〜 月 side 〜
通りなれた城内を、てくてくと歩いて行く。
来ている服は、遥か西方で使われている給仕さんの服。
大きなスカートを揺らしながら厨房に食材を持って行く。
「よいしょ……よいしょ……」
手に持っている籠には一杯にじゃがいもが入っており、
月が持って運ぶには少々重い。
「これを運んだあとは……」
移動しながら次の作業に移り、
ふと……今の自分の境遇を考える。
(白装束たちの罠に嵌り、『死』しか残されてなかった自分……
だけど、そこを桃香さんたちに助けてくれた……)
それを考えると、元は一国の太守だが、
この仕事をするのは苦で無い。
(時々、詠ちゃんと一緒に軍議にも参加してるから、
街の皆の為に働けるし)
元太守だった月と軍師の詠。
二人の知恵をそのままにしておく朱里と雛里ではない。
(それに……いつか、あの人にもお礼を言わなくちゃ……)
胸に光る、剣の飾りがついた首飾りに目を向ける。
後悔や、懺悔の念に押しつぶされそうになっても、
これを見ていれば元気が出てくる。
そうして微笑を浮かべている時、
急にバランスを崩す。
「あっ……!!」
転倒する事はなかったが、籠に載せたじゃがいもが幾つか転がって行く。
「ま…まってぇ……」
追いかけようとするが、
手に籠を持っている為、咄嗟に動けない。
一旦屈んで地面に籠を置き、
追いかけようと頭を上げた瞬間、
目の前にじゃがいもが差し出される。
「あ、ありがとうございま……す…………」
お礼を言おうと、
拾ってくれた人の顔を見ると――
そこには、先程まで頭の中で考えていた人がいた。
「士郎さんっ!!」
目の前に居る士郎に、思わず抱きつく月。
色々な感情が溢れ、目から零れる。
「お……っと、
久しぶり。月。」
「士郎さんっ……ごめんなさいっ……」
士郎の体に顔を埋めたままの月。
「ごめんって……なにがさ?」
「だってっ……私たちのせいで、大怪我したって聞いたのにっ……
お見舞いも、助けてくれたお礼も言ってません……」
「あの時は仕方ないさ。
月が他の諸侯に見つかったら拙かったから。」
「……それじゃ納得できません!」
「困ったな……俺はもう気にして無いんだが……」
困ったような、恥ずかしそうな顔を浮かべる士郎。
もしこの光景を他の人が見たら、確実に誤解される。
「月~~じゃがいもまだ~~………」
丁度いいタイミング?で現れる詠。
「あ。」
無意識に士郎の口から言葉が漏れる。
「あ、アンタ……月泣かしてるのよっ!!」
「まったっ!!……誤解っ……」
士郎は、弁解する間も無く詠からの一撃を貰うのだった……
「全く……最初からそう言いなさいよ。」
「説明させてくれる暇さえ無かっただろ……」
月からの説明のお蔭もあり、
誤解はスムーズに解けてばつが悪そうにしている詠。
「もう、詠ちゃん……」
少し怒った顔をしている月。
……まぁ全然怒ったようには見えず、むしろ可愛いのだが。
「私もあの時の礼がまだだったからね。
……ありがとう士郎。
あと……御免なさい……私たちの騒動に巻き込んじゃって。」
ペコリと頭を下げる詠。
「俺は気にして無いんだけどな……
皆無事だったからまぁいいだろ。」
「そうはいかないのよ。
恩を受けっぱなしって言うのは、
人によっちゃあ見えない荷物背負ってるようなものよ。」
借りを作りっぱなしというのは、
詠の性に合わない。
「まぁいいわ……その内何とかするから。
で、話は変わるけど、何で此処にいるのよ。」
「桃香から話は聞いてないのか?」
「いえ……来客者の話は特には。」
「……劉表軍の一員が此処に居るのがばれたら厄介な事になるから、
