機動戦士ガンダムSEED ZIPANGU   作:後藤陸将

67 / 87
毎日が辛い……そしてその反動からか、執筆の暇が取れると指が動く動く。



PHASE-50 相対

 クルーゼは敵MSには目もくれずに第一戦隊に機体を向けていた。

「ナガト・タイプをジェネシスに取り付かせるわけにはいかないのでね」

クルーゼの脳波に連動し、プロヴィデンスの背部からドラグーンが放たれる。プロヴィデンスの針路を塞ぐ形で割り込んできた霧島の対空砲火をドラグーンで破壊した彼は悠々と陸奥に接近する。だが、その時彼の直感が操縦桿を動かし、プロヴィデンスは横滑りする形で移動する。同時に緑色の閃光がプロヴィデンスがいた場所を貫いた。

クルーゼは閃光が放たれた方向にメインカメラを向け、襲撃者の姿をメインモニターに映し出した。

白銀色のMSの眼光がプロヴィデンスを射抜いていた。

 

「俺を無視して第一戦隊を攻められると思うなよ!!」

武は不知火のコックピットの中で吼える。そして両手に支援突撃砲を構える。敵は思考制御されている13機の小型砲台を自在に操る凄腕のエースパイロットだ。そうなれば戦い方は決まってくる。敵の手足である小型砲台も無力化することが勝利への道だろう。必要なのはライフルだ。

すかさず敵機のオールレンジ攻撃が火箭の網を張り巡らす。しかし、武は焦ることはない、慣れた手つきで操縦し、火箭の網を潜り抜ける。そして回避の間に1機のドラグーンに照準を合わせ、それを両腕に展開された2丁の突撃砲から放たれるビームで打ち抜いた。

「こんぐらいの射撃でやられてたら世界は救えねぇよ!!」

武がかつての世界で体験した砲火はこの程度ではすまない。数十キロ先の目標を寸分違わず打ち抜く光線級(スナイパー)が千や万単位で存在する戦場の中を己の腕一つで潜り抜けてきた経験を得ていた武にとって、この程度の砲火はどうってことないものであった。

実は、不知火の装甲をもってすればこの程度の攻撃は屁でもないのだが、彼はある思惑からあえて攻撃を回避し続けていた。彼が狙っているのは必殺の瞬間なのだ。切り札はここぞというときに使うと決めているのである。

「俺を地面に這い蹲らせたかったら1000倍はもってこい!!」

続けて姿勢制御のブースターの噴射と同時に左足を振り上げ、その慣性で機体の姿勢を変えた不知火は下方に36mm弾を掃射し、さらに一機のドラグーンを撃墜した。

「こんな砲火で俺から……人類から自由(そら)を奪えると思うんじゃねぇぞ!!」

 

 ――目の前のMSは本当に人が乗っているのだろうか。もしかしたら日本軍は無人MSを戦場に送り込んできたのではなかろうか。

クルーゼがそう錯覚するほどに目の前の敵機の機動は常軌を逸したものであった。まるで飛蝗が見えない足場を使って縦横無尽に飛び回っているようだ。それでいてこちらのドラグーンによる全周囲攻撃に掠りもしないとなれば無人機であると疑っても無理は無い。

この全身銀色の塗装、肩部にペイントされた枯れ木とそれに寄り添う鉄骨のマーク――敵は十中八九日本帝国随一のエースパイロット、『銀の侍』であろう。

同じペイントを施したMSとはデブリベルトで一度交戦したことがあるため、そのマークを見間違えることはないだろう。

だが、問題は銀の侍が初見でありながら自身のオールレンジ攻撃に見事に対応しているという事実だ。連合のガンバレルを遥かに超える機動力と数を持って敵を攻撃するこのドラグーンに初見でここまでついてくるということなど普通は考えられない。

自身のオールレンジ攻撃に初見でついてこれるものなどありえない。ならば敵の邀撃機の相手をしながらドラグーンでナガト・タイプを攻撃する隙ぐらいはあるだろう。なんせドラグーンほど小さな的となれば対空砲火で撃ち落せるものではないのだから。そう考えたからこそ彼は敵の精鋭と思しき増援が現れても交戦するという選択肢をとらなかったのである。自分達の目標はあくまでナガト・タイプ。指揮官である彼はその任務の達成を第一に考えたのだ。

