短編集 らき☆すた~変わる日常IF、色々な世界~   作:ガイアード

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オリジナル設定日下部みさお編~ライバルと叶える2人の夢~

私は今、大学の陸上選手権の短距離走の選手として出場している。

 

この大会に出るまでにはかなり辛い特訓もやってきた。

 

私の大好きなあいつと一緒に。

 

そして、今、私はスタートラインに立って200メートル先のゴールを見据える。

 

そこではあいつが、緊張の面持ちで私を見守っているのが見えた。

 

それを目にして私は、自分自身の緊張を高めていく。

 

私の思いと一緒に、あいつの思いと夢を背負って私は、今静かにクラウチングスタートの体制へと移行する。

 

そして今、高らかにスタートのピストルが打ち鳴らされ、私はスタートラインを飛び出した。

 

ゴールに向かって力強い一歩を踏み出しながら私は、今日までの事を振り返っていた。

 

私の大好きな奴の名前は森村慶一と言う。

 

そいつとはお互いに中学に上がる頃に出会った。

 

中学に上がって初めての朝、私は思わず寝坊をしてしまい、大慌てで家を飛び出した。

 

あやのを頼りにしていたのだが、その日に限って何故か自分の存在を忘れ去られてしまったらしく、あやのは私を起こさずに学校へ向かったのだという事を兄貴から聞かされた。

 

仕方ないので全速力で学校へと走っていく私。

 

私は小学校の頃から走るのが好きだったので、学校でも陸上部に入って体を鍛えていた。

 

そんな事もあってか、走る事に関してはむしろ楽しささえ感じていた。

 

そして、そんな私の後ろから物凄いスピードで走ってくる奴がいた。

 

その走る足音に私はそっと音のする方向に目をやると、私と同じように物凄いスピードで走ってくる男が1人。

 

そいつこそが森村慶一だった。

 

そして「うおおお!遅れるー!どけどけー!!」と言いながら私を追い抜いていくあいつを見たとき、私はあいつに対して妙な対抗心を燃やし、そいつを追走しはじめたのだった。

 

更に走りに力をいれて私はあいつに追いつき、私は走りながらあいつに声をかけていた。

 

「よう。中々がんばってんじゃん。でも、甘いゼ?まだまだ私の方が早いかんなー!」

 

そう言うと、私は更にスピードを上げてあいつを追い越して学校へと走って行く。

 

あいつはそんな私の行動に目を丸くしていたが、あいつ自身にも私に対する対抗意識があったみたいで

 

「上等!誰だか知らんが、俺を置いていけると思うなよ!?待ちやがれっ!!」

 

私に対してそう叫ぶと、あいつは更に加速して私に追いついてきた。

 

私はそんなあいつの走りに驚きながら

 

「へえ?結構やるじゃん。でも、私も黙って負ける気はねえかんな!」

 

そう言って更に引き離しにかかるが、あいつは予想以上に足が速く、結局ゴールである学校へ着いたときには同着だった。

 

あいつはその結果に少し不満があったらしく

 

「ちぇ、引き分けか。もう少し距離があったら俺が勝っていたのにな・・・。」

 

そう呟くのが聞こえ、私はそんなあいつの言葉に”むっ”と来て

 

「負け惜しみはその辺にしとくんだな。もう少し距離があったら勝ってたのは私だったゼ?」

 

そう言うと、そいつはその言葉にカチンと来たようで私を睨みつけながら

 

「なんだと!?言ってくれるじゃないか!なら今度はグラウンドで勝負だ!」

 

そのあいつの言葉に私もまた不敵な笑みを返しながら

 

「面白いじゃん!今度こそお前をコテンパンにしてやるってヴァ!!」

 

まさに売り言葉に買い言葉の如く、私たちはにらみ合い「なにい!?」「なんだよ!!」とお互いに言い合い、にらみ合っていたが、あいつはもうすぐ始業式が始まる事を思い出して

 

「・・・ちっ、始業式が始まっちまうな。そろそろ行かないと・・・お前、名前は?」

 

そう言って私の名前を聞いて来たあいつに私は

 

「・・・”日下部みさお”だ。お前の名前なんなんだよ?」

 

そう言って、あいつの名前を聞く私にあいつも

 

「・・・森村慶一だ。日下部みさお、覚えておくぜ?なあ、おまえもそれだけの足を持ってるって事は陸上でもやってたか?」

 

そう言いながらも私の足の事が気になったみたいで、そう聞いてくるあいつに私は頷いて

 

「ああ。小学生の頃から走るのが好きだったかんな。ずっと陸上部でやってきたゼ?そう言うお前はどうなんだよ?」

 

私の事を話しつつ、そう聞き返してみると、あいつもニヤリと笑いながら

 

「俺もそうだ。走るのが好きだったからな。こいつに関しては誰にも負けたくない、って思ってる。」

 

あいつの走るのが好き、と言う言葉に私は何故か嬉しい気持になりつつ

 

「そっか・・・じゃあ、今日からお前は私のライバルだな。言っとくけど私はお前には負けねえかんな!?」

 

そんな風に言う私にあいつも不敵に笑って

 

「望む所だ。日下部、これからどっちが走りで多くの勝利を取れるか勝負しないか?」

 

そう言って来たのを聞いて私は驚きつつ

 

「ふうん?中々面白そうじゃん。それじゃ今日から勝負開始だな、はいいけどさ、この勝負に勝ったら何か特典でもあるんか?ただ勝負してもつまんねえしなあ・・・。」

 

