真・恋姫無双〜正義の味方〜   作:山隼

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8-7 新野決戦(2)

「空城計……?」

 

斥候から、前線の情報を受けた桂花がそう呟く。

 

「なんなのだそれは?」

 

「そんな事も知らないの?全く……」

 

「考えるのはお前たち軍師の仕事だろう」

 

桂花の嫌味に言葉を返す秋蘭。

もしこれが春蘭なら、確実に喧嘩になっているだろう。

 

「攻めてくる敵に対して、あえて城門を開けて警戒させる策よ」

 

「中々危険が大きい策だな」

 

「一応、兵法三十六計にも載ってる有名な策よ。

まぁこれで、相手の狙いがハッキリしたわね」

 

「……此方の兵糧切れか」

 

秋蘭の言葉にうなづく桂花。

 

「兵糧の数が心もとないのは仕方ないし、

あの程度の策で怖気づく兵たちじゃないわ。相手は策を急ぎすぎたのよ。

……あのまま騎兵を進ませて、城内を一気に制圧させる。

もし後ろから兵が来ても二万の騎馬はそうやられないわ。第二陣も急がせて!」

 

新野城が二重の城門で覆われている事は桂花たちも知っている。

元々第二陣の攻城部隊が外の門を破ったあとは、

第一陣の残兵とともに、内の門に一気に攻め寄せる予定になっている。

 

仮に城内に入ったあと、散開した敵兵が後ろから来ても、

二万の騎馬なら第二陣が来るまで十分持ちこたえるだろう。

 

牛金、曹真の率いる騎馬二万は、怒涛の勢いで新野城内へと突撃して行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「敵さん達が入って行きましたねっ」

 

「はい……敵は……そっちを……選びましたか……」

 

その様子を見ていた玖遠と援里の二人。

 

「あとは上手くいってくれるといいんだけど」

 

「襄陽から……あの人も……呼んでます……大丈夫です……」

 

「……うん、そうだねっ。

じゃあ作戦通りに!」

 

「はい……いきます……」

 

援里の合図とともに鳴り響く銅羅の音。

それをきっかけに、先ほど城門前から散開した玖遠が率いる兵が、

再度城門まえに集結し始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっぱり敵兵が城門前に集まり始めたわね。」

 

桂花は戦場の様子が一望できる、小高い丘の上に移動していた。

ここなら本陣の秋蘭にも、旗を振り合図を送ることもできる。

 

遥か先の城門前では、城内に騎馬兵が入った後、

慌ただしく動き始めた劉表軍の姿がよく見える。

 

「このまま第二陣を突入させて、城内の騎馬と挟み討ちにしてやるわ」

 

第二陣が到着するまではまだ少し距離があるが、もう時間の問題だろう。

 

「この戦ももらったわね」

 

桂花がそうつぶやいた瞬間、劉表軍の動きが変わる。

 

「えっ!?」

 

桂花の驚きも無理はない。

 

城門前に再集結した劉表軍は、城門前に集まるや否や、

いきなり城門を再度『閉めた』のである。

 

城内に、曹操軍の騎馬二万を残したまま。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「敵は……勘違いをしてます……」

 

ガチャン!と『外』から閂を掛けられた城門を見上げながら援里がそう話す。

 

この新野の城門は外からでも閂がかけられるようになっており、

ごく少数の者のみその事を知っている。

当然軍師である援里もその一人だ。

 

城を守る強固な城門。

この城門には、外敵からの侵略から守る以外にもう一つ役割がある。

 

それは、『中にいる人を、逃さないようにする』である。

 

敵軍が通ったこの門は、玖遠達が開けただけで、まだ『破壊』されていない。

破壊されていない以上は、再度、閉じることが出来るということだ。

 

まさか相手も、既に開かれている門を破壊しようなどとは思わない。

 

「これは……空城計じゃ……ないです……」

 

さっと鉄扇を広げ、掲げる。

 

「これで……袋のネズミ……紫苑さん……お願いします……」

 

そう言って、鉄扇を振り下ろすと同時に、第一、第二の城門上にいた兵から、

城内の敵騎馬兵二万に向かって、矢の雨が降り注いでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっと私の出番ですわね」

 

ギチリと、強弓を引き絞りながらそう呟くのは紫苑。

城壁の上にいる彼女が見つめている先には、

白に閉じ込められ右往左往している敵兵の姿があった。

 

「娘が平和に過ごせる未来のために……死んで貰います!」

 

紫苑が放った鉄矢は、敵兵を鎧ごと貫き、そのまま馬も地に縫い付ける。

 

元々襄陽待機だった紫苑。

 

今回の曹操軍襲来に対して、向朗が援軍を依頼した時、

援里がお願いして、五千の弓兵と共に連れてきて貰っていたのだ。

 

曹操軍の騎馬兵は、皆良質の鎧を着けておりそう簡単には刃や矢は通さない。

 

