『狂気』、その言葉が一番当てはまるのかもしれない
素直に言ってしまえば純粋に『怖かった』、人間の危機感知能力……いや、生物としての本能
カリムは彼の状態が良くないからと、フェイトは機密事項に関わるからと
シスターシャッハがそう言ったのも頷ける。こんなもの、彼女達には見せられない
隣にいるシャッハが血が出る程に拳を握る。その表情は平然を保とうとしているのだが……
厚いガラス板の向こうには体を宇宙服の様な物で包んだ医師達
中心にいるのは……手首も足首も拘束され、身動きをされ
「殺してくれ」と、悲鳴と絶叫を上げる、ロッサの姿
ある世界があった
国があり、人がいて
魔法文化もそれなりには発達していたが管理局からの干渉はない、管理外世界
裕福な国だってあるし、貧しい国だってありました
お金持ちの人もいたし、今日食べる物がない人もいました
何だかんだで、どこにでもある世界
ある小さな、戦争中の国で、一人の科学者がある兵器を作りました
小さな国はその兵器を使い、相手の国を『駆逐』しました
一方的だった、絶望だった
なにも無かったのです、助けなど
他の国達はその兵器があぶないと思い、捨てる様に言いました
だけども小さな国はそれを拒否して、兵器の力を使って他の国へ戦争を起こしました
ですから他の国々は力を合わせ、小さな国を倒そうとしました
沢山の人が死にました、火に焼かれた人もいたし、兵器に殺された人も
何年も何年も戦いは続いて、ある日やっと終わりました
皮肉にも、兵器が全部の人を、殺してしまうことによって
過去の遺物、オーバーテクノロジー
行き過ぎた発明品、世界の定理を無視してしまうほどの
それらを総称して、自分達管理世界の人間は『ロストロギア』と言っている
殆どのロストロギアは時空管理局によって厳重に封印されている筈なのだが、まだ管理が行き届いていない世界、たまたま作り出された世界
いくら管理局といえども、そこまでのバックアップはする事が出来ない
ロストロギアによって滅んだ世界はどれ程あるだろうか、最早数える事など不可能なのかもしれない
そして、今回ロッサをあんな状態にしたのもそういった物の一つ、彼が危険と認識し、保護しなければならないと判断した兵器
「ロストロギア、『病気』です」
「病気?」
目の前にいるシャッハの口から告げられるその名は、誰しもが聞いた事のある存在
人間、動物、植物、この世に生きる生物の天敵である存在
となると……
「生物兵器か」
「はい、ロッサの調査によると、『病気』によってその星で争いが起こり、皮肉にも『病気』によって終結したと聞いています。ロッサも万全の対策をして調査をしていたのですが……まさかこんな事になるなんて」
対策……というのはやはり防護服やら何やらを指すのだろうか
ロッサに限って『不備があった』や『ミスして壊れた』などはあり得ないだろう、だとすれば
「誰かが『病気』を操り、故意にロッサに攻撃した」
「その可能性は高いと思います」
やっぱりな、てか話を聞く限りそんなイカれた物がミッドに入って来たらどれだけの人間が死ぬのだろうか、多分億はいくだろうな
まぁそれよりも今大切なのはロッサの命、俺はどこぞの正義の味方じゃない、今救える親友の命と危ないかもしれないミッド何十億の命、比べるとしたら親友に傾く
ミッドの中に他の人間がいたらまた別なのかもしれないが……
「で、ロッサの状態と余命は、さっき見た限りだと延命治療に相当頑張ってた様だけど上手くいってないんだろ?」
「……はい」
相当ヤバイ状態だって事は見て取れた
「現在のロッサは、大小合わせて約七十の病気を持ち、現代科学と魔法を使った治療でも二日持つかどうか、下手に手を加えるとロッサの体力がなくなり一つ治す間に他の病気で死ぬ……などという事もありますので手のうちようがありません」
「七十……ね」
普通の人間なら問答無用で死んでるな、大小合わせてっていうのだから下は風邪から上はガチでヤバイ病気もあるのだろう
さっきのロッサの絶叫からすると……壮絶な痛みを与える病気も幾つかありそうだ
「それに、体には腫瘍がいくつか」