こういう事に何か特別な事があってもいいと思った私はあいつにそう言うと、あいつは少し考え込む仕草をして

 

「・・・うーん・・・なら、この勝負に勝利した方が負けた奴に何か1つ言う事を聞いてもらう、っていうのはどうだ?」

 

そう言って来たので、私はそれは面白そうだと思ったので

 

「おもしれえじゃん。ならそれでいこーゼ?ひっひっひ、今から楽しみだゼ!さあて何をしてもらおうかなー?」

 

と、私はすでに勝った気になってニヤリとしながらそう言うと、あいつは”むっ”とした表情で

 

「もう勝った気になっているとはおめでたい奴だ。まあいいさ、せいぜい言ってろ。そのニヤけた顔を涙目に変えてやるからな!」

 

私にそう言いつつビシッと指をさして私に不敵に笑うと、あいつは時計を見て慌てて

 

「うわ!やべえ、もう時間ない!急がないとー!!日下部!今日から勝負開始だ!いいな!?」

 

と言って走って行くのを見た私は、あいつに何か言い返すつもりだったが、時間が押していた為に私も慌てて走り出したのだった。

 

とりあえずのあいつとの邂逅の後、私は自分のクラスへと行って先に学校へ来ていたあやのに挨拶をした。

 

「はあ、はあ・・・ふー・・・間に合ったー・・・あやの、おはよー。」

 

私の声に気付いたあやのは私に

 

「おはよう、みさちゃん。ごめんね?今日から新しい学校って言う事で浮かれてたみたいでみさちゃんの事迎えに行くの忘れちゃってたわ。」

 

あやのの言葉に私はがっかりとして凹みつつ

 

「うう、ひでえよーあやのー・・・。私ら親友じゃんかー・・・。」

 

そう言っていじける私を、あやのは困ったような表情をしつつも慰めていたのだった。

 

その後、入学式もつつがなく終わり、あやのは私を少し見つめると、にっこりと笑いながら声をかけてきた。

 

「みさちゃん。何かあったの?今日は何だかみさちゃんが少し浮かれてる気がしたからちょっと気になったんだけど。」

 

その言葉に私は、少し首を傾げてあやのの言葉を反芻していたが、たぶん朝の事かもしれないと思った私はあやのに

 

「ああ。ちょっと朝にさ、私のライバル名乗ろうって言う変な奴と出会ってなー。私にやたらと絡んでくる奴だけどさ、ああいう奴が1人いるのも面白えなって思ってなー。」

 

そう言うと、あやのは私の言うライバルって奴に興味を持ったみたいで

 

「へえ?どんな人なの?私にも紹介して欲しいな。」

 

と言うあやのに私は

 

「んー?別に構わまねえけどさ・・・って、あー!!」

 

あやのにそう言いながら私は、あいつがどのクラスに居るのかすら知らない事に気付いて、思わず叫び声をあげていた。

 

そんな私の叫び声を聞いたあやのが驚きつつも私に

 

「ど、どうしたの?みさちゃん。いきなり叫んだりして・・・。」

 

おろおろしつつそう言ってくるあやのに私は、バツの悪い顔をしながら

 

「わりい、あやの。私、あいつがどのクラスにいるのか知らねえんだよな・・・でも、名前は覚えてるゼ?確か、森村慶一、って言ってた。」

 

とりあえずそいつの名前をあやのに教えると、あやのはその名前を何度か小声で反芻して

 

「そっか。でもよかったじゃない。入学早々にお友達が出来てさ。」

 

と言うあやのに私は慌てて手を振りながら

 

「ちがうって!あいつは私のライバルだ。友達じゃねえって。」

 

そう言って否定したが、あやのはそんな私を見ながら更にニコニコとしていたのを私は、軽いため息をつきながら見ていたのだった。

 

その後はあやのにあいつを紹介して、そして、私とあやのとあいつとの奇妙な関係が始まった。

 

そして、それから3年間の間、あいつとの争いの日々を送る事となる。

 

登校は言うに及ばず、体育の時の持久走や部活における練習、そして、大会でもあいつとは勝利する回数を競って行った。

 

そして、2年生の頃に柊とも出会い、柊達にあいつを紹介してやった。

 

「柊ー。こいつが前に言ってた森村慶一だ。お前が紹介して欲しいって言うから連れて来たゼ?」

 

そう言うと、私に連れてこられたあいつは

 

「日下部からの呼び出しで何かと思えばそういう事か。えっと、柊さん、でいいのかな?森村慶一だ。そこの日下部と同じで陸上やってる。よろしくな。」

 

私に少し文句を言いつつも、柊達に自己紹介していた。

 

柊達もそんなあいつに

 

「あんたが日下部の言ってた森村君か。話は聞いてるわよ?私は柊かがみ。よろしくね?」

「え、えっと・・・柊つかさです。お話は日下部さんから聞いてます。よろしく~。」

 

と言う自己紹介を聞いてあいつは

 

「あれ?同じ名字って事は君達は関係者だったりするのか?」

 

そう言うと、柊が頷いて

 

「まあね。私とつかさは双子の姉妹なのよ。とは言っても年は一緒なんだけどね。」

 

と言う柊の言葉にあいつは頷きつつ

 

「へー?でも、そこの日下部とはえらい違いだな。あいつはとことんお転婆だしなあ。」

 

と言うあいつの言葉に私は”むかっ”ときて

 

「誰がお転婆だよ!私はただ単に走るのが、体動かすのが好きなだけだってヴァ!!」

 

と反論すると、あいつはやれやれというジェスチャーをしながら

 