しかし、彼の目論見は目の前の銀色の侍の手で破られた。連合随一のガンバレル使いである自身の宿命の敵――エンデュミオンの鷹の二つ名を持つムウ・ラ・フラガのオールレンジ攻撃ですら凌ぐこの火箭の網を手馴れた様子で潜り抜けていく白銀色のMSの姿にクルーゼは感嘆たる思いと恐怖を抱いていた。

少なくとも、今の彼には眼前の白銀のMSの相手をしながらナガト・タイプにちょっかいをかける余裕は存在しなかった。彼は今、持ちうる全てのドラグーンを持ってしてようやく白銀のMSと渡り合っているのである。

 

 白銀のMSとメタリックグレーのMSが緑の閃光が縦横無尽に漆黒の舞台を駆け巡る。周囲に展開しているMSは陣営を問わず、3次元を存分に活かして飛び回る2機の舞踏に加わることができずにいる。

眼前で繰り広げられているスーパー超人バトルをアークエンジェルのブリッジから眺めていたマリューは感嘆を通り越して唖然としていた。

「距離9000イエロー44マーク12ブラボーに対艦攻撃装備のジン4!!第一戦隊を目指している模様!!」

だが、艦橋に入った報告ですぐに彼女は我を取り戻す。

「本艦を前に出して!!全速前進!!対空砲火で爆撃コースからジンを追い払って!!絶対にミサイルを撃たせないで!!」

アークエンジェルの売りはその堅牢な装甲とバカみたいな火力、そしてMS母艦としても使用できるオールマイティなところにある。アークエンジェルはマキシマオーバードライブの恩恵である快速を活かしてザフトの対艦攻撃を妨害するべく第一戦隊の側面に進撃する。

 

 そして彼女の傍らでは黒木が周囲に展開する金剛型戦艦4隻の指揮を執っていた。

「敵MS4、第一航空戦隊の防空網を突破!!第一戦隊より距離5000レッド51マーク33アルファです!!」

「敵の新型MSの攻撃により、霧島の右舷CIWS沈黙!!」

次々と艦橋に届く情報を元に黒木は間髪いれずに指示を飛ばす。

「金剛は対空散弾ミサイルを用意。敵MSを金剛と榛名の間に誘い込んで対空砲火で挟みこめ!!霧島の援護に回せるMSはあるか!?」

オペレーターは即答する。

「駄目です!!近隣のMS隊はオレンジのパーソナルカラーを持つMSに封殺されています!!」

「大和曹長の雷轟はまだ出せないのか?」

黒木は表面上は何事にも動じずに冷静に指示を出しているように見えるが、内心では次第に焦り始めていた。アークエンジェルに配属された精鋭たちが期待していたほどの活躍を見せることができず、第一航空戦隊の敷いた防空網が突破される事態を招いている。

だが、黒木はアークエンジェルのエースパイロットが力不足だとは思っていない。こちらの想定以上にあちらの戦力が精強だったのだ。大和曹長は専用の武装コンテナとドッキングした敵の核動力搭載型MS桜火竜(リオレイア)と一対一で戦闘することを強いられたのだ。

かのMSの性能は安土攻防戦後に防衛省でも分析にかけられていたが、その分析によると蒼火竜(リオレウス)桜火竜(リオレイア)は整備性、量産性を犠牲にした一部のトップエース戦用の超高性能機であることが判明している。

また、武装コンテナの凶悪さも解析済みだ。まるで飛ぶ弾薬庫であるが、その攻撃力は凄まじく、コンテナの張る弾幕を突破することは極めて困難であるとされていた。

 

