真・恋姫無双〜正義の味方〜   作:山隼

59 / 71
7-11 女難の相(2)

「今日は少し寒いから、

先に体を温めておくか。」

 

桶を手に取り湯を一掬いし、

ざぱっと、何度か掛け湯をして体の汚れを流す。

 

そして湯船にゆっくりと、右足から浸かっていく。

 

「…………っ~~!!」

 

冷えた体が熱い湯に触れ、

ピリピリとした刺激が足に伝わってくる。

 

ここは一気に入ってしまってもいいのだが、

余り体に良くないだろうからゆっくりと。

 

「…………ふぅ。」

 

やがて体全体が入ったタイミングで、

ほっ……と溜息を吐く。

 

「やはり風呂はいいな……」

 

皆でわいわい賑やかなのもいいが、

やはりこうやって、

自分だけの時間が取れるのもいいものだ。

 

全身の力を抜き湯に委ねながら、

色々な事を思案していく。

 

自分の事、仲間の事、敵対している物たちの事―――

 

 

そして―――置いて来た人たちの事。

 

 

自分の選択は正しかったのか。

もっと、上手くやれたのじゃないか……

 

いつも、その堂々巡り。

 

(……後悔ばかりだな……これじゃあ……)

 

けど、それが衛宮士郎の生き方。

 

悩み、苦しみ、傷つき……そして、裏切られ――

 

それでも、人を愛し、ただ正義の味方であろうとする。

 

(……やめよう。せっかく気持ちいい風呂に入ってるんだしな。)

 

ぶんぶんと頭を振るい、顔を洗う。

 

そのままのんびりしていると、

何か物音が聞こえてくる。

 

「?……誰だ…………って、今は俺の時間だったよな……」

 

確か入り口の札も替えた筈……少し不安になる士郎。

 

しかし、物音はだんだんと大きくなっていった。

 

「お風呂入るーー」

 

がらっと、

ドアを開けて入ってきたのは璃々。

 

「なんだ璃々か……」

 

ほっとした様子の士郎。

……べ、別にがっかりなんかしてないからな!

 

紫苑が忙しい時なんかに、

偶に一緒に入ったりしているので、

今日もその流れで来たのかなと考える士郎。

 

「ほら。風邪ひかないように早く入るといい。」

 

「うん!」

 

たたたっと、近寄って来て湯船に入ろうとするが、

 

「……熱いよう……」

 

士郎ですら少し熱いと感じるのだ。

子供の璃々は少し厳しいだろう。

 

「少し水で冷やすか。ちょっと待ってろ。」

 

冷却用の水を流し入れ、湯の温度を下げる。

確か夜に入る風呂は、ぬるま湯にゆっくり長く浸かった方が、

体に良かった筈だから丁度いいだろう。

 

「うん……しょっと……」

 

湯船に入り、士郎の横でおとなしく座る璃々。

 

「お母さんは来てないのか?」

 

いつもは、紫苑と一緒に風呂に入ってるはず。

何か用事でもしているのかと、璃々に聞いてみる。

 

「ううん。お母さんも来てるよーー」

 

さらっと、爆弾発言を述べる璃々。

 

「……えっ!?それは……ここにか?」

 

「うん!」

 

屈託のない笑顔で答える。

 

これは……もしかして拙くないか?

 

「えっと……確か『男』の札かかってたよな……」

 

「うん!璃々が入るから、『女』に変えたよ。」

 

ああ……なるほどね……そう言う事がおこるのか……

 

「温泉かー久しぶりだなーー」

 

「中々入る機会が無かったからねぇ……」

 

「しっかり、私の玉のような肌に磨きをかけなくてはいけませんわ!」

 

「ふふっ、そうね。

けど、あんまり暴れちゃ駄目よ。」

 

がやがやと聞こえてくる脱衣所からの賑やかな声。

 

「確か今は士郎さんの時間だった筈ですけど……

まだ入って無いんですねっ。」

 

「士郎は色々と急がしそうだからなー

どうせ霞あたりに捕まってるんじゃないか?」

 

「そう言えば食堂で、さっき霞がお酒飲んでたわね。」

 

どんどん増えていく。

 

「あれ?どうしたの愛紗ちゃん?なんで顔真っ赤にしてるの?」

 

「いえ、その……恥ずかしくて……」

 

「変な愛紗なのだ。」

 

「う、うるさいっ!」

 

「ふっ。どうやら愛紗は桃香さまと、

見て、見られるのが恥ずかしいのだな。」

 

