機動戦士ガンダムSEED ZIPANGU   作:後藤陸将

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フレイに対する同情論がよくでてますね。
確かに二次でも救われないパターン多数ですし。


PHASE-46 皇国ノ興廃此ノ一戦ニ在リ

 C.E.71 9月20日 L5 ジェネシス周辺

 

 キラはアークエンジェルのハンガーに眠る愛機のコックピットで出撃を前に緊張していた。その時、網膜にエレメントの顔が映し出される。

「大和曹長、緊張するな」

網膜投影されたのは男の姿。彼は今回キラとエレメントを組む凄腕の傭兵、叢雲劾だ。劾は続ける。

「お前は強い。少なくとも、この日本軍の中でもこと個人戦に限ればその実力は十指の中に入る」

正確に言えば、2、3を争う腕前であることを劾は伏せておいた。そのようなことを言えば恐縮して更に緊張してしまうであろうことを劾は短い付き合いで理解していたのである。そして、劾はキラにはその年に似つかわしくないほどの覚悟があることも理解していた。戦場がそれを育んだのか、守るべきものの存在が彼に覚悟を強いたのか、善い理解者や上司の存在があったのかは分からないが、それは戦場において兵士を1分1秒でも生き永らえさせるものであることを劾は知っている。

「前を向け。俺達は下がることは許されない。お前の後ろには地球がある。家族がいる。友人がいる。今、ここで戦わねば、次はお前の後ろが戦場になる」

キラは息を呑んだ。20分前に行われたブリーフィングで彼は今回の作戦目標であるコードネーム『大黒柱(メインブレドウィナ )』の存在について説明を受けていた。その射程距離は150万kmを超え、理論上はL5から地球に直接攻撃することも可能な超巨大なガンマ線レーザー砲。シミュレーションでは地球にこのガンマ線レーザーが放たれた場合には1射で地球上の生物の80%以上が死滅すると推定されている、有史以来霊長の種が持ち得なかった史上最強最悪の大量破壊兵器だ。

地球をこの大量破壊兵器から守るためにこの前代未聞の大作戦が立案されたのだ。

キラの脳裏に一瞬アスランの顔がよぎった。しかし、キラはそれを振り捨てる。幼馴染が地球を破滅させるというのなら、自分がそれを斬り捨てる。アスランにはアスランの、プラントを守りたいという思いがあるのだろうが、キラにもキラの守りたいものがる。互いに引けない理由がある以上は戦って捻じ伏せるしかない。例え相討ちになったとしても、アスランに自分達の邪魔はさせない。そうキラは決意を新たにする。

「バイタルデータは落ち着いてきたな……だが、体が震えているぞ。どうした?」

劾からの問いかけにキラは彼らしからぬ好戦的な笑みを浮かべながら答えた。

 

「武者震いってやつですよ」

 

 

 同刻、アークエンジェルの艦橋では第二航宙戦隊の指揮を任された黒木翔中佐が最終確認を行っていた。

「最後の確認です。我々、第二航宙戦隊は今作戦の要である第一戦隊の左舷と下方に付き、これを全力で援護します。そして、アークエンジェルの艦載機は全て第一戦隊の直掩に回します。第二航宙戦隊の直掩は僚艦の『飛龍』の航宙隊を回してもらって対抗します。しかし、第二航宙戦隊の直掩に残すのは各艦に付き二個小隊。後は全て第一戦隊の直掩に回します。第一艦隊の残りはおそらく、ヤキンから駆けつけることが予測される敵の増援を食い止め、可能な限りの『大黒柱(メインブレドウィナ )』護衛戦力を釣りだす任務につきます」

第二航宙戦隊は蒼龍型航宙母艦、『飛龍』『雲龍』とアークエンジェルから構成される艦隊だ。蒼龍型航宙母艦のMS搭載能力が1隻あたり二個中隊24機であることを考えると、前戦力四個中隊+二個小隊の56機の内、一個中隊12機を残し、残り44機を全て第一戦隊の護衛に回すということになる。