「はいはい、そういう事にしておくよ。お前ももうちょっとあやのや柊さん達みたいに可愛げがあればいいんだがな。」

 

と言うあいつの言葉に更に頭に来てあいつを睨みつけると、あいつもまた私を睨み返してお互いに睨み合いになっていたが、そんな私たちの姿を見て外野の3人は軽いため息をつきながら

 

「峰岸、あいつらっていつもあんななの?」

「2人とも仲悪いのかな~?」

「そうね、いつもあんな感じよ?だけど、2人は結構仲がいいと思うわよ?」

 

と話す3人に私とあいつは

 

「「こいつ(あいつ)となんか全然仲良くなんかねえよ(ねえゼ)!!」

 

と2人同時に抗議する私たちの姿を見て、再度ため息をつく3人だった。

 

何故だが私はあいつとはよく衝突した。

 

あいつの顔を見ていると、なんだか負けたくない、って思ってしまってつい、素直な態度すらとれずにいつもこんな風にケンカ腰になってしまうのだ。

 

あいつもどうやらそんな感じだったのだけど、それでも何故かあいつを憎いとは思わなかったし、その態度さえもいつしか自然だと思うようになった。

 

そんな事があってから中学卒業までの間、あいつとの争いを続けていたが、ある時柊があいつに

 

「ねえ、慶一君。あんたはどこの高校へ行くつもりなの?」

 

そう聞いたので、私もあいつの進路には少し興味をもって話を盗み聞きする事にした。

 

ちなみにこの頃にはあいつの事は名前で皆も呼ぶようになり、あやのは最初に会ったときから自分を名前で呼ばせ、柊姉妹は同じ名字だから紛らわしいだろうと言う事で、名前で呼んでくれという事になっていた。

 

私もまた、あいつの事を慶一と名前で呼ぶようになっていたし、慶一も私を名前で呼んでくれるようになっていたのだった。

 

柊の問いかけに慶一は少し首を捻って考え込んでいたが、やがて柊の方へ向き直ると

 

「俺は陵桜を目指そうと思ってるよ。あそこも陸上は中々強い所らしいしな。それに高校へ行っても俺は走る事を続けたい、って思ったからな。」

 

その言葉に柊も少し驚きつつも嬉しそうな顔で

 

「そっか。あんたも陵桜受けるつもりなんだ。なら、同じ所を受ける仲間って所かしらね。同じとこを目指す人がいるなら励みになるわね。」

 

ニコニコしながらそう言う柊だったが、私はその時心に少し焦りのような物を覚えた。

 

何故なら私はこの頃から、慶一とは高校に行っても争うライバルで居たい、ってそう思うようになっていたからだった。

 

そして、私はより部活に打ち込める高校を選んでいたのだけど、その中にあいつの候補としている高校がなかったからだ。

 

更には陵桜は私にとってもレベルの高い高校であり、半端な勉強では合格はまず無理かもとさえ思っていたからだった。

 

慶一の進路を聞いてそして、自分のレベルって奴を考えた時、私は大いに凹んだ。

 

けど、その時の私はあいつと同じ所へ行きたいと願っていた為、進路の話をしてから数日後、私はあやのに相談を持ちかけたのだった。

 

「なあ、あやの。私も・・・私も陵桜目指してえけど、私にも何とかなるかなあ・・・。」

 

と言う私の言葉にあやのは最初驚きの表情で私を見て

 

「陵桜目指したいの?みさちゃん。それはどういう理由で?」

 

そう聞き返してくるあやのに私は散々迷いながら

 

「柊も、あやのも、それに・・・慶一もさ、陵桜を目指すって言ってたじゃん?それを聞いたらさ、私も1人だけ置いてかれるのは嫌だ、って思ったんだ。それに、慶一との決着はまだついてねえんだもん。慶一と決着をつけるなら同じ高校でつけたい、って思ったんだよ・・・。なあ、あやのー。今から勉強頑張ればなんとかなっかなあ?私精一杯がんばるからさー、私の勉強手伝ってくれねえか?」

 

両手を合わせてあやのに頼み込む私だったが、そんな私を見てあやのは

 

「なるほどね。でも、結構大変よ?本当に頑張れる?」

 

その言葉に私も大きく頷いて

 

「頑張る!だから、頼むよ、あやの。」

 

再度力強く宣言すると、あやのは笑顔で

 

「わかったわ。それじゃ膳は急げね。今日からやっていくわよ?」

 

そのあやのの言葉に緊張しつつも私は頷いて

 

「おっし!頑張るってヴァ!!」

 

そう意気込むと、この日からあやのと一緒に猛勉強を開始したのだった。

 

そして、その後、私の決意を聞きつけた柊妹と、柊、何故か慶一も私の勉強を見てくれるようになった。

 

ちなみに慶一は柊並に頭が良かったので、私は勉強では慶一には勝てなかった。

 

そして、今日は慶一が勉強を見てくれる日だったので、私は学校の図書室で柊達が来る前に先に軽く始めておくのだった。

 

その時に、ふと気になった事があったので私は慶一に

 

「なあ、慶一。お前と私はライバルだよな?なのに、何でお前はこうやって私の勉強を見てくれんだ?」

 

そう尋ねると、慶一は頬を掻きつつ照れながら

 

「・・・ライバルだからな。お前の同じ高校へ行ってでも俺との決着をつけたいと言うお前の意気込みと、かがみ達とも一緒の学校へ行きたいと願うお前の気持を聞いたら、俺はそれに手を貸してやりたい、って思ったんだ。それに俺も・・・こんな事でライバルがいなくなるのはちょっと寂しいと思ったのも理由だ。俺とお前は何度もぶつかり合い、いがみ合いだったけど、それでもさ・・・お前とそうやってライバルしてる事が楽しかったからな。それに・・・いや、なんでもない。」

