真・恋姫無双〜正義の味方〜   作:山隼

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6-3 江賊討伐(2)

に矢を番え、強弓を引き絞る。

 

狙いは遠く、

射法八節も行ってはいないが―――

 

彼の眼には、

既に、当るのは「見えて」いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

風切り音が聞こえる。

 

自身に振り下ろされる剣の音だと思い、

小蓮は固く眼を閉じる。

 

しかし―――

 

その音に続いたのは、

敵将の呻き声だった。

 

 

 

 

 

 

「ぐぁっ……………

誰だっ!!撃ってきた奴はぁっ!!」

 

雷薄の手に深々と突き刺さる矢。

雷薄と陳蘭の二人は、直ぐに矢が飛んできた方向に目を向ける。

 

そこには、黒弓を構える士郎の姿があった。

 

「誰だアイツ………?」

 

「んなことどうでもいい!

野郎共っ、さっさと殺せぇっ!!」

 

怒り狂った雷薄が部下に命令を下す。

 

流石元兵士達というべきか、

咄嗟の命令にも慌てることなく、

士郎に向かって隊を崩すことなく進んで行く。

 

それを見て、

再度、弓に矢を番える士郎。

 

「へっ。重装歩兵(あいつら)に矢が効くかよ。」

 

陳蘭の言葉を裏付けるように、

全く怯むことなく進んで行く歩兵。

 

確かに、普通の弓ならば効くはずも無いだろう。

しかし、今回の相手は、「ただの」弓兵ではなかった―――

 

「ぐぁああっ!!」

 

陳蘭の耳に届くのは、

士郎ではなく、歩兵達のうめき声。

 

「な、何やってるんだテメエらっ!!

さっさと囲んで殺せっ!たかが弓兵だろうが!!」

 

士郎に近付くまでの間に、何人もの歩兵が倒される。

 

相手は弓兵。

しかも見た所剣や槍は持ってなく、あるとすれば懐に隠せる短剣位。

 

それならば近づけば歩兵の方が有利と判断した歩兵たちは、

一斉に槍を突き出すが、

士郎はそれを避け、懐に潜り込み、近くにいた何名かを切り伏せる。

 

「何で剣が通るんだよっ!!」

 

「幾ら重厚な鎧を着ても、間接の隙間は隠せない。

それに………」

 

手のひらを相手の鎧に当て、

そのまま一気に踏み込む。

 

「ガ…ッ………」

 

「中の肉体は柔らかい。

鎧の振動を伝えてやれば簡単に倒せる。」

 

浸透勁。

硬い鎧は衝撃を伝え易く、

しかも相手はその重さ故に、さらに行いやすい。

 

瞬く間に数十人いた重装歩兵が倒される。

 

「調子にッ……のるなァッ!!」

 

激昂した陳蘭が、怒りに任せて突撃してくる。

 

あと少しで、孫家に対する復讐が成功していたのに、

この男のせいで、虎の子の重装歩兵は半壊し、雷薄は手傷を負ってしまった。

 

(全てが………台無しだッ!!)

 

勢いそのままに、士郎に切りかかる。

元将軍だけあり、激昂しているとはいえ、

最短距離を通るきれいな太刀筋。

 

だが、

 

「………怒り(それ)では、俺に届かない。」

 

士郎の声が聞こえると同時に、首の後ろ、延髄に衝撃が走る。

 

暗転する視界。

 

「ちっ………く……しょおッ」

 

そのまま、陳蘭は地面に倒れ付した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ…………」

 

陳蘭の延髄を干将の柄尻で打ち据え、昏倒させる。

 

孫家に対する恨み、その為にコイツは賊を率いてこの戦を起したのだろう。

何も知らない人からすれば、悪は間違いなく賊のほう。

 

しかし、この男からすればその悪が、

こいつだけの正義なのである。

 

復讐するしか、救われない。前に進めない。

 

今もなお正義の味方を目指す士郎は、

その思いが分かってしまう為、殺せない。

 

(………ままならないものだな)

 

まだ、賊は残っている。

 

考えるのは其処までにして、

残った雷薄と対峙した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「凄い………」

 

小蓮自身の攻撃が効かなかった相手を、

一瞬で倒した男。

 

奇妙な服装をしているが、味方と判断していいだろう。

 

心臓の鼓動が煩い。

 

それが窮地だった為のものなのか。

それとも違うナニカが原因なのか。

小蓮はただただ困惑するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

確実に雷薄との距離を詰めて行く士郎。

 

