鎮守府の日常   作:弥識

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イベント期間(というかGW期間)の9割を出張に潰されました。泣きたい。

はい、ようやく後編でございます。
前回北上さんを掘り下げたんですが、今回は某眼帯の子のターンです。
なんとなく、彼女はこんな認識なんですよね、私としては。

そして明かされる冴香の意図。ちょっと小難しいです。

では、どうぞ。


誰が為の牙:後編

○神林提督執務室―――

 

「作戦完了で艦隊帰投だ。ちゃっちゃと……って、何やってんだお前ら?」

「天龍……」

 

そう、報告書片手に執務室に入ってきたのは、軽巡の『天龍』だ。

そういえば、彼女は朝から遠征に行っていたなと思い出す。

 

入室して行き成りの妙に険悪な空気に、天龍は眉根を寄せた。

 

「取り敢えず……扶桑、提督は?」

 

室内の険悪な空気は一先ず脇に置き、自身が来た目的…遠征の報告書を見せつつ、神林の所在を扶桑に問う。

 

「……提督なら古賀大将の所よ」

「何か大事な話なのか?いつ戻ってくる?」

「詳しくは判らないけど、まだ暫くは来ないんじゃないかしら」

「そっか。……んで、こりゃどういう状況だ?」

 

改めて、周りの様子を見る。

一通り面子を見回して、その中で艤装を構えた北上を見て何かを察した天龍は、ため息を付きつつ北上に近づき、彼女の頭を『ぺしん』と叩いた。

行き成りの行動に、扶桑達はおろか、冴香達も含めて唖然とする。

 

「……いきなり何すんのさ?」

「いや、執務室で艤装構えてるお前が『何してんのさ』だよ。」

 

頭を押さえてジト目で睨む北上の言い分に、天龍は呆れた様に応える。

 

「て言うかお前らも見てないで止めろよ……」

 

周りを見渡しつつ呟く。

 

「まぁ、大体理由は察したけどよ、『あいつ』が悪く言われるなんて、いつもの事じゃねぇか」

 

その言葉に、冴香が反応した。

 

「……へぇ、どうしてそう思うんだい?」

「んぁ?誰だアンタ?」

 

冴香の問いに、天龍が首を傾げる。彼女は朝から遠征に出ていた為、冴香とはこれが初対面だ。

 

「質問に質問で返すのはどうかと思うよ?躾がなってないなぁ」

「おぅ、悪ぃな、飼い主の躾け方が適当なもんでよ。……で、何で判ったか、だったか?」

 

冴香の皮肉をさらりと流し、冴香の質問に答える。

 

「北上がムキになんのは『仲間(特に大井)を侮辱された時』と『提督を侮辱された時』……で、長門や扶桑がそれを止めねぇのは理由が『後者』だったからじゃねぇのか?」

 

そう思うと、あいつホントに慕われてるよなー、と改めて感じる。

 

「そうだったとして、何で君は彼女を止めるのかな?」

「決まってんだろ、『あいつ』がそれを嫌がるからだ」

「へぇ……随分と詳しいんだね」

「ちっと前に『やらかした』事が有ったからな。それで学んだのさ」

 

そう、彼は何時だって『何のために自身の持つ力を使うのか』を考えていた。

そしてそれは、少なくとも『こんな事』の為ではない。

 

天龍の言葉に、冴香は小さく口笛を吹いた。

 

「そっか、君が『あの時』の艦娘な訳だね」

「何か言ったか?」

「いや、別に?そうそう、私は誰かって話だけど……」

「あーいいよ別に。さっきは話の流れで聞いたけどよ、大して興味もねぇから」

 

天龍の応えに冴香の表情が僅かに引きつる。彼女は心中で『やり辛いなぁ』と思っていた。

 

扶桑や長門たちのように、ある程度『賢しく』なると話術で『嵌め易く』なる。

北上や響の様に真直ぐな感情を持っていれば『挑発にのせ易い』。

 

ところが、今の天龍のように『開き直った真直ぐな奴』は厄介だ。

そう言う奴は、自分の中に『芯』がある。そう簡単にぶれる事は無い。

そして、そういう奴が動くときは『本気で頭にきた』時だ。

早い話が、『安い洒落が通じない』のである。

嵌めるのには其れなりの『リスク』が生じてくる。

 

全く、『揃って』厄介なことで―――と改めて思う。

『彼』も、とびきり厄介だからだ。

 

内心の毒付きを隠しつつ、話を続ける。

 

