鎮守府の日常   作:弥識

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皆様、明けましておめでとうございます。
拙い作品ではありますが、これからもよろしくお願いします。

タイトルが『天龍の場合』となっていますが、今回は神林提督が半分主役でございます。
神林提督のターン、はっじまっるよー!


天龍の場合:後編

猿渡中佐との一件から数日。ついに手合せの日がやってきた。

ある意味当事者(猿渡を引っ叩いた)である天龍も、神林と共に武道場に来ていたのだが…

 

「……なんで扶桑もいるんだよ?」

「秘書艦ですから」

「……左様で、じゃなくて。いやいや、お前第一艦隊の旗艦だろうが。艦隊はどうした艦隊は」

 

そう、神林提督の第一秘書艦である扶桑も同席していたのだ。

 

「提督不在なのに艦隊出撃も何もないでしょう?第一艦隊は遠征にも出られないんだから」

「まぁ、確かにそうだけどよ……」

「そういう貴女はどうなの?確か『ジャム島攻略作戦』の部隊に入っていた筈だけど」

「攻略部隊を交代でやってるからな。俺は今回留守番だ」

 

今回の『ジャム島攻略作戦』において、神林は複数の軽巡を交代で部隊に編成していた。

先日、『五十鈴』と並ぶ対潜能力を誇る『由良』の近代化改造が終了した。『五十鈴』も勿論近代化改造を終えている。

神林は前述二隻の軽巡を軸に、更なる軽巡のレベルアップを図るため、軽巡三枠のうち残りの一つを、交代で運用していた。

因みに今回は『龍田』が入っている。その為天龍は鎮守府で留守番なのだ。

 

「ふん、勝負の前に艦娘と談笑とは…余裕だなぁ?神林」

「いや、俺は会話には入ってないのだが……」

 

その様子を見てカリカリしている猿渡。ある意味とばっちりである神林は苦笑していた。

 

「秘書艦足る者、提督の側に居るのは当然です。尤も、其方はその限りでは無いようですが」

 

そういって、扶桑は猿渡の方を冷めた目で見る。そこには秘書艦は愚か、艦娘一人いない。

 

「おいやめろよ扶桑そこは察してやれよ。ほら、皆きっと遠征にでも出てんだよ」

「少なくとも秘書艦は遠征に行けない筈なのだけれど……」

「聞こえてるぞ貴様らァ!!」

 

天龍のフォロー(になっているかは不明だが)を台無しにする扶桑。恐らく彼女は分かってやっている。

尤も、自身の尊敬する司令官を悪く言った相手を『好意的に』応対しろ、というのも無理な話なのだが。

二人の雑談が聞こえた(聞こえるように言ったのだが)猿渡は激昂している。身に覚えでもあるのだろうか。

ともかく、猿渡提督は神林提督と違って、艦娘にあまり慕われていないようである。

 

このままでは埒が明かないと、神林が声を掛ける。

 

「ともかくはじめよう。出撃していた艦隊がもうすぐ帰って来る。さっさと済ませたい」

「こっの…!何処までも虚仮に!」

 

いや、馬鹿にしてたのはアンタだろ、と天龍は内心呟く。勿論声には出さない。時間が勿体無いからだ。

 

 

因みに今回の勝負は武道場にて竹刀を使った勝負である。流石に鎮守府内で真剣や銃は振り回せない。

 

肩を怒らせながら準備をする猿渡を横目に見つつ、手元の資料を開きながら扶桑が神林に声を掛ける。

 

「猿渡中佐は剣道の有段保持者です。軍に入る前には大会入賞経験もあるようですね」

「良く調べてんなオイ」

「秘書艦ですから」

「マジかよ、秘書艦すげぇな」

「…ともかく。かなりの使い手と見ていいでしょう。失礼ですが、提督、剣道のご経験は?」

「あ、ソレ俺も気になる」

 

扶桑の問いに、天龍も興味津々だ。

神林は以前、負傷中だったとはいえ、天龍を投げ飛ばし、気絶させている。

その動きは洗練されており、少なくとも彼が武道の心得があることは明確だった。

 

「剣道経験か?殆どない」

「……は?」

「……はい?」

 

しかし神林の予想外な返答に、天龍は勿論、扶桑も気の抜けた声が出た。

剣道での勝負を持ちかけたのは猿渡の方からだったが、快諾した神林にも剣道の経験があるものだと思っていた。

 

「……冗談ですよね?」

「こんな事で冗談を言ってどうする」

「あ、アレだろ?剣道は無いけど柔道や空手はある的な!」

「柔道も柔術も空手もやった事はない。と言うか、スポーツ格闘技の類は殆どした事が無い」

「…あ」

「あ?」

「アホかぁ!!」

「て、天龍落ち着きなさい」

「これが落ち着いて居られるかよ!マジか、信じらんねぇ…俺は素人に投げられたってのか?」

 

神林の発言に頭を抱える天龍。

手負いだったとはいえ、自分は武道の『ぶ』の字も知らない素人に負けたというのか?

