機動戦士ガンダムSEED ZIPANGU   作:後藤陸将

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これで宇宙方面の戦いは何とか集結しました。



PHASE-55 震撼するL5

 凄まじい光を放ちながら崩壊していくジェネシスの姿はザフト軍最高司令部があるヴァルハラからも観測されていた。自分達の切り札が敵の手によって完全に破壊されたという現実を目の当たりにし、司令部の人員は誰もが唖然としている。

だが、パトリック・ザラは違った。ここで思考を停止することだけならば誰でもできる。彼はプラント最高評議会議長にして国防委員会委員長である。ザフト全軍の最高指揮権を握るこの役職の椅子は不測の事態で思考を放棄する俗物が座っていられるほど緩いものではない。

パトリックは自分達の切り札が破壊されたことで恐慌一歩手前の状態で浮き足立っている司令部の軍人達を一喝する。

 

「うろたえるな!!」

 

 パトリックの一喝で彼らは落ち着きを取り戻す。オペレーターたち平静を取り戻して彼らの任務を続行した。

「ジェネシスの内部シリンダーを貫通して機関部の誘導システムに敵艦の砲撃が命中し爆発した模様!!」

「シュライバー隊の核動力MS2機がシグナルロスト!!」

「ヴェサリウスより緊急伝!!ラウ・ル・クルーゼ隊長、敵新鋭機と交戦し戦死されました!!」

「何だと!?」

次々と報告が入る中でパトリックは思わず反応した。報告を読み上げていたオペレーターらが硬直する。

「クルーゼが戦死したというのは確かなのか!?」

パトリックに訪ねられたオペレーターは上ずった声で答えた。

「た……確かなようです!!クルーゼ隊長の専用機、プロヴィデンスのシグナルは消失しています!!クルーゼ隊長が敵新鋭MS(アンノウン)との一騎討ちの末に破れ、プロヴィデンスが爆発四散する一部始終を目撃していたという報告がヴェサリウスのアデス艦長から入っております!!」

 

 パトリックはクルーゼ戦死の報を聞いて頭を抱える。クルーゼの乗機であったZGMF-X13Aプロヴィデンスは安土攻防戦で核動力MSであるフリーダムとジャスティスが日本軍の新型MS相手に封殺されたという事実を受けてプラントの誇る3つの兵器開発局が総力を挙げて完成させた対日決戦機である。

超人的な空間把握能力保持者にパイロットは限定され、ザフト内ではラウ・ル・クルーゼを超える適合者が出なかったが、この機体の切り札である無線式全周囲攻防システムは単機で中隊以上の活躍をすることを可能にするはずだった。

しかし、ザフト史上最高の機体に乗ったザフト指折りのエースパイロットが一騎討ちで敗れた。これが意味するところは、敵にはプロヴィデンスを駆るクルーゼを超える機体とパイロットがいるということになる。

事前のシミュレーションでは核動力MSを駆る精鋭二個小隊を全滅させたプロヴィデンスが敗北したとなると、ザフトはクルーゼを討った相手を倒す術が無いに等しい。可能性があるとすればα――ジェネシスの試作型による攻撃だろう。

 

「ジェネシスを失ったとはいえ、未だαが健在だ。防衛ラインをこのヴァルハラまで下げろ。そうすれば敵部隊はαの射程圏内に入るはずだ」

「お……お待ちください」

ユウキがパトリックの命令に異を唱える。

「αは所詮試作型です。こちらに存在するα用の一次反射ミラーは2枚しかありません!!」

「日本艦隊を狙えばいい!!やつらを倒せば他の勢力からの侵攻はザフトの全戦力を持ってすれば耐え切れる!!このヴァルハラが絶対国防圏(ファイナル・ディフェンス・ゾーン)となる!!」

これはパトリックの希望的観測も入った考えである。実際にはヤキンドゥーエ方面ではGATシリーズの新型機と思しき機体が跳梁跋扈しており、ザフトは既に要塞自体への侵攻を許してしまっている。一方のボアズ方面では練度の差からか若干有利に立っているが、敵部隊を容易に撃退することは不可能だろう。