「えーそんなこと言わないでよ。一応、タカ君の関係者だよ?」

「そりゃ此処に居るんだから関係者だろ。……つうか、アイツをあだ名で呼ぶような奴居たんだな。何だよ、友達居るんじゃねぇか」

 

実はぼっちじゃなかったんだなー、と冴香の言葉に変なところで関心する天龍。

 

「いや友達って言うか」

「何だよ違うのか?『身内』……じゃねぇよな?顔似てねぇし」

「いやある意味身内?まぁ『元』が付くんだけども……って、やめよう、話が進まない」

 

天龍の言葉に、焦れたように会話を打ち切る。

 

「私の名前は『宮林冴香』神林君の『元・婚約者』だよ。宜しく」

 

冴香が右手を差し出したが、天龍は応えない。

 

「……握手は嫌いかい?」

「まぁ、する相手によるな」

 

そう、それは残念。と冴香は手を引っ込める。

 

「で?その『元・婚約者』様がこんな所でこいつらにケンカ売ってて良いのかよ?」

「えーどうしてこっちが売った前提な訳?」

「こいつらは無闇に『そういう事』はしねぇし、俺はアンタみたいなタイプの人間が嫌いだからだ」

「酷い言い様だなぁ。これでも、私タカ君より階級上なんだけど?」

「それってなんか問題あんのか?」

「いや問題っていうか」

「どうも勘違いしてるみたいだから言っとくけどよ」

 

天龍はそう前置きしてから宣言する。

 

「俺が担いでんのは『神林貴仁提督』だ。『舞鶴鎮守府』でも無ければ『海軍』でもねぇんだよ」

「俺はアイツに付いて行く……俺が此処で戦う理由はそれだけでいい」

 

正直な話、天龍にとって『軍に忠誠を』とかどうでもいい。『護国の鬼』とかにも興味ない。

只々、勝利を、栄光を。自分が担ぐと決めた男の為に。

 

「……その担ぐと決めた人が、『得体のしれない変わり者』だったとしても?」

 

冴香の言葉に、鼻で笑いながら応える。

 

「少なくとも、アンタみてぇな『賢しい奴』の駒として使われる位なら、『得体のしれない変わり者』と一緒に戦争した方がよっぽど楽しいだろうさ……って、何だよ北上」

 

先ほどから面白くなさそうな顔をしている北上に目を向ける。

 

「……むかつく」

「はぁ?」

「……なんかお姉さんっぽく纏められたのがむかつく。言いたかった事全部言っちゃうし」

「いや、実際お前より年上だからな?」

「わかってるよそんなの。でも面白くないの」

「さいですか……ま、こんな奴の挑発に矢鱈にのんなよな、キリねぇから」

 

「……黙って聞いてりゃ、随分と生意気吹くじゃねぇか」

 

天龍の言葉に、摩耶が前に出る。

 

「駄目だよ摩耶、下がりなさい」

「んだよ冴香、邪魔すんのか?」

 

手を上げて制止する冴香に、摩耶が噛み付く。

 

「お前だって解ってんだろ?この商売、舐められたら負けだ」

「解ってるけど、此処でやるのは不味いから」

「やり合うのに場所も何もねぇだろうが」

 

どんどん険悪になっていく空気に、荒事を好まない『五月雨』と『雪風』はオロオロするばかりだ。

 

どうも退く気配の無い秘書艦に、冴香は小さくため息をつき、改めて声を掛ける。

 

「摩耶」

「んだよまだなんか文句……!」

 

焦れながら応えようとした瞬間、摩耶の言葉が止まる。

冴香の纏う空気が、劇的にに変化したからだ。

別に此方を睨んでいる訳でもなく、摩耶の位置からは冴香の横顔しか見えない。

そしてその表情も決して険しい物ではなく、あくまでも穏やかなものだ。

しかし、その身からは明らかに他者を威圧する明確な『覇気』が溢れていた。

 

勿論、その変化に気づいたのは摩耶だけではない。

先程まで会話していた天龍は勿論、長門や扶桑達も冴香の変化に気づいていたし、先ほどから艤装を向けていた北上と響は益々警戒の感情を向けている。

雪風と五月雨に至っては、部屋そのものが軋む様な冴香の威圧感に呑まれ、軽く涙目だ。

 

そんな周りの驚愕に関心を向けることなく、冴香は淡々と言葉を続ける。

 

「何度も同じ事を言わせないで」

 

それは、『嘆願』などではなく『命令』。

無意識に摩耶は直立不動の姿勢をとりそうになる。

 

