真・恋姫無双〜正義の味方〜   作:山隼

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7-10 とある一日

鐘の音が、街に鳴り響く。

時刻は昼――丁度、昼飯を求める人が町に溢れてくる時間。

 

当然、襄陽城下一の大きさを誇る食事処は、

今まさに忙しさのピークを迎えており、

何故か、その厨房の中に士郎の姿があった。

 

「青椒肉絲と炒飯だな。了解。」

 

士郎は注文を聞くや否や、

具材を鍋に放り込み、鍋を振るう。

 

製鉄や農耕など、自身の持つ技術を提供している士郎。

当然、その技術の中には料理も含まれており、

時折こうやってレクチャーしに来ているのだ。

 

「麻婆豆腐はもういいかな……

持って行ってくれるか。」

 

「はいっ!了解ですっ!」

 

出来上がった料理をニコニコと運ぶのは玖遠。

エプロンのついた配給服を着ており、

素朴だが彼女自身の魅力も相俟って中々可愛らしい。

 

仲間たちも時間が空いたら極力手伝う事にしており、

ちょうど今日は玖遠が一緒に働いているのだ。

(愛紗が来ようとした時は桃香と鈴々が全力で阻止した)

 

それに今日は玖遠だけじゃなく……

 

「白蓮さんっ!七番さんの注文お願いしますねっ。」

 

「ち、ちょっと待ってくれ~~……」

 

何故か白蓮も一緒に来ている。

 

基本、白蓮は霞と一緒に騎馬の訓練に手を貸すことが多いのだが、

ちょうど暇してた所、士郎から手伝いをお願いされ連れてこられたのだ。

 

まぁ、士郎から頼まれて満更でも無い様子だったが。

 

素早く、しかし埃を立てない様に移動する店員たち。

これもみな、士郎の教育の賜物である。

 

「やっほ~~

しろ~~ご飯頂戴~~」

 

「おなかすいた~~」

 

「姉さん達、他のお客さんも居るんだから静かにして。

……士郎さん、お邪魔するわね。」

 

店に入ってきたのは張三姉妹。

 

普段は違う店に行ったり、個々人で好きな店行ったりしているのだが、

何故か士郎が居る時は必ず三人で店に来るのだ。

それに今日は、一緒に美羽、七乃、弧白の三人も来ていた。

 

「しろう、しろうっ。

妾は蜂蜜を所望するのじゃ!」

 

ちらりと、七乃の方に目配せをする士郎。

 

七乃は、少し考えた後――首を振る。

 

「駄目だってさ。」

 

「な、なんでなのじゃっ!」

 

「美羽さま~~練習が終わった後、飲んでたじゃないですか~」

 

「わ、妾は育ち盛りなのじゃ!まだまだ足りないのじゃ!」

 

弧白に指摘され、慌てながら答える。

 

「……だったら、今日の食事は野菜炒めでいいな。」

 

「あっ!良案ですねぇ。

ついでに、食後の杏仁豆腐は無しで。」

 

士郎の提案に、満面の笑みを浮かべながら答える七乃。

……結構、息が合う二人である。

 

「い、嫌なのじゃ~~

弧白ぅ……」

 

目をウルウルさせて、弧白に助けを求める美羽。

 

「はいはい。大丈夫ですよ~~

先ずは席に着きましょうか。」

 

「そうですねぇ。

では士郎さん、お願いしますね。」

 

そう言って、空いてる席に向かう。

 

「注文はどうするんだ?」

 

「お勧めで♪」

 

ウインクをして返して来る七乃。

 

「……了解。」

 

張三姉妹と美羽たちが来た影響か、

だんだんと、更に忙しくなっていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「よし。胡麻団子と……サブレも焼きあがったな。

白蓮っ。」

 

「はいはい、十番だな。任せとけ。」

 

パタパタと近づいてきた白蓮が、

お茶と一緒に菓子を持っていく。

 

そして持って行き、少したって……

 

「何で此処に居るんだよ~~!」

 

白蓮の叫び声が聞こえてくる。

 

「何かあったんですかねっ?」

 

「……俺が行った方が良さそうか?」

 

士郎の言葉に、周りに居る従業員全員が頷く。

 

「……行ってくる。」

 

俺、手伝いなんだけどなーーと、

そう考えながら騒動が起きている場所に向かう士郎。

 

