とある転生の幻想交差 Re:birth   作:僧侶

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すいません、結構時間かかりました。
新要素の方を追加しようと思うと元の話があってもどうしても時間がかかってしまうようです。変更した部分と元の部分を帳尻合わせないといけませんしね。

ちなみにオリキャラの姉、雀宮白鳥ですが、容姿は真・恋姫の風とムシブギョーの虫奉行(奈阿姫)を足して2で割った感じを想像してください。


心配×困惑=意外な関係

「なのは! しっかりしてなのは!」

「アリサちゃん!」

『ちゃんとリカバリーしたから怪我はないはずやけど、電気の魔法のせいで気ぃうしなっとるみたいや』

 

 翔太を気にしつつも、ユーノは気を失っているなのはとアリサの下へ駆け寄る。落ちてくる間に木々にふれてからまった木の葉や小枝を払いながら二人に呼び掛ける。声には焦りの色が濃い。

 すずかはアリサの介抱をしつつも、よほど翔太のことが気になるのか、さっきから焦った様子で何度も空を見上げている。

 ユーノもなのはに怪我がないか確認すると同時に、翔太に向けて戻ってくるように念話を飛ばすが、捕捉できない速度で飛んでいるのか全く繋がらない。

 

 ユーノは一目見ただけで彼女がただ者でない事がわかった。動き、攻撃魔法、そして意思。そのすべてが洗練されてた。間違いなく"実戦"の経験がある。アリサ達のように、"事件に巻き込まれて戦う"のではない。"戦うための戦い"をしている。

 そんな相手に切り札とも言える禁書の力を使うにしても、頭に血が上った状態では万に一つも勝ち目があるとは思えない。

 そもそも万全の状態で全員で束になっても敵うかどうかすら怪しい。彼女は訓練を積んだ戦闘魔導師で間違いない。子猫を狙い撃ち、翔太を墜とした遠・中距離の直射魔法と、なのは達を退けた近距離の光る鎌。精度はどちらも高い。単独行動可能でオールレンジに対応できる高ランク魔導師だ。

 何事もなく翔太が帰ってくることができるとは考え難い。

 

「ん、んぅ……」

『Master!』

「気がついた!」

「大丈夫!? 痛いところはない!?」

「……えっと、ユーノくん?」

「……私、いったい?」

 

 大した怪我もなかったようで、二人とも何事もなかったように身体を起き上がらせる。それでも攻撃をされたショックか、直前のことをすぐには思い出せないみたいで首を傾げてる。

 

「ユーノくんは二人をお願い。私は翔太くんを探してくる!」

「え!? 待って待って一人で行っちゃだめだって!」

 

 目を覚ました二人の無事を確認したすずかが飛行魔法で体を浮き上がらせたのを見て、必死で止めるユーノ。

 

「でもあの子相手に翔太くん一人じゃ危ないよ!」

「それがわかってるならすずかも一人で行こうとしないで!」

「でも、でも、翔太くんが!」

 

 不安と焦りのせいで自分の感情が制御できてない。

 

「っ!そうよ、翔太はどこ!?」

「あの女の子は?それとジュエルシードもどうなったの!?」

 

 はっとして事の顛末を思い出した二人が周囲にきょろきょろと首を動かす。

 

「翔太くんがあの子を追っていって連絡がつかないの! っ、ごめん胸騒ぎがするの!」

 

 そういって飛び立つすずか。その取り乱しようはそれなりに長い付き合いのアリサとなのはも初めて見るものだった。

 

「だから待ってってば! 二人ともすずかを追って! 経緯は移動しながら説明するから!」

「わ、わかった」

 

 状況がのみこめないまでも、すずかの様子からただ事じゃないと理解したアリサとなのははすぐに飛び立ってすずかに追いすがった。

 

 

 

 

 

 

「翔太くん、どこに行ったの……」

 

 俯いて目を伏せ、沈痛な声で呟くすずか。アリサもなのはも似たような表情だ。

 日は随分傾いて、空はもうすぐ夕暮れに染まりそうな気配を見せる頃。町中の空を飛びまわって翔太を探したけど未だ見つかっていない。携帯電話にかけてみても応答はない。

 効率を求めて手分けして探そうとすずかが提案したけど、もしもあの黒衣の魔導師とであったら一人じゃ対処できないとアリサが却下した。そのとき「翔太くんが心配じゃないの!?」とすずかが声を張り上げて一触即発になりそうだったけど、すぐに我に返って「ごめん……」と言ったのでその場では一応事なきを得た。それでも未だに二人の間には微妙な空気が流れている。

 この中で一番感情の振れ幅が大きいのは、普段ならアリサのはずだった。だが、すずかがひどく取り乱しているせいで、今回に限ってアリサは冷静にならざるを得なかった。

 