「軍を指揮するものが思考を止めてどうする!!貴様はプラントに住む国民の手前『お手上げ』なんて言葉を口にできるのか!!常に考え続けろ!!ユウキ!!」

 

 ユウキを叱咤したパトリックはこれからの展望を脳裏に描く。

最優先目標は敵軍の撃退である。多少プラントへの被害が出ても敵軍の撃退を優先する。現状の戦力配置では各個撃破されることは明白だ。今から要塞を放棄してこのヴァルハラに教導部隊を含めた全部隊による最終防衛線を引いたとして、日本艦隊抜きで大西洋連邦とユーラシア連邦のみを相手取るならば練度と連携に優れるザフトが有利に立てるかもしれない。

だが、日本艦隊抜きでという条件付きだ。尋常では無い戦力を率いている日本艦隊を撃滅するには現在ヤキンドゥーエ方面に展開している軍勢では力不足であることは明白だ。αを撃ったとて、それでどれだけ敵を減らせるかは分からない。

パトリックはザフトの限界を認めていた。そして、司令室に備え付けられた受話器を手にし、アプリリウスの評議会との回線を繋いだ。

 

 

 

「私だ。エザリアはそこにいるか」

「はい」

評議会議員が戦況を見つめていたプラントアプリリウス1、最高評議会議場に集まっていた議員の中から銀髪の顔が整った女性が席を立ち、パトリックの姿が映し出された正面の巨大モニターに顔を向ける。

「エザリア。非常事態想定マニュアルDに従って市民の避難誘導を開始せよ。戦況は緊迫している。すまんな……代案(・・)は存在しない」

パトリックが告げた現状に評議会議員たちは険しい顔をする。パトリックがこうまで言うということは、プラントそのものが戦場になるということに他ならないことを付き合いの長い議員達は理解していた。しかし、パトリックの言葉の一節にデュランダルは目を細めていたことに気づくものはいなかった。

「……分かりました。非常事態想定マニュアルDに従って市民の避難誘導を開始します。議長、我々は全力でプラントを守りますので、安心してナチュラル共のみを見据えてください」

「……プラントを、市民を頼む」

そう言うとパトリックは回線を切断する。意気消沈している議員達にエザリアは厳しい目を向けた。

 

「貴方方は何をしておられるか!!議長は我々に市民の安全を託されたのですぞ!!我々が今なすべきことは何か!!考えなさい!!」

エザリアの一喝を受けて議員達は次々と席を立ち、自身の使命を果たすべく議場を飛び出していく。その中でデュランダルは廊下を駆けて自身の持ち場に向かおうとするカナーバと一瞬アイコンタクトを交わした。

だが、彼らは立ち止まることなく議場を駆け足で後にする。彼ら(・・)にとってはここからが勝負になるのである

そしてデュランダルは議場の外に待機していた車に乗り込むとすぐに車載通信機を手にした。

「議長が決断した。……そうだ、今すぐ手筈どおりに向かってくれ。……だめだ。10分以内に届けなければならんのだ。急げ」

そしてその傍らでは秘書であるサラが通信機で何処かと連絡を取っていた。

「議長が符丁を口にしました。計画の実行に取り掛かってください。……問題ありません。防衛出動ということになっています。クイーンは10分後につく予定です」

 

 

 

「撤退しろ!!部隊はヴァルハラまで後退するんだ!!」

最終防衛ラインへの後退を命じられたジェネシス防衛部隊は日本艦隊による熾烈な追撃を受けながら必死に後退していた。

損傷を受けて行き足が衰えている艦や元々足の遅いローラシア級戦闘艦を殿に残し、残存部隊は全速力で戦域を離脱しようとする。その中には核動力搭載型MSであるフリーダムの姿もあった。

 

 コードネーム04―アナスタシア・ビャーチェノワはフリーダムを駆り、僚機のジャスティスを駆るコードネーム01――オリガ・ビャーチェノワと共に日本軍の新型MSと交戦していた。だが、敵パイロットの力量は自分達を超えたものであり、こちらの連携攻撃をもってしても敵機に致命的な損傷を与えることができなかった。

