鐘の音が、街に鳴り響く。
時刻は昼――丁度、昼飯を求める人が町に溢れてくる時間。
当然、襄陽城下一の大きさを誇る食事処は、
今まさに忙しさのピークを迎えており、
何故か、その厨房の中に士郎の姿があった。
「青椒肉絲と炒飯だな。了解。」
士郎は注文を聞くや否や、
具材を鍋に放り込み、鍋を振るう。
製鉄や農耕など、自身の持つ技術を提供している士郎。
当然、その技術の中には料理も含まれており、
時折こうやってレクチャーしに来ているのだ。
「麻婆豆腐はもういいかな……
持って行ってくれるか。」
「はいっ!了解ですっ!」
出来上がった料理をニコニコと運ぶのは玖遠。
エプロンのついた配給服を着ており、
素朴だが彼女自身の魅力も相俟って中々可愛らしい。
仲間たちも時間が空いたら極力手伝う事にしており、
ちょうど今日は玖遠が一緒に働いているのだ。
(愛紗が来ようとした時は桃香と鈴々が全力で阻止した)
それに今日は玖遠だけじゃなく……
「白蓮さんっ!七番さんの注文お願いしますねっ。」
「ち、ちょっと待ってくれ~~……」
何故か白蓮も一緒に来ている。
基本、白蓮は霞と一緒に騎馬の訓練に手を貸すことが多いのだが、
ちょうど暇してた所、士郎から手伝いをお願いされ連れてこられたのだ。
まぁ、士郎から頼まれて満更でも無い様子だったが。
素早く、しかし埃を立てない様に移動する店員たち。
これもみな、士郎の教育の賜物である。
「やっほ~~
しろ~~ご飯頂戴~~」
「おなかすいた~~」
「姉さん達、他のお客さんも居るんだから静かにして。
……士郎さん、お邪魔するわね。」
店に入ってきたのは張三姉妹。
普段は違う店に行ったり、個々人で好きな店行ったりしているのだが、
何故か士郎が居る時は必ず三人で店に来るのだ。
それに今日は、一緒に美羽、七乃、弧白の三人も来ていた。
「しろう、しろうっ。
妾は蜂蜜を所望するのじゃ!」
ちらりと、七乃の方に目配せをする士郎。
七乃は、少し考えた後――首を振る。
「駄目だってさ。」
「な、なんでなのじゃっ!」
「美羽さま~~練習が終わった後、飲んでたじゃないですか~」
「わ、妾は育ち盛りなのじゃ!まだまだ足りないのじゃ!」
弧白に指摘され、慌てながら答える。
「……だったら、今日の食事は野菜炒めでいいな。」
「あっ!良案ですねぇ。
ついでに、食後の杏仁豆腐は無しで。」
士郎の提案に、満面の笑みを浮かべながら答える七乃。
……結構、息が合う二人である。
「い、嫌なのじゃ~~
弧白ぅ……」
目をウルウルさせて、弧白に助けを求める美羽。
「はいはい。大丈夫ですよ~~
先ずは席に着きましょうか。」
「そうですねぇ。
では士郎さん、お願いしますね。」
そう言って、空いてる席に向かう。
「注文はどうするんだ?」
「お勧めで♪」
ウインクをして返して来る七乃。
「……了解。」
張三姉妹と美羽たちが来た影響か、
だんだんと、更に忙しくなっていくのだった。
「よし。胡麻団子と……サブレも焼きあがったな。
白蓮っ。」
「はいはい、十番だな。任せとけ。」
パタパタと近づいてきた白蓮が、
お茶と一緒に菓子を持っていく。
そして持って行き、少したって……
「何で此処に居るんだよ~~!」
白蓮の叫び声が聞こえてくる。
「何かあったんですかねっ?」
「……俺が行った方が良さそうか?」
士郎の言葉に、周りに居る従業員全員が頷く。
「……行ってくる。」
俺、手伝いなんだけどなーーと、
そう考えながら騒動が起きている場所に向かう士郎。