 ――♪♪♪――

 

「なのは?」

「お兄ちゃんからだ」

 

 なのはの携帯電話の着信音が鳴り、届いたメールを確認する。

 

『姿が見えないが森で遊んでいるのか? そろそろ戻ってきなさい。ノエルが夕食を準備すると言っているがどうする? 食べていくと言うなら母さん達に連絡を入れる。アリサちゃんと翔太も一緒に食べるなら親御さんに連絡するよう伝えてくれ』

 

「……どうしよう、翔太くんいないのに」

「説明しようとするなら魔法のこと全部言わないといけなくなるわ」

 

 心配させるといけないから、となのはは家族にジュエルシードやクロウカードのことは伝えてない。アリサも同様だ。

 管理局法的に、管理外世界の住人に接触する事がマズイのと、巻き込む人数を増やしたくないという思いがあるユーノはこの方針に賛同している。

 だが、すずかの口から予想外の答えが返ってきた。

 

「……正直に話して翔太くんを探すのをお姉ちゃん達にも協力してもらうのがいいと思う」

「でもそれだと――」

「……ごめんなさい、私お姉ちゃん達に今までのこと全部話してるの」

「「「えっ!?」」」

「プールの一件の後に、ちょっと事情があって…… 今まで黙っててごめんなさい」

 

 頭を下げるすずか。

 あの時一番大変だったのは、溺れて一時的とはいえ呼吸が止まっていたすずかだ。心配した家族が詳しく事情を聞こうとしたとしてもおかしい事ではない。

 

「その、事情って?」

「……ごめんなさい」

 

 静かに首を振るだけで説明を拒む。

 

「……お姉さんはなんて言ってるの?」

 

 いち早く動揺から立ち直ったユーノが尋ねる。プールの一件からすでに数日が経っている。妹が異世界の事情に関わって、危険な目にもあっているのにお姉さんは何も言わないのかと疑問を口にした。

 

「……私のやりたいようにやりなさいって。ただ、何かあったら頼りなさいって言ってくれてるの」

「魔法とかなんとか普通じゃあり得ないようなこと言われて、忍さん動じなかったの?」

「っ、うん」

 

 アリサの質問に一瞬だけ表情を陰らせたようにも見えた。だがその事を追求するよりも、今は翔太のことをどうするかが先決だ。

 

「忍さんに事情を説明するのは仕方ないとして、どうやって翔太を探すのよ」

「わからない。だけどこのまま闇雲に探すにしても人手は欲しいし、お姉ちゃんなら何か思いつくかもしれない」

 

 他人頼みの思考放棄かもしれないが、だからといってこのまま当てもなく探していても不安が大きくなるばかりだ。既に一度すずかが感情のままにアリサに対して言葉を吐いている。この状況で仲間内で不和を広げるわけにはいかない事はすずか自身もわかっている。暴走しそうな感情を諌めることが出来る大人が必要だった。

 最悪の場合、翔太が帰らない事を家族に伝えなければならない。それは子供だけではどうにもならない。誤魔化すにしても正直に言うにしても、大人の手が必要なのは確かだ。

 

「……わかったわ。戻って忍さんに協力を仰ぎましょう」

 

 今の状況がマズイことはアリサも把握していたため、数瞬悩んだもののすずかの提案を受け入れた。

 

「うぅ、お兄ちゃんにも必然的にばれることに……」

「ごめん、なのはちゃん。でも今は」

「わかってる。翔太くんを見つけることが第一だよ」

 

 すずか達は頷き合うと、そろって進行方向を月村家に向けた。

 

 

 

 

 

 

「何かあったら頼ってとは言ったけど…… いきなり難儀な状況ね。しかもよりにもよって翔太くんかぁ…… 雀宮になんて言えばいいのかしら。まいったなあ、父さんも母さんも今いないのに拗れたらどうしよ、恭也ぁ」

「手は貸すが、あまり相対したくないな……」

「え?」

 

 忍が頭をかきながら思わず口走った"よりにもよって"と、やけに"雀宮"を強調するような言い方、そして父と母がいないことが問題だという部分に、アリサは引っかかりを覚えた。"何かあった時に親御さんにどう説明すればいいのか"とは少しニュアンスが違うような気がした。

 

「もしかして、翔太の家となにか特別な繋がりがあるんですか?」

「え…… お姉ちゃん?」

 

 それはすずかも知らなかったことで、アリサと同じ色の視線を姉に向ける。

 

