鎮守府の日常   作:弥識

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神林提督は外見も中身もイケメンだけど、ちょっと鈍感。
今回は『真面目にいい話』を意識してみました。
ちょっと私の価値観を全面的に出しすぎた感もありますが、ご容赦ください。


長門の場合:後編

提督の執務室には簡単な給湯室が併設されている。

徹夜で作業する事も珍しくないし、一人のために食堂を開けるのも非効率だからだ。

ここには小さなコンロと流し台、それと保管用の棚及び冷蔵庫が在るだけなので、本格的な調理は出来ないが、まぁそれだけあれば十分だ。

 

 

「卵や牛乳のアレルギーは無いか?」

「え?あ、あぁ、無いと思う」

「よし、ちょっと待っててくれ」

 

 

長門をテーブルに着かせ、給湯室で作業を開始。

 

 

 

卵黄をとき、其処に砂糖を混ぜる。

続いてラム酒とブランデーを少々加える。

ホルダーを付けたタンブラーに、予め熱しておいたミルクと一緒に注いで…

 

「よし、完成だ」

 

出来上がったものを、テーブルに置く。

 

「…提督、これは?」

 

珍しそうに、少し黄色がかった乳白色の飲み物を見ていた長門が訊ねる。

 

「『ホット・エッグ・ノッグ』…まぁ、西洋の玉子酒だな。といっても、今回はアルコールを風味付け程度にしか入れてないが」

 

この量ならまず酔うことは無いだろう。恐らく奈良で有名な某漬け物の方が高いくらいだ。

本来はもっと多めにラムとブランデーを使うのだが、長門が酒を飲めるかも知らなかったのでこうなった。

それに、夜中に艦娘と酒を飲む…というのは何となく避けた方がいい気がしたのだ。

明日の任務に支障が出ても困るし、妙な噂になって広がるのも困る。それがもし秘書艦殿の御耳にでも触れたら…

 

「…どうした、顔色が悪いぞ」

「いや、万が一間違いを起こした場合に、我が身に訪れるであろう災禍を思い浮かべてただけだ」

「……?」

 

不思議そうな顔をしている長門に、何でもないと手を振る。…あの秘書艦さんは怒らせるとそれはそれは怖いのだ。

 

「とにかく、飲んでみると良い」

 

そういって、タンブラーを掲げる。

それに倣って長門もタンブラーを掲げ、早速一口。

 

「…美味しい」

 

お世辞でもなく自然と口から言葉がこぼれた。

口当たりは甘く、すうっと体が温まっていく感覚がした。

 

「牛乳と卵を使っているから疲労回復の効果も高いし、体も温まる。俺が寝れない時はいつもコレだ」

「…提督は色んな事を知っているんだな。コレも『仕事柄』か?」

「いや、コレは純然たる趣味だ」

「趣味か」

「あぁ。…以前、友人に教わってね」

 

そういって自分も一口飲む。…ふむ、ほぼノンアルコールでも悪くない。そう思いつつ、ふと目の前の艦娘を見る。

両手でタンブラーを持ち、余程気に入ったのか顔は綻んでいる。

…その顔を見て、少々悪戯心が湧くのは致し方ないことだと思うのだが、どうだろうか?

 

「もう少し甘い方が良かったか?」

「ん?どうしてそう思う?」

「いや、『長門は意外と甘党』だ、と風の噂で聞いてね」

「え!?や、それは…」

 

途端に顔が赤くなる長門。…噂は本当だったか。

 

「間宮アイスでもつけた方が良かったかな?」

「それはそれで…って、こら!からかうな!」

 

一瞬物凄い幸せそうな顔をしていたぞ。…こっちの噂も本当、と。

しかしへそを曲げられても困る。素直に謝ろう。

 

「すまない。しかし、気に入っていただけたようで何よりだ」

「全く…まぁ、今回はコレに免じて大目に見よう」

 

そういって長門はタンブラーを掲げた。

 

 

 

しばらくタンブラーを傾けつつ、他愛の無い雑談をしていたが、不意に長門が静かになる。

 

「…長門?」

「…提督は、夜、眠るのが恐ろしくなる事はあるか?」

「……」

「私は、ある」

「…そうか」

「いつもじゃない。でも、不意に、恐ろしくてたまらなくなる。…『あの日』の夢を、見るから」

「…『クロスロード作戦』か」

 

その言葉を聞いて、俯いていた長門が顔を上げる。

 

「知っているのか?」

「私の部下になる艦の情報には一通り目を通している。勿論、『戦艦長門』も例外ではない」

「そうか…」

「戦艦長門の最後が『特殊』だったのは理解している。時代も悪かった。だが…」

「だが?」

「だがそれはあくまで『戦艦:長門』の話だ。『戦艦娘:長門』には、そんな事は起こらない。そんな事は、起こらせない」

「…提督」

「忘れろ、とは言わない。…出来る筈ないからな。でも、もう怖がらなくても良いように、努力はする」

「…そうだな、そうなると、良いな」

 

いつか、恐ろしい夢を見なくても良いように。

毎日、穏やかな夜を迎えられるように。

そんな日が、いつか来ると良いのだが。

 

「先程の質問だが…」

「うん?」

 

不意に、提督が声を上げた。

タンブラーに向けていた目を提督に向ける。

 

「夜眠るのが恐ろしくなる…だったか。…俺にもある」

「…そうなのか?」

「あぁ、俺は臆病だからね。世界は不平等に残酷で、恐ろしい事ばかりだから…どうした?」

 

ふと長門に目を向けると、意外そうな顔をしていた。

 