「黒木中佐!それでは第二航宙戦隊の護衛戦力が不十分です。仮に敵艦隊に攻撃されて母艦を落とされてはこちらの機動戦力の継戦能力が足りなくなります!!それに、第一艦隊の航宙戦力を第一戦隊とその護衛艦の直掩に専念させればヤキンの増援を相手にする残りの各艦の損害が増えることが予想されます。ここは輪形陣による護衛をすべきでは!?」

マリューが黒木に反論する。アークエンジェル以外の艦はアークエンジェルほどに対艦兵装が充実しているわけでもない。また、今回日本が用意した母艦の艦上機は殆どを対MS装備をしたMSが占めている。対艦装備ができるのは第三航宙戦隊と第四航宙戦隊に二個中隊ずつ配備された風巻のみだ。

もしも第二航宙戦隊が敵艦の突撃を受けた場合、満足な攻撃ができるのはアークエンジェルだけとなる。これでは危険であると考えたのだ。

それに対して黒木は反論する。

「ザフトの艦は対艦兵装があまり充実してはいません。彼らは対艦攻撃にも重武装のMSを利用しますから。そして、彼らの艦ではエターナル級以外の艦では長門型戦艦に追いつくことは不可能です。そのエターナル級も対艦攻撃はMSに完全に依存する艦です。今回の作戦では快速艦である長門、陸奥を護衛するため、アークエンジェルと蒼龍型航宙母艦、金剛型巡洋戦艦以外は第一戦隊の直掩任務に当てられません……そして、ラミアス艦長、最後に一つ、伝えておかねばならないことがあります」

そう言うと黒木はその剃刀を思わせる鋭利な視線をマリューに向ける。マリューはその視線に呑まれて動くことができない。まるで蛇に睨まれた蛙である。

 

「今回の作戦では、定石どおりに輪形陣をとって進めば確かに損害は最小限に留めることが可能になるでしょう。しかし、敵のガンマ線レーザー砲が既に完成している……又は一発でも放てる状態にあった場合、艦隊ごと焼き払われる可能性も否定できません。しかし、あれだけの巨大レーザー砲です。発射までには準備を含め、照準あわせも含めてそれなりの時間がかかることは確実ですが、輪形陣で進み、周囲の艦隊の速度にあわせて進軍すれば敵にレーザー発射までの時間を与えてしまう可能性もあります。そうなれば我々に……いえ、皇国、連合に勝ちはありません。しかし、最低限長門・陸奥擁する第一戦隊さえ守り抜けるこの布陣であれば勝つ算段はできます」

「……それでは第一戦隊以外はどうなさるのですか!?」

気丈に黒木の瞳を見返して口を開くマリューだったが、黒木は揺るがぬ意思を見せつける。

 

「私の仕事は勝つか負けるかです……できる限り早期に第一戦隊がジェネシスに取り付いてくれるということを信じています。目標を破壊した後には艦隊は輪形陣を敷き、最低限の損害で撤退します。それまでは……各艦の奮闘を見届けるだけです」

 

 

 

 大日本帝国宇宙軍第一艦隊旗艦『足柄』にて第一艦隊司令官である遠藤はアークエンジェルでとある若武者もそうしてるとは知らずに武者震いしていた。

「この年になって武者震いとはな。新兵ではないのだが」

苦笑する遠藤に足柄の艦長、高梨健也大佐は軽い調子で答える。

「不謹慎かもしれませんが、自分も司令と同じようなものです。日本男児たるもの……このような状況で心沸き立たずにはいられますまい」

「フン……そうか、そうかもしれんな。かの東郷閣下も、小沢閣下も同じことを感じていたのやもしれん」

 

 大日本帝国は明治の御世以来、2度亡国の危機を迎えた歴史がある。

一度目は不凍港獲得を目指して南下政策を採り、日本の安全保障を脅かす露西亜帝国との間に勃発した日露戦争である。この戦争において日本は国家予算を遥かに超える借財をし、満蒙の荒野や喉元に突きつけられた刃である旅順港に侵攻する。