「あー、んー、別に対立してるとかそんなんじゃないから安心して。むしろ協力関係? というか共存共栄? とにかく良好は良好よ。ただ、あの家は家族への愛情がかなり深いから、万が一があった時どんなことになるか想像つかなくて怖いのよ。父さんたちならまだしも、私達だけじゃ押さえが効かないだろうから相手の、えっと黒い魔導師の女の子? の無事は保障できそうにないわ」

「え、えぇぇ!?」

 

 子供たちの中で唯一、忍の言う"私達"の実力をある程度知っているすずかが驚きの声を上げる。それで抑えが効かないとは一体雀宮とはどれだけのものなのか。

 逆にアリサやなのははその意味がわからないので、どうすごいのか把握できていない。

 

「えっと、よくわからないんですけど、翔太の家って一体どんな家なんですか?」

「歴史ある家とは翔太くんから聞いたことあるけど……」

「うーん、私の口からはちょっと。翔太くん自身も末っ子だから全容は知らないと思うし…… まあアレよ、古くから続いてる家には色々とあるのよ。あ、でもヤクザとか闇の組織とか、そういう悪い方向じゃないから安心して?」

「いえ、そんな冷や汗流しながら言われても私も反応に困るんですけど」

「あ、あははー」

 

 笑顔だけは保つように繕っているものの、忍の顔色は青いうえにいつもと比べて無駄に口数が多い。

 

「とにかく、そういうわけだから雀宮にばれないうちに早いところみつけないといけな――」

 

――♪♪♪♪♪――

 

 忍の言葉にかぶさるように、机の上に置かれていた携帯電話から着信メロディーが流れだした。言葉と表情を固めたまま着信ウィンドウをチラ見して、一瞬だけ顔をこわばらせて何事もなかったように話を続け始める。

 

「っ、…… 見つけないといけない訳だから、まずはその女の子が現れた方向ととび――」

 

――♪♪♪♪♪!!――

 

 スッテップトーン設定をしていたのか、段々と音が大きくなっていく。

 

「~~っ! 飛び去った方向を調べて、あとノエルは車を――」

 

――♪♪♪♪♪!!!――

 

「あの、忍さん? 携帯電話、鳴ってますけど……?」

 

 必死でそれに気付かない振りをする忍に、ユーノが空気を読まず…… 否、あえて空気を読んで着信ウィンドウに"雀宮白鳥"と表示された携帯電話を押し出す。ユーノは翔太の親兄弟の名前を知らないが、名字を見れば関係者であることはわかる。

 それを見た忍は数秒ユーノと着信ウィンドウに視線を往復させ、やがて何か諦めたように小さくため息を吐き、「あぁ、もうっ」と半ばやけっぱち気味にそれを受け取った。

 

「もしもし、そっちから電話なんて珍しいわね、普段ならまだ寝てる時間でしょ?」

 

 いつも通りを装った明るい声で電話に出る忍。

 白鳥という人物の事を知らない子供たちは「寝てる時間?」と各々時計を確認して首を傾げていた。

 

『……なんとなく目が覚めた』

 

 ローテンションの言葉が電話口から聞こえてきた。

 

「そ、そう。それで、どんな用事かしら?」

『……翔ちゃん、元気?』

 

 一番聞かれたくなかったクリティカルな事。だが、だからこそ逆に心構えが出来ていた事である。言葉をつっかえることもなくさらりと答える。直前の狼狽え様からの切り替えに、隣に座る恭也も思わず苦笑を浮かべた。

 この辺りの胆力はまだ子供たちになく、思わず息をのんだ。その様子に三人の後ろに控えていたファリンは小さく笑う。

 

「えぇ。妹達と一緒にうちの庭で飛び回っていたわ。そうそう、うちで夕食を食べてもらうことになったの。そちらの御祖母様にお伝えしておいて貰っていいかしら?」

 

 現在雀宮にいる保護者は翔太の祖母のみ。忍としては保護者あての伝言を頼んでここで話を終わらせるつもりだった。

 

『……それは問題ない。けど――』

 

 だが、忍の言葉とは違う部分で白鳥は気付いていた。

 

『……やっぱり翔ちゃんはそこにいないのね』

「えーと、今席をはずしているわ」

 

 白鳥の"やっぱり"という言葉が引っかかったものの、今は目の前にいないという誤魔化しの言葉が忍の口をつく。

 

『……翔ちゃん一人だけ?』

「そうじゃなくて、私が席をはずして――」

『……嘘はダメ』

 

 間髪をいれずの指摘に忍は、何故気付いたのかと硬直する。動揺は声には出ていなかったハズだ。

 

『……息遣いでわかる。会った事ないけど、アリサちゃんすずかちゃんなのはちゃんの三人が向かいに。その後ろにメイドさん一人。電話口の忍ちゃん、隣の恭也くん。……翔ちゃんだけいない』

 