 

最後の言葉を言いかけて慌てて慶一は最後を否定したのだが、私は慶一の最後の言葉が気になって

 

「なんだよ?何か言いかけてなかったかー?」

 

そう問い詰めると、慶一は少し顔を赤くしながらも私の追及から逃れようとしていた。

 

「ベ、別になんでもない。お前には関係ない事だって。」

 

そんな風に言う慶一に私も調子に乗って

 

「んー?怪しいなー。ほれほれ、正直に白状しちゃえってヴァ。」

 

そう言う私に慶一はなおも顔を赤くしつつ慌てていた。

 

そうやってじゃれあってると、かがみ達もようやくやって来てさっきまでの私たちの行為に二言三言ツッコミを入れられていたが、私も肝心な所はわからずじまいだったので、結局その追求をはぐらかす事となった。

 

それから、残りの学校生活は陵桜を目指す為の特訓期間となり、私や柊妹も難しい勉強に頭を悩ませながらも何とか食らいつき、無事に受験を済ます事ができた。

 

結果は、危なげながらも何とか全員合格となったのだった。

 

それぞれの受験の結果を持ちよって私達は合格出来たことを喜んだ。

 

そして、そんな中で慶一はこの時本当に初めて私に

 

「頑張ったな、みさお。お前の思いと覚悟は見させてもらった。俺達の戦いは高校へと移って行くわけだが、これに満足せずに更に上を目指そうぜ?」

 

そう言って私を褒めてくれたのだった。

 

私はその言葉を聞いて、驚きと喜びと困惑がないまぜになったような感情に支配されていたが、この時に私は何となく気付いた事があった。

 

それは、中学に上がった頃のあいつと、今のあいつとの態度の違いだった。

 

あの時は、やたらと絡んでくるあいつに私も反発すると言う形でやってきた。

 

でも、受験を済ます頃のあいつはそんな子供っぽい部分が少なくなっていて、それどころか私に対する態度も何故か優しい感じがした。

 

その時に私は、そんなあいつの態度と表情を見て、胸の奥がズキンとうずいたような気がした。

 

そして、私は私を褒めてくれるあいつに思わず照れ隠しで

 

「ま、まあ、これが私の実力ってやつだゼ?何にしても今度こそ高校ではお前との決着はつけてやっからな?せいぜい首をあらってまってろよ?」

 

あいつの視線から顔をそらしつつそう言う私に、あいつはあの時とは違う優しい声で

 

「おう。望む所だ。楽しみにしてるぜ?次は高校でな。んじゃ今日はこれで戻るよ。みんな、陵桜でまた会おうぜ。」

 

そう言って笑いながらその場を去るあいつを見て私は、またも胸の奥がうずく感覚を覚えた。

 

この奇妙な感覚の正体もわからないまま、私たちもその場を後にする。

 

そして、私達は陵桜へと進む事となる。

 

陵桜へ上がってから、私らは何故か同じクラスになった。

 

密かに柊達と同じクラスになれた事を喜ぶ私だったが、その中に慶一もいた事が何故か嬉しかった。

 

でも、この時の私はその感情が何なのかが分からず、そう言う風に思う自分を否定していたのだった。

 

それからも慶一との争いは続いていたが、中学の頃とは慶一と私との争いは少々様子が変わっていた。

 

あの当時は、お互いがお互いを出し抜く事を主にしてそれぞれにトレーニングしていたのだが、高校に上がってからは、お互いがお互いの練習を見たりしてそれを刺激にしたり、時にはアドバイスを送りあったりしてお互いの能力を高める事を目指すようになっていった。

 

いつしか私達は、ただ争う事よりも、よりお互いを高めあってレベルの高い争いをしたいと思ったからだった。

 

だが、そんな私たちも高校2年にあがる頃には、私達はお互いに高校陸上の壁にぶつかる事となった。

 

ある時期から私も慶一も自己のタイムが伸び悩むようになり、お互いに試行錯誤しつつ、この問題の解決策の摸索が続いていた。

 

しかし、それを探していくうちに、いつしか2人はお互いに出口の見えない迷路を彷徨うように、今抱えているこの問題の解決の糸口を見つけられないままがむしゃらに練習する日々が続いた。

 

慶一も柊達に心配されていたみたいだし、私もあやのに心配されるようになる日々がしばらく続けられた。

 

だが、それがいつしか私たちの体を蝕むようになっていた事に2人とも気付いてはいなかったのだ。

 

そして、その蝕みはついに私達の体にはっきりと見える形で現れる事となった。

 

今でも私は忘れない。

 

あの時の後悔と自分達の体の変調に気付けなかった事を。

 

そして、ライバルを失う日の事を・・・・・・。

 

それは、お互いに泥沼にはまり始めて2ヶ月以上が経ったある日の事。

 

私と慶一は同じ悩みを未だに抱えたまま今日も2人で練習を続けていた。

 

お互いに声を掛け合い、そして、今日もランニングをしながら自分達の欠点やフォームを摸索していたのだが、その時の私は未だに出口の見えないこの泥沼に気持が折れかかっていた。

 

そして、私はトレーニングしながら慶一の前でついに泣き言を言う。

 

