「好きなんだ、お前が」
脳が震えた。
え、ちょっと待てよ。ステイステイステイ。落ち着け、まだ慌てるような時間じゃない。冷静に今の言葉を復唱してみようか。『すきなんだ、おまえが』平仮名にしても変わらなかった。
ここで冷静に自分を客観的価値観で見てみようか。身長百九十四。体重八十二。顔は強張った固い顔だ、恵まれていることに端整とは言えるが、それでも中性的でも女顔でもない。
「……も、もう一度聞いて良いか?」
目の前で頷くイケメン。遥かにこいつの方が中性的であり、女顔である、だが男だ。体型はなで肩の女性のような華奢な体だ。だが男だ。
「……好きなんだ、男のお前が」
「」
聞き間違いじゃなかった。
隣でビールを飲んでいた千冬さんが泡を吹いて地面に倒れている。俺も正直倒れたい。一夏はホモ。
ホモ。え? ホモ?
「あ……う、うん。え、え……はい?」
「変だってことは分かってるんだ、でも、この中学での三年間……胸に秘める思いは変わらなかった」
「お、おう……え? 三年間?」
中学三年間。
思い返してみよう。冷静になれ武川結城。まずコイツ、一夏とは昔からの幼馴染みだ。小学校は至って普通な幼馴染みの関係だった筈だ。そう、一夏の様子が可笑しくなったのは中学校からか? 確かに、中学の入学式に突然、声をかけられた時だ。確か、そう、『な、なぁ! いきなりなんだけど……その、入学式のお祝いにさ……その、お茶でも行かないか?』こんな台詞だった。これもう疑いようがないくらいナンパじゃん。気付かねぇよ、アホか。普通にボッチだった俺はその誘いに乗ってファミレスで食事をとった。
『趣味は?』『す、好きなタイプは?』『男ってどう思う』
聞かれた。聞かれたぞ。間違いなく聞かれた。疑いようがないくらい狙われてるじゃん。気付かねぇよ。馬鹿か。
「返事、聞かせてくれないか……」
「……お、俺は…」
「アホかアアアアアアアアアアアアアアアアッ!?」
「うおッ!? ち、千冬さん!?」
クールで通った筈の千冬さんが凄まじい気迫で天に向けて叫び始めた。気持ちは分かります。もっと言って、そしては私を助けて。もう何したら良いか分からないの。チャイナの奴、なんで中国に帰ってンだよ。『帰って来たらアンタに負けない女になるからね』だ? あ、アイツ気付いてんじゃん。アホか。
「い、一夏!? 正気になれ!? 私は認めないぞ!?」
「千冬姉には関係無いだろ!」
「関係あるわあああッ!? アホかッ!?」
「一夏!! 今なら俺のエロ本を貸してやるぞ!!」
「い、いらねぇよ! そんなの見るなら俺を見ろよ!?」
「なに、その未知な選択ッ!? 一番ありえねぇだろ!?」
すかさず一夏から距離をとって千冬さんの背中に隠れる。そんな俺に一夏がショックを受けたような顔に変わる。
「や、やっぱり千冬姉みたいなのが好きなのかよ!?」
「お前と比べたらね!! むしろ誰でも良いよッ!!」
「ほ、ほら一夏!! コイツは私が貰うから諦めろ!」
「マジでッ!?」
「あ、いや……すまん、焦りすぎた」
「悲しくはないやい!!」
「俺はそんなの許さないぞ!? ここまでして諦めれるかよ!?」
「諦めて!! 男は無理だから!?」
「だから、さっきから何を…ッ!?」
「愛の姉パンチッ!!」
「ガハッ!?」
千冬さんがキャラの壊れた鉄拳で一夏を一撃で昏倒させた。良くやった。昔からこの人はおっかないとは思ってたけど何だかんだで物凄く頼りになる、もう今は惚れかけた。
「ハァ……ハァ……」
「千冬の姉貴!! こ、こいつは! 俺は、俺はどうしたら!?」
もはや自分の高身長や大人びた顔を無視して千冬さんの足にすがり付く。
「と、とりあえず一夏は任せろ。私が、なんとかしよう。部屋でAVでも見せ続けて入れば戻るだろうか……」
「なんて逞しく男らしいやり方……千冬さんらしい……」
「う、うむ……家に居ることが少なかった私が悪いのか……一夏にまともな教育を出来なかった私が悪いのか……」
「そ、そんなの……三年間も気付かなかった俺だってなんなんだよ……抱き付くとか連れション嫌がるとか予想出来る所沢山あったじゃん……」
「……とりあえず、結城。今日は帰るんだ。あとは私に任せておけ」
「ち、千冬の姉貴!」
「明日、また連絡しよう。必ず説得しておく」
そういって一夏を引きずり、部屋の奥に去っていく頼もしい背中を見ながら、俺はダッシュで隣の家に帰り、ベットに上がり込んで泣いた。
親友がホモだった。
● ● ●
「もしもし、千冬さん?」
後日の朝、本来ならば一夏の部屋で勉強している時間だが俺は布団に潜り込んで物音に魚籠ついていた。
一夏の部屋は俺の部屋の窓から侵入出来るほど近い。つまり、侵入されるかもしれないのだ。もし侵入してきたら俺はダッシュで千冬の姉貴にすがり付く。
『もしもし、結城か?』
「……それでAV作戦は?」
『あぁ……うむ、それなんだがな、やっていない。それより凄まじい事実に気付いたと言うか……寧ろこの十数年、何故、私は気付かなかったのか……自身の一夏に頼りっぱなしの依存度が知れたと言うか、姉として死にたい……』
「は、はい?」
『確かに、私は家を空ける時間が多く、風呂に入る姿も、見たことがない。と言うか普段着がもう……お前に憧れているからと言ってあれは無いだろう……』
「あ、あの、それで、エロ作戦は?」
『結城、一夏との付き合い、考えてくれ』
「」
なに説得されてんのこの堅物女。馬鹿か。
『いや、そもそも、お前も気付いていないのだろう。一夏が可愛いことに』
「いやそんな視点で見たことねぇよ!! つうか見ねぇよ!? 」
『……なるほど、やはりお前もか、良いか。一夏は真剣なんだ、一夏は、お…』
瞬間、携帯の電源が切れた。
しまった、充電しておくのを忘れてしまった。
「充電器……充電器。何処だ」
「ほら、充電器」
「おう、悪いな一夏……よし、千冬さん、千冬さん……一夏? 」
聞き覚えのある声に布団から顔をあげると、一夏はその中性的で端正な顔で爽やかな笑顔を浮かべて口を開いた。
「おはよう!! 結城!」
瞬間、俺の意識は消し飛んだ。
この後、寝込む俺を他所に一夏は女性しか起動出来ないISを起動させ、世界を驚愕させたのが、次の日の朝。試し運転で用意されたISを俺が起動させてしまうのが、その次の日の朝。
俺の望んでいた非日常が変な幕を開けた。どうしよう。
一夏がホモだった。
もはや勘のある人なら気付いたはず、ホモは鋭い、ハッキリわかんだね。
一夏が女だったなんて展開は無い。一夏は男(決定)