「……大和曹長に繋いでくれ」

黒木の命令で雷轟のコックピットで待機中のキラのもとに艦内通信が繋がった。

黒木の正面のモニターに汗を浮かべている少年の顔が映し出される。

『黒木司令、どうしたんですか?』

キラは訝しげに尋ねた。

「大和曹長、バックパック無しで、雷轟は戦闘可能か」

投げかけられた問いにキラは目を見開く。雷轟の最大の武器を持たずして戦闘は可能かと黒木は問うたのである。だが、キラはすぐに表情を元に戻す。

「エネルギー消費が多い射撃戦さえ避けられれば……なんとか、やってみます」

「頼む……そこに、マードック曹長はいるか、代わって欲しい」

キラは一度コックピットの外に出て、マードックを呼びつけた。ややあって、モニターに油で汚れたツナギを着た男が割り込む。

「なんですか中佐!?雷轟はまだ出せませんよ!バックパックのジョイントが逝かれてるんです!!」

中佐に対しては乱暴な言葉遣いではあるが、黒木はそのようなことを気にしなかった。彼の職人気質なところは黒木も理解している。

「マードック曹長。バックパック以外の修理にはどれくらいかかる?」

「バックパック以外でしたら、大した損害もありやせんから、後10分もあれば……ってまさか、中佐!?」

狼狽するマードックに対し、黒木はその冷静な態度を崩すことなく命令した。

「そうだ。雷轟にはバックパック無しで出撃してもらう。今すぐ準備に取り掛かってくれ」

「いや、しかし……」

マードックが最後まで言い切る前に、それを聞いたマリューが血相を変えて黒木に振り向いた。

「黒木中佐!!最大の武器無しで雷轟を出撃させるというのですか!?」

「霧島の穴を埋めるには――第一戦隊を守るにはそれしかない」

黒木の揺ぎ無き意思を見せつけられたマリューとマードックは共に口を噤んだ。

 

 黒木は再び現在の状況を脳内で整理し、次の手を考える。

最強の傭兵である劾も敵の蒼火竜(リオレウス)桜火竜(リオレイア)の2機を相手に奮戦しているが、どうにも決定打が得られずに攻めきれず、動きを拘束されている形だ。篁中尉も敵の桜火竜(リオレイア)2機に動きを封じられている。

敵エターナル級の艦首に備え付けられている武装コンテナは先ほどまでのプラズマメーサーキャノンの連射で左舷の一機を破壊することに成功したが、一機は破壊し損ねてしまった。だが、それも劾が一瞬の隙をついてコンテナを装備した蒼火竜(リオレウス)の機関部にミサイルを撃ち込んで沈黙させることに成功したために無力化している。しかし、対艦兵装を失った蒼火竜(リオレウス)は護衛として配備されていたであろうもう一機の桜火竜(リオレイア)と共に劾に襲い掛かったのである。

そして残りの蒼火竜(リオレウス)2機が『烈士』沙霧直哉中尉率いるガーディアン小隊の動きを拘束しているのだ。

そしてこの核動力搭載型MSのパイロットの動きは異常の一言に過ぎた。そのコンビネーションは正しく阿吽の呼吸、まるで世界最高峰のテニスのダブルスを見ているかのような同調ぶりである。この異常ともいえるコンビネーションを前に大日本帝国の切り札たる最精鋭たちが押さえ込まれていることは黒木の計算を狂わせていた。

そして最大の誤算は目の前で繰り広げられているアニメ顔負けの決戦である。ザフトが無線誘導式小型砲台を実用化していることも、10を超える砲台を自在に操るだけの超人がいることも誤算だった。もしもあれが第一戦隊に取り付いていたらと思うとぞっとする。

あれほど小さな砲台があれほど機敏に動き回るとなればいくら長門型戦艦の対空火器とはいえ撃墜するのは不可能に近い。また、護衛にMSを回したところであれほどのパイロットと機体を相手にすれば撃墜数(スコア)を献上するようなものだ。

ただ、これほどの脅威を抑えられる戦力がこちら側にいたという嬉しい誤算もあった。大日本帝国最強のエースパイロット、白銀中尉がこの尋常では無い敵を相手に互角以上に立ち回っているのである。白銀中尉の実力はアークエンジェル隊メンバーによる模擬戦でも見ていたが、まさかこれほどの能力だとは思わなかった。

 