「……そこまでか」
本当の意味でお手上げだな
いくら魔法技術があるからといっても二日……というか魔法って外傷は強いけど他には弱いからな
ロッサのあの状態だったら体に刃物入れるのは論外、今の状態から少しでも弱らしたら一瞬で死ぬ
「……人工的な治療は、不可能だな」
「…………。」
シャッハが黙り込む
彼女自身も分かっていた事だろう、今のロッサはどれだけの知恵をしぼったところで救える存在ではない
ましてや、奇跡を成就させるロストロギアやら何やらでも使わない限りは
「……大丈夫です、カリムには、私が」
「なぁ、シスターシャッハ」
俯いていた彼女が顔を上げる
……期待されても困るんだけどな、今から俺がする事は、人道的では無いんだし
「ロッサの寿命、十年程奪う事になるけど、いいか?」
「え?」
そりゃあそんな反応だろう
いきなり寿命奪う宣言、自分でも嫌になる、こんな方法、昔読んだ漫画と全く同じ、非人道的な内容
それを親友にしろと言うのだ、自分で自分を殴り飛ばしたい
「……それで、ロッサが救えるのですか?」
「分からない、そこはロッサの精神次第、痛みも今まで以上になるだろうさし、本格的に自殺願望者になる。治っても精神が大丈夫かも分からない」
ただ……
「治すのだったら、それしか方法はないと思う」
「……。」
そんな事、シスターシャッハ一人の権限で決められる物ではないだろう
ロッサは希少な古代ベルカのレアスキルを持つ人間、聖王教会からも手厚く保護されている
それでも……
「かまいません、それでロッサが救えるのなら」
彼女は即答した
そうと決まれば早い方がいい、場所を移動して防護服に着替える。防護服と言ってもロッサの病気が移らないようにする為の物だが
デュランダルの格納庫から一つの注射器を取り出す、本当に大切な人が大変な時の為に構築していた物だが、まさか本当に使う時が来るとはな
シャッハに頼み先ほどいた医師達を集め、ロッサの体を金具の他に鎖にも繋がせる、魔法を無意識に発動された場合の保険である
目の前には耐えず絶叫を上げる親友、目は血走っており、こちらなんか見えていない
体を動かないように人の手でも固定させた上で
注射針を、ロッサの腕に突き刺す
効果は一瞬だったと思う
ロッサの全身の血管が浮き出て、充血する
目が更に赤くなる、体が痙攣する
……およそ一週間の地獄、後で俺をどうにでもしていいから
今は、生きてくれ
地獄の底から吐き出された様な絶叫を背中に
俺はその部屋から退出した
「……ケントさん、あれって」
隣を歩くシャッハが問いかけて来る
当たり前だろう、俺があの治療を行ってからロッサの容体は客観的に見れば最悪だ、シャボン玉のように、触れれば割れてしまいそうな命
声はもうとっくに枯れ果てたはずなのに、声にならない悲鳴を今でもあげ続けている
「そうだな……俺がロッサに盛ったのは……ある意味『毒』だ」
「な!?」
彼女が硬直する、ただそうとしか例えようが無いのだ。
一度体に入れれば大変な事になる猛毒
「俺が昔読んだ漫画を元に作った物でな、あれを体には含んだら人間の『抵抗力』が常人の数十倍なる」
「それは」
まぁ普通は理解できないよな
「つまりだ、致死量の毒を浴びてもそれを使えば『人間が元から持つ抵抗力で何とかしてしまう』とか出来るイカれた薬だよ、副作用さえなければ歴史に名を残す大発明なんじゃねーのか?」
「副作用とは?」
「死を感じる激痛と寿命の短縮」
普通の健康体の人間にうったら間違いなくショック死だろうな
「そんな物が……」
「取り敢えず俺はフェイトと一旦合流させてもらうぞ、俺は俺でどうにかできないか思案する」
ここでは設備も時間も足りない、本格的にするならコルテットで何とかする方がいい
連絡を入れてチームを作る、もっといい手段はあるはずなのだ
「ありがとう、ございます」
「明日また来るよ、対応策が見つからなければ恐らく一週間以上はあの状態が続くも思ってくれ、その間の栄養管理などは任せる、点滴うってもらえば大丈夫だ」
「はい」
もういいよ、と言ってシャッハを下がらせる