「ここでの戦闘は許可しない。従いなさい」

 

そう言って、冴香は秘書艦の返答を静かに待った。

 

「……わかったよ」

 

ばつが悪そうにそう呟いた摩耶に、冴香は小さく「宜しい」と返し、部屋に篭っていた威圧感が霧散した。

 

「ごめんね、ちょっとからかい過ぎちゃったよ」

「いや、まぁ、先に我慢できなかったのは私達の方だし……」

 

肩を竦めながら謝罪の言葉を述べる冴香に、北上も困惑しながら応える。

 

「……ソレデ、結局、貴女は何をしに来たんデス?」

 

今一つ真意の見えない冴香の言動に、金剛が首を傾げた。

先程までの彼女の言動は、明らかに自分たちを煽っていた。

正直な所、本当に『喧嘩を売っている』のであれば、それを買うのは『吝かではない』とすら金剛は思っていた。

しかし、その割には妙な探り方をしていると言うか、ただ単に『喧嘩を売りに来た』だけでは無い様な気がした。

 

相手の真意が掴めなかった為、彼女は一先ず静観を決めていたのだ。

尤も、気の早い北上達が先に動いてしまった訳だが。

 

「んー?君達と話がしたかったのは本当だよ?純粋に興味もあったしね」

「『も』と言う事は、他の意味も?」

 

扶桑の問いに、「流石に聡いね」と頷く。

 

「大きな目的は二つ。『忠告』と『確認』だ」

「忠告、ですか?」

 

冴香の言葉に、五月雨が首を傾げる。

 

「そ、さっきも言ったけどさ、彼の感性は異常と言っても良い……ってだから艤装を構えないの北上。話が進まないから」

「……続けて」

「はいはい……兎も角、彼は敵を斃す事に戸惑いがない。それは事実だ」

「……提督が『キラーエリート』だと言いたい訳デスカ?」

 

金剛の問いに、冴香は真面目な顔で否定する。

 

「『キラーエリート』ってのは、殺人に快楽を覚える変態だ。彼は其処まで堕ちちゃいない」

 

まぁ、所謂『サイコパス』的な素質は持っているのかもしれないけれど、と一人呟いた。

 

『サイコパス(Psychopath)』とは日本では『反社会的パーソナリティ障害』という精神障害として認識されている。

症例の一つとして、『通常の人間が備えているはずである良心の呵責が欠如している』とあるから、あながち間違いではない。

 

 

「でも上層部が警戒してんも事実でさ。実際、彼が斃した人間には、『元味方』も入ってる」

 

冴香の言葉に、摩耶と雪風は何時か聞いた『死神の話』を思い出す。

 

「まぁ反乱を起こした奴らの鎮圧・殲滅だから、それを非難されるいわれは無いんだけど……少なくとも、彼は嘗ての味方に牙を向けることに抵抗がない」

「ですが、提督が……!」

 

言葉にならない五月雨を制し、冴香は続ける。

 

「勿論、私も彼が『好き好んで鎮守府を潰す』なんて思ってないよ?でも、重要なのはそこじゃないんだ」

 

こっから先はオフレコだよ、と前置きをして語りだした。

 

「海軍の上層部で、きな臭い話が出てきてる」

「きな臭い話?」

「そ、まだ確証が取れてないから詳しくは言えないけど、君達『艦娘』も絡む結構な『厄ネタ』だ」

「という事は……」

「勿論、この舞鶴だって例外じゃない。で、その場合……」

 

そう、大事なのはそこから先だ。

もし『事が起きた』場合、彼が―――神林が、『真っ先に矢面に立つ』可能性が高いという事。

 

「彼はそうなった時、間違いなく動くよ。多分、手段は選ばないし、どんな事だってするだろう……君達を護る為にね」

「それが……忠告、ですか?」

「そう言うこと。で、もう一個の『確認』に続くわけなんだけどさ」

 

そう言って、彼女達を見る。

 

「思うに、君達は『神林艦隊』の中でも、特に彼と近しい間柄なんじゃないかな?」

「そう、なのでしょうか?」

 

自信なく首を傾げる五月雨に、「そうだよー」と返す。

 

「彼は自分の世界に他人が入ることを嫌がる……まぁ野生動物染みた所があるからね」

 

冴香は苦笑しつつ続ける。

 

「そんな彼が執務室、つまり自分の『縄張り』に居る事を許してるって時点でかなり心を許してると思うよ」

 