機体そのものの性能もこちらの核動力MSをも凌駕するものと推定され、撃破は困難を極めることが予想された。一方で、2機で対処すればこちらも致命的な損傷を負うことが無かったことも事実であった。

しかし、その均衡は新たなる敵機の襲来で崩れ去った。並大抵のパイロットと機体では自分達の戦いに加勢したとしても足手まといにしかならないはずだったのだが、その敵機の力量は並ではなかったである。

バックパックを装備していないストライクを彷彿とさせるその機体の加勢によってこの戦いの均衡は崩れた。ストライクに似た機体に乗ったパイロットがジャスティスと切り結んでいる隙を突き、もう一方の敵機がジャスティスを狙撃したのである。

そのビームによる狙撃を避けるだけであれば簡単であった。しかし、その狙撃の狙いはジャスティスの撃破ではなく。退路を塞ぐことにあった。退路をふさがれ、剣術でも上をいく相手の剣戟でジャスティスは追い詰められていった。

無論、僚機のフリーダムを駆るアナスタシアが何もしなかったわけではない。ジャスティスを狙撃しようとする敵機を妨害すべく砲撃をしていた。だが、敵機はそれを軽々と回避し、回避運動中にフリーダムを狙撃するという力量の差を思い知らせる絶技を披露していた。

マルフーシャも僚機の援護を試みたが、こちらが敵のストライクに似た機体を砲撃しようとすれば接近戦をしかけようとする敵機に妨害される一方だった。

 

 当然のごとく、オリガのジャスティスが撃墜された。ストライクに似た機体は狙撃を回避するために後退したジャスティスの一瞬の隙を突いてビームサーベルを投げつけたのである。そのビームサーベルを弾いた時であった。投擲されたビームサーベルと同じ軌跡を辿っていたナイフがジャスティス右肩の関節部分に突き刺さった。

ジャスティスが体勢を崩したところに敵機が熾烈な連撃を浴びせる。その熾烈な連撃は右肩の動きが悪くなったジャスティスで凌ぎきれるものではない。ジャスティスの右腕の動作が僅かに遅れた瞬間だった。防御をすり抜けてビームサーベルがジャスティスの右肩から機体に飲み込まれ、そのままコックピットがある胸部ブロックを半ばまで斬り裂いたところで止まった。

ビームサーベルが胸部を斬り裂けなかったわけではない。核動力炉が爆発する前に敵機が離脱したために刃が胴体に半ばまで飲み込まれたかたちとなっただけであろう。そして、オリガのジャスティスは巨大な火球となって消滅した。

 

 次は自分であるとアナスタシアは理解していた。これまでは敵と同数であったために生き延びることができたが、敵の数が上回り、その敵の力量が自分を超えているとなれば生還の可能性は限りなく低いが、命令に逆らうわけにはいかない。自分は帰還しなければならなかった。

即座にアナスタシアは敵機に背を向けてスラスターを全力で噴射して機体を加速させる。凄まじいGがかかるが、これ以外に逃げ切る方法が無いと判断した彼女は躊躇うことなく加速を続けた。

しかし、凄まじいGがかかっていながら普段どおりの判断力を維持することは不可能に近い。後方から放たれる銃撃を全て回避することはできず、彼女のフリーダムは右脚を被弾。その際に機体のバランスを崩してしまう。

その絶好の機会を逃す敵機ではないと思われたが、その時彼女を天運が救った。一方の機体に向けて味方の援護射撃が向けられたのだ。銃撃を受けた敵機はしばし足止めを余儀なくされるも、ストライクに似た機体を止めるものはない。ストライクに似た機体はライフルを構え、バランスを崩したフリーダムに追撃をかける。

アナスタシアは何とか回避しようと機体を必死に操作するが、ついにスラスターを被弾し、推進剤が誘爆。その衝撃で機体は行動不能に陥った。帰還は不可能であると冷静に判断し、鹵獲だけは避けるように命令されていた彼女は自爆しようとコンソールを操作し始めた。だが、再度乱入者に彼女は救われた。

