鎮守府の日常   作:弥識

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どうも皆さん、筆者です。
前回の更新後、『お気に入り数』がぐわっと減りました。

ぶっちゃけかなりアレな内容を書いたなぁとは思っていたのである意味『予想通り』ですが、やはり数字で表されると結構キますね。
でも後悔しない。だって書きたくて書いたんだから。


てな訳で後編です。
今回も今回でショッキングな内容ですので、ご了承ください。


彼女が求めていたもの:後編

雪風伝いで摩耶からの連絡を受けた神林が指定された場所に向かうと、其処には既に摩耶が待っていた。

 

「すまない、待たせたか?」

「問題ねぇよ、神林さん。付き合せちまって悪かったな」

「君の咎じゃない。気にするな」

「そう言ってもらえると、気が楽になるよ」

 

そう言って、神林に倉庫の鍵を手渡す。

 

「この先の青い屋根の廃倉庫だ。急げば五分も掛かんねぇよ。それと、冴香からの伝言だ」

 

 

 

―――30分は頑張って『我慢』するから、宜しくね♪

 

 

 

「……因みに、冴香が君にそれを伝えたのは何分前かな?」

「えっと……40分前だな」

 

神林の問いに、摩耶は懐中時計を取り出して応える。その懐中時計には見覚えがあった。

 

「それは、あいつのか?」

「あぁ、別れる前に渡されたんだ。伝言もそん時に、な」

 

成る程、と神林は頷く。

件の懐中時計は彼女の『お気に入り』だ。

『壊れる』可能性もあるし、『汚したくなかった』のだろう。

時間と伝言を鑑みるに、事はとうに『始っている』のだから。

 

「相手の数は?」

「アタシが確認できたのは五人だ。他の見張りは……わかんねぇな」

 

摩耶の情報に、短く『そうか』と応える。

実を言うと、此処に来るまでに『それらしいの』を数人見つけて『処理』したのだが、まぁ言う必要はないだろう。

 

「……急がないのか?」

 

摩耶の言葉に、肩を竦める。

 

「相手の強さにも因るが……その人数ならもう『終っている』だろう。

 余り早くに行って『中断』させると、アイツは臍を曲げるからな」

 

神林の言葉に、摩耶は目を見開く。

そして、目を逸らしながら、呟いた。

 

「ワリィけど、アタシは付いて行けない。来るなって言われてんだ。

 『摩耶には見せたくないし聞かせたくない』ってよ」

「……そうか」

 

淡々と応える神林に、少し心が軋んだ。

 

「アタシじゃ、駄目なのかな。『受け入れた』つもりでも、駄目なのかな」

「君だからこそ、だろう。

 受け入れてくれた、傍に居てくれる君だからこそ、見せたくないモノもある」

 

自身を慕ってくれる存在に、『生臭い自慰行為』など見られたくないだろう。

 

「でもアンタは立てるんだろ?」

「断っておくが、最初は嫌がっていたよ。俺にも見せたがらなかった」

「……アンタとアタシ、何が違うんだ?」

「……少なくとも、俺はアイツの状況を知っても、『そんな顔』はしなかったな」

 

神林の言葉に、改めて彼の顔を見る。

其処には、何の感情も宿っては居なかった。

 

「……改めて思うけどよ、アンタもアイツも狂ってるな」

「そうだな、自覚してる」

「アタシは、其処には行けない」

「……そうだろうな」

 

と言うより、冴香は『一線』を越える事を善しとしないだろう。だが。

 

「君は。君たちは。『こちら側』に居ては意味がないんだ」

「意味が、ない?」

 

そう、神林や冴香が越えた『一線』は、一度越えてしまったら二度と戻れない。

だからこそ。

 

「アイツが……あちら側に『嵌まり込み過ぎた』時。そちら側に引き上げる存在が必要なんだよ」

 

それは、重力の様で、底なしの泥沼の様な物だ。

一線を越えるのは、そして其処に浸かるのは簡単だ。

それこそ、後ろからちょっと『押して』しまえば良い。

 

だが、引き上げるとなれば。

その『引き上げ役』の立ち位置は『此方側』であってはならない。

『岸に居る者』で無ければ、『泥沼に嵌った者』を引き上げる事は出来ないのだから。

 

「……アンタは」

「どうした?」

「……いや、なんでもねぇ。なぁ、神林さん」

 

何かを言おうとした摩耶に続きを促したが、言うつもりは無いようだ。

改めて、摩耶と神林が向き合う。

 

「アイツを、冴香を。よろしくお願いします」

 

神林に向かって、深く頭を下げた。

そんな摩耶に対して、苦笑しながら答えた。

 

「俺はアイツを引き上げられない。

 まぁ、岸の近くには『連れて行く』から、後は任せるよ」

 

そう言って、摩耶に通信機を手渡し、改めて倉庫に足を向けた。

 

 

 

 

「あぁ……くそ」

 

神林が去った後、摩耶は近くの建物の壁に背中を預け、顔を掌で覆う。

 

―――アタシは……今、何を言おうとした?