「・・・なあ、慶一。あれから色々やってみたけどよ、どうしてもタイムが伸びねえ・・・。なあ、慶一。私らはもうだめなんかな?私らの限界ってここまでなんかな?もう・・・これ以上頑張るのはつれえよ・・・。」

 

そう、慶一にこぼした私だったが、そんな私の言葉を聞いた慶一は私を”キッ”と睨みつけ

 

「っ!ばかやろう!!中学の頃から負けん気が強かったお前じゃねえか!俺に負けたくないんだろ!?俺に勝って言う事を聞かせたいんだろ!?だったらあきらめんな!!確かに今の俺達は出口の見えない壁に阻まれているさ!だけどな!あきらめたらそこで何もかもが終わっちまうぞ!?あがらない雨はない!明けない夜はない!今はこんな状態でも、あきらめなければきっと出口にたどり着けんだ!」

 

そう熱い言葉をぶつけてくる。

 

私はそんな慶一の言葉に気圧されつつもそれでもまだ弱気で

 

「・・・慶一の言いたい事はわかるよ、でも・・・・・・。」

 

そう言葉を発すると、慶一はあの中学に上がった頃に初めて会った時に見せた顔を見せながら

 

「はん!情けねえな!?俺を負かして俺に言う事を聞いてもらおうって言ってたのはどこの誰だっけ!?そんなに自信がないんなら今ここで走る事をやめちまえ!はっ!結局お前をライバルと見た俺の眼力は間違っていたって事か、がっかりだぜ!」

 

そして、慶一は再び前を向くと

 

「・・・もういい!お前があきらめるって言うなら好きにしろ!俺はもうお前みたいな奴をライバルとは認めない!そんな情けない奴をライバルと見ていた俺が恥ずかしいぜ!!」

 

そう言って再びダッシュし始めた慶一を見て私は、かーっと頭の中が沸騰するのを感じて

 

「だ、誰がお前のライバルになれないって!?馬鹿にすんなー!!お前なんか今からぶち抜いてやるってヴァ!!待てー!!」

 

そう叫ぶと私は慶一を追いかけて更に足を速めた。

 

そして、2人して無心で走りつづけ、ついに2人がゴール前で並ぶと

 

「はあ、はあ・・・やればできるじゃねえか。それでこそ俺の認めたライバルだ。」

「はあ、はあ、へっ!私が本気出せばこんなもんなんだよ!」

 

そう言いながらほぼ同時に私達はゴールを踏んだのだが、そのすぐ後に慶一に異変が起きた。

 

「う、うぐっ!うあああああああっ!!」

 

そう言って自分の右足首を押さえてうずくまる慶一に、私は様子がおかしい事に気付いて

 

「け、慶一!?どうしたんだ!足がいてえのか!?大丈夫か!?慶一!!」

 

慶一に駆け寄りそう声をかけるが、慶一は足首を押さえたまま苦しみ続けていた。

 

私は慶一に

 

「ちょ、ちょっと待ってろ!今保健の先生呼んでくるから!!」

 

そう言って保健室へと走り出す私だった。

 

そして、保健の先生である天原先生を呼んで慶一の容態を見てもらったが、天原先生はすぐに救急車を呼んだようだった。

 

私はあまりの事態に呆然とその様子を見守っていたが、天原先生に慶一と一緒に救急車に乗っていきなさいと言われ、私も同乗して病院へと向かった。

 

そして、私は飲み物を買いに行って慶一の帰りを待とうと診察室の前を通りかかった時、医者と慶一の話す声が聞こえて思わず私は耳をそばだてて話を盗み聞きした。

 

そして、その内容は・・・・・・

 

「・・・・・・と言う訳だ。今の君の足は疲労の重なりすぎだったようだね。」

「先生、俺、また走れるようになるんでしょうか?」

「・・・残念だが、君はもう選手としてはもうやってはいけないだろう。ただの肉離れ程度ならまだ望みはあるが、君はアキレス腱を断裂してしまっているからね。元のように歩く事は出来るだろうが、走る事はもうできないだろう。」

「・・・そんな・・・。」

 

そこまで聞いて私はその場に居たたまれなくなり、2人に気付かれないように待合室を飛び出して訳が分からないままに家へと帰ったのだった。

 

家について、私を心配して私の家で待っていたあやのが、帰って来た私に気付いて駆け寄って来て

 

「みさちゃん?学校からも病院へ行ったっていう連絡が入ってたから心配してたのよ?みさちゃん大丈夫なの?みさちゃん?泣いてるの?」

 

あやのの言葉に私は”はっ”となって目元を拭ってみると、気付いたら私は涙を流していたようだった。

 

私は、それに気付いて更に悲しい気持が自分を襲ってくると、あやのにすがり付いて泣き始めた。

 

「うっうっ・・・あやの、慶一が、慶一がぁ・・・うわああああ!」

 

そんな私をなだめるようにあやのは私の背中をぽんぽんと叩きながら

 

「落ち着いて?ね、落ち着いて理由を聞かせて?ね、みさちゃん。」

 

その言葉に私は泣いてるせいでまともに言葉を発せられなかったのだが、それでもあやのに今回の事情を説明したのだった。

 

「うっく、ぐすっ・・・慶一が・・・うう・・・私との練習の後に・・・ぐすっ・・・急に足を押さえて苦しみだして・・・ひっく・・・一緒に病院行ったら・・・ぐすっ・・・慶一が病院の先生と話してて・・・ううっ・・・慶一は・・・慶一はもう2度と・・・ぐすっ・・・選手として走れるようにはなれない、って・・・ひっく・・・言われてそれで、私・・・それがショックで思わず病院から・・・ぐすっ・・・飛び出してきたんだってヴァ・・・ううっ・・・。」