 

「し、しかし提督、以前武道の心得があると……」

 

恐る恐る扶桑が訊ねる。そうだ、以前彼は言っていたではないか。『弱い軍人に価値はない』と。

だが彼の返答によっては、何が何でもこの勝負をやめさせる必要が……

 

「あぁその事か。武道ではなく、実戦経験があるという意味だったんだが…それにしても」

 

扶桑と天龍の戸惑いを置き去りに、神林は徐に壁に掛けてある竹刀を手に取る。

そのまま軽く構えたと思うと、竹刀を軽く振った……のだが。

 

「なっ……!」

 

その動きを見た天龍が絶句する。扶桑も目を見開いていた。

 

『は、速い…俺の目で追いきれねぇだと!?』

 

そう、神林の振る竹刀の速さが尋常ではなかったのだ。

最初の構えからして、恐らく突き→切り上げ→切り払いの動きだったと思う。

だったと思う、というのは単純に天龍の目で追いきれなかったからだ。

 

「ふむ、やはり軽いな。驚く程軽い」

 

天龍達の驚愕を他所に、神林は小さく呟く。その目には小さな失望、そして大きな安堵があった。

 

「…提督?」

「どうしたんだ?」

 

神林の様子に、扶桑達が声を掛ける。

 

「いや…こういうものを手に持つ機会が多くなくてな」

 

手の中にある竹刀に目を向ける。これは確かに『武器』だ。だが―――

 

『これなら、人を殺す事は無いだろう』

 

勿論、度を過ぎれば只では済まないだろう。だがコレで一発殴ったところで、まず死ぬ事は無い筈だ。

正しく使えば、人を殺めることは無い。これはそんな『武器』だ。

 

だが、自分が今まで手にしてきた『武器』は『如何に人を殺すか』を追求したものであった。

本来の使い道が文字通りの『一撃必殺』であり、それの使い方を自分は体の芯にまで叩き込んでいる。

 

―――最初に手にした物が『こういう武器』であったなら、もっと違った未来を歩んでいたのだろうか?

 

勿論、『こんな未来ならいらなかった』とは思わない。

あの時は『それ』しか選べなかった。他を選ぼうとも思わなかった。それに―――

 

「提督?」

「大丈夫ですか?」

 

そう、それに違う道を選んでいたら、こんな自分を心配してくれる『彼女達』に出会う事はなかったのだから。

 

「大丈夫だ。問題はない」

 

準備を終えて戻ってきた猿渡に目を向けつつ、後ろの二人に声を掛ける。

 

「先程、武道の経験はないと言ったな」

「あ、あぁ……」

「確かに俺には武道の心得は無い。だが―――」

 

竹刀で肩を叩きつつ、不敵に笑う。

 

「―――だが、『人間との戦い方』は、嫌というほど心得ている。心配するな」

 

 

 

 

準備を終えた猿渡は、神林の様子を見て驚く。

 

「神林!貴様、何故防具を着けていない!?この期に及んで逃げる気か!?」

 

そう、道着に着替え、防具を着けている猿渡に対し、神林は防具はおろか服装すら変わっていない。

一応上着を脱ぎ、シャツの首元を緩め袖を捲ってはいるが、とても剣道をする服装とは思えない。

 

「其方はどうか知らないが、生憎此方は剣道の経験が無くてね。馴れない物は付けたくない」

「何だと…?武道の心得が無いとは…貴様、それでも軍人か?」

「コレでも軍人だよ。心配するな、勝負はする。問題は無いだろう?」

「貴様正気か?防具が無かろうと、手加減などせんぞ」

「いらぬ心配だ。それとも、ハンデとして防具を背負った方が良かったか?」

「貴様…!後悔するなよ!」

 

武道場の中央で、二人が向き合う。

何処で話が漏れたのか、何時の間にか武道場にはギャラリーが集まっていた。

 