陸軍は数万人の死者を出しながらも旅順を攻略、そして満蒙の平野で露西亜軍を打ち破る。この後の海軍の奮戦もあり露西亜を退けることに成功し、講和に持ち込んだ。

 

 二度目は太平洋やアジアの利権を求め、商売敵となる日本を屈服させるべく日本を孤立させ、国家存亡のために戦争をさせようと目論んだアメリカとの間に勃発した大東亜戦争である。この戦いで日本は宣戦布告直後にフィリピンの米アジア艦隊を空襲で戦闘不能にし、続く艦砲射撃で敵飛行場を復興不可能な状況に追い込んだ後フィリピンを完全に機雷で封鎖した。

その後はフィリピン救出に米部隊を誘い出して撃滅。フィリピン封鎖後は南方海域までおびき寄せて戦う戦略をとったために終始受身に回ったものの、機動戦力を駆使してアメリカ海軍に対して中盤までは漸減邀撃を成功させる。

しかし、アメリカ海軍艦隊の防空力、対潜能力は序盤で艦隊に大きな被害を受けたことを受けて大幅に強化される。一度は痛い目を見ないと学習できないのがアメリカ軍の伝統なのだが、一度学習すれば彼らは強かった。次第に漸減邀撃という初期の戦略の遂行は厳しくなったのである。

南洋の島嶼に米軍の上陸を許すも、陸軍はこれらの島々で強固な陣地を構築し、持久戦を展開。その間に海軍は敵艦隊に大損害を与え、制海権を取り戻した。そしてアメリカの陸上戦力を徹底的に叩くことで進軍を食い止めた。最終的には欧州で台頭する共産主義の脅威を受けて英国の仲介により日米は講和。今日の繁栄を得ることになった。

 

 そして二度の戦争で日本を講和へと導いたのは共に両国の主力艦隊による大海戦での勝利であった。

日露戦争では日本の補給線を破壊し、極東地域で優勢にたつ日本陸軍を干上がらせるために来寇したバルチック艦隊を完全に撃滅することで敵海上戦力を殲滅、露西亜国内で不満が高まりつつあったことも追い風となり、講和へと誘導することに成功した。

そのバルチック艦隊を日本海で迎え討った日本海海戦――他国では対馬沖海戦と呼ばれる――に勝利した大日本帝国聯合艦隊の最高司令官が東郷平八郎である。近代以降の海戦の歴史では他に類を見ない圧倒的な勝利に聯合艦隊を導いた東郷提督は大日本帝国では神武以来の最高の名将として讃えられている。

大東亜戦争では聯合艦隊による執拗な補給線や島嶼に上陸した陸上戦力に対する攻撃に幾度も煮え湯を飲まされたアメリカ海軍は、聯合艦隊の撃滅が成されなければ日本本土攻撃の足場となる飛行場の確保も敵資源地帯への攻撃も困難と判断。聯合艦隊を撃滅すべく建国以来の大艦隊を率いてマリアナに来寇する。この後にマリアナ沖海戦と呼ばれる海戦において大日本帝国海軍聯合艦隊は大損害を被るものの、聯合艦隊撃滅を目論んで送り込まれた大艦隊を半壊させ、大半を漁礁にすることに成功した。

この時に采配を振るった人物こそが小沢冶三郎提督である。彼もまた、東郷提督と同様に現在は共に軍神として祀られている。

 

 

 

 