 

自分の度し難い『愚かさ』に、反吐が出そうになる。

 

あの時、彼女はこう言いそうになった。

 

 

 

『アンタは、誰かに引き上げて欲しいと思わないのか?』

 

 

 

―――どの口が、言うのか。

 

嵌りこんだ上司―――自身が慕う相手を任せておいて。

本当に彼女を『引き上げたい』と思うのであれば、それこそ『片足』突っ込んででも手を伸ばせばいいのだ。

 

でも、私はそれをしない。

どころか、岸の近くから声を暢気に掛けているだけ。

 

そんな私が、何を言うのか。

 

 

『貴方は、誰かに救われたくないのか?』

 

 

などと。

そんな言う資格など、私には欠片もないと言うのに。

 

 

「アンタ達は……強いな。イカれてる」

 

 

分かっている。その『領域』に至る必要など無いことは。

だが、誰よりも慕う相手が『其処』に居るというのに、自分は隣に立てれない。

誰よりも慕う相手の隣に、自分以外の誰かが居る。

 

「めんどくせぇなぁ、『心』ってのは」

 

そう言って、胸を押さえる。

『軍艦(ふね)』だった頃には、こんな思いを抱える事は無かった。

『心』を持ったが故の、苦悩。

 

尤も、それを後悔する事は無いのだけれども。

 

 

 

 

 

 

 

 

摩耶から預かった鍵で、倉庫の扉を開ける。

電気が通っていないのか、中は暗い。

月明かりのある外の方が明るい程だ。

 

やはり『事』は終わっているのか、喧騒の音は聞こえてこない。

 

ふと、何やら声が聞こえてきた。

これは……『歌』か?

 

音を頼りに、暗い倉庫の中を進んでいく。

 

其処に居たのは、やはり彼女だった。『何かの山』の上で、歌を歌っている。

 

採光用の窓からもれる月明かりが、冴香を照らす様は、舞台のスポットライトの様だ。

神林の居る位置からは彼女の背中しか見えないが、『機嫌が良さそう』なのは確かである。

 

右へ左へ。小さく体を揺らしながら、歌う。

それに合わせて、彼女の黒髪もサラサラと揺れる。

よく見ると、何か持っているようだ。

大きさは、サッカーボール程度。歌に合わせて両手で放り投げ、キャッチ。それをひたすら繰り返す。

 

改めて、彼女の歌う歌に、耳を傾けた。

 

 

 

Humpty Dumpty sat on a wall♪

(ハンプティ・ダンプティ塀の上)

Humpty Dumpty had a great fall♪

(ハンプティ・ダンプティ落っこちた)

All the king's horses and all the king's men♪

(皆がどれだけ騒いでも)

Couldn't put Humpty together again♪

(もうハンプティはもどらない)

 

 

 

流暢な英語で流れるそれは、有名な童謡。

冴香は見た目も然る事ながら、その歌声も美しい。

 

傍から見れば、『幻想的』とも言える光景。

 

 

それが、人間『だったもの』で作られた山の上でなければ。

 

 

 

「『マザー・グース』の『ハンプティ・ダンプティ』か?」

 

神林の声に、冴香が振り向く事無く答える。

 

「『ハンプティ・ダンプティ』ってのは結局何なのか。

 色々と諸説あって、一番有名なのは『卵』だよね。

 他には『太ったおっさん』だったり『大砲』だったりする。

 でも、私は『殺された王様』ってのを推したいね。

 イングランドの……『リチャード三世』っだったかな?

 兎も角、共通する事は……『落ちると取り返しが付かない』って事。

 ま、『命』ってのは基本いっこ。ノーコンテニューだからね」

 

其処まで言って、冴香は振り返る。

その姿を見て、常人は見蕩れるか、或いは絶句するか。

 

その目はまるで酔った様に潤み、頬は紅く。

上着は肌蹴て、シャツのボタンも上から二つほど外していた。

どこかずれた焦点をした目のまま、腕に抱えた『モノ』を神林に放り投げる。

 

 

「これも一つの『ハンプティ・ダンプティ』……なんつってね」

 

 

ごとん、ごろごろ。

 

 

鈍い音を立てて、神林の足元まで転がる『モノ』。

なぜが布で包まれた其れの色は、言うまでも無く赤い。

 