 

私の言葉にあやのは相当にショックを受けているようだった。

 

「・・・そう、だったの・・・慶ちゃん・・・可愛そうね・・・。やっぱりみさちゃんも、慶ちゃんが走れなくなっちゃうのは悲しい?」

 

そう問い掛けるあやのに私はうんうんと頷いて

 

「ひっく・・・うん・・・だって・・・ぐすっ・・・あいつは・・・うう・・・私のライバルなんだゼ?ぐすっ・・・それに・・・あいつがああなって私・・・ぐすっ・・・気付かされた事があったんだ・・・ひっく・・・私は何時の間にか・・・うう・・・あいつと走っている事が楽しくなってた・・・ぐすっ・・・あいつが一緒に走ってくれる事が・・・ひっく・・・嬉しかったんだってヴァ・・・励まされてたって事に・・・ぐすっ・・・気付いたんだってヴァ・・・。」

 

私のその告白にあやのは少しだけ嬉しそうな顔を見せた後

 

「・・・そっか・・・。ねえ、みさちゃん。慶ちゃんを励ましてあげようよ。今はまだ時間がかかるけど、みさちゃんが慶ちゃんに対してそうしてあげたい、って思うのなら、その思いを慶ちゃんが少し落ち着いた頃に伝えてあげる事が、慶ちゃんのライバルであるみさちゃんのするべき事じゃないかしら。」

 

そう言うあやのに私は困惑しながら

 

「で、でも・・・どう言えばいいかな?あいつになんて言ってやれば・・・。」

 

そうあやのに聞くと、あやのは少し考え事をした後私に

 

「私にもどう言えばいいかは分からないわ。でも、みさちゃんの慶ちゃんを励ましたいと思う気持が、きっとその時にかけるべき言葉を見つけてくれると思うわ。まあ、でも、それまでにも少し考えておくのもいいかもだけどね。」

 

と言うあやのの言葉に私も頷いて

 

「・・・わかったよ、あやの。慶一が学校へ出てくるまでには私も色々考えてみる。ありがとな、あやの。」

 

その言葉にあやのもにっこりと頷いてくれたのだった。

 

それから一ヶ月以上の間は、慶一も治療とリハビリを繰り返していたようだった。

 

その間に慶一を公園で見かける事があったのだが、公園のブランコを揺らしながら落ち込んでいる慶一を見ると居たたまれなくなったが、私は慶一に思い切って声をかけてみる事にした。

 

「・・・あの、慶一・・・私、その・・・。」

 

そう声をかけると、慶一は私の声に気付いて顔を上げて私を見たのだが、私はその顔を見て思わず絶句してしまった。

 

慶一は、先生から告げられたあの言葉に未だに傷ついてその目に涙を流し、その顔はその涙で濡れていたからだった。

 

慶一は私を見ると、弱々しい声で

 

「・・・みさおか。どうした?かつてのライバルのこんなみっともない姿を見て俺を笑いにきたか?まあ、仕方ないよな。こんな体になっちまった俺だから、お前も呆れているんだろうしな。」

 

そんな風に言う慶一に、私もまた涙を流しながら無言で首を左右に振る。

 

「・・・なんで泣くんだよ・・・同情か?こんな情けない俺に・・・。」

 

その言葉になおも私は首を振って否定したが、慶一はそんな私に苛立ちをぶつけるように

 

「もういい!もう俺の前から消えてくれ!俺の事なんかほっといてくれ!!とっとと立ち去れよっ!!」

 

そう叫ぶ慶一に驚いて、私は泣きながらその場を去ったのだった。

 

その慶一から浴びせられた言葉は私への明確な拒絶。

 

それを感じた時に私は、自分の中にある慶一への気持に、高校受験の頃から慶一に感じていた気持に気付いたのだった。

 

それに気付いた時、私は更に悲しくなった。

 

そして、改めて慶一とはもうライバル同士になれないのだと思うと、慶一に対する申し訳ないという気持が私を支配した。

 

それから慶一が学校に復帰してくるまでの間、私は慶一と会う事も、話す事も出来なくなってた。

 

あそこまで拒絶されたがゆえに慶一に声をかけることが、慶一と話す事が怖くなっていたのもあった。

 

その一方で、あの一件から私はあの時2人してぶつかっていた壁を乗り越える事が出来ていた。

 

それからも陸上部の練習に出ていた私だったけど、そこに慶一が現れるようになった。

 

もう走れず、そして、その所為で陸上部もやめる羽目になった慶一だけど、そんな慶一が私の練習風景を見に来るようになったのだった。

 

そんな慶一の態度に私も最初は困惑気味だったのだけど、それでもあの壁を乗り越えた事だけは、慶一に練習を見せる事で伝えたいと思った。

 

そうこうしているうちに数日が過ぎたが、ふいに慶一が私に声をかけてきた。

 

「・・・みさお、あのさ・・・ちょっと話があるんだけど、いいか?」

 

柊やあやの達と談笑している時に慶一が私にそう声をかけてきたので、私は一瞬あの時の拒絶を思い出して萎縮したのだけど、これは逃げちゃいけない話だと悟った私は

 

「・・・わかった。話はここですんのか?それとも別の場所でか?」

 

そう尋ねると、慶一は少し考えたあと私に

 

「・・・屋上へ行こう。とりあえず2人で話したいんだ。それでいいかな?」

 

そう言う慶一に私も頷いて

 