其処には……

 

「ちょっと、料理はまだですの!?」

 

足を組んで椅子に座っている麗羽と猪々子、

それに申し訳なさそうにしている斗詩の姿があった。

 

「だ・か・ら!その前に何でお前がここにいるんだよ!」

 

驚愕と怒りが半分ずつ混じった文句を述べる白蓮。

まぁ、自分を破った相手だから感情が爆発するのは仕方ない。

 

「……誰ですの。この地味な人は?」

 

そんな白蓮の様子を見て、

本当に不思議そうな顔を浮かべる麗羽。

 

……あ、やばい。白蓮が泣きそうだ……

 

「姫~~あたいどっかで見たことあるよ~」

 

「ぶ、文ちゃん……幾らなんでも酷いと思うよ……

ほら、公孫瓚さんだよぅ。」

 

「ああ!確かそんな人居ましたわね。」

 

ポンと手を打つ麗羽。

 

「…………」

 

白蓮が……可哀想になって来た……

 

「え、え~っと、なんで麗羽さんはここにいるんですかっ?」

 

場の空気を変えようと、白蓮の代わりに話しかける玖遠。

 

「あら。貴女は聖さんの所にいましたわね。

……やはり天下を統一する前に、もう少し見聞を広めないといけないのですわ。」

 

「……確か曹操に負けたんじゃっ……」

 

「あ、あれは預けているだけですわっ!?」

 

急にうろたえる麗羽。

……図星だな。

 

「とりあえず少し静かにしてくれ。

他の客もいるしな。」

 

見かねた士郎が仲裁に入る。

 

「あら。士郎さんもいたんですの。」

 

「おーーアニキも居たのか。」

 

「あっ……お、お久しぶりですっ。」

 

一応士郎には返事を返してくれる三人。

 

「アニキ?」

 

「おーー虎牢関の時助けてもらったし、

お世話になったからさ。」

 

「あの時は、本っ当に助かりました。」

 

凄い勢いで頭を下げる斗詩。

 

「ああ。無事だったんならいいさ。

それより、まだ食事は食べてないんだろ。」

 

「うんーー早くご飯持って来てよーー」

 

まぁ、一応『客』だしな。

料理人として、客を不満にさせる訳にはいかない。

 

「分かった。出来ればおとなしく待っててくれよ。

ほら、白蓮。行くぞ。」

 

そう言って、うな垂れている白蓮を連れて行く士郎。

 

「そう言えば、何か忘れてるような……」

 

ふと考える士郎。

その心配は、直ぐ後に判明するのだが……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

麗羽たちに料理を届けた後も、慌しく仕事を続ける士郎達。

白蓮も、幾分か元気になって来た頃……

 

「なんで麗羽がここにいるのじゃっ!?」

 

「ああっ!そういや血縁者だったっ!!」

 

当然、他の従業員は我関せず状態。

 

結局、士郎が先ほどと同じようなやり取りを再度繰り広げたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

色々騒ぎはあったが、何とか忙しい時間帯も終わり、

麗羽たちも食事を終え、帰ろうとしていた。

 

「ふぅ……素晴らしい食事でしたわ。」

 

「美味しかったぜアニキ。」

 

「ご馳走様です。」

 

思い思いの感想を述べてくる麗羽達。

 

三人が満足していると、玖遠が近づき一枚の紙を渡してくる。

 

「これをどうぞ~」

 

「何ですの?」

 

手に取り、紙に目を通す麗羽。

 

「ああ。お会計ですのね。

斗詩さんっ。」

 

「はい。確かお金はここに……」

 

ごそごそと、袋を取り出し中を探る斗詩。

しかし、その手がぴたりと止まる。

 

「あ、あれっ!?もう五銖銭が殆ど無いじゃないですかっ!?

朝見たときはもっとあった筈なのに……」

 

困惑した様子の斗詩。

 

この店は襄陽一を誇るだけあり、それなりに値も張る。

特に、麗羽が食べたのは高級な物が多かったので尚更だ。

 

「ああ。其処にあったお金なら、賭けに使いましたわ。」

 

「アタイも朝に出店回るときに使った~」

 

さらっと、言ってのける二人。

 

「ど、どうするのよう!