 白鳥は電話から漏れ聞こえた僅かな息遣いから、位置と人数を正確に把握していた。年上相手でもちゃん付けくん付けで呼ぶが、相手にその違和感を抱かせない重みがある。

 

「えっと……」

 

 まるで全てをお見通しとでもいうかのように言い当てられて、忍は二の句を継げない。

 

『……街の外れのつぶれた工場。そこにいるかも』

 

 五丁目のところ、という続きの言葉が耳に入ってこない。何でも分かっているようなその言葉に忍の背筋が凍る。

 その雰囲気を感じ取った白鳥は、その誤解を晴らすように事実を告げた。

 

『……GPS追跡アプリ』

「あ、意外と科学的な方法」

『……別に意外じゃない。世の中すべて見通せるほど私は人間やめてない』

「えっと、ごめんなさい」

 

 忍の反応にちょっとご立腹っぽい声を上げる。

 家の用事で白鳥と何度か言葉を交わした事はあるが、その特殊な容姿と雰囲気の所為でどうにも超人的な印象の方が先立ってしまう忍だった。

 

『……何が起きてるのかは知らないし聞かない。場所は教えた。あとはそちらの仕事』

 

 つまり、翔太の身に何かが起きている事に感づいているのは今のところ白鳥のみで、問題が問題として発覚する前に月村側で解決できるのなら、雀宮家としては事を荒立てるつもりはないと暗に言っている。

 例え翔太の独断専行による行動が原因であったとしても、月村家へ訪れていた時に起きた事件であれば月村家に保護責任がある。

 

「ええ、わかったわ」

 

 両親不在の状況では忍が月村家の責任。強い口調で了解の意を示す。

 

『……それと、もし日付が変わるまでに翔ちゃんの声を聞けなかった場合は……』

「ば、場合は?」

『……あえて言わない』

「あ、あはは」

 

 絶対に見つけないとっ!と強く誓う忍であった。

 

 

 

 忍と白鳥の電話から数分後。アリサ達はノエルが用意していた車に乗り込み、白鳥から知らされた町はずれの工場跡に向かっていた。

 運転はノエル、助手席には恭也が座っている。中列には忍とすずかが座り、後列にはなのはとアリサ、そしてユーノはなのはの肩に乗っていた。

 ファリンはもしも翔太が自分で帰ってきた場合のために屋敷に留守番をしている。

 

 移動中の車中は無言に包まれていた。

 白鳥からの連絡のおかげで翔太の場所、正確には翔太の携帯電話がある位置はわかった。だが、少なくとも1時間以上そこから移動してないということも同時に知らされていた。ただじっとしているだけなのか、動けないのか、そこに携帯電話を落としただけなのか、状況は全く分からない。不安を払拭するには十分とは言えない情報だった。

 すずかは翔太がいなくなった当初から焦りや不安の表情を浮かべていたが、今も先ほどまでと同じ表情を浮かべたままだ。ときどき嫌な想像を振り切るかのように首を振っていた。

 アリサの方は忍達という"保護者"に当てはまる人に事情を話したことで"冷静じゃないといけない"という思いから解放されたせいか、今はすずか以上にそわそわしている。

 

 なのはとユーノも翔太のことが当然心配だが、それ以上に今は車内を覆う重い沈黙が気になった。とにかく何か話題を、と思って先ほどの電話のやり取りで気になった事を忍に聞いてみることにした。

 

「あの、忍さん。すずかちゃんの家と、翔太くんの家って一体どんな関係なんですか?」

 

 なのはの行動の意図に気付いた忍は、なるべく明るい声を出して考える動作をみせた。

 

「うーん、そうねぇ」

 

 忍はちらりとなのはとアリサの方に視線を向け、次に天井に視線を移して思案する。やがて言える事と言えない事の整理が終わったのか、すずかに視線を戻して口を開く。

 

「関係で言ったら遠い親戚になるわね」

「っ!?」

「え、そうなんですか?」

 

 すずかは絶句し、なのはは驚きの声を上げる。逆に忍はすずかの驚きように焦ったように言葉を付け加える。

 

「あ、向こうからこっちに嫁いできた事はあっても、こっちから向こうに嫁いだ人はいないわよ? それに数代前の話しだし、本当に遠い関係よ?」

「あ…… そうなんだ」

 

 忍の言葉に、すずかは安心したような、それでいてどこか残念そうな反応を見せた。

 

「まあ町の有力者同士が血縁を結ぶのは別に珍しい事じゃないですよね」

 

 その中でアリサだけは冷静な反応を示していた。ただそれも次の忍の言葉で崩壊することになる。

 