「確かに『落ちたら取り返しがつかない』が……なぜ態々『梱包』したんだ?」

「いや、そっちの方が投げやすいし。

 一応『丸顔』のを選んだつもりだけどさ、意外とアレって『凸凹』多いじゃない。

 投げてる途中で指が『孔(あな)』に入っても気分悪いしねぇ」

 

そう言って、ケラケラと嗤う。

そんな冴香の言い分に、ため息を一つ。

一歩前に進んで、『びちゃり』という粘ついた音を鳴らす地面を見て、ため息を更に一つ。

 

「……随分と『散らかした』もんだ」

「タカ君が早く来ないからいけないんだよー。

 私だって、それなりに『我慢』したもん」

「だったら何故最初から俺を護衛に付かせない」

「それは……その、其れだと『お楽しみ』の機会すら無いというか。この前みたいに」

「やはり確信犯か……因みに何分持った」

「……5分くらい?」

 

冴香のカミングアウトに眉を顰める。

 

「おい、『30分は我慢する』んじゃなかったのか」

「し、しょうがないじゃん!今日満月だし!」

「関係あるのか」

「あるよ。満月は女を大胆にさせるのさ」

「……満月厄介だな。それで、もう満足したのか?」

「んー、した『つもり』だったんだけどねー」

 

そう言って、人『だった物』の山から立ち上がる。

 

「君の顔を見てたら、『物足りなく』なっちゃった。……責任、取ってくれる?」

 

冴香の『誘い』に、「やはりこうなったか」と頭を抱える。

 

「因みに拒否権は?」

「在ると思う?」

「だろうな、言ってみただけだ」

 

元より、自分は『その為に来た』のだから。

 

「発散する方法は『えっちぃ』のでも良いんだけど……やっぱ『こっち』で」

 

そう言って、血に塗れたカランビットを示す。

 

「荒っぽく使ったもんだな」

「こういうのって使い慣れてなくてさ……って、刃毀れしてんじゃん」

 

自身の『得物』に目を向け、顔を顰める冴香。

カギ状に曲がったその刃は、先の方が欠けていた。

 

「慣れない癖に、そんな小さい刃物で骨まで切ろうとするからだ」

「まぁノリで買った安モンだったしね、仕方ないさ。

 ……でも困ったな、これじゃ足りない。これじゃ届かない」

 

駄々を捏ねるように呟いた後、周りを見渡した冴香は、『お誂え』を見つけた。

 

「お、アイテムはっけーん♪」

 

音もなく駆け寄り、ソレを拾う。大振りなシースナイフだ。

何回か軽く振った後、後ろにある『山』を見る。

 

「この中の『誰か』の仕事道具だったのかな?

 なかなか使い込んでる、良いナイフだ。……でもー」

 

ナイフの柄の辺りを『くんくん』と嗅ぎ、「うえっ」とえづく。

 

「くっさ。このナイフ牡臭。絶対コレ『ろくでもない事』に使ってるよ。

 やっべ、手に臭い付いたかな?」

 

そう言って、ナイフを遠くに放り投げる。

『彼』以外の『牡の匂い』が体に染み付くなど、耐えられない。

 

「という訳で、何か代わりになるものぷりーず」

「素手で何とかしろこの野郎」

 

えー、と頬を膨らませつつ、冴香は少し機嫌がよくなる。

彼は気付いているだろうか。

自分に対してだけ、口調が砕けている事に。

それに―――ほら。

 

 

彼が何かを放ってくる。

見ずにキャッチ。そして改めて確認。先程より幾分か小振りなシースナイフ。

 

 

「……ちっちゃい」

「文句言うなら返せ」

「冗談だよ。ありがと♪」

 

 

彼は何時だって、私の『我儘』に応えてくれる。

本当は、大きさなんてどうでも良い。

彼の『匂い』がするナイフだ。堪らない。持ち帰れないかな。

 

 

 

 

笑顔のまま、ナイフを構える。

向き合う彼は、めんどくさそうにため息を一つ。

そんなポーズをとってる癖に。

 

 

 

「まぁ、それで我慢しろ……気が済むまで『遊んで』やるから」

 

 

 

こんな事を言ってくるものだから。

―――もう、本当に、堪らない。

 

今日何度目かの、思考の蕩ける感覚。

 

満々の笑みを浮かべて、彼に『じゃれつく』。

 

 

 

「さぁ―――遊ぼうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

痛みに、意識が覚醒する。

 

「……あー、知ってる天井、なのかな?」

「目が覚めたか」

「まぁ、それなりにね」

 

目に映ったのは倉庫の天井。背中には硬い感触。どうやら大の字になっているらしい。

思考は随分とクリアになっている。まぁ、あれだけ『発散』したらそうなるか。

 