「わかったゼ。それじゃ行くとすっか。あ、それと、慶一。未だに松葉杖なんだよな?私が手を貸さなくていいか?」

 

そう聞くと、慶一は苦笑しながら

 

「はは、そうだな。階段だけお前に世話になるかな。頼むよ、みさお。」

 

そう言ったので、私もその言葉に頷くと、慶一と一緒に教室を出た。

 

そして、階段で慶一に手を貸してやりながら屋上へと辿り付く。

 

屋上で2人、向き合ってしばらく黙り込んでいたが、慶一が話を切り出した。

 

「・・・まずは、みさお。お前に謝っておきたい。あの時お前は俺を心配して声をかけようとしてくれたのに俺はそんなお前の気持も考えず、自分の置かれた状況に絶望してお前にあたってしまったよな?本当にごめん。」

 

あの時慶一の発した拒絶の言葉を慶一は覚えていて、そしてその事を私に謝罪してくれた。

 

私はその言葉に驚きつつも首を振って

 

「い、いいって。あの時は私もお前の気持考えないで声かけちゃったんだしさ、そう言う意味じゃ私も無神経だった、わりい、慶一。」

 

素直に私もあの時の事を思い出してそう謝罪すると、あれからずっと笑顔の消えていた慶一の顔に笑顔が浮かんで

 

「そっか・・・ならお互い様って事で手打ちにしよう。」

 

そう言って照れくさく笑う慶一に私も少し顔を赤くしながら

 

「そ、そうだな。とりあえずそういう事で。あ、でも、慶一、話ってそれだけなんか?」

 

そう聞き返すと慶一は再び真剣な表情になり、何かを決意するかのように静かに頷くと

 

「いや、もう2つ程ある。1つは、お前にぶしつけな願いがあるって事だ。」

 

慶一のその言葉に私は首を傾げて

 

「願い?私に?よくわからねえけど、とにかく聞かせろよ。」

 

そう尋ねると、慶一は1つ頷いて

 

「俺は・・・この通り2度とは走れない体だ。でも、その後のお前の壁を乗り越えての練習風景を見ていて思ったんだ。俺の、密かな願いをかなえられるのはお前しかいない、ってな。」

 

慶一の言う願いと言うのが気になり、私は慶一にその先を促す。

 

「私に・・・何をかなえろって言うんだよ?」

 

そう言うと、慶一は照れたように後頭部を掻きながら

 

「お前の走りに・・・俺の夢を乗せて欲しい、って事だ。大会にも出られなくなった俺の代わりに、お前にはこれからも走って欲しい。大会で勝って欲しい、そういう事だ。その為に俺は決意した事がある。」

 

慶一の言う言葉の最後の部分、決意と言う言葉が気になった私は

 

「決意、って何なんだよ?」

 

そう尋ねると慶一は頷いて

 

「俺に、お前の練習のコーチをさせて欲しいんだ。お前の側で誰よりもお前の走りを見てきた俺だから、俺が走れない代わりにお前を鍛えてやりたいって思ったんだ。これはたぶん、俺以外のほかの誰かじゃ出来ないと思う。どうかな?みさお。」

 

慶一の私専属のコーチになりたい宣言に私は、驚きと困惑をないまぜにしつつ

 

「お前が、私のコーチを?でも、いいのか?お前が見るのが私でさ?」

 

私のその言葉を聞いた慶一は力強く頷くと

 

「ああ。もちろんだ。お前じゃなきゃだめだ。お前だからやりたいんだ。それに、もう1つの話もこれに関係ある事でもある。」

 

慶一のその言葉に私は、慶一が2つ話があると言っていた事を思い出して

 

「そう言えばもう1つ話があるって言ってたよな?それも聞かせろよ。」

 

そう言う私に慶一は顔を赤くしながら照れていたが、やがて意を決すると

 

「高校受験の時、俺がお前に言いかけていた事があったのを覚えてるか?結局あの時は俺がごまかしちゃったけどな。」

 

その慶一の言葉に私はあの時の事を思い出して

 

「あ、覚えてっぞ?結局あの時の事は聞けずじまいだったっけ。」

 

そう言うと、慶一は苦笑しつつ頷いて

 

「あれな、実は・・・その・・・俺はお前が・・・好きだって事を言いたかったんだよ。」

 

そう言う慶一の言葉に私は、一瞬何を言われたのかが理解できなかったが、その言葉の意味を理解した途端私は顔を真っ赤にして

 

「え?えええ!?う、嘘だろ?お前が私を、好き?まさか、そんな・・・か、からかってんだよな?なあ、慶一?」

 

そう答えると、慶一は途端に真剣な顔になって

 

「ちゃかしでも、からかいでもないぞ?俺はお前とライバルを続けていくうちに何時の間にかお前に惚れていたんだ。高校受験でお前が陵桜を受けたい、っていった時、俺はそんなお前の決意が嬉しくて、お前の力になってやりたい、って思ったからあの時もお前の勉強の面倒を見たんだ。もう一度言うぞ?みさお。俺はお前が好きだ。この気持に偽りはない。」

 

その慶一の真剣な告白を聞いて私は、思わず涙を流しながら

 

「・・・本当に?本当なんだな?お前は私の事、そう思ってくれんだな?」

 

そう聞き返すと、慶一は強く頷いて私の側に来て私を優しく抱きしめてくれた。

 

そして、私を抱きしめながら

 

