいだけど、君の死は一パーセントも予定されていなかったんだよ。このままでは世界というシステムに不具合が生じる。小さな歪みとはいえ、無視することは出来ない。小さなひびからダムが決壊するなんて事になったら馬鹿らしいだろう?対処が楽なうちにひびを消してしまえというわけだよ。しかし、元の世界に君のまま戻す事は出来ないのだよ。そういうわけで、君には転生してもらうつもりだ」

 

 確かに原因の早期発見、対処が好ましいのはわかるのだけど。それっておかしくないか。普通に同じ世界で別人として生を受ければいいだけのような気がするんだけど、それも出来ないってことなのか?

 

「その通り。原則として連続して同じ世界に産まれることは許可していない。魂は世界を巡っているんだよ」

 

「転生するのは決まりってことなんですね」

 

「まあね」

 

 それって二次創作の設定としては使い古された感が半端ないアレか?力を貰い好きな作品へってやつか?

 

「概ねその認識であっているよ。行く世界はランダムだけどね。それと一つだけ君の願いを叶えよう。記憶を消して転生なんてのももちろんありさ。圭くん、君には望みはあるかい?」

 

 一つだけって、ちょっとばかりけち臭いな。

 

「別に無しでもいいんだよ?」

 

「すみません!てか、心読まないでください」

 

 一つか。行く世界がわかってるなら、考えやすいんだけどな。

 

「なら、願い事は退屈しない人生ってのでお願いします」

 

「変わってるね。人により願いの数は変わるが、大抵の人間はやれニコポをくれ。ナデポをくれ。王の財宝が使えるようになりたい。投影魔術を授けてくれ。のようにある程度形が定まっていることが多かった」

 

「そんなもので惚れられても虚しいだけですって、それにどんな世界に行くのかまったくわからないのに、戦闘系の技能を貰っても仕方ないですし。今までの人生。と言っても、二十五年しか生きていないんですが、何が苦痛だったか考えて見たんですよ。俺にとってただ眈々と会社と家の往復をするのは苦痛だった。もちろん多少は面白いこともありましたけど、次はもっと楽しい人生がいいなって」

 

「願いの形は人それぞれだね。その願い叶えよう。では行きなさい」

 

 言葉と共に、とある変化が訪れた。俺の足下より光が溢れる。光は俺を中心とし半径一メートル程広がると、上へと昇り始め、光が通った場所からは俺の体は消えていた。

 

「いやいや、なんでだよ!」

 

「足元に穴があいて急に落とされるよりは良いだろう?」

 

「そりゃそうだけど、これはこれで怖いものがあるって!」

 

 会話中もその光は昇るのは止まらない。もう少しで口に届く。もうまもなく会話をすることもできなくなるだろう。

 

「それは我慢してもらうしかないね。そうそう、いい忘れていたが、君が転生した後、君の死亡率は常に一パーセント以上の数値となる。つまり、次に君の人生がどんな形でさえ終わった時には問題なく処理される。気をつけなさい」

 

 口ももう消えてしまった。もう言葉では言えないけど、お礼だけは言っておこう。ありがとう。そして行ってきます。

 

「楽しんでおいで」

 

 神聖な神殿にいるアロハシャツを着用し、笑みを浮かべ手を振るじいさんに苦笑する。こんな稀有な体験をする転生者なんて俺ぐらいのものだろう。そんなことを考えていると、俺の意識はぷっつりと途切れた。

 

「退屈しない人生を望むか。彼は実に面白い。彼の願いは私の全身全霊をもって叶えさせてもらうとしよう」

 

 新たなる転生者を見送った老人は、アロハシャツを消し普段身につけている純白の布を身につけると、彼の為に用意された玉座へと腰を下ろすと心底楽しそうに微笑んだ。

 

 

 

 


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