「いや、提督がそんな事を思っているとは…」

「おいおい、俺は超人か何かか?恐いものはものは恐いさ」

 

長門の言葉に苦笑する。

 

「俺は海兵になる前から海が好きだった。だが同時に海が恐ろしくもある。…そうでなければ、海兵たる資格はない」

「普段の雰囲気からは考えられないな」

「俺は指揮官だ。君達艦娘の命を預かって戦っている。そんな男が、部屋の隅で震えていたらどう思う?」

「…少なくとも、付いて行こうとは思えないな」

「そうだろう?だが、『恐怖』を捨てた、もしくは感じない奴に指揮官をする資格はない、と俺は思っている」

「何故だ?戦いに恐怖は邪魔だろう?」

「兵士においてはそうだろうな。一時的に兵士達の恐怖を戦闘の狂気で忘れさせる…なんて事は、俺もやったことがある。だが」

「だが?」

「指揮官がそれに呑まれてはいけない。指揮官は自分の中に常に冷静な何かを持っていなければならない」

「勝つためか」

「そうだ。冷静さを失った部隊は、必ず負ける。そして失う。部下の命も、護るべき何かも、な」

「……」

「だから恐怖は決して忘れない。だが決して表にも出さない。内に秘める」

 

そういって、彼は自身の胸をトントンと叩いた。

 

「恐怖を…内に」

「そうだ。例え薄皮一枚でも良い。内に秘めるんだ。表に出た恐怖は伝染して、戦う者達の足を止める。それは避けなければならない」

「私にも…出来るかな?」

「出来るさ。先程も言ったが、恐れを捨てろとは言わない。忘れろとも言わない。恐ろしいと思うことは、恥ではない」

 

自分に嘘をつくことは出来ない。

過去を無かった事にも出来ない。

自分の内にある『恐怖』を完全に消す事は不可能だ。

だが、それと向き合い、自分なりの折り合いをつけることは、きっと出来るはずである。

―――嘗ての『俺』が、そうだった様に

 

「そうか…そうだな。…なあ、提督?」

「どうした?」

「もし、もしもだ。また、眠るのが恐くなったら…また、此処に来ても良いか?」

 

長門の言葉に一瞬キョトンとした後、小さく笑いながら応える。

 

「あぁ、構わない…今度は、間宮アイスを用意しておくよ」

 

その言葉に、長門は悪戯っぽく笑う。

 

「言質はとったぞ?…ちゃんと用意して置けよ」

 

どうやら、開き直ったようだな。

 

「勿論だ。安心しろ、アイスに賞味期限は無いからな」

「ふふ、そうだな。楽しみにしているよ」

 

そういって微笑んだ長門の顔は、普段の凛々しい姿とはうって変わって、年相応の可愛らしい笑顔だった。

 

 

 

 

 

「長々とすまなかったな。もう大丈夫だ」

 

タンブラーを片付け、長門は執務室を出る準備をする。その目に、先程感じた暗さは無かった。

時刻は0200を少し過ぎたところか。明日の朝は早いわけではないから、今から横になっても支障はないだろう。

 

「それを聞いて安心した。我が艦隊のエースが何時までも凹んでいては士気に関わるからな」

「筆頭秘書艦(おきにいり)は扶桑じゃないのか?」

 

そう言って長門が悪戯っぽく笑う。…何と言うか、随分打ち解けたような気がするな。

 

「まぁ、艦隊運営の要が彼女なのは認めるが…」

 

あまり有能なものだから、かなりの仕事量を彼女に任せてしまっている。…今度何か労いをする必要があるな。

 

「まぁ良いさ。…勝負はこれからだ。此処から盛り返せば良い」

「…何の話だ?」

「宣戦布告の話だ」

「…?」

 

何と言うか、水面下で何か大変な事が起きている気がする。

 

「さて、これで失礼する。提督、今夜はありがとう」

「気にするな。…明日からも宜しくな、長門」

「あぁ、宜しく。あぁ、そうだ」

「どうした?」

「言い忘れてた事があったんだ。なぁ、提督―――」

 

 

 

 

 

長門は自室に戻り、寝台の中で深呼吸していた。

 

『思い切って、言ってよかったな』

 

胸に手を当てて、其処にある温かい感情を意識する。

提督の驚いたような顔、そしてその後の笑顔。

まだ、その感情に名前を付けるには早いと思う。でもいつか―――

そんな事を考えながら目を閉じる。

しばらくは『あの夢』を見ないで済みそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

なぁ、提督。

 

私はさ、あの光ではなく、戦いの中で果てる事が出来るのなら本望だと思ってたんだ。

 

でも今は違う。私はもう、『果てる事』を本望だなんて思わない。

 

『あの時』は負けた。だから、あんな終わり方だった。今度は違う。

 

提督、私は誓うよ。

 

今度こそ、『勝って』終わらせてみせる。

 

貴方の元で。貴方と共に。

 

それが、私の、戦艦娘長門の―――新しい『本望』だ。

 




【速報】扶桑さんにライバル現る。
…あ、扶桑さんに怒られそう。
それもこれも、魅力的な艦娘が多すぎるのがいけないんです!僕は悪くない!

比叡さん狙いで戦艦レシピ回したら、長門さん出てきて喉から変な声出たのも良い思い出。
因みに陸奥さんよりも早く来たんですよね、この子。
戦艦組で一番最後に来たのは結局比叡さんでした。え、大和?…知らない子ですね。建造ドロはよ。

次はむっちゃん編を書こうかなーと思ってます。

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