あんな姿をカリムに見せられない以上、ロッサの近くにいる事が出来るのはシャッハだけなのだ
今のこの時間も、彼と一緒にいてくれた方が嬉しい
「……ケントさん、今回の事は本当にありがとうございます……その気持ちに嘘は一切ありません、ですが」
「………。」
シャッハが下を向く、拳から血が流れる
目から流れているのは、涙
「ロッサが治ったら、一度だけ全力で殴ります」
「ああ、そうしてくれ」
そうしてくれた方が、俺にとってもありがたい
彼女が戻って行くのを見送った後に教会内にある庭に出た、フェイトが待っているのは庭を挟んで向こう側、ここを通った方が近い
そこら中に花が埋められてあり、とても綺麗なのだろうが……何故だか今日だけはとても色あせて見える
自分でもふとした瞬間に足が止まる、そのまま拳を振り上げ
思いっきり、自分の顔を殴り飛ばした
当然ながら激痛、口の中に血の味が広がる
悔しかったのだ、こういう手段しかとれない現実が
情けなかったのだ、こんな事しかしてやれない自分自身が
ペッ、と口の中の血を吐く、鉄の味が残る
ただもうそんな事は関係なく、早々とフェイトを迎えに行こうとして
「大丈夫かよ兄ちゃん、ガッ、てリアルな音したけど」
「…………。」
……茶髪の少女
背丈はネリアぐらいで、ロングの髪
色はなのはより少し薄いくらいだろうか、見た目としたら十六程度
「おいおい血が出てんじゃねーか、医務室でも行って来たらいいんじゃねーか?」
「いや、いいんだ、少し急いでてね、それよりどうしたの?」
流石に自分で自分の事を殴る変人に好き好んで近寄って来たりはしないだろう
「まぁ大丈夫ならいいんだがよ、ああそれと、俺ここ来るの初めてでさ、道迷ったんだけど」
アハハ~、と頭をかく彼女
片手に地図を持っている事から本当に道に迷ったのかもしれない
「だからよ、ちょっくら道教えてくれると嬉しいんだ」
だけど、そう言ってくる彼女に対して
「道教えるのはいいが、その前に懐にある物騒な物は捨てようか」
そういうのは、見飽きた
「ごめん、ちょっと遅くなった」
「あ、どうだった?」
ふぅ、と一息ついた彼に対して尋ねる
ケントとここまで来たはいいが自分は部外者だからと言ってずっと待たされていた、別にそれ自体はいいのだが自分だって彼とは顔を合わせた事がある、心配だってする
「どうだったって、何が?」
「ほら、ヴェロッサさんだよ」
へ、と言った感じの彼だったが私の言葉に「ああ」と納得する
「詳しい事は家に帰ってから話そうかな、取り敢えず一旦帰ろう」
「え、あ、うん、それはあいんだけど、教会から送って貰えるの?来る時は転移で来ちゃったから車はショッピングセンターに置いたままだよ?」
「え、あ~、そうだな……転移許可とか降りない?」
「流石に今は……」
さっきは非常時だったからいいとして、今は違うでしょ
「はぁ、じゃあ少将として後で色々と言わせて貰おう、なぁ、フェイト執務官?」
「職権乱用だよ」
「いいじゃんいいじゃん」
本当は止めないといけないんだと思うんだけど、実際転移許可は今日一日、ケントは知らないから冗談言ってみたんだけどな、ちゃんと守るかどうか
「ほら、手に捕まって」
「あ、うん」
やれやれと思って彼に近づく
ケントが何でこんなに急かすのかは分からないけれどロッサさん関連で事情があるのだろう、これは暫くデートは出来ないかな……なんて思う
いつも通りの笑顔を見して手をこちらに差し出して来るケント、その手を掴もうとして……
何故か、足が止まった
「?、どうした、フェイト?」
「え、いや、何でも、ないよ?」
何をしているのだろうと彼に向かって笑う
それにつられて彼も笑ってくれて、今度こそ彼の手を掴もうとして
足が、一歩後ろに下がった
「……フェイト?」
「…………違う」
何を言っているのだろうか
体が妙に震える、自分自身が、目の前の彼を拒絶する
「どうしたんだ、体調でも悪いのか?」
「…………違う」
手を引っ込める、足が一歩、また一歩と後退する
ああ、やっと分かった、だって
「あなたは、誰?」
私は、この人を知らないんだもの
展開の早さと誤字は書き始めた当初からの課題