鎮守府の日常   作:弥識

22 / 72
皆さん、お久しぶりです。
ちょっと色々ありまして、更新が遅れてしまいました。

さて、後編でございます。
今回の編成はシリアス4:コメディ2です。

では、どうぞ。


遺す痛み・遺される痛み:後編

●舞鶴鎮守府:入渠ドック

 

ベッドに横たわる大井が、静かに寝息を立てている。

運び込まれて直ぐは時折苦しそうにしていたが、現在の容態は落ち着いていた。

彼女のレベルが低い事もあって、大破していても入渠は短時間で終わる。こうしている間にも、損傷は修復されていた。

そう、彼女たちは『人間ではなく艦娘』なのだ。どれ程の損傷を受けたところで、ドックに入れば修復可能だ。

 

『まぁ、【そう言う問題じゃない】んだけどね』

 

北上は大井のベッドの横に座りながらそんな事を考えていた。

もう暫らくすれば、大井は目を覚ますだろう。

彼女が目が覚めたときに、傍に居たい。親友である自分を心配させたのだ。小言の一つでも言ってやらなければ気がすまない。

 

そうでもしなければ、北上の胸に渦巻くものを払拭させる事など出来なかった。

 

 

「大井の様子はどうだ?」

 

不意に北上の背後から声が掛かる。彼女も聞きなれた声だ。

 

「殆ど修復は終わってるよ。もう直ぐ目も覚めると思う」

 

北上は後ろを振り返る事無くそう返す。自分の今の顔を『彼』に見られたくなかった。

 

「…そうか、起きたら大井に伝えておいてくれ。『ご苦労だった、今は休め』とな」

「ねぇ、提督」

 

そう言ってドックを後にしようとした神林の背中に、北上の声が掛かる。

 

「なんだ?北上」

「こういう遣り取りってさ、何時まで続くのかな?」

「……戦いが終わるまでだ」

「だから、それって何時になるの」

「奴等を倒すまで……と言う答えでは不服か?」

 

 

わかっている。そんなことは北上にもわかっている。でも―――

 

「だから!『それ』が『何時になるのか』って聞いてんの!!」

 

 

―――でも、『そう言う問題ではない』のだ。

 

 

 

「私は!ずっと戦って来たんだ!『この姿』になる前だって!!」

 

気付けば北上は神林に掴みかかっていた。

 

 

「『あの戦争』だってそうだ!皆いなくなって、私一人になって!」

「『あんな物』まで積んで戦って!それでも勝てなかった!」

「長崎で解体された時、嬉しかった!『これで皆と同じ所に逝ける』って思ったから!」

 

北上の慟哭を、神林は黙って受け止めた。

彼は理解している。それを遮る資格など、自分にはないのだと。

其処まで一息で叫んだ北上は、暫らく息を整えた後、先程とは正反対の弱々しい声で続けた。

 

「この姿になって、皆にまた逢えて、本当に嬉しかったよ?」

「でもさ、戦いは終わらない。ずっと戦ってるのに。あんなに沢山斃したのに」

「ねぇ、何で勝てないの?何で終わんないの?こんな事が、あとどれだけ続くの……?」

 

今回は良かった。でも『次』も良いとは限らない。戦いに、『絶対』はない。

 

もし、大破した後に敵の追跡に捕まったら?

もし、大破した後なのに夜戦が避けられなかったら?

 

―――もし、また自分だけ遺されたら?

 

 

「……いやだよ」

 

自分が出撃しているのなら問題はない。

だが、自分が『誰か』の帰りを待っているとき、ふとした拍子に浮かぶ不安が、北上に纏わりついて離れない。

 

「また私だけ遺されるのは……やだよぉ」

「北上……」

 

神林の胸に顔を押し付け、北上は声を殺して泣く。

対する神林は、震えながら泣く彼女の頭を撫でる事しか出来なかった。

『遺される痛み』は、彼も痛いほど知っている。なぜなら彼も、『自分だけ取り遺された』者の一人なのだから。

だが、彼には今の彼女を癒せない。今、北上を安心させてやれるのは、神林ではない。

 

 

 

 

 

 

 

「……北上さん?」

 

 

後から聞こえた声に、弾かれた様に振り返る北上。

 

「大井っち!」

 

声の主は勿論大井だ。修復もほぼ終わったのだろう。目立った外傷は見当たらない。

北上が大井のベッドに駆け寄った。そのままベッド脇に膝を付き、大井と目線を合わせる。

 

「大井っち…!よかったぁ……」

「北上さんたら…大げさよ。私はあの程度では沈まないわ」

「だって…でも…心配したんだから……」

 

いつもの飄々とした態度とはまるで違うしおらしさに、大井が苦笑する。

正直、大井自身もあの時は『まずい』とは思った。だが、思っただけである。

大井単艦なら危険だったが、あの時、彼女の周りには頼れる仲間が沢山いた。

それに、神林が大破した自分をそのままにしたまま進撃させるはずがない。そう思える位には神林を信用していた。

 