あの歩兵達が敗北したせいで、周囲の賊は誰も近寄ってこない。

 

「くっ………近寄んなァッ!!」

 

咄嗟に、傍に居た小蓮に手を伸ばす。

 

「ちッ!!」

 

人質にするつもりか、いやそれともせめて、小蓮だけは殺しておくのか。

 

走り出す士郎。

 

雷薄の手が、小蓮に掛かる瞬間―――

 

リィン―――と鈴の音が聞こえた。

 

「賊如きが、小蓮さまに触れるな。」

 

冷たい声が響いた瞬間、雷薄が真横に吹き飛ばされる。

 

「思春っ!!」

 

飛び込んで来たのは、

幅広の曲刀「鈴音(りんいん)」を逆手に持った思春だった。

 

思春に水月を強打され、動けなくなる雷薄。

 

「小蓮さまっ、ご無事ですかっ!?」

 

「大丈夫だよーー

この人が助けてくれたから。」

 

士郎を指差しながら答える。

 

「お前は一体………?」

 

「ちょっとっ、

シャオ助けてくれたんだから、乱暴にしないで!!」

 

思春は奇妙な服装をしている士郎を警戒し、

小蓮は命の恩人である士郎を庇う。

 

「説明したいのだが、今は時間が無いだろう。

とりあえずキミ達の敵ではない事は確かだ。」

 

「そうだ!蓮華さまっ!!」

 

士郎の言葉に弾かれたように反応する思春。

急いで蓮華の元に駆けて行く。

 

「ちょっとーーーっ!!シャオも連れてってよっ!!」

 

孫呉の中では、特に蓮華に対して忠義心が篤い思春。

蓮華の事となると周りが見えなくなる。

 

「私たちも急ごう。」

 

「う、うん。」

 

士郎に促され、一緒に軍後方にいる蓮華の元に向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

わらわらと寄って来る賊たち。

 

蓮華は腰まで届く、長い髪を靡かせながら剣を振るい続ける。

 

「くっ、はぁッ!!」

 

数も、質も此方の兵が勝っているのに、

得体の知れない執念を見せる賊の迫力にジリジリと気圧される。

 

(なんなの………こいつらッ………)

 

ふと、心が折れそうになる。

 

「危ないですッ、蓮華さま!!」

 

蓮華が意識を切った瞬間、襲い掛かってきた賊が横合いからの矢に射抜かれる。

 

「大丈夫ですかっ!!」

 

「あ、ありがとう亞莎。」

 

賊を討ったのは亞莎が付けている、

暗器に一つである、梅花袖箭を仕込んだ手甲「人解(れんげ)

 

元々武人である亞莎は、

近接戦闘もかなりの力量を誇る。

 

「押されてるわね………」

 

「はい………小蓮もご無事だといいんですが………」

 

背中合わせに会話する二人。

まだまだ賊は残っている。

 

すると………

 

「蓮華さまーーーッ!!」

 

賊をなぎ倒しながら走ってくる思春。

一気に蓮華の所へ到着する。

 

「お怪我はありませんか。」

 

「え、ええ。大丈夫だけど………」

 

いきなりの出来事に呆気に取られている蓮華。

 

「あの~~~小蓮さまは如何したんですか?」

 

「えっ………あっ!!」

 

亞莎に指摘され、小蓮を置いてきた事に気付く。

 

「もうっ!何やってるのよ。」

 

「す、すみません………」

 

思春が蓮華に怒られていると、

 

「おーーーいっ!みんな大丈夫ーーー」

 

「小蓮!」

 

士郎が操る馬に乗った小蓮が近寄ってくる。

 

「敵将はシャオたちがやっつけたよーー」

 

そのまま傍に来て、二人共に馬から下りる。

 

「大丈夫だったの小蓮!」

 

「うん。しろーが助けてくれたから。」

 

小蓮に言われ、士郎の方に目を向ける蓮華。

 

「寿春太守の孫仲謀です。

何処の誰かは知りませんが、妹の危機を助けてくれてありがとう。」

 

「旅商人の衛宮士郎と申します。

いや、私も賊に困っていた所ですから、

お互い様ですよ。」

 

軽く笑みを交わしながら互いに自己紹介をする。

 

「困っていたというのは…?」

 

「ああ。今、丁度徐州に向かうお客さんを乗せてたんです。

それで、賊がいたので立ち往生してたんですよ。」

 

「そうだったんですか。」

 

納得した顔で頷く蓮華。

しかし、

 

「本当に貴様は旅商人か?」

 

「どうしたの思春?」

 