ここのお食事代、払えないじゃない!」

 

「だ、大丈夫ですわっ。

美羽さん。少し貸して……「嫌なのじゃ!!」くっ……万策点きましたわ……」

 

「瞬殺ですっ!?」

 

問答無用で断られる。

この二人はあんまり仲は良くないからなぁ……

 

「しかしこれは困ったな……」

 

「ど、どうするんですかっ。士郎さんっ?」

 

考え込む士郎。

とは言え、こう言う時の対応は昔から決まっている。

 

「働いてもらうしかないだろうな。」

 

「わ、わたくしに働けと……」

 

「まぁ、そう言う決まりだからな。

斗詩はともかく、

麗羽でも、洗い物くらいなら出来るだろ。」

 

「アニキーーアタイは?」

 

「猪々子は……薪割りだな。」

 

「ですねっ……」

 

満場一致で可決した。

 

「どうせこのまま旅を続けるにしても先立つものがいるだろ。

ちゃんと給料は出すから、当分の間働いていくといい。

聖も、麗羽に会いたいだろうしな。」

 

「仕方ありませんわね……」

 

しぶしぶといった様子の麗羽。

 

「とりあえず、一回聖と会って来た方がいいな。

玖遠、麗羽を案内してあげてくれ。」

 

「はいですっ。」

 

びしっと、敬礼を返してくる玖遠。

 

「あの……でしたら私と文ちゃんは……」

 

「玖遠が居なくなるからな。

変わりに片付けを手伝って貰うさ。

……猪々子は明日使う薪の準備を頼む。」

 

「おー任せとけ。」

 

斧を担いで外に向かう猪々子。

 

「じゃあ早速片付けを始めるか。

先ずは予備の給仕服を着て、

その後は白蓮と協力して、空いた皿を片付けてくれ。」

 

「分かりました。」

 

服を着替えた後は、テキパキと作業をこなしていく斗詩。

 

流石に作業に慣れている玖遠よりは多少劣るが、

それも数をこなしていけば直ぐに追いつくだろう。

 

なんとか、今日の作業も乗り越えることが出来たのだった。

 

…………ちなみにちょうどその頃、麗羽と聖が再会しており……

 

「お久しぶりですわっ、聖さん。」

 

「あ、あれ?何で麗羽ちゃんが居るのっ!?」

 

聖たちを困惑させ。

 

「………………」

「………………」

 

「な、なんか桃香さまと月ちゃんが凄い変な顔してますっ!?」

 

「……気持ちは分からなくも無いです。」

 

その姿をみた桃香たちと、

旧董卓陣営のメンバーは凄い複雑な顔を浮かべていた…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夜晩に鳴る鐘の音――時刻は今で言うと大体十時頃。

その時刻になると士郎は、ある事をするのが許される。

 

「タオルと着替えは……よし、あるな。」

 

入浴である。

 

ここ襄陽にある温泉の管理は、発見した紫苑が努めており、

入浴できる人や、時間なども管理されている。

 

使用できる人は、襄陽城内で寝泊りしている人で、

将以上の人物か、客人のみ。

 

男女は時間帯で区切られており、

本当なら湯自体を分けた方がいいのだが、

如何せん湯量の問題もあるし、実質使用している男は士郎だけなので、

そう言う仕組みになっている。

 

ちなみに入浴が許される時間は、夕刻になる鐘の次に鳴る鐘から。

 

「表示を『男』に変えてと……」

 

入り口にある表札に『男』の札を掛ける。

もし女性が入浴中なら、『女』の札が掛かっている筈なのだ。

 

「脱衣所にも服は無いな……」

 

入念に中を確認する士郎。

服は当然、前に使用していた人の忘れ物が無いかも確認する。

……士郎に見られると恥ずかしいものを忘れた人が、

慌てて駆け込んできて、裸の士郎と鉢合わせする事があったら困るからだ。

 

……いや、本当に困る。

何で見られた俺が加害者扱いなのさ……とは士郎の談。

 

「今日は大丈夫そうだな……

今日は店にも行ったから大分疲れてるし、少しゆっくりするとするか……」

 

そう呟きながら湯船に向かう士郎。

 

しかし、よく考えて欲しい。

 

今日の士郎の運勢はどうなのかを。

 

……まだ、『今日』は終わっていない。


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