月や詠には話して無いんだろうな。
詳しい話は全員揃ったときにするさ。」
そう言いながら、先程まで月が持っていた籠を手に取る。
「これは厨房に運んだらいいんだろ。
案内してくれないか?」
「お、お客さんに、
それをさせる訳にはいきませんっ。」
「流石に見て見ぬ振りは出来ないだろ。
……さっきも転びそうだったし。」
「う……はい……」
顔を赤くし、うつむく月。
「じゃあ、私についてきて下さい。」
二人に連れられ、厨房に歩いて行く士郎。
「そう言えば二人とも、可愛い服着てるんだな。
似合ってるよ。」
後ろから二人の服装を見て、思わず感想を漏らす士郎。
「っ~~~」
「う、うっさい!私は嫌って言ったけど、
月が如何してもって言うから……」
互いに顔を真っ赤にしている。
三人が厨房に着くのは、少し遅くなりそうだった……
「士郎さん、お久しぶりです~」
桃香からの歓迎を受け、
謁見の間に入っていく士郎。
桃香の横には、朱里と雛里の両軍師も居る。
「久しぶりだな桃香。」
「はい。怪我のほうも大丈夫なの?」
「何とかな。
ここに来る途中に月と詠にもあったよ。」
「そうなんですか……
二人とも、士郎さんに早く会いたがってたから。」
「凄い勢いで謝られたよ。」
苦笑しながら答える士郎。
「二人とも、ずっと気にしてましたからね~
お姉……聖さんは元気ですか?」
「相変わらずさ。
色々頭悩ませながら、皆問題を解決してるよ。」
「こっちは大変なんだよう……
袁術さんを何とか凌いだら、今度は曹操さんが攻めてくるし……」
ため息を吐く。
まぁこの時代の徐州はまさに激戦区だから仕方が無いが……
「あ、あのっ、士郎さんっ。
援里ちゃんは元気にしてますか?」
「相変わらず知恵を借りたり、お菓子作ったりしてるな。
……前、援里と一緒に作ったお菓子があるから、
また後でご馳走するよ。」
「楽しみにしてます……」
二人とも援里と同じ私塾だから気になるのだろう。
「もう直ぐ他の皆も集まって来ますから、
それまでゆっくりしてね~」
「ああ。そうさせてもらうよ。」
そう言って士郎は謁見の間を後にした。
「士郎……終わった?」
「恋か。」
部屋を出ると、いきなり恋に話しかけられる。
どうやら、ずっと待っていたようだ。
「恋どの~~ほんとに戦うのですか~」
音々音も一緒について来ている。
……相変わらず恋にべったりである。
「戦うって、なにがさ。」
「私と……士郎が。」
「え……っと……
俺、此処に着いたばかりだから、出来れば休みたいんだけど……」
只でさえ疲れているのに、
相手が恋となると全力で戦わなければいけない。
今の士郎からすれば、もはやイジメである。
「大丈夫。士郎なら。」
いや、そんなとこ信頼されても……と思わず士郎が口に出そうとするが、
有無を言わせず腕を掴まれる。
「……行く。」
「何で俺の周りにはまともに話を聞く奴が少ないんだ……」
士郎の叫びもむなしく、
ズルズルと鍛錬場に連れて行かれるのだった……
「誰か先客が居るな。」
「?確かに、剣戟の音が聞こえますな。」
警邏から帰ってきた愛紗と星が鍛錬場に向かっていると、
激しい剣戟の音が聞こえてくる。
「お帰りなのだーー」
途中で鈴々も合流する。
「鈴々、また厨房に忍び込んだな。」
「ちがうのだっ、月がくれたのだ。」
鈴々が口に加えているのは肉まん。
お腹が空いて厨房で貰ったのだろう。
「月は優しいからな。
大方詠が居ない隙を狙われたのだろう。」
仕方ないといった様子の星。
「全く……もう直ぐ夕食だっていうのに……」
「だから、体動かしに来たの。