「いえ、遠目でしたが、敵将を一人倒したのは間違いなくコイツです。

その時の動きを見ましたが、見た事の無い動きをしていました。

只の商人とは思えません。」

 

「………この戦乱の世では、商人自身が武を鍛えても可笑しくありません。

護衛の兵を雇うとお金がかかりますし、

彼方此方旅をしてますから、色んな武に触れる機会もありましたし。」

 

しらっと嘘を吐く士郎。

まぁ本当の事を話そうものなら、確実に捕まって牢屋行きだが。

 

「そういえば、シャオの攻撃が効かなかった兵士倒してたー

あれ、どうやってたの?」

 

興味津々に聞いてくる小蓮。

やはりあの姉あれば、この妹ありという事なのだろう。

 

「介者剣法と言うものです。

どんな鎧を着ても、間接の部分は必ず隙間が出来ます。

そこを狙えば、どんな鎧も意味を成しません。」

 

「………確かに、隙間が出来ますねっ。」

 

自身の体を動かしながら答える亞莎。

 

「じゃあっ、あの矢もそこを狙ってたの!?」

 

小蓮が聞いているのは、矢で賊を射抜いてた時の事だ。

自身の刃が通らない相手に、

なぜ矢が効くのか疑問に思っていた。

 

「はい。」

 

「すごーいっ!」

 

楽しそうな小蓮とは対称的に、

怪訝な表情の思春。

無理も無いだろう。

 

「出来れば御礼がしたいから、

一緒に寿春に来てもらえるかしら?」

 

親切心からの提案。

しかし、士郎は反董卓連合時に孫策、周瑜、黄蓋の三人に姿を見られている。

もし、会ってしまうと、士郎の事がばれてしまう。

 

「いえ、先を急ぎますので。

寿春を通過させてもらえれば大丈夫です。」

 

正規の商人では無い為、寿春の通行証など持っていない。

ここで蓮華に許可を貰えれば、今後の活動がぐっと楽になる。

 

「それ位はお安い御用ね。

直ぐに通行出来るように手配しましょう。」

 

快く承諾する蓮華。

 

「一応徐州の国境までは案内します。

賊の残りを鎮圧するから、今のうちに馬車を持ってきてくれますか?」

 

「了解。」

 

「急いでねーーーーー」

 

そう言って一旦、馬車を隠している森に向かって行った。

 

「………思春、亞莎。

こっちに向かってくる賊の鎧の隙間、

………弓で射抜ける?」

 

「………私は弓を扱わないので答えかねます。」

 

「私は袖箭を使いますが、狙って当てるのは難しいですね。

祭さまでも、厳しいと………」

 

「………あれ程の武人が商人というのも変ね。

まぁ、敵じゃないし、悪い人には見えないか大丈夫かしら。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おそーーいっ。何してたのよっ。」

 

随分おかんむりな地和。

 

「地和ちゃん、しろーがいないから寂しかったんだよ。きっと。」

 

「なっ……!そんなわけないでしょーー!」

 

顔を赤くして、慌ててる地和。

………大分元気そうである。

そんな二人をほっといて話を進める士郎と人和

 

「それで、どうやら孫家の人が同行してくれるみたいなんだが。」

 

「はい。私たちは静かにしていればいいんですね。

………姉さんたち、大丈夫ですか?」

 

「歌っちゃ駄目なの?」

 

「駄目です。」

 

「楽器の演奏は?」

 

「駄目です。」

 

「じゃあ踊りっ!」

 

「全部駄目ですっ!!」

 

「えーーーっ。」

 

不満そうな天和である。

 

「とりあえず行こうよーー

士郎が守ってくれるんなら大丈夫でしょ。」

 

「ああ。当たり前だろ。

じゃあ行くか。」

 

即座に返されて反応が遅れる地和。

 

「っ………全く、士郎の癖に………」

 

「なんでさ………」

 

いまいち分かってない様子の士郎。

 

「………天和姉さんは天然だし、地和姉さんも………

私も頑張る必要があるみたいね。」

 

「?どうしたの人和。」

 

「なんでもないわ。行きましょう姉さん。」

 

そう言って馬車に乗り込む人和。

 

「?………まっ、いいか。

しろー私が横に乗っていい?」

 

「駄目だ。一応お客さんを運んでる事にしてるんだから荷台にしてくれ。」

 

「えーーーっ、けちーー」

 

「お姉ちゃん、早くしてよー」

 

賑やかに騒ぎながら、

士郎たちは蓮華たちと共に徐州に向かって行った。


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