起き上がろうとして体に痛みが走り、顔を顰めたところで更に頭部に痛みが走る。

 

「……痛っ」

「暫くは動かない方がいい。痛みがぶり返すぞ」

「えっと、一応聞くけど、『フィニッシュムーブ(決まり手)』はなんだった?」

「右の『テッ・カン・コー(ムエタイ式のハイキック)』もどきだな」

「だろうね、ですよね。だって左の米神がめっちゃ痛いもん。

 なに君、ムエタイも使えるの?ないわー……」

「『古巣』に居た時に軽く教わった程度だ。其処まで詳しい訳じゃない」

「成程。因みに、私の体が軋むように痛いのは?」

「無理に体を動かし過ぎたからだ。

 ……まぁ、受け身を取りにくい投げ方をしたのもあるが」

「大体君のせいじゃん」

「自業自得だ」

「デスヨネー。……君は怪我して無い?」

 

これまでとは違う、心から神林を気遣うような声。

 

「何か所かに擦過傷。打撲も幾つかあるが、まぁ大したことはない」

「ナイフ装備の私に丸腰で挑んでおいて、切り傷が皆無な件」

「『ああなった』時のお前は『急所狙い』が分かり易いんだよ。それに『備え』もしてあった」

 

そう言って、神林は自身の服を捲る。

 

「防刃性のインナーだ。これである程度は無効化できる……どうした」

 

見ると、冴香が口元を押さえてそっぽを向いている。

頭部に強い打撃を加えたから、今になって吐き気でも出てきたか。

 

「いや……タカ君が良い体過ぎて……鼻血が。『黒インナーという武器』ってホントなんだねー」

「思ったより元気そうだな」

「むしろ今ので元気でた」

「左様で」

 

軽く頭を振りつつ、冴香が起き上がる。

 

「気分はどうだ」

「お蔭さまでスッキリしてるよ。独特の倦怠感と罪悪感も相変わらず。

 所謂……『賢者モード』ってやつ?」

 

通常運転に戻った冴香の言動はスルーしつつ。

 

「この後はどうする?」

「『後片付け』はコッチで手配するから……取り敢えずシャワーかな。

 下着も替えたいし……ともかく摩耶を呼ぶよ」

 

冴香が通信機を取り出し、摩耶に連絡を入れようとして、手を止める。

そのまま暫く考え込んだ後、何故か通信機をしまった。

 

「……連絡を入れるんじゃなかったのか?」

「いや、来るなって言った手前、此処に摩耶を呼ぶのは気が引けるかなって」

「……まぁ、そうだな」

 

『散らかっている』周りを見回し、頷く。

 

「だよね。仕方ないよね。という訳で、ん」

 

冴香が上半身を起こしたまま、此方に顔を向けて両手を広げる。

 

「……どうしろと?」

「まだ体中痛いから動くのツラいし、かと言って摩耶も呼べないし。だから、ん」

「……俺に運べ、と?」

「(コクコク)」

 

その体制のまま、頷く。

 

「……仕方ないか」

 

正直言って『至極面倒』だが、道理として通っている(気がする)のもまた事実。

『体中が痛い』理由にも身に覚えがない訳ではないし、此処は此方が折れるしかないか、と諦める。

 

何となく此方が折れてばかりな気がするのも、恐らく気のせいであろう。

 

ため息を吐きつつ。しゃがみ込んで冴香の体を掴み、そのまま肩に担ぎあげた。

 

「さて、動くなよ(ベシベシ)だから動くなと言うのに」

「いや運んでって言ったけどさ、肩に担ぐってどうのなのさ?もっと『お姫さま抱っこ』とか」

「『横抱き』か?腕が疲れるから却下だ」

 

神林とて、疲労がゼロという訳ではないのだ。

出来る限り、此方が楽な手法で運びたい。

例えば、『俵担ぎ』の様に。

 

「だからって私は俵じゃなーい。お→ろ↑せ↓よ→」

「暴れるなこら落ちたらどうする」

「……あ、ごめんタカ君。この体勢、お腹が圧迫されて地味に気持ち悪い」

 

 

 

 

 

その後、折衷案として背中に背負って行くことにした。

 

 

その間、冴香が上機嫌だったのは、まぁ余談であろう。




作中の『ハンプティ・ダンプティ』の歌詞はwikiから。
訳は、幾つかの翻訳例を見つつ、それっぽく。

お互いに、何処かおかしくて、お互いに、何処か惹かれる。
そして気付けば何だかんだでいつも隣に。
そんな関係をイメージしてます。

でも『メインヒロイン』に据えるにはちょっと違う気がするんですよね。

さて、次回は『悪巧み回』再び、です。
お楽しみに。

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