「星~っ!!」

 

声から判断するに麗羽,猪々子,斗詩の三人と玖遠と白蓮、

これは手伝いに来てたメンバーが麗羽たちを案内しに来たんだろう。

 

後は桃香に愛紗に鈴々に星。

成る程。愛紗の案内に桃香と鈴々と星が来ているのか。

 

そして紫苑と水蓮が、二つのグループの仲裁役兼監視役といった所か。

 

状況が悪化してくるたびに、どんどん冷静になっていく。

 

これは、もう駄目かも分からんね。

 

とりあえず最後の足掻き位はと、

璃々を連れて岩陰へ移動する士郎だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おーーーっ、広いなーーーっ!!」

 

腰に両手を当てながら、惜しげもなく裸体を晒しながら叫ぶ猪々子。

……何か非常に残念な感じが漂う。

 

「ぶ、文ちゃん!せめて前くらい隠して!!」

 

慌てた斗詩がタオルを持って駆け寄る。

 

「いいじゃん!……ほら、斗詩もいい体してるんだから隠すなよーー」

 

「ひ、引っ張らないでーー」

 

「何をしてるんですの貴女たちは……」

 

きゃあきゃあと、じゃれている二人に割って入っていく麗羽。

そのまま止めるのかと思いきや……

 

「私が一番に決まってますわっ!!」

 

ああ……やっぱりこいつもか……

思わず周りのメンバーから溜息が漏れる。

 

「あらあら。

三人とも、静かに入らないと駄目よ♪」

 

見かねた紫苑が止めに入ると、流石の三人も静かになる。

 

「そうそう。お風呂は静かに入るものよ。

けれど、おかしいわね……

璃々が先に入ってる筈なのに。」

 

人差し指を頬に当て、首を傾げる紫苑。

 

「もう先に入ってるんでしょう。

子供ってこう言う所で泳いだりするし。

なんなら私が探そうか?水は得意よ。」

 

「そうね……

とりあえず私もお風呂に入って探してみるわ。」

 

体を軽く流した後、直ぐに湯に入ってくる紫苑と水蓮。

 

これは……拙い……

 

「お兄ちゃん……そろそろ熱くなってきた~~」

 

焦っている士郎が、自身の腕の中に居る璃々に目を向けると、

顔を真っ赤にしている。

 

拙いな……そろそろ出ないと璃々がのぼせそうだ。

 

そうしている内に、他のメンバーもお湯に浸かっていく。

 

「ふわーーいい気持ちだねーー愛紗ちゃんーー」

 

「はい……そうですね……」

 

ぽーっとした様子の愛紗。

赤く染まった顔で、桃香の隣で思いっきりリラックスしている。

 

「乳白色の風呂とは珍しいですな。

どれ、私も入らせて貰うとするか。」

 

ちゃぷ……と、静かに、

桃香を挟んで愛紗の反対側に入ってくる星。

 

「……………」

 

そんな星の様子をじっと見つめる桃香。

 

「おや、どうされましたか?」

 

「……星ちゃん、細くて綺麗だなーって。」

 

「ふふっ。ありがとう御座います。」

 

そう言われ、少し恥ずかしそうな星。

 

「だって星ちゃん、私みたいにお肉ついて無いし……」

 

「私からすれば、桃香さま位では無くても、

もうちょっと胸は欲しいですな。

……結局は無い物ねだりでしょう。

それに……」

 

「それに?」

 

「私を褒めてくれるのは嬉しいのですが、

そろそろ愛紗が怖いのでこの話題はこの辺りで。」

 

「なッ……なにを言っている!!」

 

急に呼ばれ、慌てだす愛紗。

 

「ふむ……愛紗殿の顔が赤いのは、

果たしてお湯のせいだけですかな?」

 

「う、うるさい!!

私はもっと奥に行くっ!!」

 

急に立ち上がり、

じゃぶじゃぶとお湯を掻き分けながら奥の方へ進んでいく愛紗。

 

……一名様ご案内。

 

そして当然、違うメンバーも……

 

「確かにいい湯ですけど……あっちの方が景色が良さそうですわ!