※尤もその根拠は『じゃなきゃ北上さんが此処までこの人に懐かないし』というものであったが。ともかく。

 

「大井、調子はどうだ」

 

改めて、神林が大井に話しかけた。

 

「修復は完了しました。もう問題ありません」

「そうか、まぁ今日はゆっくりすると良い。ドックも空いているからな」

「……ありがとうございます、提督」

 

さて…と、大井は改めて北上に目を向ける。

此処まで彼女が取り乱すのは珍しい事だと思った。

いつも飄々としていて、掴み所がない……それが、周りの北上に対する評価だった。

親友である大井と二人きりの時は多少感情的になることはあったが、此処は他者が入ってくるかもしれないドックの中。

と言うか、北上の後ろに神林が居るではないか。

大井としては、正直此処に神林が居てもいなくてもどっちでも良いのだが…まぁいい。

大井が大破したのはこれが初めてではない。それこそ、当たり所が悪ければ駆逐艦の砲撃でも中破や大破だってする。

以前、自分が大破した時も北上は見舞いに来たが、

 

『大井っち災難だったね~』

 

ぐらいの事しか言ってなかった気がする。

となると、やはり原因は先程北上が言っていたことか。

 

敵の砲撃を受けて意識が途切れる前、北上の声が聞こえた気がした。

恐らく、執務室には彼女も居たのだろう。そうなると、一部始終を聞いていたことになる。

また、出撃前に『例の兵器』の話をした事もある。

北上は普段こそあぁだが、その内面は意外と繊細だ。

それこそ、事在る度に『あの兵器は二度と載せたくない』とぼやく程度には。

 

今朝大井が振った話でナーバスになったところで、大井が大破する戦いの一部始終。

 

『……って、要するに大体私のせいじゃないですか』

 

大井は内心頭を抱えた。あの時は甲標的の素晴らしさで色々と吹き飛んでいたが、もう少し北上の心に気を配るべきだった。

 

兎も角、と大井は思考を切り替える。自身の行動の拙さを嘆くのは後でいい。

今しなければならないのは、そんなことじゃない。

目の前で泣く親友を安心させる―――現時点で大井が最優先するのはそれだけでいい。

 

上半身を起こし、北上の頭に手を置く。一瞬肩を竦ませた北上だが、そのまま大井を見上げた。

 

「大井っち……?」

「ごめんなさいね、北上さん……一人にさせちゃって」

 

大井の言葉に、北上が目を見開く。

 

「さっきの、聞いてたの?」

「少し前から、意識はあったから」

 

そのまま、大井は北上の頭を優しく撫でる。

 

「ごめんなさい、北上さん……辛かったですよね、寂しかったですよね」

「大井っち……『でも』え?」

「でも……私も辛かったのよ?」

 

そう、辛いのは『遺される者』だけではない。

最愛の者を遺して先に逝く……それだって、辛い事だ。

 

「貴方を遺して逝くのが…とても辛かった」

 

『あの時』、大井は只々北上への想いで一杯だった。

それこそ、『アレほどの未練を抱いて沈んで、良く怪物にならなかったな』と大井自身が思うほどに。

『深海棲艦』は、『艦船の怨念』によって産み出されている、と実しやかに囁かれている。

下手すれば自分も『あちら側』に居たかもしれないのだ。

 

目を閉じ、北上を引き寄せる。コツン、とお互いの額が触れた。

其処から感じるのは、紛れもない『温もり』。自分達が『船』であった頃には感じた事は無かったものだ

 

改めて、『この姿になれて良かった』と思う。

こんなに近くで、大切なものを感じる事が出来るから。

 

「約束する。もう、絶対に、貴方を置いて逝ったりはしない」

「大井っち……」

「もっと強くなって、北上さんも、皆も、今度こそ護ってみせるから」

「うん……うん!」

 

そう言って、お互いに額を合わせたまま笑う。

目尻に光るものがあっても、今は気にならなかった。

 

 

再び穏やかな寝息を立て始めた大井を見詰つつ、ふとある事を思い出した北上は後ろに立つ神林に声をかけた。

 

「ねぇ、提督。ちょっと聞きたい事があるんだけど、良い?」

「……なんだ?」

「大井っちと私ってさ、もう一段階改造できたよね?」

「そうだな」

「改造に必要なレベルって、50だっけ?」

「そうだな」

「……私って、今レベルいくつだったっけ?」

「……間もなく、45だ」

「そっか、もうちょっとか」

 

うんうん、と頷きつつ、『あ、あともう一個だけ』と続ける。

 

「『改二』になった私って……運がかなり良くなるんだよね」

「……らしいな」

「ん、わかった。ありがと」

 

そう言って、北上は自身の頬をパチン、と叩く。

 

「ごめん、提督。ちょっと弱気になってた」

「気にするな。たまにはそんな事もある」

「へぇ、提督も?」

「……どうかな」

 

えーそこは素直にあるって言おうよー、と笑う。

どうやら、何時もの彼女に戻ったようだ。

 

「やっぱさー、護られっぱなしは私の性に合わないわけよ」

 

親友が『自分を護る』と言ってくれたのだ。では、自分は何を成すべきか?