「そうそう、別におかしなことじゃないわ。すずかと翔太くんが生まれる前の話だけど、それぞれ男の子と女の子だったら許嫁にしようって話も出てたくらいなんだから」

「「「「ええええぇぇぇっ!!!?」」」」

 

 今度はユーノも含めた四人が驚愕のリアクションを揃える。

 

「え、だ、だって、うそ、そんなの聞いてないよっ!?」

 

 顔を赤くして姉に迫るすずか。嫌がっているというよりも照れの成分の方が多いようだった。

 

「まあお酒の席の冗談よ。生まれてきた翔太くんの身体の事もあったし、すぐにその話はなくなったけど」

 

 衝撃の事実を放り込んで、重い空気は振り払えたと思った忍だったが、今度のその発言の中に地雷が隠れていた。

 

「翔太くんの身体の事……?」

「え、翔太ってどこか悪いんですか?」

「あ」

 

 すずか赤かった顔が一瞬で元に戻り、再び重い空気が流れだした。己の失言に今さら気付く忍。

 

「あ、と、その、口で説明するのは難しいけど、もう大丈夫よ?」

 

 忍自身も詳しい事情は知らないのでどう答えたらいいものか迷いながら慌てて取り繕う。

 翔太が生まれてすぐの頃、忍は父にくっついて出産祝いを持って雀宮へ訪問した事がある。その時に見た赤ん坊は、生気のない瞳で天井を見上げるだけで一切自発的な動きをしていなかった。当時まだ幼かった忍をして「この子は長くない」と悟ってしまえるような異様な子だった事は覚えている。

 以降、雀宮はその子を救うために方々手を尽くしたと聞く。翔太が生まれる前までは雀宮と月村は家族行事を共にすることが多かったが、その忙しさの中で疎遠になっていったという経緯がある。三年後に「もう翔太は大丈夫だ」と連絡を受けた頃には、雀宮家も月村家も互いに仕事が忙しくなってしまったため、行事を共にすることがなくなっていた。

 

「三歳になった頃にはもう問題ないって訊いたし、今さら心配することはないわよ?」

 

 そんなこと言われても一度芽生えた不安は取り払えない。

 

「どんな病気だったの?」

「本当に今は大丈夫なんですか?」

 

 すずかとアリサが忍に迫る。

 

「ご、ごめん、詳しい事は知らないのよ」

 

 それだけ言ったところで二人が納得していないのは顔を見ればわかった。行方不明のこの状況でも心配で押し潰されそうなのに、昔は体が悪かったような事を言われては更に不安は増すばかり。

 不安を抱えたまま、車は目的地に向かって速度を上げていった。

 

 

 

 数十分後、件の工場跡地にたどり着く。東の方がぼんやりと赤いだけで、空の大部分は暗い。人工の明かりが灯っていないこの場所はすでに薄暗くなり始めている。。

 

「念のためバリアジャケット、だっけ?それ着ておきなさい。何があるかわからないからね」

「はい」

 

 恭也と忍を先頭に廃工場に足を踏み入れる。ユーノは恭也の肩に乗って、魔法的な脅威が襲ってきた場合に備えている。その後ろにはすずか達子供が追い、最後尾はノエルが務めていた。

 

 GPSで大まかな位置は分かっても、この建物のどこにいるかまでは特定できなかったので、一部屋一部屋慎重に見ながら、恭也とノエルが持つ懐中電灯を頼りに進んでいく。

 そして、元は大きな作業機械があったであろう広間に到達する。

 

「天井に穴があいてるな」

 

 恭也の声で幾人かは上を見上げる。ここに到達するまでの間に完全に日は沈んでしまったけれど、代わりに月明かりが穴から差し込んでいた。

 

「この匂いは……」

 

 でも上を見上げていない人もいた。忍、それとすずかはその広間の一点、ちょうど月明かりが差す場所を凝視していた。

 そこには崩れた天井の瓦礫の山と……、小さなミズタマリ(・・・・・)が見えた。

 

「あ、待ちなさいすずか!」

 

 忍の脇を目にもとまらぬ速さで跳び出して、すずかがその場所(・・・・)に到達する。足元には(ジャンプ)の羽が光っていた。

 他も慌てて後を追う。

 

「ど、どうしたのよすずか、そんなに血相を変えて……っ!?」

「これ、これって!?」

 

 ミズタマリ(・・・・・)を凝視しながら固まっているすずかに追いついたアリサが、すずかの肩越しに覗きこんで何かに気付いて絶句する。遅れて追いついたなのはもすぐに気付いて声を張り上げる。

 

 

 

 水たまりなどではなかった。そこにあったのは浅黒くなった血だまり(・・・・)だった。

 

 

 

「なに、これ」

 