 

「キラァァァ!!!」

無線に聞き覚えの無い男の声が響く。アナスタシアが後方にカメラを切り替えてモニターを見やると、ジャスティスが敵機にビームライフルで牽制射撃をしていた。ストライクに似た敵機はこちらと距離をとり乱入者と相対する。

「貴様にこれ以上同胞を殺させはしない!!」

「僕にだって守りたいものがあるんだ!!ここで引くわけにはいかない!!」

どうやらストライクに似た敵機のパイロットとジャスティスのパイロットは互いに見知った間柄のようだ。

 

 2機は互いにビームサーベルを展開して斬り結ぶ。両腕に展開されたジャスティスのビームサーベルをストライクに似た機体は一本のビームサーベルで捌き続ける。一見ジャスティスが有利のように見えるが、所々でジャスティスは紙一重で敵のビームサーベルを回避するところがあることをアナスタシアは見抜いていた。そしてその原因が反応速度が極端に遅い右腕にあることを。

あのジャスティスは実質それほど優位に立ってはいない。だが、敵のストライクもどこか攻めるのを急いている様子に見える。そのせいか、若干剣戟も先ほどまでに比べれば荒々しいように思えた。2機は幾度も切り結ぶが、中々決定打を出すことができないでいた。

 

 

 両機が距離を取って幾度目かの突撃を図ろうとしたその時である。突如ジャスティスの左腕が垂れ下がり、慣性にまかせて後ろに流れた。残った右腕は反応が鈍っており、迫る雷轟のビームサーベルを受け止めることは不可能に近かいとアスランは悟った。

だが、アスランは諦めなかった。迫りくるビームサーベルを受けてジャスティスは頭を前にする形で更に前進した。頭突きを喰らった形となった敵機は衝撃で後方に吹き飛ばされるが、直前に突き出されたビームサーベルはしっかりとジャスティスの右腕をもぎ取っていた。

しかし、センサーなどといった精密な機械が詰まった頭部を敵機にたたきつけた代償は大きく、メインカメラ破損、ブレードアンテナ破損など、戦闘続行するにはあまりにも不利な状況にアスランは立たされていた。

アスランは覚悟を決める。このままでは自分は戦死する。だが、せめてあのフリーダムだけは逃さなければならないと。先ほどから離脱する様子が一切見られないフリーダムの様子からすると、パイロットが怪我をしているか、機体が行動不能になっている可能性が高く、このままでは危険であると判断した。

次にキラが接近してきたときに自爆するしかない――アスランは決断し、コンソールを操作し始めた。だが、どうもキラの様子がおかしい。機体の姿勢を立て直すと、戦場からの離脱を始めた。訝しげに見つめていると、雷轟のトリコロールのカラーが消え、機体はメタリックグレーに変色する。

アスランは悟った。あの雷轟にはバックパックがついていなかった。そんな中で戦闘を続ければ当然バッテリーの持続時間は短くなる。そこにダメ押しの先ほどの頭突き。フェイズシフト装甲は被弾のたびにエネルギーを消耗するようになっている。恐らく雷轟は先ほどの攻撃でバッテリー切れとなったのであろう。

 

 そうとわかれば後は全力で離脱するだけである。

アスランは機体を浮遊するフリーダムの元に向け、肩が上がらないものの一応操作が可能な左腕でフリーダムの手を握り、そのまま曳航していく。

「こちらクルーゼ隊所属、アスラン・ザラだ。フリーダムのパイロット、応答求む」

アスランが接触回線で呼びかけるとフリーダムからも反応があった。

「……シュライバー隊所属、アナスタシア・ビャーチェノワ。トゥモローまで連れて行って欲しい」

アスランはモニターに映りこんだ少女の姿に一瞬目を丸くする。年のころは自分よりも1,2歳ほど若い。アカデミーの学生ほどの年齢ではないだろうか。そんな年頃の少女が何故ザフトの高性能機であるフリーダムに乗っているのか。