行きますわよ、斗詩さん、猪々子さん!」

 

「あ~~私はここでのんびりしてるよ姫~~」

 

「私も、ここでいいです~」

 

完全に気が抜けている二人。

 

「もぅ……でしたら私一人で行って来ますわ!」

 

「あ、じゃあ私も行きますっ!」

 

奥に進む麗羽と、それについていく玖遠。

 

「あいつは何だかんだで元気だよなぁ……」

 

しみじみと話す白蓮。

 

「白蓮も、あれ位元気出せばいいのだ!」

 

「……私の軸がぶれる……」

 

「そんなもん最初からないのだ。」

 

「うぐっ……」

 

鈴々に突っ込まれ、ぶくぶくと沈んでいく白蓮であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、そろそろ士郎がやばい。

 

紫苑、水蓮、愛紗、麗羽、玖遠の五人が直ぐ近くまで迫ってきており、

士郎自身も覗く気は無いのだが、

彼女達の動向を監視する為に、視線を向けないといけない。

 

……いや、ほんとに下心は無いよ!

 

「璃々もそろそろ拙いし……万策尽きたか……?」

 

いよいよとなれば土下座外交を敢行せざるを得ない。

 

無論、それでも命の保障はないが。

 

そうやって、士郎が悩んでいると……

 

「あれ……?四人になってる……」

 

先ほどのメンバーから紫苑が消えており、

他の四人は夜景を楽しんでいる。

 

「これは……なんとかなるか……?」

 

あのメンバーの中では、恐らく紫苑が一番の難関。

 

どこに言ったかは確認出来ていないが、

この隙は逃せない。

 

「取り敢えずは璃々を安全な所に移動させよう……

俺一人だけなら、このまま全員が出て行くまで粘れる。」

 

そう考えた士郎は、一旦担いでいた璃々を背中から降ろそうとする。

 

しかし、

 

「音を立てずには難しいな……」

 

大分ぐったりしている璃々。

自分から暴れないので、その点は助かるが、

力が抜けた状態の人間は非常に重い。

 

病人をベットから起こそうとするだけでも、

かなりの力を要するのがいい例だ。

 

士郎が悪戦苦闘していると、

 

「お手伝いしましょうか?」

 

「あ、ああ。助かる。」

 

後ろから話しかけてきた紫苑に手伝ってもらう。

 

「あらあら……湯あたりしたのね。」

 

「ずっと一緒に入っていたからな。

そこの長椅子…に……」

 

士郎の眼前に見えるのは肌色。

 

乳白色のお湯のお陰で肝心な所は見えないが、

逆にそれが艶かしさを際立てる。

 

『………………』

 

二人の間に流れる妙な沈黙。

 

「……じゃあ、俺は、これで。」

 

「うふふ。駄目ですよ♪」

 

ガシッと、紫苑に掴まれる士郎。

 

「なんでさ…………」

 

当然、これだけ話せば他の人も気付く。

 

「……なんで士郎がここに居るのかしら?」

 

額に青筋を浮かべてらっしゃる水蓮さん。

 

「いや、今は俺の使用時間じゃ……」

 

「……聖が居なかっただけマシなのかしら……?」

 

「……それより、前隠した方がいいと思うぞ。」

 

「!!……み、見るなぁっ!!」

 

水蓮の渾身の蹴りが、士郎を襲った……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まさか士郎さんが居るとは思わなかったよう……」

 

顔を赤く染めた桃香が思わず感想を漏らす。

 

「全くですっ!……もう少し誠実な方だと思ってたのに!」

 

少し怒った様子の愛紗。

 

「あはは……まぁ、今回は璃々ちゃんが原因みたいだしね~

……それに、別に士郎さんなら、そんなに嫌じゃないよ?」

 

「そ、それはどう言う意味ですかぁっ!」

 

焦る愛紗。

 

「鈴々も、別に兄ちゃんならいいのだ。」

 

「私は恥ずかしいけどな~~

いや、士郎は良い奴だけど。」

 

白蓮の視線の先には、目のやり場に困って慌てている士郎の姿があった。

 

「なんでこうなるのさ……」

 

「ふふっ。璃々が間違えたんですから士郎さんは悪くないですよ。

そう……『仕方ない』んです。」

 

士郎の横で湯に浸かりながら答える紫苑。

 

「そう言ってくれると助かる……って!