 ユーノは震える声でそう口にすることしかできなかった。それは変色しているけど、ペンキや絵具なんかじゃなく、確かに血によるものだ。

 遺跡発掘という仕事を生業にするスクライアで育ったユーノは、崩落などの事故、盗掘者の襲撃などで、人死にが出る"最悪の事態"というものを知っている。今回の翔太の行方不明の件でもソレを想像していなかったわけではない。ただ、それでも実際に目にすると言葉をなくしてしまう。

 想定していたユーノですらそうだと言うのに、安全な日本で生まれ育った子供たちがこの事態に平静を保つ事が出来るのだろうか。ユーノが恐る恐るすずか達へ視線を向ける。

 すずかはよろよろとその血だまりに近づいて力なくへたり込む、アリサはその場で立ち尽くして動くことが出来なくなった。なのはも両手で口を覆い、目に涙を浮かべて動けなくなっている。

 

「あ、あぁ……」

「そんな、翔太が死―」

 

――ダァン!!!――

 

「「「!!!」」」

 

 あと一歩でパニックに陥りそうになったその時、広間に響く大きな音に思わず身をすくませた子供たち。

 そこに視線を向けるとノエルが、扉を殴りつけていた。絶望の感情にのみ込まれそうな子供たちの気を逸らすために。

 

「皆さん、落ち着いてください。まだそう(・・)と決まったわけではありません」

 

 冷静な表情、落ち着いた声で子供たちにそう告げるノエル。さっきの大きな音に意識を持って行かれたせいで、その言葉はまっすぐ子供たちの耳に届く。

 

「よく見ろ。出血量は大した量じゃない」

 

 恭也にそう言われて、もう一度血だまりに目を向ける。

 上向きにほんの少しだけ突き出した鉄の棒を中心に、直径20cmくらいの血だまりが広がっている。血だまりなんて日常的に目にすることはないから雰囲気にのまれていたけど、確かに命にかかわるほどの出血量とは思えない。

 

「それになにより本人の姿がここにないじゃない」

 

 血だまりの脇近くに転がっていた見覚えのある携帯電話を拾い上げながら、忍が子供たちに言い聞かせるように優しく口にする。

 

「流れとしては……、そうね、天井を突き破って落ちてきて、この瓦礫でちょっと怪我をした。携帯もそのショックでポケットから転がり出したのかしらね?でも大した怪我じゃなかったからまた移動していった。こんなところじゃないかしら」

 

 子供たちの耳に、その言葉はゆっくりと染み込んでいった。

 

「そ、そうよ! あのバカの事だから自分が怪我したことなんて忘れてまだ追いかけてるのかもしれないわ! ねっ! すずか、なのは!」

「そ、そうだね。そうだよね! 翔太くんなら大丈夫だよね!」

「……う、うん! きっと大丈夫だよ! それにもしかしたら怪我をさせたこと気にして、あの女の子が手当てをしてくれてるのかもしれないよね!」

 

 自分に言い聞かせるように、翔太が無事な可能性を言葉にして、最悪の可能性を頭から追い払うなのは達。とりあえずはパニックになるのを防げたようだ。

 だが、ユーノは思考誘導をされただけのような気がして忍に目を向ける。忍はユーノの視線に気づくと、真剣な顔で人差し指を口に当て、黙っているようにサインを出す。ユーノはそれに頷きながら、"翔太が無事な可能性"を口々にするなのは達を見守った。

 

 

 

 その後、工場内を一通り調べて誰もいないことを確認した全員は車を止めた出口に向かっていた。一時の、パニックに陥りそうなまでのものはなくなったけど、それでも不安を払しょくしきれないすずか達の表情は総じて暗かった。

 その間に恭也があの現場で気付いたことを元に、忍が考えたありうる可能性の一つを子供たちの中で一番冷静なユーノにだけ話した。

 

 あの血だまりの中心にあった上向きに突き出した鉄の棒。その先端はごくごく最近、人工的に切断された跡があることに恭也が気付いた。棒の側面には血が付いているのに、切り口には血が付いていない。それはつまり翔太が血を流すような怪我を負った時、あの鉄の棒はもっと長かったということになる。そして翔太の血はあの棒を中心に広がっている。

すずか達は、翔太の怪我はあの棒で切った、もしくは肌をひっかけたと思っているが、事実はそうじゃないかもしれない。

 

「あの棒は、翔太を、貫いていたんじゃないか?」

 

 恭也のその言葉にユーノは胆が縮む思いだった。

 ただ、仮にそうであったとして気になるのは翔太には"鉄の棒を切る"ような魔法を使えないことだ。そもそも身体を貫かれるような怪我を追って、まともに意識を保てていただろうか。