疑問はあるが、今はあのエッグ班長との約束を確実に果たすことを優先すべきだろうとアスランは考える。無駄話をする暇があったら周囲を警戒すべきであろうと考えたのである。そして2機は手をつなぎながら満身創痍の状態でトゥモローに着艦した。

 

 

 

 

 その存在を確認したのはボアズ攻略中のユーラシア連邦の第二艦隊――コールサイン『アンドロメダ』はプラント周辺に接近しつつある艦隊を偵察機からの映像で掴んでいた。

「ザフトの増援か!?」

第二艦隊司令長官のバラム・ドグルズ中将が怒鳴る。

「し……司令!!敵味方不明艦より入電です!!『我、東アジア共和国第四、並びに第五艦隊。地球を救う大義のためにこの戦いに馳せ参ず。これより人類の生存を脅かす悪魔を滅す』以上です!!」

「……どういう意味だ?」

あまりにも理解不明な内容にドグルズも首を傾げる。大黒柱(メインブレドウィナ )の情報はそもそも東アジアには通知していないし、その大黒柱(メインブレドウィナ )は先ほど日本艦隊が破壊に成功したという報告を既に受けている。そして彼らはただL5に近いデブリベルトへと一直線に向かっていた。

「……あやつらは何のために来て何と戦うつもりだ?まぁいい……いや、待て。何か面倒なことをやらかしそうだ。偵察機を1機張り付かせておけ。後、一応日本と大西洋連邦にも通知して置きたまえ」

勘ぐるどころか呆れる方向に思考が走ってしまった彼を責めるのは酷だろう。何しろ傍目には呼んでもいない人が「助けに来た!!」と言いながら明後日の方向に突撃しているように見える状況だ。お目付け役をつけようと考えた点彼はまともな指揮官であることは明白なのだから。

 

 だが、彼が送り出した偵察機は思いもよらぬ情報を持ち帰ってきた。

「偵察機からの緊急電です!!東アジア艦隊が進行中のデブリベルトよりザフト軍MSの発進を確認!!現在MA隊と交戦中!!」

「何?」

見当違いの方向に突撃した東アジア艦隊が何かを守るかのように出撃してきたザフト軍MSと交戦を開始したという事実はドグルズに警戒感を持たせるのに十分だった。

「……通信長、東アジアの動向については逐一報告しろ。同時に同盟国にも通達するんだ。どうにも奴等はクサイ」

「了解!!」

 

 東アジアの艦隊はMA隊に多大な犠牲を出しているが、それでも止まることは無い。まるで損害など最初から気にしていないこのような侵攻ペースだ。そして、偵察機は決定的なものを捉えた。

「こ……これは!?」

偵察機が捉えたメビウスが装備しているミサイルに描かれたマークを見たドグルズは絶句する。そのマークは絶大なる破滅の力。人類が生み出した地球をも滅ぼせる力のマーク。そのハザードシンボルが意味するものは放射能――核兵器のマークであった。

もしあのマークが真実のものであれば、あのメビウスは核ミサイルを装備しているということだ。それはつまり、現状ではプラントしか持ち得ないとされているNJを無効化する装置を東アジアが保有しているということに他ならない。

地球上の如何なる国家も――あの大日本帝国ですら未だ完成させていないNJを無効化する装置を独力で東アジア共和国が開発したなどという話をドグルズは信じられなかった。だが、もしもあのミサイルが核の光を放ったならば――そうドグルズが考えたときであった。

メビウスは隊列を整え、機体を攻撃態勢に移行させる。そして彼らは一斉に悪魔の兵器を解き放った。デブリベルトは核の光に包まれ、そこにいたMSもおそらくはデブリに紛れていた基地も全てが包まれた。

そして、光が収まっていく。デブリが消滅した先に何かがあることを偵察員が気づき、偵察機の機首をデブリの先に向ける。そして速力を上げて接近を試みた。偵察機が送信する映像越しに見える光が完全に収まったとき、そこにあったものを見てドグルズは再び絶句した。