「何の騒ぎだ?」

「猿渡と神林が勝負するんだそうだ」

「神林?あの臆病者が?」

「しかも見ろよ、あいつ、防具を着けてないぜ」

「どうせ負けたときの理由にするんだろ。女々しい野郎だ」

「だから『臆病者』なんだろ?」

「はは、違いねぇ」

「つうか、こんな時でも艦娘を侍らしてんのな」

「顔は良いからなあの臆病モン。大方、その顔でたらしてんだろ」

「『我、艦娘と夜戦に突入する!』ってか?」

「誰が上手い事言えっつったよ」

 

ギャラリーは猿渡の勝利を疑っていないようだ。

それと、どうも神林提督の評価は概ね猿渡と同じらしい。

 

「…………」

「天龍、落ち着きなさい」

「そう言う扶桑こそ、目が怖ぇぞ、落ち着けよ」

 

ギャラリーの声を聞いた二人は少々殺気立っていた。

正直、聞くに堪えない。自分達の誇りを穢されている様な気分だ。

だが二人とも、それに反論しようとは思わなかった。何故なら―――

 

「提督、すげぇ怒ってんな」

「あの声の大きさよ。恐らく提督の耳にも入っているわ」

 

先程から提督の纏う空気に、明らかな『怒気』が混じっていたからだ。

 

「まぁ、アイツが『心配すんな』って言ったんだ。問題ねぇよ」

「最初から心配なんてしてないわ」

「へいへい……」

 

そう、神林は『心配するな』と言ったのだ。

なら自分達はそれを信じて待っていればいい。

どうせ、全てが終われば、周りの言葉など意味を持たなくなる。

 

 

無言で向き合う二人に動きは無い。仕合は既に始まっていた。

周りの声に気分を良くしたのか、猿渡が無言で向き合う神林に対し、声を掛ける。

 

「真剣じゃなくて良かったなぁ?だが知っているか?竹刀と言えど、まともに喰らえば痛いでは済まんのだぞ?」

 

それを聞いた神林は心底可笑しそうに笑いながら、応える。

 

「なんだ、今更俺を殴るのが怖くなったのか?」

「何だと?」

「以前言った事を覚えているか?」

 

訝しがる猿渡に構わず、神林は続ける。

 

「俺は言ったよな?『任務であれば何だって斃す』と」

「それがどうした?」

「言い方を変えるとだな、『敵と認識したら、容赦なく斃す』と言う事でもある」

「だからどうした」

「……今、貴様は俺と勝負している……つまり今に限っては『敵』だよな?」

「……何だと?」

「だったら……俺が貴様に容赦する理由は無いと思わないか?」

 

何かに憑かれたように続ける神林を前に、猿渡は今更になって目の前の男の異常さに気付く。

周りのギャラリーも、神林の剣呑な発言にどよめいている。

 

「俺は手加減が苦手なんだ。『前に居た処』では手加減の仕方を教わらなくてね」

「な、何を……」

「全く、お前の言うとおりだよ」

「だからさっきから何を「なぁ、気付いてるか?」あ?」

「もう俺の間合いに入ってるぞ?」

「なっっ!?」

 

いつの間にか、神林が突きの構えを取っている。

しかし、まだ自分と神林の間には、2m以上は空いているはず―――

 

「……遅い」

 

次の瞬間、神林が目の前に居た。

 

「な―――」

 

刹那。

 

途轍もない衝撃が猿渡を襲い、そのまま彼は意識を手放した。

 

 

 

 

秒殺。

 

まさに文字通りであった。

 

「……遅い」

 

一瞬で間合いを詰めた神林が、猿渡の首に打突を叩き込む。

 

「がっ―――!」

 

対する猿渡は反応すら出来ず、数m吹き飛ばされ、そのまま床に叩きつけられた。

 

「…………」

 

ギャラリーも、扶桑達も声が出ない。

尤も、片や戦慄、片や驚愕、と声が出ない理由は違っていたが。

 

猿渡は床に大の字になったまま微動だにしない。

恐らく、最初の突きを喰らった時点で意識は無かったのだろう。

 

倒れたまま動かない猿渡を見つつ、「騙したようで悪いんだが…」と呟く。

 

「『剣道』や『剣術』は学んでいないが、『如何にして効率よく人を斬殺すか』は徹底的に叩き込まれてね」

 

そう…刃物の持ち方、体捌き、人体の構造上何処を狙えば斬り易いか…理論も実践もこなした。

 

「俺にそれを教えた人は、それを『斬術(ざんじゅつ)』と呼んでいたよ」

 

もし手にしていたのが竹刀ではなく真剣なら、間違いなく首から上を吹き飛ばしている。

 

「貴様の言う通り、『真剣でなくて良かった』…まぁ、聞こえてないか」

 

そう言って竹刀を元の位置に戻し、扶桑達の下に戻る。

 

