餓狼の戦場   作:フビライ

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いきおいで直し始めました。
楽しんで読んでもらえたら、幸いです。
よろしくお願いします。


プロローグ

[834]4歳

 

――世界の成り立ちを知ったのは、いつだったろうか。

 

俺は……なんの捻りもなく言えば「転生」し、新たに生を受けた存在だ。

ありふれた交通事故で、確実に自分が死んだと認識し、血の海に沈んだところで意識が完全に途絶えた。

そして次に「俺」を自覚した時には、もうこの世界にいた。

 

両親を襲った賊を血の海に沈めた後で。

 

「……はっ」

 

ざまはない。

俺が俺であると自覚してから、最初に思ったのは、駆逐した相手への同情でも、ましてや後悔でもない。

 

弱き者に対する、憐憫だ。

 

「トウマ……お前……」

 

強盗に襲われた両親が、俺の背後から声を掛けてきた。正確には父親が、だ。

どうやら、母親は声も出ないらしいなと、後ろを振り返った。

 

「……ひっ」

 

たった今、命の危機を脱したわけで、その声と表情が恐怖に染まって震えているのは納得できる。

俺が、強盗を殺傷したナイフをもったままで、恐ろしい風貌なのも理解できる。

 

だが。

 

俺をケダモノのように見るその目(・・・・・・・・・・・・・)は予想外だった。

 

 

「……大丈夫だった?」

「あ、ああ。トウマ、お前こそけがは――」

「大丈夫」

「そ、そうか」

 

思えばこのとき、子供らしく恐怖に震え、両親の胸元に泣きながら飛び込んでいれば、未来は違っていただろう。恐怖心を無理やり抑え込み、勇猛果敢に強盗へ立ち向かったのだと演出できただろう。だがそれを俺はしなかった。

 

そして、そうしない自分を違和感なく受け入れていた。

 

自分でもおかしいと思う。

普通ならこの状況、焦って、取り乱してもおかしくない。

だがこの時、なぜか俺は前世では到底考えられないほど、冷静に人を殺していた。

命を、奪っていた。

あるいはこれがお約束の「転生特典」とやらなのかと、真面目に考えを巡らせる余裕さえあった。

だが同時に、そういうことではないと本能が叫んでいた。

 

そう。

 

「―――――ああ、そうか」

 

そうだ。

 

「この世界は……」

 

 

 

 

 

 

狂っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

[845]15歳

「トウマ・フォートレス! いったいどういうつもりだ!」

「……なんの話だ?」

 

ここは『ウォール・マリア』南門から、そう離れていない場所にある公園に設置された、調査兵団の駐屯地。

先ほど外から帰還した部隊が、大量の死傷者とともになだれ込んできたため、治療班を含む多くの兵団員がおり、騒がしく戦闘の後処理に追われている。

 

そんな喧騒の中でも、大きく響き渡るほどの怒鳴り声がある場所からあがった。

そこには体中が血と埃まみれの、二人の青年がいた。

顔を真っ赤にして怒りを露わにしている青年と、それをひどく冷めた瞳で受け止める無表情の青年。

対照的な二人の姿に、しかしまわりの反応は薄い。

 

「またやってるぜ、エルドの奴」

「ああ。あいつも真面目だな。いい加減トウマには口で勝てないってことを分かれよなぁ」

 

兵団員達の反応からも分かる通り、すでに二人のやり取りは、日常化しつつある。

原因はいつも同じ。

問い詰めるのがエルド。

それを冷ややかに返答して流すトウマ。

さらに怒りが高まるエルド……という具合だ。

 

「どうせトウマが、また独断専行したんだろうけど」

「でもなぁ。別にそれが悪い結果を生んだことはないんだ。なら良い気もするんだが」

「そうよね。というか、彼って強すぎて作戦とかいらないんじゃないかしら?」

「……そうか? 俺はあんな奴とは一緒に戦いたくねえな」

 

そう。原因とは、トウマの常習化した命令無視。特に撤退命令に対して、潔く従うケースが少ない傾向がある。

 

トウマの戦闘能力は、「奴を生理的に嫌悪する」と言い切るエルドをして、「人間兵器」と言わしめるほど高いもの。これまでの巨人討伐数、討伐補佐数も他の兵士を圧倒している。

故に、ある程度の単騎戦闘も許可されており、語弊を覚悟で言えば、作戦にさえ支障をきたさなければ、好きに戦ってよいことを団長に公に認められた唯一の存在。

 