「……大黒柱(メインブレドウィナ )!?」

そこにあったのはもう1機の大黒柱(メインブレドウィナ )であった。

「ミラージュ・コロイドで擬装し、デブリベルトに隠れていたのでしょう。先ほどからザフトが防衛線を下げていたのは我々はあの大黒柱(メインブレドウィナ )の射程範囲におびき寄せるための策だった可能性も高いです」

副官の推測にドグルズは歯軋りする。自分達はあれの存在に全く気づいていなかった。あのふてぶてしい強盗どもが攻撃してくれなければ今頃自分達は死んでいただろう。そんな自分達の不甲斐なさに腹が立つ。

ドグルズの機嫌など全く考えてはいない東アジア共和国のMA隊は次いで第二次攻撃隊を繰り出す。もはや、遮るものは存在しない。守備隊のMSも、デブリベルトに設置されていた機雷や自動迎撃装置も全て先ほどの核攻撃で既に消滅しているのだ。大黒柱(メインブレドウィナ )本体に施されていたであろうミラージュコロイドによる擬装も核の衝撃で吹き飛ばされている。先ほどの第一次攻撃で既に大黒柱(メインブレドウィナ )は小破に近い状態にあるとドグルズは考えていた。

 

 東アジア共和国の艦隊から発進した第二次攻撃隊が放った核の矢も寸分違わず大黒柱(メインブレドウィナ )に吸い込まれていく。漆黒の宇宙に再び咲いた核の花はプラントの最後の戦力を完膚なきまでに破壊し尽くした。

「我ら東アジア共和国第四艦隊及び第五艦隊は地球を守る大義の元、史上最悪の大量破壊兵器を破壊した!!東アジア万歳!!」

全周波に発信されたこの声明を聞いた如何なる勢力も状況が掴めていなかった。一体彼らは何をやっているのか、何で核が使えるのか、2つ目の大黒柱(メインブレドウィナ )はなんだったのか、そもそもパッと出てきて何してるんだあの傲慢な民族は――などなど、疑問が尽きなかった。

そんな周囲の様子は相変わらず全く気にした様子の無い東アジア共和国艦隊は艦隊の針路をプラントに向けていく。

 

 

 

 ジェネシスαが突然戦場に乱入した迷惑集団の核ミサイルによって木っ端微塵にされる景色を見ていたヴァルハラの司令部職員達は先ほどのパトリックの叱責も忘れて再び呆然としていた。状況についていけない彼らは思考を進めることができなかったのである。

そんな中で、真っ先に思考を再起動させたのはユウキだった。一瞬言葉を失ったが、すぐに精神を立て直すと司令部のオペレーターを叱咤する。

「情報を集めるんだ!!やつらは何を使ったんだ!?αは!?」

「……は……ええと、ジェネシスαは……敵の攻撃によって崩壊しました」

未だに冷静な判断力を取り戻していないオペレーターにユウキが怒鳴る。

「一体何が起きたのかと聞いているんだ!!」

「……す、すみません……えええ、その、ほ、放射線を確認。東アジアは核ミサイルを使ったものと思われます」

「東アジア共和国艦隊が転舵!!プラントに向けて進行中!!」

その答えにユウキは目を見開く。核を使ったということはあちらの手にはNJC(ニュートロン・ジャマー・キャンセラー)があるということに他ならない。そしてその艦隊はプラントに向かっている。そこから導き出される答えは一つしかない。

血のバレンタイン――あの悪夢のような景色が目の前で繰り返されることを想像して背筋に冷たい何かが走るのを感じた。

その時、オペレーターの一人が上ずった声をあげる。

「本国の教導隊が防衛線に加勢すべく出撃!!こちらに向かっております」

明るいニュースにオペレーターたちは喜色を浮かべるが、今更教導隊の加勢で情勢が変わるとも思えないユウキは渋い顔をする。ふと、ユウキは一言も発していないパトリックが気になってユウキはパトリックに視線を向けた。

 

