「袁術の所の孫策が動いたわ。
目標は揚州の江南よ。」
注目していた孫策の動きが、政務を統括している鈴梅から報告される。
「江南ってどこら辺なんや?」
「新野の東にあるのが江夏。で、さらに東にいくと盧江があって、
ここは袁術が統治してるわ。
江南はその盧江と長江を挟んで南にある土地よ。
ちなみに袁術の本拠地は盧江の北にある寿春よ。」
土地勘が無い霞に水蓮が説明する。
「孫策の所には確か周喩がいたよな。」
「いましたけど………それがとうかしたんですかっ?」
?マークを頭に浮かべる玖遠。
「ああ。元々盧江は「周家」の本拠地だったのさ。
なんでわざわざ江南に行ったのかなと思ってな。」
地元の影響力がある方が支配も統治もしやすい。
今孫策の所には、以前からいた周喩,黄蓋,陸遜の他に、
孫権,孫尚香,甘寧,呂蒙,周泰といった有名な将が集まっている為、
反乱を起しても容易く成功するだろう。
ちなみに荊州での有力な豪族は蔡家。
蔡家の長である水蓮が聖と仲が非常によろしい為、
荊州の統治は非常に上手くいっているのだ。
「成功しても………そのままでは………曹操さん、桃香さんと都市が隣接します………
先に江南を取って………戦力を整える為だと………」
「それに江南なら、迂闊に袁術もちょっかい出せないです。
あそこは山越が沢山いるですし、袁術とも仲悪いです。」
「なるほどな。」
江南で力を持っているのは「顧・陸・朱・張」の四豪族。
元々孫家も江南の小豪族であり、
孫策の母孫堅が台頭した際も、この四豪族が多大な力を貸している。
今孫策軍にいる陸遜は陸家の一員でもある為、
支配するのはそれほど苦労しないだろう。
「このまま孫策さんが江南を統治すれば、
次の目標は袁術。
その次は私たちになるのでしょうか?」
「曹操と桃香さまたちの状況にもよるけど………
このままだとその可能性が一番大きいわ。」
紫苑の推測に頷く鈴梅。
「軍備の拡張はこのまま進めていくわ。
他に何かする事はあるかしら?」
「とりあえずは今の所はないです。
また曹操や桃香さまの動きを見て決めるです。」
その日の軍議はそのまま終了した。
以前、刀剣技術を教えた店で場所を借り、
ウーツ鋼の特性を理解する為に刀を打っていた士郎。
休憩を挟むついでに、みんなの様子を見ようと城内を散策していると……
「あら?士郎さん。どうされたんですか。」
白い肌をほんのりと朱に染めた紫苑に声を掛けられる。
「紫苑か。以前世話になってた鍛冶屋に用があって、少し休憩しに帰って来たんだ。」
「鍛冶屋にですか?」
「ああ。炉を使わせてもらったり、馬用の鎧を開発したりな。」
「なるほど………でしたら今、お疲れなんですよね。
でしたら丁度良いものがありますわ。」
すっと近寄って来ると、ほんのり香る花の香りにおもわずくらっとしそうになる。
「うふふふっ。どうされたんですか、赤い顔をして。」
「い、いやっ。なんでもない。
それより、何なのさそれ。」
首を振り、邪念を吹き飛ばす士郎。
………色仕掛けに弱いのは相変わらずである。
「はい。中庭に温泉が出来たんです。」
「温泉って………前から中庭で作業してたあれか?」
「丁度、温泉が流れていたのが分かりましたので、
聖様にお願いして作らせて貰ったんです。」
――ダウジングか何かしたんだろうか?