「さて、終わりだ。執務室に戻るぞ」

「提督、お疲れ様です」

「思ってた以上にえげつない事すんなアンタ」

 

扶桑は上着を手渡しつつ素直に労い、天龍は倒れたままの猿渡を横目に見つつ呆れていた。

対する猿渡には、我に返ったギャラリーのうちの何人かが駆けつけている。

面を外されていたが、どうやら完全に失神しているようだ。口からは泡を吹いている。

 

「……死んでねぇよな?」

「一応防具の上から突いているから気道は潰れていないだろう。暫らくは苦労するだろうが問題ない」

「普通打突だけであそこまで吹っ飛ぶモンなのか?」

「さぁな、咄嗟に後に飛んだんだろ」

「じゃぁ何で気絶してんだよ……」

 

神林の言葉に、改めて自身の司令官の規格外さに驚く天龍。

『能ある鷹』どころの話ではなかった。目の前に居るのは人の皮を被った猛獣だったのだ。

だが、『それでこそ』とも思う。自分を従える司令官なのだ。生半可な奴では付いて行こうとも思わない。

 

「で?この空気はどうすんだ?」

 

改めて武道場を見回しつつ、天龍が問う。

現在の武道場には、なんとも微妙な空気が流れてしまっている。

これが接戦で終了後にお互いを称える……となっていればまだしも、『瞬殺な上に相手は失神中』である。

 

「……さて、どうしたものか」

「いやアンタ考えてなかったのかよ!」

 

さっき『さっさと済ませる』とか言っていたから、てっきりこの結末も想定済みだと思っていたのだが。

面倒だからこのまま執務室に戻ってしまおうか、と考えていた矢先、武道場に知った声が響く。

 

「あ、いたいた…もう、探したわよ」

「陸奥?」

 

武道場の扉を開けて顔を覗かせたのは神林艦隊に所属している戦艦『陸奥』だ。

突然の『ビックセブン』の登場に、武道場は別の意味で騒がしくなっている。

尤も陸奥は野次馬には目もくれず、そのまま中に入っていく。

途中倒れている男や神林を見比べて『あなた達何してたの?』と呟いていたが、言うほど興味がなかったのかそのまま神林に近づいた。

 

「提督に届け物よ。もう、執務室に行っても居ないから、随分探しちゃった。提督なんだから、執務室に居なさいよ」

 

陸奥の言い分に苦笑しながら応える。

 

「すまない、ちょっとした野暮用だ。で、俺に荷物か?」

「えぇ、何でも、『以前から手配していた物』らしいけど?」

 

そういって、神林に小さな包みを手渡す。

中身におおよその見当がついた神林は、その場で包みを開く。

 

「……なんだそりゃ?」

「勲章…いえ、略章ですか?」

 

そこにあったのは金の糸で刺繍がされた赤いリボンであった。

見慣れないものなのか天龍はそれをみて首をかしげ、扶桑は何となく当たりをつけて訊ねる。

 

「勲章って……何時だったか荷物にあったゴツいやつ?」

 

『勲章』という言葉に心当たりがあった陸奥は神林に尋ねる。

 

「あぁ、陸奥は以前見せたことがあったか?」

「何だよ提督、そんなモン持ってたのか」

「私も初耳です」

 

陸奥の問いに肯定の意を示す神林に対し、初耳な天龍と扶桑は驚いていた。武道場の野次馬も驚いている様子だ。

 

「あぁ、以前居た……まぁ今更隠すものでもないか、陸軍の部隊に居た頃に貰った物だからな」

「そうだったんですか…失礼ですが、勲章の名前を教えていただいても?」

「ん?あー、確か…」

 

扶桑の問いに、記憶を手繰りながら答える。

 

「そう確か…『陸軍野戦桜花勲章』…だったかな?」

 

神林の言葉に、ギャラリーが騒然とする。

 

「おい、今の聞いたか!?」

「『桜花』…聞き間違いじゃねぇよな」

「まさか……」

「じゃあ俺達が今まで『臆病者』呼ばわりしてたのは…!?」

 

ギャラリーの様子に天龍が驚く。

 

「なんだ?そんなにスゲェモンなのか?」

「…まぁ私達は海軍所属だから、あまり馴染みは無いけれど」

 

天龍の問いに、ギャラリーと同じく驚愕の表情を浮かべている扶桑が説明する。

 

