真・恋姫無双〜正義の味方〜   作:山隼

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8-9 長江の戦い(1)

新野での戦いが続いている中、ここ襄陽でも最も恐れていた事態が起きていた。

 

「揚州から大船団が接近中、数は約十万!」

 

揚州からの大船団となれば十中八九孫呉で間違いない。まるで曹操の動きに、示し合わせたかのように動き始めた孫策。いや、おそらく裏で話をつけていたのだろう。曹操からすれば対孫策の将兵をほかに回せるし、それは孫策にとっても同じだ。そしてその為に、此方は将の半分を新野に裂いており、つい先ほども、ここから新野に向かって援軍も送っている。

 

「江夏太守の黄祖さまが、一万の兵を乗せて長江に向かって出陣!」

 

「長沙の劉磐さまから報告、柴桑に大きな動きは見られないとの事!」

 

孫策が動いたと聞いた水蓮は、直ぐに周辺の太守からの報告を集め、情報をまとめる。今大事なのは、確実性のある情報のみだ。

 

「先ずは相手の狙いを確定させる必要があるわね。黄祖にはそのまま待機させて。孫策の狙いが襄陽(ここ)なら、江夏から相手の横腹を突けるわ。劉磐もそのまま警戒させておいて。柴桑の太史慈に動かれると厄介よ」

 

直ぐさま各報告に指示を下す。

守る戦をする以上、初手はどうしても後手に回ってしまう事が多い。故に、その後の対応速度の重要さを、誰よりも理解しているのだ。

 

「聖さま」

 

「うん。玖遠ちゃんや士郎くんも頑張っているんだから、ここは私たちで乗り切ろう!蓬梅ちゃん、鈴梅ちゃん!」

 

「了解です。あの変態に負けるわけないです」

 

「姉さんの言う通りね。以前と同じように、こてんぱんに追い返してやるわ」

 

聖の問いに、力強く答える二人。

 

「よし。私は海戦の準備に取り掛かる。……張允、文聘を呼べッ!」

 

そう言って、兵に指示を出しながら部屋を後にする水蓮。

 

「じゃあ私たちは打ち合わせ通りに」

 

「です」

 

「了解よ」

 

当然、孫策が攻めてきた場合の対処法も、常日頃から練っている。迫る決戦へ向けて、各々が自分の仕事へと移っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――江陵城東 烏林港――――――

 

荊州の本拠地である襄陽。その南、橋を渡ってすぐに江陵城が存在する。

ここは南部四郡である長沙、武陵、桂陽、零陵と襄陽を繋ぐ重要拠点であり、東には長江に向かって大きくせり出した土地が広がり、その先にある烏林港に荊州水軍の殆どが集結していた。

 

「……来たわね」

 

長江に広げた大船団の上、河の遥か彼方、遠く先を見つめる水蓮の目の先に、多くの船団を引き連れた船が現れる。

 

「こっちは江夏と合わせて六万位……まぁ、これならなんとかなるかしらね」

 

相手の総数は物見の報告では凡そ十万ほど。ならば、十分此方に勝機はある。

 

「今より、我らを狙う愚か者を駆逐するッ!奴らに、荊州水軍の力を見せてやれ!!」

 

オオオオォォォォォォ!!

 

長江において、この荊州水軍の力は軍を抜いている。どんなに野蛮な江賊でも、この荊州水軍とは絶対に戦いは起こさない。

しかし、今回の相手はあの孫策である。

 

以前、彼女の母である孫堅が攻めてきた際、正にここ長江にて激戦が繰り広げられた。その時、水蓮も全軍を率いて直接孫堅と対峙しており、初めて好敵手と思える相手と戦えることに、危機とともに喜びを感じていたのだ。

 

「さて、孫堅の娘。貴女の力量、楽しみにしてるわよ」

 

緩やかな河の流れは上々。絶好の戦日和である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

広大な長江を突き進む大船団、掲げられている旗には大きく『孫』の字。それを見れば、誰でもこの船団が揚州の孫呉の物だと分かる事が出来る。

 

目標は荊州の劉表。母の仇であり、また荊南に繋がる豊富な土地を、ずっと孫呉は狙っていたのだ。

 

当然、相手は一筋縄ではいかない。かつて、江東の虎と呼ばれた母孫堅を退け、長年に渡りこの長江の覇権を握ってきた相手なのだ。この難敵に打ち勝つため、孫呉も曹魏と一時休戦を結んでまでしてほぼ全軍に近い大船団を準備してきた。しかし、この軍を率いる総大将は、かの有名な小覇王孫策ではなく――

 

「蓮華さま、そろそろ烏林港が近いです」

 

『江東の虎』孫堅の娘にして『小覇王』孫策の妹、孫権であった。

 

彼女は腰まで届く髪を風に靡かせ、佩帯している剣――『南海覇王』をそっと撫でた。

 

「ありがとう思春。……じゃあ、そろそろ劉表軍も見えてくるわね」

 

「……はい」

 