 なら、それを行ったのはジュエルシードを奪っていったあの女の子である可能性がある。

 あの後の探索の中で、ほんの少しだけ落ち着いたのか、それとも翔太の最悪の可能性(・・・・・・・・・)を考えたくなかったからなのか、なのははあの襲撃してきた女の子のことをしきりに気にし始めた。

 なのは曰く、「なんだか寂しそうな目をしていた」「私達を切るとき悲痛な声で"ごめんなさい"って言ってた」とのこと。そんなの言い訳にならないとアリサが憤る場面もあったけど、仮にそれが本当だったとして、翔太に怪我を負わせたことを気にした彼女が、手当てのために連れ去った可能性も出てくる。

 最後に「これでもまだ希望的観測だけどね」と小さく呟く忍だった。とにかくユーノはその可能性に、翔太が生きている可能性に祈ることしかできなかった。

 そんなことを考えながら、帰りの車までの道を映すユーノの視界に、急にピンク色の小さな女の子が現れた。

 

『―――♪!』

 

「この、感じは……」

「クロウカード!?」

「こんな時にっ」

 

 俯いていた顔を上げてすずかが最初に気付き、アリサが苛立ちを隠そうともせず睨みつけた。

 

「へぇ、あれがそうなの」

「見た目は可愛いが、あれはなんのカードなんだ?」

 

 いきなりの事態なのに普通に受け入れている忍。恭也など、落ち着いて太陽の鍵(ケルベロス)に尋ねたりしてる。

 

『あれは(パワー)のカードやな。いたずら好きで力比べが好きで、そんでいたずら好きなやつや」

「いたずら好き二回言ったよ!?」

 

 ツッコミ役たる翔太がいないので、代わりにユーノがツッコんでいた。

 

『大事なことやからな。ほれ、見てみ』

「えっ?」

『――――ッッッッッ!』

 

 そこにはここまで乗ってきたワゴン車を持ちあげる(パワー)の姿があった。

 

「って、ちょっとちょっと!それどうするつもり!?」

 

 うろたえるユーノだったが、その反応を楽しむように(パワー)は大きく振りかぶった。

 

『―ッ!』

「やっぱり投げたー!!?」

 

 それぞれ素早く、忍はすずかを、恭也はなのはを抱えて進路上から逃れようと脇に跳ぶ。しかしアリサはそれよりも先に、アリサを抱えようとしたノエルを振り切って一歩前に踏み出していた。

 

(フロート)!!」

『―! ♪!♪!』

 

 太陽の杖を振るって車を受け止め、そしてゆっくりと車体を降ろす。(パワー)の方はその様子を見て、自分と張り合える相手がいることを喜ぶようにとび跳ねていた。実際には力で受け止めたわけではないので、張り合っているわけではないのだが、(パワー)は基本的に頭が良くないのでそういうことは気付いていなかった。

 

「あんな巨体を受け止めるなんて」

「魔法はそんなこともできるのか」

 

 感心するように頷く忍と恭也の視線の先で、アリサはぶつぶつ呟く。

 頭を垂れて、前髪で目が見えない。それに体もブルブル震えているような気がする。

 

「………………でよ」

「あの、アリサお嬢様?」

『―――?』

 

 何か尋常ではない様子に、ノエルも恐る恐ると言った感じで声をかける。

 (パワー)も気付いたようで首をかしげていた。

 そしてバッと顔を上げて青筋を立てて(パワー)を睨みつける。

 

「この大変な時に、邪魔、しないでよぉ!!!!」

『―――!?』

 

 そのあまりの迫力に、自分に向けられた言葉じゃない事はわかっていてもユーノの身体が一瞬縮こまる。

 アリサの額には青筋が浮かんでいた。

 

「これでもくらいなさい!!(アーシー)ィィィィィィィィィィィィィィィッ!!!!!」

『え、ちょ、無茶やってアリサ!?』

 

 

 

――ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ――

 

 

 

「え、まぢ?」

 

 忍がそう口にできただけで、それ以外の皆は一様に絶句していた。

 だって、空に巨大な岩の塊(・・・・・・)がでてきたんだもの。

 

「く・ら・えぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!」

 

 さすがの(パワー)もそんなものを受け止められないと気付いたのか、背中を向けて逃げ出そうとする。

 

『―――!!!!!!!!!?????????????』

 

 だがその行動むなしく――

 

 

 

――ズゥ(プチッ)ゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥン!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!――

 

 

 

 周囲に響く轟音と、舞い上がる砂埃。地面も大きく揺れた。

 でもそれも一瞬のことで、すぐに魔力が尽きたのか岩が消えていった。

 

「汝のあるべき姿に戻れ!クロウカード!」

 

