贔屓しすぎ?
だって秘書艦だもの。
※前回書いた通り、若干のネタバレ(海域の攻略情報)を含みます。
「ふむ、天龍は大人しく入渠した様だな」
執務室に提出された報告書を見て呟く。
やはり、天龍の損傷は『中破』に近かったようだ。
幸い、軽巡である彼女なら修復も早いだろう。戦艦や正規空母などの大型艦ではこうは行かない。
以前、正規空母の『赤城』が大破して入渠した時などかなりの時間と資源を要したものだ。
寝巻き完全装備の彼女が真面目な顔で『一航戦赤城、寝ます!』と言っていたのが懐かしい。
若干イラっとしたので、ボーキサイトを投げつけておいた。それを受けた赤城は『お夜食ありがとうございます!』と言っていた。違う、そうじゃない。
…話がそれた。ともかく、天龍は一応反省しているようだ。
まぁ天龍には謹慎と併せて数日間は大人しくしてもらう予定である。
この一件で、姉妹艦である龍田の心労が多少は減るといいのだが。
「まったく、じゃじゃ馬が多いと苦労する」
「素直に『お前が大切だから失いたくない』と仰れば良かったのでは?」
無意識に出たぼやきに扶桑が苦笑しながら問う。
「…私の柄じゃない。というか、アイツに効くか?」
「普段言わないからこそですよ。天龍のような強気な子は、案外優しい言葉に弱いものですよ?」
…なんだろう、この恋愛指南じみたやり取りは。
「成程、それは良いことを聞いた。今度試してみよう」
「いっそ清々しい棒読みですね」
「恐らく使う機会がないからな」
「お使いになれば良いのでは?私達艦娘を大切にしているのは事実ですし」
「…本当にその気持ち『のみ』で行動できれば楽なのだがね」
「…そこにも含蓄の思いが?」
首を傾げる扶桑に、手元にあったとある報告書を渡す。
「これは…北方海域の調査報告書…ですか?」
「そうだ。我々が今後攻略しなければならない海域だな」
読んでみたまえ、と目で促す。
促されるままに調査書に目を通していた扶桑が、ある項目を見て表情を曇らせる。
「キス島沖を…戦艦や空母で攻略する事は不可能ですね」
「あぁ、恐らく軽巡以下、最悪駆逐艦のみでの艦隊編成になるだろうな」
キス島沖の主な作戦内容は敵艦隊に包囲された島の守備隊を収容すること。
その為には高速且つ小回りが利く艦隊編成が必要になってくる。
つまり作戦の性質上、扶桑ら戦艦や空母等の大型艦に頼る事が不可能なのだ。
「しかし向こうは違う。上級重巡や空母、戦艦だっているだろう」
「それでは最悪の場合…」
「駆逐艦のみで重巡や空母、下手すりゃエリート戦艦レベルと正面切って殴りあう事になるだろうな」
「ですが現時点で此処に配属されている彼女達では…」
「突破する事は恐らく不可能だろう、経験が少なすぎる」
我が艦隊における駆逐艦娘の『層』自体は厚い。
比較的高性能といわれる『陽炎型』や『朝潮型』、更に破格の性能を誇る『島風型』の駆逐艦も先日配属された。
しかしあくまで彼女達は『駆逐艦の中では基本性能が高い』だけである。
初期能力値で重巡や空母、ましてや戦艦とまともに殴り合えるとは思えない。
「現在、我々に必要なのは艦娘の数じゃない。質…つまり経験だ」
一定の経験を積めば改造で性能を底上げできる。近代化改修も有効だ。
「だが経験は戦闘に出て、尚且つ『帰還』して初めて得る事ができる。轟沈しては意味がない」
言い方は悪いが、艦娘自体なら失ってもまた建造できる。
しかし、失った『経験』は幾ら資材を積んでも取り戻す事は出来ないのだ。
「北方海域だけじゃない。その先でも恐らく彼女達の力が必要になる。例の噂を聞いたことは?」
「敵艦隊に『潜水艦』がいる…という話ですか?」
彼の問いに、扶桑は苦い顔をして応える。
「そうだ。あくまで噂だったが、どうやら本当らしい。現海域や北方にはいないようだが、いずれは戦う事になるだろう」
『潜水艦』を叩くには、高い対潜能力が必要とされている。
しかし扶桑たち戦艦は対潜能力が皆無と言って良い。そもそも対潜兵器が搭載すらされていないのだ。