一瞬の沈黙に何かを感じ取ったのか、どこか重々しく答える思春。

 

「作戦通りに、思春は左翼の一軍を任せるわ。また何かあったら、穏や亞莎と相談して指示を出すから」

 

「穏さまは姿が見えませんが?」

 

「穏は今シャオの相手をしてもらってるわ。あの子も、今回の戦はどうしても付いてくるって聞かなかったから」

 

「小蓮様らしいですね」

 

その光景が想像でき、軽い笑を浮かべる思春。

 

小蓮のお目付け役である穏からすれば、悩みの種が一つ増えてしまうが、小蓮の操船力は呉でもトップクラスである。江賊討伐では彼女が操る船に、賊たちは誰もついていけず、結果として賊のかく乱させることに繋がっている。

 

「思春、今この船団に姉さまはいないけど、私は私らしく、精一杯戦うわ。だから、貴女も……」

 

「はい。私は孫堅さまの時はまだ、この軍に所属していませんでした。ですが、私が錦帆賊として長江を荒らしまわっていた時に何度も荊州水軍と交戦をしています。当然、あの蔡瑁とも」

 

もと江賊である思春は、その力を認められて呉に仕えている。

 

「彼女の手口は痛いほど理解しています。……私に、お任せください。必ずや打ち破ってみせます」

 

普段は寡黙な思春にしては珍しく、そう強く言い切る。どこか不安な蓮華の気持ちを察しているのか。

 

「うん、ありがとう。気をつけてね」

 

「はい。蓮華さまも、ご武運を」

 

そう言って、自身の船へと向かう思春を見送ったあと、蓮華は、再度荊州方面に目を向ける。

 

この大船団、呉の有力な将兵の殆どを連れてきているが、肝心要の雪蓮は何処にもいない。軍師である冥琳と、最古参の将ある祭そして明命もだ。蓮華は雪蓮から船に乗らないと聞いた時の話を思い出していた。

 

「どうして姉さまが率いないのですか!それに冥琳と祭も!ここまで、呉を引っ張ってきた人ばかりじゃない!!」

 

孫呉の居城である建業の玉座で、姉の雪蓮に強く詰め寄る蓮華。彼女の怒りも最もである。誰よりも母の仇を討ちたいと思っているはずの姉。それがこの戦の要である、大船団を率いない理由などない筈だからだ。誰もが、当たり前の如く率いるものだと思っていた。

 

「もう、落ち着きなさい蓮華。別に戦に参加しない訳じゃないわよ」

 

「えっ?」

 

「私は、誰よりも劉表を認めているわ。あの母様の水軍を、最後まで防ぎ切ったのは未だかつて彼女達以外いないもの」

 

「だったら!」

 

「だからこそよ」

 

「冥琳っ、祭!」

 

二人の諍いを止めるべく、二人が割って入ってくる。

 

「幾ら将兵の数を揃えても、あの荊州水軍は破れない。孫堅様が策で殺された以上、私たちはそれを上回る策を求められるわ」

 

「そうじゃな。冥琳の言う通り、また別の刃が必要になってくる。そして、それも同じく必殺の威力が必須。故に儂らが必要なのじゃ。分かってくれるか権殿」

 

「……ここで私が反対しても、私が駄々込めてるだけじゃないっ」

 

ぷいっとそっぽを向く蓮華。

 

「そうむくれないの蓮華。……ほら、こっちを向いて」

 

そう言いながら、蓮華の腰に何かをつけ始める雪蓮。

 

「?…………!!姉様、これ……」

 

「孫呉の王の証、『南海覇王』よ。これは、これから貴女が持っていなさい」

 

「じゃあ、姉様は」

 

「勘違いしないの!この私がこのまま隠居して、のんびりするような性格に見える?」

 

「有り得ないな」

 

「有り得んの」

 

ほぼ同時に答える冥琳と祭。他の将たちも同じように頷いている。

 

「……少し傷ついたわ……」

 

「姉様っ!!」

 

茶化すような雪蓮に、ぷんぷんといった感じに怒り出す蓮華。もはや完全に、ペースは雪蓮に握られてしまっている。

 

「冗談よ。孫呉の船団を率いる以上、それなりの箔は必要でしょう?いずれ貴女の物になるんだから、今の内にこの重さに慣れておきなさい。……この剣は、母様の物でもあったんだから」

 

「……うん」

 

そう言って、少ししおらしくなった蓮華の頭を軽く撫でる雪蓮。

 

「私はずっとこの時を待っていたの。何も準備していない訳無いじゃない。私も精一杯戦うから、呉水軍、任せたわよ」

 

「っ……はいっ!」

 

顔を上げると同時に、そう、強く答えたのだった……

 

「そうね。今の私は、十万の船団を率いる呉の王」

 

目に力が戻り、生気が、体に満ち溢れていく。眼前には、宿敵である荊州水軍。

 

「我らの雌伏の時は終わった、今こそ先祖の仇を取るのは今!全軍っ!!進めぇっ!!!」

 

長江の戦いが始まろうとしていた。


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