「教導隊が引率する輸送艇が着艦許可を求めております。試作段階の武装を詰め込んできたそうです」

「許可しろ。我々は最後まで戦わねばならんのだ。試作段階だろうと教導隊だろうと使えるものは使う」

パトリックはあくまでも継戦姿勢でいるようだ。額に青筋を浮かべているのはおそらく妻を奪った核の光に並々ならぬ憎悪を抱いているためであろう。だが、ユウキはこの戦いに勝ち目を見つけることができなかった。既に切り札たるジェネシス、そして奥の手であるジェネシスαを喪失し、さらに各方面の守備隊は劣勢。

このヴァルハラで最終防衛ラインを敷いたところで一体どれだけ奮闘できるのかはわからない。デブリベルト方面から侵攻してくる東アジア共和国の艦隊も加勢すれば絶対国防圏(ファイナル・ディフェンス・ゾーン)が抜かれるのは時間の問題だ。

そして東アジア共和国は核兵器を所有している。絶対国防圏(ファイナル・ディフェンス・ゾーン)を突破したMAが放つ核ミサイルは一発でプラントの基部を破壊し、市民を地獄の炎で焼き尽くしてしまうだろう。もはや、ザフトは国を守れない。そうユウキは確信していた。そしてユウキは意を決してパトリックに進言する。

「議長閣下」

「なんだ、ユウキ」

パトリックは訝しげにユウキに目を向けた。その視線を正面から受け止めたユウキは決意を籠めて口を開く。

「ザフトは既に継戦能力を喪失しつつあります。これ以上の戦ってもプラントを守り抜くことは不可能です」

「だからどうしたというのだ」

パトリックの視線が厳しくなる。

「誠に遺憾ながら……プラントの市民を守るには、降伏するしか、無いと」

そこまで言った時、発砲音と同時にユウキの右の脹脛に焼けるような激痛が奔った。

「貴様は敗北主義者か!!我々は最後の最後まで戦う!!我々を苦しめ続けてきたやつらに降るだと!?貴様よくもそんなことを堂々と言えたな!!」

ユウキは激痛に耐え、気丈にパトリックを睨みつける。

「貴方は!!プラントの市民を!!奥方を殺すおつもりか!!」

「我々は最後まで屈しない!!ゲリラ戦だろうがなんだろうが我々は如何なる手段を持ってしてもナチュラル共に鉄槌を食らわすのみ!!降るなどということは断じて許さん!!」

ユウキがその言葉に反論しようとするとき、ヴァルハラの内部にけたたましい警報音が響いた。

 

「何事か!?」

パトリックが怒鳴る。

「警備部より緊急連絡!!基地内部に相当数の侵入者を検知!!重武装をしており、現在警備部隊と交戦中との報告です!!」

その報告を受けたユウキは目を見開く。この要塞内に侵入者が一体どのようにして侵入したのか、連合の特殊部隊か、などの考えが次々と脳裏を過ぎる。そして、彼は気がついた。先ほど試作段階の武装を積んで着艦した輸送艇。あの中に武装集団がいたとすれば……だが、そうなると輸送艇を引率していた教導部隊は。

遂にユウキは自身の右脚の激痛も忘れ、導き出した恐ろしい結論に背筋を振るわせる。

「クーデター……だと?」

その結論を口にした直後に司令室のドアが開放され、司令室に武装した集団が侵入した。

「動くな!!」

「総員手を上げろ!!」

瞬く間に司令室は謎の武装集団に占拠される。だが、武装集団の服装はザフト正規部隊のもので、その武装もザフトの正規装備突撃銃である。そしてパトリックだけは身柄を拘束されている状態にある。

「なんだ貴様等は!?」

パトリックは武装集団に罵声を浴びせるが、彼らは全く動揺しない。そして、完全に占拠された司令室に一人の女性が入室する。

「お久しぶりです。パトリック・ザラ議長閣下」

その顔を見た司令部要員のだれもが唖然とする。そんな中でユウキは半ば無意識的に口を開いた。

「……ラクス・クライン」

その呟きを聞いたのだろう。桃色の髪を揺らしながらユウキに振り向いた麗しい少女はにっこりと微笑む。

 