近い……っ!」

 

慌てて離れようとする。

 

だが、そう上手くはいかないのが士郎。

 

「横、失礼します。」

 

ちゃぷ……と、星が反対側に入浴し、士郎の逃げ道を塞ぐ。

 

「な、なんでこっちに来るんだよ……」

 

身動きが取れなくなる士郎。

 

「おや、私の体に魅力は感じられませんかな?」

 

「いや……綺麗だとは思うけど……」

 

危ない所は布で隠されており、

それが逆に、星のすらりとした体の魅力を映えさせる。

 

「それは良かった。

士郎殿には返しきれない程の恩が有りますからな。

私などの体で喜んでいただければ嬉しいですな。」

 

そう言いながら、少し布をずらしてくる星。

……あれは確信犯だろう。

 

「それに、あれ程強い士郎殿の体にも興味がありますからな。」

 

「それは私も同じね~」

 

星と紫苑が士郎の体に目を向ける。

 

「……見てて、気持ちのいいものじゃ無いだろ。」

 

士郎の体に刻まれている無数の傷。

 

切り傷に刺し傷、火傷に銃創……

確かに、見てて気分の良い物では無いだろう。

 

しかし……

 

「そんなこと無いですっ!」

 

「玖遠!?」

 

いきなり会話に参加してくる玖遠。

 

「私はっ、士郎さんの思いを知ってますっ!

それで……その傷は、士郎さんがその為に頑張ってきた証なんですっ!

それを……それを気持ち悪いなんて思いませんっ!」

 

目に涙を浮かべ、強く言い放つ玖遠。

 

「……ありがとう、玖遠。」

 

そう言って貰えば、少し、救われる。

 

「そうよ。男の傷は勲章なんだから。」

 

「それは同感ですな。」

 

玖遠の話を聞き、頷く紫苑と星。

 

「それで……玖遠ちゃん……大丈夫?」

 

「?何がですかっ。」

 

頭に?マークを浮かべる玖遠。

 

「体よ体。もうちょっと隠した方が良いんじゃないかしら。」

 

「…………きゃあっ!!」

 

どうやら先ほど士郎に詰め寄った際に、興奮して色々見えてしまっていたようだ。

……しかも、玖遠が詰め寄ったのは士郎の目の前。

 

「う、う~っ…………見られましたっ……」

 

湯の中にしゃがみこむ玖遠。

 

「……あれだな。ここで話し合うのは色々と危ないな……」

 

「ふむ……私はこのままでも十分ですが。」

 

「俺が色々拙いんだよ……体洗って来る。」

 

一旦三人から離れ、湯から上がる士郎。

そのまま、体を洗いに向かう。

 

「石鹸は……まだあるな。」

 

一応、石鹸はこの時代でも作ることが出来るので、

お手製のものを置いてある。

 

ごしごしと、布を泡立てていく。

 

すると、

 

「あ、あの。士郎さん、お背中流します。」

 

すっと近づいてきたのは斗詩。

どうやら、ずっと隙を窺っていたようだ。

 

「あ、ああ。助かるけど……一体どうしたんだ?」

 

そんな斗詩に少し焦った様子の士郎。

……センサーが警戒しているのか。

 

「昼間に文ちゃんや姫が迷惑かけちゃいましたし、

これからもお世話になりますから……ね。」

 

士郎の事は虎牢関の時から気になっていたのだが、

ここぞとばかりに距離を詰めに来たようだ。

 

「じゃあ、お願いするよ。」

 

「はい、任せてください!」

 

せっせと士郎の背中を洗い始める斗詩。

 

「男の人の背中って大きいですねぇ……」

 

「他の人と比べようが無いから、自覚は無いけどな。」

 

「文ちゃんも大分大きいですけど、

やっぱり違いますよぅ。」

 

「ん~~呼んだ~~」

 

名前に反応し、近寄ってくる猪々子。

 

「なんだアニキ、斗詩に背中洗って貰ってたのか。

……よし。アタイも手伝うぜ~」

 

そう言って布を手に取り、力任せに洗い始める。

 

「痛たたたたっ!す、少し力弱めてくれっ……!」

 

「んーーこんなもんじゃ無いのか?」

 

「ち、ちょっと文ちゃん、邪魔しないでよぅ……」

 

だんだん揉みくちゃになっていく三人。

 

そして当然の如く……

 

「うわぁっ!」

 

「わっ!」

 

「きゃぁっ!」

 

転倒した。

 

「いたたたた……っ…………

もう!文ちゃん…………って、何してるのよぅ!」

 

真っ先に立ち上がった斗詩が見たのは、

絡み合って倒れている士郎と猪々子の姿。

 

猪々子が余計に力を入れていた分、

より士郎に密着してしまったのだろう。

 

当然、他のメンバーも先ほどの悲鳴に反応して集まってくる。

 

「……どうしてこうなった……」

 

長い、女難の一日が過ぎていった……


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。