 最後の力を振り絞ってカードを回収したアリサは、無茶な魔力使用で倒れ込んだ。

 ノエルに抱きかかえられるアリサを見ながら、翔太が無事に帰ってきたらアリサを怒らせるのは止めた方がいいと翔太に伝える事を心に誓ったユーノだった。

 

 

 

 

 

 

「もうすっかり日が沈んでしまいましたね」

 

 車の扉を開いて、アリサを抱きかかえながらノエルが呟いた。

 結局翔太はみつからず、アリサもダウンしてしまったため月村の屋敷に帰って来ていた。

 巨大な岩を召喚したり、轟音を響かせたり、人通りが少ないとは言っても見つかるとまずいので早々に引き揚げてきた。探索できるところは既に探索をしていたのであそこでできることはもうなかったのも事実だ。

 

「とりあえず、アリサの家には"遊び疲れて寝ちゃったから今日は泊めます"って伝えておいたわ」

 

 寝顔写メも送ったから疑うことはないと思う。と、抜かりなく対応した忍がすずか達に告げて、屋敷の玄関に向かって歩き出す。ノエルに抱えられたアリサは、無茶な魔力使用が原因でぐっすりと眠ってしまっている。この様子では朝まで目を覚ますことはないだろう。

 

「問題は翔太の方だ。日付が変わるまで残り数時間。これはまずいんじゃないか?」

「わかってるけど、どうしよう」

 

 歩きながら忍と恭也は頭を悩ます。

 結局翔太を見つけることができなかった。

 時刻はもう20時半。翔太の行方が知れなくなって5時間以上が経つ。白鳥により定められた刻限まであと数時間。携帯電話は見つかっても翔太当人の無事は未だわからず。手の打ちようがなくなってしまった。

 

「……何がまずいんですか?」

 

 辿り着いた月村の屋敷の玄関の前に、白髪(しろかみ)の和服の少女が待っていた。

 

「し、ししし白鳥ちゃんっ!?」

「……ええ、白鳥ちゃんです」

 

 とろんと半分瞼を閉じた中でも目立つ、血のように赤い瞳。流水柄の紺色の着物を着つけ、透き通るような白い肌と、真っ白な髪をした雀宮白鳥がそこにいた。

 その少し後ろでファリンがひたすらぺこぺこと頭を下げていた。

 

「あ、あの、日が沈んですぐに来られました。帰ってくるまでここで待つと仰られまして、その、お伝えできなくて申し訳ありませんっ!」

 

「ふ、ふわ~」

「きれい……」

 

 なのはとすずかはファリンの様子が目に入らないようで、白鳥の幻想的に白く、そして儚くも美しい容姿に思わず言葉を漏らしていた。

 だが、忍としてはそれどことではない。

 

「が、外出なんて珍しいわね」

 

 アルビノという肉体的な事情もあるが、なにより本人が出不精なので外にいること自体が本当の本当に珍しいことだ。その事を知る忍には衝撃がかなり大きい。

 

「……翔ちゃんの事が気になった」

「へ、へー、そうなんだー」

 

 冷や汗をだらだらと流し始める忍。これは本格的にマズイのでは、と内心で物凄く焦る。

 

「……まだ見つからないようなら私が――」

 

 白鳥が何かを言おうとしたその時、リンカーコアをもつ者の頭の中に声が響いた。

 

 

 

『白い魔導師、赤い魔導師、紺色の魔導師、誰か聞こえたら返事を』

 

 

 

「「「!?」」」

「…………」

「「?」」

 

 なのは、すずか、ユーノはそろって驚いたように周囲をきょろきょろと見回す。忍と恭也は突然の子供たちの様子を不思議そうに見る。

 

「どうした?」

「えと、念話が聞こえてきて」

『"紺色の魔導師"です。聞こえています。あなたはお昼の魔導師さんですか?』

 

 なのはが恭也達に説明をしている横で、すずかが念話を返す。ユーノは位置特定のために逆探知魔法を使ってみたが、相手もジャミングを行っているようでどこから送られてきているのかわからなかった。

 

『私を追ってきた男の子は私が預かっている』

「『無事なんですか!?』」

 

 一番欲しかった情報に、すずかは声を荒げて念話と同時に自分の口からも言葉が漏れだしていた。

 

『……命に別条はない。けど重傷を負っていて今は眠っている』

『重傷っ!?』

 

 なのはやすずかは切り傷程度と思ってたが、実際は恭也達が想像していたような身体を貫くような大怪我だったようだ。

 おそらく彼女はそんな状態の翔太を持てあましている。

 

『ついては彼の身柄の受け渡しをしたい。ただそれには条件がある』

『条件?』

『まさか……』

 

 

 

『あなた達が持っているジュエルシード全てと交換で』

 

 

 

 


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