「ええ。私はプラント最高評議会前議長、シーゲル・クラインの娘――ラクス・クラインです」

彼女が挨拶を終えると同時に二人の男女が司令室に駆け込んできた。その顔を目にしたパトリックは険しい目つきで睨みつける。

「デュランダル!!……そしてカナーバか!!」

「ええ。そうです。議長閣下」

カナーバは冷淡な口調でパトリックに声をかける。

「我々はプラント市民の命を守るために降伏します。……我々はコーディネーターとしての誇りや自由条約黄道同盟の理念と心中する道を選びません」

カナーバの答えにパトリックは何も言い返さなかった。

 

「カナーバ様、デュランダル様。よろしいですか?」

ラクス・クラインが放送設備の前に立ち、二人の議員に何事かを尋ねる。二人の議員は少女の問いかけに対して首を縦に振る。そして、少女がマイクを持って口を開いた。

 

 

「ザフト軍全軍と、東アジア共和国軍、ユーラシア連邦軍、大西洋連邦軍、大日本帝国軍に通達します。私、ラクス・クラインを中心とする勇士たちはこのたび、プラントを戦火から守るべく決起いたしました」

全周波で発信されたその放送に戦場にいる全てのものが耳を傾けていた。

「そして、ザフト軍最高司令部にてプラントでの焦土戦を強行しようとする現プラント最高評議会議長、パトリック・ザラ氏を拘束いたしました。私達はプラント最高評議会議員、ギルバート・デュランダル氏とアイリーン・カナーバ女史との連名を持って東アジア共和国軍、ユーラシア連邦軍、大西洋連邦軍、並びに大日本帝国軍に対して一時停戦を申し入れます。ザフト軍は直ちに戦闘行為を中止してください」

敵味方が揃って状況を把握しきれずにいる中で少女は更に言葉を紡ぐ。

「繰り返します。私達はプラント最高評議会議員、ギルバート・デュランダル氏とアイリーン・カナーバ女史との連名を持って東アジア共和国軍、ユーラシア連邦軍、大西洋連邦軍、並びに大日本帝国軍に対して一時停戦を申し入れます。ザフト軍は直ちに戦闘行為を中止してください。私とカナーバ女史、そしてデュランダル氏が使者となって連合軍の指揮艦に出向き……降伏交渉に当たりましょう」

半ば呆然となりながら少女のスピーチを聞いていたユウキは、決起部隊に拘束されているパトリックが一瞬満足げな笑みを浮かべていることに偶然気づいていた。

 

 

 

 後の第二次ヤキンドゥーエ会戦と呼ばれる戦いに終止符が打たれ、様々な思惑が入り乱れる中、このプラントを名乗る独立運動勢力とプラント理事国との間の一年半の間に及ぶ戦争――後の歴史では人類が始めて宇宙を主戦場にほぼ全世界が戦争をしたという事実から第一次宇宙大戦と呼ばれる戦争が遂に終戦に向けた最終局面に入った。

 

 

 

 だが、宇宙で驚天動地の展開が起きている最中、地上でもこれに匹敵する動乱が発生し、各国が宇宙で戦闘中であろう自国の艦隊に対して緊急電を送信していた。その動乱の舞台は、南洋に浮かび唯我独尊を貫く最後の厳正中立国、オーブ連合首長国であった。




あ~長かった。3話連続して1話ごとの最多文字数を更新し続けてました……
そして、あれ!?フレイは!?フラガさんの活躍は!?と皆さん思うでしょうが、ここで彼らの戦闘は集結します。
外伝書くような気分になればムウさんのバトルやフレイVSイザークとかも書くつもりです。

KY!?な東アジア、決起したラクス(?)さん。そして状況のつかめない諸国の皆さんで終戦交渉に入りますよ。その辺の補完もまた裏側SIDEできちんと行っていく所存です。


最後に皆さんお待ちかねのおバカ国家オーブが登場!!ようやくオーブについて本格的に書けそうです。

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