そんなの決まっている。『護る』んだ。私が。私も。

 

「提督。私をどんどん改造して」

 

そう言って、北上は何時もの様に笑う。

 

「絶対に、大井っちは沈ませない……私の幸運に、皆を巻き込んでやるんだから!」

 

 

 

 

 

『もう暫らく大井っちについてる』と言った北上を残し、神林はドックを後にする。

すると、三人の艦娘が彼を待っていた。

 

「提督、大井は大丈夫だったクマ?」

 

最初に話しかけてきたのは球磨型軽巡一番艦の『球磨』だ。

後ろに居るのは同じく球磨型軽巡二番艦の『多摩』と五番艦の『木曾』だった。

 

「もう心配ない。それに、北上がついてる」

「そう…良かったニャ」

 

提督の言葉に、多摩が胸を撫で下ろす。

 

「やはり心配だったか?」

「まぁ、そりゃな」

 

神林の問いに応えたのは木曾である。残念な事に『キソー』とは言わない。

 

「何か失礼な事考えてないか?」

「……気のせいだ」

 

ジト目で見てくる木曾の視線をかわす。

 

「でもどっちかと言うと、心配してたのは北上のほうだクマ」

「そうなのか?」

 

球磨の言葉に、神林は目を丸くする。

 

「中破だろうが大破だろうが、『戻ってこれた』なら何とでもなるニャ」

「でも、『待ってる奴』はそうはいかないからな……」

 

神林の言葉に、多摩と木曾が応え、球磨が続ける。

 

「北上はあれで意外と繊細だクマ。……まぁ、大井が上手くフォローしてくれたみたいだからもう大丈夫クマ」

 

やはり彼女たちも北上の『危うさ』に気付いていたのだ。

彼女たちも、『北上を置いて逝ってしまった』側なのだから。

 

「それはそうと……提督、ちょっと聞きたいことがあるクマ」

「ん、何だ?」

 

所で、艦娘の事について、『新人提督が最初に知って驚く事』というモノがある。

 

「……ウチの可愛い『妹分』をあんな目にあわせたのは、何処の海域のクソ棲艦だクマ?」

 

例えば、北上が『球磨型軽巡三番艦』で大井が『球磨型軽巡四番艦』であること。

例えば、『軽巡最強の一角』と言われている艦娘が、現在目の前で荒ぶっている球磨型一番艦だったりすること。

 

「そんなに時間は掛けないクマ。ちょっと『ボコにして(訳:沈めて)』来るだけだクマ」

 

クマさんが激おこである。プンプン丸である。完全にスイッチが入ってしまっている。

 

「心配しなくても、無断で行ったりしないニャ」

「あぁ、提督に許可をとって、なんだったら六隻で編成もしていくから問題ねぇよ」

 

他の二人も似たような心境らしい。これは止めても無駄か。

 

「……わかった。但し、突っ込み過ぎないようにお目付け役をつけるからな?」

「そう言うと思って、もう『金剛』と『赤城』と『飛龍』に話を付けてあるクマ」

 

……ガチ編成ではないか。

逃げた重巡一隻相手に、近代化改造の終わった戦艦と正規空母をぶつけるとか、完全にオーバーキルである。

というか、こういうのは『交渉』とは言わない。最早『報告』である。

 

「……わかった。好きにしろ」

 

何だか考えるもの面倒になったので、軽く手を振って許可をだす。

それを見た木曾が、好戦的な笑みを浮かべつつ、自身の拳を打ち合わせる。

 

「うっしゃ!やられたらやり返す……『倍返し』って奴だ!」

「ちっちっち、木曾は甘いクマ」

「あん?」

「そうそう、間宮羊羹くらい甘いニャ」

 

したり顔で指を振る姉二人に、末っ子が首を傾げる。

 

「やられた奴にはやり返すクマ」

「身に覚えが無い奴にもやり返すニャ」

「と言うかとりあえず目に付いた奴等はボコにするクマ」

「むしろ誰彼構わずボコにするニャ」

 

 

 

 

「「そう…………『八つ当たり』だクマ(ニャ)!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやそれ只の迷惑な奴だからな?」

 

「(・ω・)<クマ?」「(・ω・)<ニャ?」

 

「いや可愛い顔して小首傾げても誤魔化せないからな!?」

 

 

 

 

末っ子は大変である。




頑張って最後コミカルにしたよ!
と言うか、今回の話は最後のやり取りをしたいが為だけに考えたものだったり。
シリアス返せ?知らんながな。

さて、次回からちょっと話を進ませます。
『あの人』が舞鶴にやって来ますよー。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。