鈴々も一緒に鍛錬するのだ。」
そうこうしている内に鍛錬場に到着する。
「さて、多分恋殿と魏越,成廉の二人が鍛錬してるのだろう。
私たちも混ぜてもらうとしようか。」
そう言って中に入った三人が見たのは、
風が渦巻くように戟を振るう恋と、
それを捌き避ける士郎の姿だった。
弧白と同等の一撃を、霞の速度で振るう恋。
その純粋な力が、人中に呂布ありと言われる所以――
何とか捌いてはいるが、
下手に攻撃しようものなら直後の隙を狙われる。
只でさえ疲労が蓄積している士郎からすれば、
無理な体力の消耗は避けたいのだ。
(最も、これまでの戦って来た中で、
まともな状態で戦えた事の方が少ないけどな)
いつだって、ギリギリの状態で勝ちを拾ってきた士郎。
むしろ、こういう戦いの方がやりやすい。
じっと、恋の攻撃を避け受け流し、
恋の隙を伺う。
「っ…………」
嫌な予感を感じたのか、
ジリジリを距離を広げていく恋。
士郎が持っているのはいつも通り「干将・莫耶」なので、
恋の攻撃が丁度届く位置までこれば、士郎の攻撃は届かない。
(このまま……押し切る……)
一瞬気が緩む恋。
だが、其処は決して『安全』な位置ではなかった。
「ふっ!!」
士郎の体が不自然に沈む。
瞬間――
恋の眼前に士郎が一瞬で現れる。
「!!」
瞬時に相手との間合いを詰める縮地。
前後の動きに限り、長い距離を少ない歩数で接近する体捌き。
以前にやられたように、投剣されても大丈夫なように警戒していたが、
いきなり士郎が動く事は予想していない。
そのまま、決着がついたと思った時、
いきなり、士郎が倒れる。
「…………士郎、だいじょうぶ……?」
「さ、流石に今の体調で縮地は厳しい……」
どうやら疲労がピークに達したようだ。
「……私のせい?」
「自覚はあるんだな……」
ぐったりとしている士郎を困った目で見ている恋。
すると、入り口の方からパチパチと手を叩く音が聞こえてくる。
「お見事。流石は士郎殿ですな。」
「凄いのだ。恋相手に互角に戦ってたのだ。」
鈴々と手を叩いていた星が士郎たちに近寄ってくる。
「士郎さん、到着されてたのですね。
いいものを見せてもらいました。」
「そんなにいいものじゃないと思うんだけどな。
結局最後は倒れて負けたしな。」
すると、恋がふるふると首を左右に振る。
「士郎は……疲れてた……
私の負け。」
「体調が良い時もあれば悪い時もある。
俺が負けたのは事実だろ。」
「ふむ……引き分け。
と、言った所ですかな。」
二人の様子を見て、星は苦笑しながら答える。
「兄ちゃんはまだここにいるの?」
「ああ。桃香から皆が集まるまで時間を潰してくれって言われてる。」
「でしたら、私たちの鍛錬を見てくれませんか?」
「あまり教えるのは得意じゃないんだけどな……」
「士郎殿が私たちより強いのは事実。
なにか気付く点があればでいいのです。」
「……分かった。休憩がてら見させて貰うよ。」
愛紗に押され、渋々訓練を見る事になった士郎。
徐州について早々、
いろんな人に巻き込まれながら時間は過ぎていった。
縮地法とも言う日本武術における技術。
相手の瞬きの瞬間の隙や、死角に入り込む体捌き。
すり足で動く事で体がぶれない為、視覚的に近寄られたことに気が付かない。
停止から一気に最高速へ加速する歩法。
重心を崩す事を動きの起点にしている為、通常の動きより速い。
様々な媒体で使用されていますが、
ようするにこう言った動作の総称の事です。
植芝盛平と言う人物は、この縮地で数十メートルの距離を一瞬にして移動したらしく、
士郎でも数メートルなら可能(と言う設定)です。