其処には……
「ちょっと、料理はまだですの!?」
足を組んで椅子に座っている麗羽と猪々子、
それに申し訳なさそうにしている斗詩の姿があった。
「だ・か・ら!その前に何でお前がここにいるんだよ!」
驚愕と怒りが半分ずつ混じった文句を述べる白蓮。
まぁ、自分を破った相手だから感情が爆発するのは仕方ない。
「……誰ですの。この地味な人は?」
そんな白蓮の様子を見て、
本当に不思議そうな顔を浮かべる麗羽。
……あ、やばい。白蓮が泣きそうだ……
「姫~~あたいどっかで見たことあるよ~」
「ぶ、文ちゃん……幾らなんでも酷いと思うよ……
ほら、公孫瓚さんだよぅ。」
「ああ!確かそんな人居ましたわね。」
ポンと手を打つ麗羽。
「…………」
白蓮が……可哀想になって来た……
「え、え~っと、なんで麗羽さんはここにいるんですかっ?」
場の空気を変えようと、白蓮の代わりに話しかける玖遠。
「あら。貴女は聖さんの所にいましたわね。
……やはり天下を統一する前に、もう少し見聞を広めないといけないのですわ。」
「……確か曹操に負けたんじゃっ……」
「あ、あれは預けているだけですわっ!?」
急にうろたえる麗羽。
……図星だな。
「とりあえず少し静かにしてくれ。
他の客もいるしな。」
見かねた士郎が仲裁に入る。
「あら。士郎さんもいたんですの。」
「おーーアニキも居たのか。」
「あっ……お、お久しぶりですっ。」
一応士郎には返事を返してくれる三人。
「アニキ?」
「おーー虎牢関の時助けてもらったし、
お世話になったからさ。」
「あの時は、本っ当に助かりました。」
凄い勢いで頭を下げる斗詩。
「ああ。無事だったんならいいさ。
それより、まだ食事は食べてないんだろ。」
「うんーー早くご飯持って来てよーー」
まぁ、一応『客』だしな。
料理人として、客を不満にさせる訳にはいかない。
「分かった。出来ればおとなしく待っててくれよ。
ほら、白蓮。行くぞ。」
そう言って、うな垂れている白蓮を連れて行く士郎。
「そう言えば、何か忘れてるような……」
ふと考える士郎。
その心配は、直ぐ後に判明するのだが……
麗羽たちに料理を届けた後も、慌しく仕事を続ける士郎達。
白蓮も、幾分か元気になって来た頃……
「なんで麗羽がここにいるのじゃっ!?」
「ああっ!そういや血縁者だったっ!!」
当然、他の従業員は我関せず状態。
結局、士郎が先ほどと同じようなやり取りを再度繰り広げたのだった。
色々騒ぎはあったが、何とか忙しい時間帯も終わり、
麗羽たちも食事を終え、帰ろうとしていた。
「ふぅ……素晴らしい食事でしたわ。」
「美味しかったぜアニキ。」
「ご馳走様です。」
思い思いの感想を述べてくる麗羽達。
三人が満足していると、玖遠が近づき一枚の紙を渡してくる。
「これをどうぞ~」
「何ですの?」
手に取り、紙に目を通す麗羽。
「ああ。お会計ですのね。
斗詩さんっ。」
「はい。確かお金はここに……」
ごそごそと、袋を取り出し中を探る斗詩。
しかし、その手がぴたりと止まる。
「あ、あれっ!?もう五銖銭が殆ど無いじゃないですかっ!?
朝見たときはもっとあった筈なのに……」
困惑した様子の斗詩。
この店は襄陽一を誇るだけあり、それなりに値も張る。
特に、麗羽が食べたのは高級な物が多かったので尚更だ。
「ああ。其処にあったお金なら、賭けに使いましたわ。」
「アタイも朝に出店回るときに使った~」
さらっと、言ってのける二人。
「ど、どうするのよう!