特別戦闘隊、通称【特戦隊】と名付けられた、書類上必要だったから作った名ばかりの、トウマ一人だけの部隊が作られていることからも、その命令系統は複雑。

これだけの条件が整っていれば、一般市民や兵士の間で英雄視されるのも自然なことで、エルドなどのように個人的に嫌っているもの以外は、割と信頼は厚い。

しかし、ひとつだけ問題があった。

 

それは。

 

「もう我慢できん! 今度という今度は、その過ちを認めてもらうぞ。そして、再三に渡る撤退命令を無視した正当な理由、今まではその戦果に免じて理由を問い詰めてこなかったが、今日は力づくでも!」

「……そうか」

 

この性格。

トウマ自身がどう思ってこのような冷めた返答をするのか誰にも分からないが、しかし彼が兵団に入ってから、もっと言えば訓令兵時代から、この態度を改めたことはない。たとえそれが上官であっても、だ。

目上の人間に敬語は使う。同僚との日常会話も普通にする。冗談に笑うこともできる。仲間を鼓舞することも、たまにはする。

だがそれも最低限。

深く踏み込みもしないし、踏み込ませない。

まるですべてに興味がないかのように、表情を変えず、冷たい瞳でただ眺める。

 

そんな性格故に、彼の活躍を踏まえてなお、反発感を覚える者は少なくない。特に指揮する立場にある人間や、彼と戦場を共にする機会が多い者には。

いくら強くても、仲間との調和が取れなければ、死が増えるだけ。

集団戦闘において、致命的な欠陥がある。

まぁその欠陥を背負ってなお、圧倒的な戦績を残すのだが。

 

それがトウマ・フォートレスという男だった。

 

「撤退……か。エルド・ジン、少し話が飛ぶがいいか?」

「……なんだと?」

 

そんなトウマにいつも喰ってかかるエルドだが、今日も彼の言いたいことが届いていないのかいるのか、まったく無意味に聞こえる問いかけをしてくる。

それにさらに苛立つエルド。仲間のことを誰よりも思う、彼だからこその感情だった。

 

しかし、トウマは今日はじめて、その暗く濁った黒い瞳をエルドの視線に合わせて、こう告げた。

 

「これ以上人間はどこに撤退すればいい?」

 

―――――この問には、激昂していたエルドも、まわりで彼らの諍いを遠巻きに見ていた兵団員も、一瞬言葉を失った。

 

「人類に撤退などない。なぜなら我々はすでに、『壁の中に撤退している』」

 

トウマは特に意識して彼らを追い詰めたいわけではない。様々な情報から彼なりの解釈を以て得た確信的事実を、ただ述べているにすぎない。

 

だがそれは。

 

「それは言葉遊びに過ぎない。屁理屈だ。誤魔化そうったって―――――」

「ああ、そうだ。所詮言葉だ。だがこの100年の安寧が生んだ弊害によって、この調査兵団の中でさえ危機的な日和見主義が蔓延している」

 

巨人と呼ばれる敵から、人類が壁を築き甲羅に閉じこもるがごとく生きて来て、早100年。

長い長い年月の間、一度たりとも巨人が壁を超えたことがなく、先人たちの知恵の結晶たる壁はそこにあり続け、人類の生存圏を確保し続けていた。

だがこの100年という長過ぎた安寧によって、人類の心に知らず知らずの内に、根拠なき神話を生みだした。

 

「『巨人は壁を超えてこない』。なぜそんなことが言いきれる? 今日の平和が明日もあるとなぜ信じられる? 人類の盾であり矛たる兵士たちでさえ、そんな幻想を当たり前だと思ってしまっている。だからせめて、最前線で戦い続ける俺達だけでも、忘れてはならないんだ。人類に、これ以上の後退は許されない」

 

―――――人類に退路はないだ、と。

 

「「「……」」」

 

兵団員達は、珍しく饒舌に語ったトウマの言葉に、今度こそ本当に言葉を失った。

それは転生という超常的な経験をし、前世の記憶を持ってこの世に生まれたトウマだからこそ、持ち得た価値観。

「教育」「環境」というものの、洗脳染みた「慣れ」が産み出す常識を、常に疑うことを忘れなかった者の言葉だった。

 

「今日の撤退命令も、ただの苦し紛れの逃げにすぎない。無意味だ。部隊の6割が死んだところで出す撤退命令など、逃げられるわけがない。むしろ特攻命令でも出して一匹でも巨人を殺したほうが建設的。さらに言えば敵の数は、俺という存在を考慮に入れて作戦を立てれば殺れる数だった。部隊長の身勝手な狂った命令に従い、あのまま俺まで敵に背を向けて逃げていたら、部隊は―――」

 

「それぐらいにしたら? そこの根暗男さん」

 