「その名の通り、『陸軍』が『野戦』に於いて戦功をおさめた人物に贈る物だけれど…『桜花』はその中でも最上級のものよ」

「最上級…ってことは」

「えぇ、かなりの戦功をおさめた者にしか授与されない…恐らく、過去に授与された人数は千にも満たない筈よ」

「オイオイ、マジでスゲェやつじゃねぇか!」

「ふうん…やっぱり海軍内でもスゴイ物だったのね」

 

扶桑の説明に天龍は目を輝かせ、陸奥も周りの反応に納得したように呟く。

 

「何だよ提督水臭ぇな!そんなスゴイもん隠してたなんて…って、どうした?」

 

提督に詰め寄る天龍だが、神林の様子がおかしい事に気付いて声を掛ける。

何というか、複雑そうな顔をしていたのだ。少なくとも、誇らしげな顔ではない。

 

「…俺はこの勲章を貰う切っ掛けになった戦いで、多くの敵を斃した」

「提督……ですがそれは」

「『多大なる戦功』と言葉を濁したところで、俺にとっては『敵兵を多く斃した』だけに過ぎない」

 

扶桑の言葉に神林は首を振る。

そう、あくまで自分は敵兵を斃しただけ。

自分の『戦功』というのは、結局『敵兵を斃した数』だ。これではまるで―――

 

『人殺しの手管』を賞賛されているようなものじゃないか?

 

 

 

 

「……別にいいじゃねぇか」

「……天龍?」

「『斃した数が多い』?だからなんだよ。俺達だって深海棲艦を沈めまくってるぜ?」

「しかし…「あぁもうじれってぇな!」」

 

何時もとは違う神林の様子に痺れを切らした天龍が、徐に彼の手の中にある略章を取り上げ、神林の胸に押し付ける。

 

「…敵を全く倒さずに敵に勝つなんて出来んのかよ?」

「それは…「アンタは!」」

「アンタは…必死で戦ったんだろ?敵に勝つ為に」

「……あぁ」

 

天龍の言葉に、神林は小さい声で、だがしっかりと肯定する。

 

「だったら、それはアンタの誇って良い『功績』だ…少なくとも、俺はアンタみたいな司令官の下に居れる事を誇りに思う」

「天龍……」

「アンタは胸張って『ソレ』をつけてりゃ良いんだよ。俺はそう思う」

 

天龍の言葉に、神林は小さく笑い、彼女の手から略章を受け取り、その場で身に着ける。

 

「これで良いか?」

「……おう」

 

今更になって恥ずかしくなってきたのか、顔を背けながら天龍が応える。良く見なくても、その耳は真っ赤であった。

自分は良い部下を持った……と改めて感じながら、天龍の頭をポンポンと叩く。

 

「……な、何だよ」

「何でもない。さぁ、執務室に戻ろう。もう直ぐ艦隊が帰投する」

「……おう」

「そうね、早く戻りましょ」

「はい、提督」

 

天龍、陸奥、扶桑を連れて武道場を後にする。

周りに居たギャラリーも彼らの道を明ける。その目には紛れもない『畏怖』の念が現れていた。

 

 

 

 

 

その後、神林の胸には常にその略章がつけられるようになった。

そしてその日を境に神林に対する周りの評価が変化し、天龍を始めとした艦娘たちは改めて彼の艦隊に入れることを誇りに思ったという。




扶桑、頑張るものの天龍に持ってかれる。
ところで書いてて思いましたが、言うほど提督無双でもないですね。

彼の戦闘スタイル『斬術』は筆者的に『剣術』とは違う位置づけです。
何というか、『剣術』は『剣を使う術』で『斬術』は『刃物で斬り殺す術』みたいな。

文中の勲章は適当です。そこまで知識があるわけではないですが、多分現実には実在しないと思います。
最初は『菊花』にしようと思ったんですが、それだと何だがもっと『上の』方が出てきそうなのと、あくまで『陸軍の中』での勲章、と言う事で『桜花』にしました。
一応世界観的に『日本帝国陸軍』を意識してはいますが、筆者が歴史苦手なんで諸々の世界観を参考にしつつ、なんやかんやで似て非なるモノに。

因みに神林提督が勲章に対して否定的である主な理由は

・自身を『勝利に貢献した英雄』ではなく『敵兵を殺しまくった死神』と思っている
・自分以外の隊員がほぼ全滅したため、彼には『護った(護れた)』実感がない
・そもそも彼らの戦い方が『周りに賞賛される』類のものではない
・勲章授与の裏に上層部の政治的思惑を疑っている

って感じです。その辺も何れは書きたいですね。


次回はちょっとした小話です。
筆者の艦隊で初の『改二』艦娘が出ましたので、その記念に一つ書こうかなと。あと少し歴史のお勉強も。

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