反面潜水艦は此方を攻撃し放題。
つまり、潜水艦は彼女達戦艦にとって天敵に等しいのである。
そして、潜水艦に対抗し得る高い対潜能力を持つのが、他でもない軽巡や駆逐艦なのだ。
「今後も彼女達に最前線を任せるケースはある。その時に戦いを知らない新兵しかいない…では話にならない」
彼の言葉を聞いた扶桑は、彼のその先見の明に驚いた。
現在攻略中の海域だけではない。その先、更にその先にある未知の海域での戦闘すら見据えた艦隊運用を考えているのだ。
彼が手元の報告書を机の上に放り出し、後ろにもたれ掛かる。座っていた椅子の背もたれが小さく軋んだ。
彼はため息を一つ吐き、続けて小さく苦笑し出した。
「…提督?」
「はぁ…難儀なものだよ、全く」
訝しげな表情を向ける扶桑を他所に、懺悔する様に呟く。
「限られた戦力。決して無限ではない資源。不確定だらけの進攻…」
天井を向いて更に深いため息を一つ。
「正体不明の敵は幾ら沈めてもキリがなく、此方は一隻でも沈めば多くのものが無駄になる」
最後に、艦娘達のリストを指で弾きながらその顔を皮肉に歪める。
「こんな少女達まで駆り出して。その癖自分は一番安全な所で。実に興味深い」
「………………」
提督の独白を、扶桑は黙って耳を傾けた。―――口を挟むことなど、出来なかった。
どうやら、彼は恐れているようだった。
終わりのない戦いを。正体不明の敵を。そして自分達艦娘を失う事を。
それと同時に、彼は恥じてもいるようだった。
そんな恐怖を抱いている自分を。
こんな呟きを彼女の前でする『甘え』を。
そして何より、彼女達『艦娘』を『兵器』として扱う事に徹し切れぬ事を『偽善』と感じながらも、そうせずにはいられない自分自身を。
彼はいつも迷わないと思っていた。
常に冷静で、戦闘では必ず自分達を無事に帰還させてくれた。
彼の指示はいつも的確で、彼に付いて行けばきっと大丈夫だとさえ思っていた。
だが彼もまた、常に苦悩していたのだ。自分の前でこんな呟きをしてしまう位に。
滅多に感情を表に出さない彼の『本質』が見えた気がした。
『でも、それでも私は、いえ、私達は―――』
扶桑の抱いた感情は―――少々不謹慎だが―――喜びに近いものであった。
いや、正直に言おう。彼女は嬉しかった。
彼が自身の心情を吐露してくれた事が。
彼の『本質』を垣間見れた事が。
そして何より、その相手に自分を選んでくれた事が嬉しかった。
あくまで結果論だが、扶桑は都合の良い解釈をすることにした。
きっと聞いたところで彼は教えてくれないだろうから。
応えなければ―――祓わなければならない。彼の不安を。
「…大丈夫ですよ」
「…扶桑?」
彼の手に自身の手を重ね、精一杯優しい声で、一番の微笑で。
「貴方が導いてくださる限り、私は――いえ、私達は決して沈みません」
彼は少し驚いたようだった。無理もない。扶桑自身、後になって自身の大胆な行動を省みて身悶える事になるのだから。
「…君の普段の発言からは想像出来ないな。確か不幸艦…とか言われていなかったか?」
「あら、今は近代改造されていますから、運は人並みにあるんですよ?」
悪戯っぽく返すと、提督はそういえばそうだったな、と小さく笑った。
貴方の為に、全ての敵を斃してみせましょう。
貴方の為に、全ての不安を祓ってみせましょう。
貴方に千の勝利を。貴方に万の栄光を。
貴方が導いてくださる限り、私達は沈む事も迷う事も決してありません。
そう、貴方は私達を導き照らす、『灯火』なのですから。
戦艦相手に駆逐艦のみで行け(公式)ってどういうことなの…
扶桑の見た目が巫女っぽかったので、『払う』ではなく『祓う』という表現にさせていただきました。
因みに最後の部分は扶桑を始とした提督を慕う艦娘達の想いです。
だから私『達』です。はい。
さて、これにて『臆病者シリーズ』は終了です。
少々閑話を挟み、新シリーズに移ります。
新シリーズでは提督の過去も出す予定です。
でも未だに提督の名前を迷い中…