淡々と事実を述べるがごとく、感情のない口調で語り、知らぬうちに聴衆をジワジワと追い詰めていたトウマを止めたのは、たった今、群衆をかき分けて二人に近付いてきた女性だった。

 

 

「私が言うのもなんだけど、あなたって一度集中すると、周りが見えなくなるわよねー」

「……言い過ぎたな。すまない、以後気を付ける」

「分かればいいのよ、分かれば。エルドもいいかな? あなたも嫌いなら話しかけなければいいのに。まったく素直じゃない」

「なっ……!」

 

ハンジ・ゾエ。調査兵団の中では、主に巨人の研究や兵器開発に関わる技術畑の人間だ。ちなみにトウマやエルドとは同期であり、その変人っぷりから、調査兵団以外に行く場所がなかったという変わった経歴を持つ人間である。

 

「俺が言いたいのは、この男の独断専行のせいで、死んだ仲間もいるということだ! なぜ、その力を仲間を守るために使わないッ!」

 

そんなハンジの制止を振り切ってなお、叫んだエルドの言葉に、ピクっと体が反応する者が何人もいた。

 

「……なにを涼しい顔で聞いているんだ。英雄だなんだと持ち上げられる理由は確かにある。お前の戦闘能力は圧倒的だ。否定できない。なぜその力が俺にないのかと、何度も何度も思ったさ。だが、戦争は一人でやっているんじゃない! お前がフォローすれば助けられた奴だってたくさんいただろう! どうなんだ!」

 

エルドも憎くてこんなことを言っているのではない。ただ知って欲しいのだ。彼の活躍の陰で死んでいく仲間がいることを。彼が一歩先に進むことで、巨人の一歩に踏みつぶされる存在があることを。

たとえトウマがそれを理解していたとしても、言わずにはいられなかった。

 

「トウマ。余計なことは言わない方が……」

「俺は人間を助けるために戦場に出ているわけではない」

 

それに対するトウマの反応がある程度予想できたハンジが、先回りしてトウマの口をふさごうとしたが、無駄だった。

「あちゃー」というように、右手で顔を覆うハンジの横で、トウマはいつものように、感情のこもらない冷酷な声音で続ける。

 

「俺は巨人を殺すために戦っている。君らは違うのか?」

「……っ!!! とうまあああああああああああああああああ!!!」

 

ついに我慢できなかったエルドが、その手を振り上げてトウマに殴りかかる。

しかし。

 

トウマの顔めがけて突き進むエルドの左腕を、トウマはあっさり絡め取り、エルドの体を背負ってそのまま投げ飛ばす。

 

「ぐはっ」

 

地面に叩きつけられたエルドは、肺の中の空気が一斉に押し出される圧迫感のため、そのまま起き上がることができない。

 

「ごはっ……が……おま……はっ……次はっ……」

「……」

 

倒れ込んだままのエルドをしばらく見つめた後、トウマは目を伏せ、体を反転させて自らの宿舎に歩を進めていった。

 

「なんなのこいつら。手に負えないわー。ちょっとそこの君、エルドのこと頼むわね」

「は、はい!」

 

残された多くの兵団員は、ある者は呆然とただ見詰め、ある者は嫌悪の瞳をトウマに向け、ある者は憐れむようにエルドを眺める。起こった喧嘩にそれぞれの反応を見せる者達の中から、適当にエルドの世話役を選んだハンジ。

 

自らはすぐさまその場を離れ、トウマの後を追った。

当然彼は歩いていたため、すぐに追いついた。

彼は一人で歩いている。それは当り前のことだが、しかしなぜかその背が、絶対的な孤独を漂わせているようにハンジは感じた。

だから彼女は、言おうと思っていたからかいの言葉を引っ込ませ、彼の身を純粋に案じる言葉を掛けた。

 

「まったく。英雄様は不器用よねぇ。理解者が少なくて、特戦隊の隊員が集まらないのも頷けるわ。そんなんじゃ、本当に『兵器』扱いされるわよ?」

 

彼女なりの、本気の心配を含ませた言葉に。

トウマはただ一言、こう答えた。

 

 

 

 

「それこそ本望」

 

 

 

 

 

◇◆◇◆




物語の都合上年齢を確定させた人物2人

エルド・ジン
ハンジ・ゾエ

トウマと同期にしました。ファンの皆様、深くお詫びいたします。
そうしないと! キャラが乱立しすぎて! どうにもならんのです!

PS
感想欄が怖くて開けないので評価のおねだりなんかできません。
見ていただけるだけでうれしいです。
のんびりやっていきます。

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