ここのお食事代、払えないじゃない!」
「だ、大丈夫ですわっ。
美羽さん。少し貸して……「嫌なのじゃ!!」くっ……万策点きましたわ……」
「瞬殺ですっ!?」
問答無用で断られる。
この二人はあんまり仲は良くないからなぁ……
「しかしこれは困ったな……」
「ど、どうするんですかっ。士郎さんっ?」
考え込む士郎。
とは言え、こう言う時の対応は昔から決まっている。
「働いてもらうしかないだろうな。」
「わ、わたくしに働けと……」
「まぁ、そう言う決まりだからな。
斗詩はともかく、
麗羽でも、洗い物くらいなら出来るだろ。」
「アニキーーアタイは?」
「猪々子は……薪割りだな。」
「ですねっ……」
満場一致で可決した。
「どうせこのまま旅を続けるにしても先立つものがいるだろ。
ちゃんと給料は出すから、当分の間働いていくといい。
聖も、麗羽に会いたいだろうしな。」
「仕方ありませんわね……」
しぶしぶといった様子の麗羽。
「とりあえず、一回聖と会って来た方がいいな。
玖遠、麗羽を案内してあげてくれ。」
「はいですっ。」
びしっと、敬礼を返してくる玖遠。
「あの……でしたら私と文ちゃんは……」
「玖遠が居なくなるからな。
変わりに片付けを手伝って貰うさ。
……猪々子は明日使う薪の準備を頼む。」
「おー任せとけ。」
斧を担いで外に向かう猪々子。
「じゃあ早速片付けを始めるか。
先ずは予備の給仕服を着て、
その後は白蓮と協力して、空いた皿を片付けてくれ。」
「分かりました。」
服を着替えた後は、テキパキと作業をこなしていく斗詩。
流石に作業に慣れている玖遠よりは多少劣るが、
それも数をこなしていけば直ぐに追いつくだろう。
なんとか、今日の作業も乗り越えることが出来たのだった。
…………ちなみにちょうどその頃、麗羽と聖が再会しており……
「お久しぶりですわっ、聖さん。」
「あ、あれ?何で麗羽ちゃんが居るのっ!?」
聖たちを困惑させ。
「………………」
「………………」
「な、なんか桃香さまと月ちゃんが凄い変な顔してますっ!?」
「……気持ちは分からなくも無いです。」
その姿をみた桃香たちと、
旧董卓陣営のメンバーは凄い複雑な顔を浮かべていた…………
夜晩に鳴る鐘の音――時刻は今で言うと大体十時頃。
その時刻になると士郎は、ある事をするのが許される。
「タオルと着替えは……よし、あるな。」
入浴である。
ここ襄陽にある温泉の管理は、発見した紫苑が努めており、
入浴できる人や、時間なども管理されている。
使用できる人は、襄陽城内で寝泊りしている人で、
将以上の人物か、客人のみ。
男女は時間帯で区切られており、
本当なら湯自体を分けた方がいいのだが、
如何せん湯量の問題もあるし、実質使用している男は士郎だけなので、
そう言う仕組みになっている。
ちなみに入浴が許される時間は、夕刻になる鐘の次に鳴る鐘から。
「表示を『男』に変えてと……」
入り口にある表札に『男』の札を掛ける。
もし女性が入浴中なら、『女』の札が掛かっている筈なのだ。
「脱衣所にも服は無いな……」
入念に中を確認する士郎。
服は当然、前に使用していた人の忘れ物が無いかも確認する。
……士郎に見られると恥ずかしいものを忘れた人が、
慌てて駆け込んできて、裸の士郎と鉢合わせする事があったら困るからだ。
……いや、本当に困る。
何で見られた俺が加害者扱いなのさ……とは士郎の談。
「今日は大丈夫そうだな……
今日は店にも行ったから大分疲れてるし、少しゆっくりするとするか……」
そう呟きながら湯船に向かう士郎。
しかし、よく考えて欲しい。
今日の士郎の運勢はどうなのかを。
……まだ、『今日』は終わっていない。