 黒木は正面のモニターを見つめる。宙域図を見る限り、第一戦隊は順調に目標である『大黒柱(メインブレドウィナ )』と順調に距離を詰めていた。そこに新たな報告が入る。

「第一戦隊、目標との距離を30000に詰めました!!砲撃地点到着まで、後20分!!」

「大和曹長、再出撃の準備が整いました!!」

黒木はその報告を待っていましたとばかりに反応する。

「大和曹長に繋いでくれ!!」

モニターに再びキラが映し出される。

「大和曹長。20分――1200秒だ。霧島の援護につき、その間は何が有っても敵機を近づけさせるな。それだけでいい」

「了解しました。けど、黒木中佐。バックパックが無くたって僕は負けませんよ。心配は不要です」

得意げに笑う少年を見た黒木の表情も緩む。

「それほど自信があるならば大丈夫だ」

通信が切断され、雷轟は発進シークエンスに入る。アークエンジェルの艦首カタパルトが展開され、雷轟が発艦姿勢をとった。

『XFJ-Type3雷轟、発進どうぞ』

キラはモニターをチェックし、ブースターに火を灯す。

「大和キラ、雷轟、いきます!!」

火花散る漆黒の大海に雷轟が飛び立った。

 

 

 

 クルーゼは依然苦戦を強いられていた。まるで後ろに目があるかのように反応し、敵機はビームを避けていく。そしてその回避機動は到底その先の動作が予測できない無茶苦茶なものだ。これではこちらから攻撃を当てること等不可能に近い。

しかも敵機はスコールのようなビームの雨を潜り抜けながらこちらに接近し、すれ違いざまに斬りつけてくるほどの腕前であるが、かといって勝負を捨てるわけにはいかない。彼の悲願のためにも。

陣形から察するに、彼らは何が何でもナガト・タイプを守り抜きたいようだ。だが、あの熾烈な対空砲火から形成される迎撃体勢を突破することは厳しい。自分が動ければ状況を変えられる自信があるが、それを目の前の敵機が許してくれるとも思えない。

そんな中、ふと、クルーゼは思った。

この胸の高鳴りはなんだ。いつ己が刃で切り裂かれるやもしれない緊張感の中でなお、抑えられない笑みは何だ、と。

一方が生きるためにはもう一方を殺さねば生きられぬ。そんな死闘の中で芽吹いたこの感情は何か。

ムウを相手にしたときにもこのような感情を感じたことは無い。彼との戦闘の際、常に心の中に燻っているのは嫌悪感だ。よく似た存在に対して本能的に警戒しているのであろうか。

ふと、正面のモニターに自身の姿が薄く映ったことに気づいて目をやった。その時、初めて彼は自身が犬歯を剥き出しにした獰猛な笑みを浮かべていることに気がついた。同時に彼は答えを得た。これは喜びであると。本能的な欲求が満たされたことによる満足感であると。

そう、彼は初めて闘争本能が満たされる敵と出会ったのである。

 

 答えを得たクルーゼはそんな感情を自身に抱かせた敵のパイロットにも興味を覚えた。もはや自分達の戦いを止めることなどできない。この剣林弾雨が支配する戦場の中に手出しができるパイロットなどいない。この戦いは1対1の死闘の末にしか決着しないのだ。ただ、自分が死ぬにせよ、このような感情を自分に抱かせた程の相手について何も知らないままに死ぬことは許容できない。そして自分が敵を殺すにせよ自分の生涯で二度と味わえないような歓喜をもたらした相手を残り僅かな命の灯火が消えるまで覚えておきたい。

そんな思いからクルーゼはオープンチャンネルで目の前の敵機との交信を計った。敵機もそれに応じたのだろう。目の前のモニターに敵機のパイロットの顔は映し出される。

若い男だ。鋭い目つきや顔つきから彼が生粋の戦闘者であろうと考える。

彼は仮面に隠されていない唇を吊り上げて笑みを浮かべながら口を開いた。

 

「始めましてだな、白銀の侍君」

 

 モニター越しに男が答えた。

「戦場で挨拶とは余裕だな、変態仮面」

 

 デブリベルト、アラスカ、種子島、そしてL5――これまで4度同じ戦場に居合わせた二人のパイロットが始めて自身の敵と顔を合わせた。




不知火の設定についてはまた後日となります。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。