しかし、紫苑から放たれる鉄矢は、そんな彼らの鎧をいともたやすく貫いていく。

 

馬を走らせ逃げようとしても、紫苑に上から狙われては逃げる術などない。

 

城内は阿鼻叫喚の渦。

 

騎馬兵は馬に乗っている分歩兵よりも的が大きいので、

弓兵にとっても丁度いいターゲットになるのだ。

 

「早く終わらせて、士郎さんと璃々の時間を作らないと」

 

そう言いながら彼女が放つ矢は必殺。

堪り兼ねた敵兵は他の城門へと逃げ出す。

 

「あらあら、逃げましたわね……合図を!」

 

鳴り響く銅羅の音に合わせて現れるのは、城内に潜んでいた歩兵。

数は少ないが皆重鎧をまとっており、騎馬の出口を邪魔するように移動する。

 

上から見れば、敵の動きなど一目瞭然。

敵の道を塞ぐように、上から歩兵に指示を出せば良いだけである。

 

正に袋のネズミ。

敵兵は将である牛金、曹真は辛くも逃げ出すことに成功したが、

二万居た騎兵の殆どは、その時にはもう残っていなかった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やられたっ!!あれは空城計じゃない、関門捉賊だわ!!」

 

前線の様子を見ていた桂花は悔しそうに地団駄を踏む。

 

敵を逃げられない場所に誘導してから包囲殲滅する関門捉賊の計。

まさかそれを城で行うとは思わなかった。

 

当然、城の中に敵兵を誘き寄せたりしてしまったら、

そのまま政庁や本殿を狙われるので、そんなことをする馬鹿はいない。

 

しかし、この新野では少し事情が変わってくる。

 

二重城壁故に、外門を閉じてしまえば、

敵は内門と外門の間に閉じ込められてしまうのだ。

 

しかも其処なら内、外両方の城門上から矢を浴びせかける事ができ、

兵の鍛練場も外門の中に作っていたので、伏兵を伏せるのはもってこいだ。

 

おそらく、囚われた二万の騎兵は無事には戻ってこないだろう。

 

「相手にもそれなりの軍師がいるようね。

劉表軍相手だからって油断しすぎたわ……」

 

実戦経験が少ない劉表軍。兵はともかく、肝心の桂花自身も、どこか油断していた。

 

「……曹純と藍に深追い禁止の連絡だして!

秋蘭っ!第一陣が半壊したわ。準備して!」

 

桂花は慌てて秋蘭に指示を出す。

 

第一陣が半壊したせいで、

第二陣の攻城兵器を守る部隊が手薄になってしまった。

 

こうなっては最後の部隊である第三陣を護衛につける必要が出てくるが、

第三陣が追いつくまで、

前線に残っている曹純、藍にはなんとか時間を稼いで貰わなければいけなくなってくる。

 

「ああ、こちらでも確認している。……やはり中々そう上手くはいかないか。

面白い。わざわざ華琳様にお願いして此方に来た甲斐があるな」

 

今曹操軍は軍を大きく二つに分け、一方は劉表領の新野。

そしてもう片方は劉備領の定軍山へと侵略を開始していた。

 

その際、春蘭を大将とした騎馬軍は新野へ、

秋蘭を大将とした部隊は定軍山へ配置される予定だったのだが、

それを聞いた秋蘭は姉である春蘭へお願いし、

自分が新野攻略戦へ挑めるよう変わって貰っていたのだ。

 

定軍山がある益州は秦嶺山脈が続く難所。ここでは秋蘭の弓が必要になってくるのに、

何故わざわざ互いに不利になることをお願いしたかというと――

 

 

それは新野で見た、弓使いと戦う為であった。

 

 

自身の弓と対等に戦った少女と同じ弓を持つ男――

目で捉えたのは僅か数射のみだが、

あれは、底が知れなかった。

 

弓についてはこの国でもかなりの腕前だと自負している。

その自分が、全く反応できなかった。

 

もし華琳様が狙われたとき、自分が気付かない矢を華琳様が気づくのは難しい。

それは、自身の弓使いとしてのプライドよりも許せない事。

 

だから秋蘭は、士郎と戦いたいが為だけに新野攻略に挑んだのだ。

 

「桂花!我らはこれより出陣するッ!

本陣は任せたぞ」

 

「ええ。もう失敗はしないわ。

……気をつけるのよ。相手は一筋縄じゃいかないわよ」

 

華琳以外には常に毒舌な桂花に心配され、思わず驚く秋蘭。

 

「な、なによッ!アンタが死ぬと華琳様が悲しむでしょうが!

何勘違いしてるのよっ、早く行きなさい!!」

 

「ふふっ。ああ、分かった」

 

そんな桂花に軽く手を挙げながら答え、手綱を強く握り締める。

 

「――第三陣、出るぞ」

 

長くは語らない。

 

オオオオォォォォォォ!!

 

秋蘭のその一言に、第三陣四万の兵が咆哮し、答えた――


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