まぁ、彼との距離を周りが取りかねて、気づいたら彼が浮いているってのが主なんだけども。とは言わないでおく。

 

「それで、貴女は何を『確認』したかったの?」

 

響の問いに、笑顔で応える。

 

「君達が、彼に対してどれだけ『依存』してるか……かな?それによって、今後の動き方が変わるから」

「依存……例えばそれが強かったとして、具体的にどう変わるんだい?」

「タカ君が『共に戦う頼もしい仲間』じゃなくて『護るべきか弱い存在』としてしか君達を見れなくなる。この差は大きいよ」

「それで、貴女にはどう写ったのかな?」

「まぁ、合格じゃないかな。あとは、彼次第って感じかな?」

 

まーでもそれが一番難しいんだけどもねーと呟く冴香に、扶桑が問う。

 

「……随分、提督の事を知っているんですね」

「まぁねー、付き合い長いから。そもそも、彼が此処に来た事にも一枚噛んでるし?」

 

冴香の言葉に、彼女達の空気が変わる。

 

「あれ、言ってなかったっけ?……ま、いっか、今言ったし。」

 

ともかく、と冴香は話を切り替えるように手を叩く。

 

「私は君達よりも『彼』の事を知ってる……教えてあげよっか?彼の事」

 

そう言って、彼女達の『返答』を待つ。

 

偶然か必然か、『彼女達』は皆同じ事を考えていた。

 

 

―――あの人の、過去?

―――興味がないと言ったら、嘘になる。

―――いや、言葉で誤魔化すのはやめよう。

―――私は、私達は、知りたい。あの人の事を、もっと、もっと。

―――この人は、『教えてくれ』と言えば多分教えてくれる。

―――其処に嘘はないと、『なんとなく』だが確信できる。

 

 

 

―――でも。それでも。私は。私達は。

 

 

 

 

 

扶桑「……結構です」

金剛「No Thank youデース」

長門「断る」

青葉「お断りします」

北上「んー別にいいや」

天龍「別に聞きたくねぇな」

響「お断りだよ」

五月雨「……ごめんなさい」

 

 

 

彼女達の応えは―――非であった。

 

その答えに内心満足しつつ、冴香は続けて問う。

 

「本当に知りたくないのかな?結構貴重な情報だと思うんだけど」

「すまない、言葉が足りなかったな。『貴女の口から教えてもらうような事は何も無い』と言いたかった」

 

長門の言葉に、「その通りです」と青葉が続ける。

 

「提督がこれまでに何を見てきたのか……それはいずれ、青葉が提督から、直接、取材させていただきますので」

「でも、彼がそれっぽいことをでっち上げるかもしれないとか思わない?」

「そんなモン、聞けば直ぐに判るさ。なんたって」

 

「「「「あの人は、想いを隠すのは上手いくせに、嘘を吐くのが下手だから」」」」

 

 

 

その答えに、冴香は今度こそ満足そうに頷く。

 

「ふふふ……うん、良い答えだ。気に入ったよ」

 

そう言って、何処からか取り出した通信機のスイッチを入れ、話し出す。

 

「あ、もしもし、古賀さん?わたしわたし」

 

発言の内容から、恐らく相手は古賀大将なのだろう。

 

「こっちは終わったよー。うん、満足満足。合格だよ」

 

どうも、古賀大将も今回の件に噛んでいるようだ。提督が戻ってこなかったのもそのせいだろう。

兎も角、諸々の『案件』とやらは終わったのだ。

 

やれやれ―――と扶桑達が疲れた肩を撫で下ろした時。

 

「あ、其処にまだタカ君居る?代わって代わってー」

 

―――うん?

 

扶桑達の本能が警鐘を鳴らす。が、もう遅い。

 

「あ、タカ君?わたしわたしー、あのさー、今から私と決闘しない?」

 

―――は?

―――え、ちょっと何言ってんのこの女。

 

 

 

 

 

 

まだまだ、嵐は終わらない。




いやー難産でございました。下手にキャラは出すもんじゃない。
纏まってますかね?読み返すときっと直したくなるんです。良くあることです。

所で天龍さんがお姉さんですが、史実でも彼女はかなりの古株なんです。
現時点では、彼女より歴史が古い実装艦娘は金剛型と扶桑型と伊勢型くらいです。
なのでちょっとお姉ちゃん風を吹かせてみました。

次回からはちょっとバトルパートに入ります。
いよいよ、神林さん(と冴香さん)の強さの秘密が明かされます。お楽しみに。

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