「あたりまえだよ。みさお。あの時お前のスランプを打ち破ってやりたくて俺はお前に厳しい言葉をかけた。結果俺が足を壊す事になっちまったけど、それでもお前に立ち直ってもらいたかった。先に進んでもらいたかった。お前が好きだから、俺はそんなお前のライバルでいてやりたかった。でも、ごめんな?そっちの方はもう無理だから、だから今度はお前のコーチとしてお前を支えさせてくれ。頼む、みさお。」

 

そう言ってくれるあいつの言葉が嬉しくて、私は泣きながら

 

「ありがとな、慶一。私もお前に言いたい事あるんだ。お前と初めて会った時お前が走るのが好きだって言ってくれたあの時、私は嬉しかったんだ。同じように走ることが好きだ、って奴と出会えた事が。思えば私もあの時からお前が気になってた。そして、お前が足を壊したあの時に私も自分の本当の気持に気付いたんだ。でも、今更お前にその事を言い出せなかった。足を壊して落ち込んでるお前にそれが言えなかった。だから私はお前へのその気持を封印するつもりでいたんだよ。」

 

そう告白をすると、慶一は私の頭を撫でながら

 

「そうだったのか・・・。みさお、ありがとう。お前のその気持、俺も受け止める。みさお、改めて言う。俺と一緒に俺の夢をお前の足でかなえて欲しい。俺もお前と一緒に、この先を見ていきたいから。」

 

そう言う慶一の言葉に私も頷いて

 

「私にどこまでの事ができるかわかんねーけど、やってやるゼ?お前と一緒に夢を追いかける!だから慶一、これからも私を見てくれ。私と一緒に居てくれ。お前と一緒なら何だって出来る気がすっからさ。」

 

その言葉に慶一も頷いて

 

「任せろ!最高のサポートをしてみせる!だから、がんばろう、みさお。この先も、2人で一緒に。」

 

そう言って私を見つめる慶一に私も慶一を見つめ返しながら

 

「ああ。絶対だゼ?それと・・・浮気厳禁な?私以外の奴に手ぇだしたらゆるさねえかんな?」

 

その言葉に慶一も苦笑しつつも頷いて

 

「分かってるって。それに、俺にはお前以外には考えられないからな。そこの所は安心しろよ。」

 

その言葉に私もすこしほっとしつつ

 

「その言葉、信じるからな?大好きだゼ?慶一。」

 

そう言うと、慶一も私に

 

「ああ。俺もだ、みさお。」

 

そう言って口づけを交わす2人だった。

 

そうして私と慶一は恋人となった。

 

それからは、慶一は私の練習に毎回付き合ってくれた。

 

慶一の色々研究した練習メニューをこなし、オーバーワークは慶一の教訓を生かして注意し、食事等にも気を使って私は自分を鍛え上げた。

 

そして、最後の大会で私は念願の全国優勝を果たしたのだった。

 

その実績を買われ、私は有名大学の陸上に誘われ、その学校へと行く事になった。

 

当然慶一も私の恋人兼コーチとして私についてきてくれた。

 

慶一もまた、私を鍛え上げたコーチとしての腕を買われて大学からスカウトされ、私をメインに他の選手のコーチもしていたのだった。

 

それでも、慶一は私との約束を守り、特に私の練習メニューには気を使ってくれた。

 

そして、ついにあいつと練習して初めての大学の全国大会への出場となったのだった。

 

そんな風に慶一との事を思い出しながら私は、気付けば1位でゴールテープを切っていた。

 

そして、そんな私を笑顔で祝福してくれる慶一のところへ行って慶一と抱き合って喜んだ。

 

「やったな!みさお、いい走りだったぜ?」

 

私を抱きしめてそう言う慶一に私も満面の笑みで

 

「そりゃーなんたって選手がいいかんな。それに、そんな選手を育ててくれたコーチの腕もな。」

 

そう答えると、慶一も嬉しそうに笑って

 

「ははは。ありがとな、みさお。よーし、俺達の目標は更に上だぞ?今度はオリンピック目指してやる!」

 

その言葉に私は多少、顔を引きつらせながら

 

「お、おい、慶一。目標を持つのはいいけどよ、あんまし無茶な目標は立てない方が良いと思うゼ?」

 

そう言う私に慶一はあの時のような挑戦的な笑みで私に

 

「ほう?みさおさんは自信がないとおっしゃる訳ですね?かつて俺のライバルを名乗ったあなたのお言葉とは到底思えませんねえ?」

 

と言う慶一の言葉に”むっ”と来た私は思わず

 

「何だと!?言ってくれんじゃねーか!上等だ!オリンピックでもなんでも勝ってみせようじゃんか!!その時にはお前に言う事を1つ聞いてもらうかんな!!」

 

その私の言葉に慶一は愉快そうに笑いながら

 

「いいとも。でも、お前の願い事はもう決まってるんだろ?」

 

そう慶一が言うと、私は顔を赤らめながら

 

「まあなー。この指に似合う奴、期待してるゼ?」

 

そう言って私は左手の薬指を指差すと、慶一は優しい笑顔で頷いて

 

「ああ。任せろ。俺が絶対に満足する物を買ってやる。そして、お前を幸せにしてやるよ。」

 

その言葉を聞いて私は慶一に満面の笑顔で頷いた。

 

そして、その様子を見守っていたほかの選手やコーチたちから、ひやかしや祝福の言葉をなげかけられたのだった。

 

私達は照れながらそれに応えていた。

 

そして、それから2年後、私はオリンピックで勝利し、慶一も自分の願いを私も慶一への望みをかなえてもらったのだった。

 

そして2人の夢はこれからも続いて行く。

 

私の大好きな人と一緒に。

 


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