「では……かの帝国軍の誇る名将に肖りますか?」

高梨が悪戯っ子のような笑みを浮かべ、遠藤に耳打ちした。それを聞いた遠藤は一瞬キョトンとしていたが、次の瞬間には大声で笑い始めた。

「ハッハッハ……いいな、実に面白い……ククク。高梨大佐、貴官はいいセンスをしているよ」

突然笑い出した司令官に事情の分からない他のクルーはうろたえている。そして混乱しているクルーを見渡した遠藤が笑みを浮かべながら通信士に顔を向けた。

「通信長……作戦開始時刻になったら無線封鎖解除の通知と共に、全艦に通信を繋いでほしい。頼むよ」

未だに笑いから抜け出せない遠藤の命令に通信長は戸惑いながらも了承する。

「ついでです。どうせならばできる限り再現してやりましょう。ただし潮香る蒼き海ではなく星の海ですから、多少は流儀が異なりますが」

「そうだな。国際信号旗なんてものは積んでいないからな。国際周波数で流してやろうか」

そこまで言えば帝国軍人でこれから彼らがやろうとしていることの察しがつかない者はいないだろう。。先ほどまで訝しげだった通信長も、艦橋のクルーも皆が笑いを抑えきれず、ニヤニヤしながら仕事をするという、傍目からは結構不気味な光景が広がる。彼らがさわやかな青年であればまだいい絵面だったのだが、生憎彼らは旗艦のクルーに抜擢されるだけの技量を持ったベテランが多数だった。正直、若さが足りなかった。

 

「全艦載機、発艦準備完了いたしました!!」

「全艦、全砲門発射準備よし。後は砲撃開始命令を待つばかりであります!!」

作戦の準備は全て整った。作戦開始時刻まで後10分。後は遠藤の命令を待つばかりとなっていた。

沈黙が第一艦隊を支配する。誰もが、その緊張感に、使命感に息を呑み、その額には汗の珠が浮かんでいた。

 

 そして、時計の針は進む。作戦開始時刻を時計の針が指し示した。

遂に遠藤が立ち上がった。艦橋の視線が遠藤に集まる。

「これより、海皇(ポセイドン)作戦を実施する。全艦載機は至急発進せよ!!全艦、こそこそと動くのはここまでだ!!推力最大!!」

遠藤の命令を受けた各艦のエンジンに光が灯る。そして、長門を筆頭に最大加速で前に進む。そしてその中の数隻の巨大な軍艦からいくつもの光芒が飛び立つ。そして光芒は長門・陸奥からなる第一戦隊を囲むように布陣した。

 

 敵の領域内でここまで派手な行動を起こせば当然敵側もそれを察知し、対応してくる。ジェネシスの周りを遊弋していたナスカ級巡洋艦の艦首が大きく振れ、その艦首を第一艦隊に向けた。そしてナスカ級からもMSが発進する。

「敵の迎撃機を確認、ジン4、シグー2、新型機(アンノウン)が6です!!こちらの射程に入るまで後180秒!!」

「敵ナスカ級2隻、こちらに向かってきます!!」

その報告を聞いても遠藤は眉一つ動かさない。これも全て想定済みだ。

 

「通信長、全艦に通信を繋げてくれ」

「はっ!!」

遠藤の指示で全艦、全ての艦載機に向けて足柄の艦橋の映像が発進される。突然目の前に映し出された旗艦の艦橋に立つ司令官の姿に各艦の乗員、艦載機の搭乗員が何事かと注視する中で遠藤が口を開いた。

 

「第一艦隊司令官遠藤信仁中将から総員に告げる。この戦いで我々は皇国臣民二億一千万人の命を背負うことになる。これはかの日本海海戦やマリアナ沖海戦と並ぶ皇国の存亡を賭けた一戦として歴史に刻まれるであろう。故に私から軍神に肖り、諸君にこの言葉を贈ろう。『皇国ノ興廃此ノ一戦ニ在リ、各員一層奮励努力セヨ』!!」

 

 

 通信を受信していた各艦の艦橋で、ハンガーで、MSのコックピットで。侍の末裔達が雄叫びをあげた。その眼には気炎が沸き立ち、覚悟の光が灯る。

 

 同時に、旗艦足柄の信号灯と無線から国際信号が発進される。当然ザフトもその国際信号を受信していたが、自分達が受信した信号を目にし、その意味が理解できず一様に首を傾げた。

 

 その信号が意味するのはたった一文字のアルファベット――『Z』だった。日本海海戦、マリアナ沖海戦に続き、日本史上3度目のZを大日本帝国聯合艦隊が掲げた。

 

 

 今、皇国の興廃をかけた戦いが幕を開ける。




ここまで長かった……次回からついに最終決戦です。

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