士郎の疑問をよそに、紫苑は話し続ける。
「見たところお疲れのようですし、良かったらどうですか?」
「それは嬉しいけど、大丈夫なのか?」
水質が人体に会うものかどうかが分かるまでは、
気軽に入る訳には行かない。
日本にもアルカリ性のお湯があるが、
アルカリは濃度が強いと、人間くらいなら軽く溶かしてしまう。
「大丈夫ですよ。
魚を泳がせて確認しましたし、私が入っても何も影響は無いですし。」
「無茶するな………
だったら俺も入らせてもらうよ。」
とりあえず解析だけはしておくかと考えながら歩き出す士郎だったが、
「………一応確認したいんだけど、今他の人って入ったりして無いよな」
「今は士郎さん以外には話していませんから。
………私で良ければお背中流しますけど。」
「他の誰かが聞いたら不幸な事になるから………行ってくる。」
「ふふふっ。はい、ごゆっくり。」
紫苑に見送られ、士郎は温泉に向かって行った。
……………
「これは………凄いな………」
士郎の目の前に広がるのは、石造りの露天風呂。
湯には花を浮かべており、甘い香りを漂わせている。
「なるほど。あれはこの花の香りだったのか。」
先程紫苑と話したとき、漂ってきた香りを思い出す。
「にしても、まさかこの時代に温泉に入れるなんてな………」
風呂文化は古く、遡れば紀元前のメソポタミアが始まりである。
この時代でもヨーロッパの方は、週に1~2程度入浴を行っていたらしい。
日本で湯に入る風呂が庶民に広がったのは江戸時代。
それまではサウナのような物や行水が主流で、
湯に入っていたのは上級の公家や武家の人だけだった。
そのことを考えると、今この時代で自由に湯に浸かれるのは非常に贅沢なのである。
「まぁ健康の事を考えたら、体温は高い方がいいからな。」
そう言いながら思いっきり体を伸ばす士郎。
湯に浸かる久しぶりの感触を、心行くまで楽しんだのだった。
湯を出た士郎は、紫苑に礼を述べようと政務室に入っていった。
「あれ?水蓮たちも来てたのか。」
報告することがあったのか、軍務を行っていたメンバーもおり、
丁度全員が揃っていた。
早速、士郎は紫苑に声を掛ける。
「紫苑、とても気持ちよかったよ。」
「それは良かったですわ。またいつでもご自由にお使い下さいね。」
「ああ。また―――」
お願いするよ。と言いかけた時、
璃々が士郎の脚にくっついて来る。
「?」
「お兄ちゃん、お母さんと同じ匂いがするーー」
キョトンとしている士郎をよそに、
璃々が危険な発言をする。
『!!!!!』
さっきの会話と璃々の言葉を聞いて、
一気に空気が重くなる。
「って、どうしたのさ!!」
意味が分からない士郎は慌てて周りを見るが、
にこやかに笑う紫苑以外、全員様子がおかしい。
これは拙い。と、士郎の直感が危険信号を発信する。
「ち、ちょっと待て。温泉に入っただけだっ!」
「い、一緒に入ったんですかっ!!」
「ふふふっ。それは秘密よ。」
玖遠に向かって薄く笑みを返す紫苑。
「なんでそうなるのさ………」
紫苑が不自然にごまかす為、
全員に説明するのに、かなりの労力を使う士郎だった………
「全く!!一人で温泉に入っただけならそう言いなさいよっ!!」
「なんで俺が怒られるのさ………」
「うっさいです。
とりあえず士郎が全部悪いです。」
理不尽な鈴梅と蓬梅の怒りをくらう士郎。
そんな士郎たちを余所に、
他のメンバーは温泉の話題で盛り上がっていた。
「あそこに温泉があるのは吃驚したよう。」
「私と聖は長年此処に住んでるんだけどね。」
「せっかくあるのですから、これからは有効に使えば良いと思いますわ。
肌も綺麗になりますし。」
『!!!』
紫苑の言葉に真っ先に反応する三姉妹。
「中庭にあるんだよねっ!
早速入ってくるね~~」
「あっ!ちぃも行くっ!!」
いきなり立ち上がって駆け出して行く天和と、それを追いかける地和。
「はぁ………全く姉さんたちは………
何かしたら困るし、私も行ってきます。」
そう言って、残った人和も出て行く。
「………凄い勢いで出て行きましたねっ………」
「仕事柄………美容には………敏感なんだと………」
呆気に取られる玖遠に説明する援里。
まぁ、アイドルをしているあの三姉妹は仕方ないだろう。
「でも、男湯と女湯は分けてませんから、
気をつけて下さいね。」
『ええっ!!』
残ったメンバーは一斉に士郎の方に目を向ける。
………話に参加していない士郎は、急に視線が注目したので戸惑う。
「まだ何かあったのか………」
「ふふっ。何でもありません。」
焦る士郎を上手くはぐらかす紫苑。
「で、何で分けて無いのよっ!!」
「そうです。このままじゃ士郎に覗かれるです。」
いつの間にか鈴梅と蓬梅も話しに参加している。
「あんまり大きくすると中庭が狭くなりますし、
湯量の問題もあったので。
でも大丈夫ですわ。
此処で温泉に入る男の人は士郎さんだけですし、掛札も作ってあります。」
「ううっ……士郎さんだから問題なんだよう………」
「はいっ………そうですっ………」
頭を悩ませる聖と玖遠。
色々大変である。
「う~~ん………ウチも恥ずかしいけど、まぁ士郎やったらええわ。」
「ええっ!何でよ!!」
霞の発言に驚く水蓮。
「純粋に興味があるんや。
どんな体つきしろるんやろ~~って。
勿論異性としてもあるけどな。」
「まったくアンタは………」
霞らしい考えに頭を悩ませる水蓮。
「璃々もお兄ちゃんと一緒に入る~~」
「ふふっ。頑張るのよ璃々。」
「うんっ。」
何をだ。
「て言うか、何で俺が覗くのが前提で話しるのさ………」
誰も「士郎は入らなくていい」と言わないあたりが、
彼女達の優しさなのだが、残念ながら士郎は気付かない。
まだまだ騒ぎは続いていくのであった。
動き始める雪蓮。
華琳や桃香もそろそろかな。