機動戦士ガンダムSEED ZIPANGU   作:後藤陸将

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PHASE-35 開戦の日

 C.E.71 6月21日 大日本帝国 皇城 松の間

 

 澤井総一郎内閣総理大臣は内閣の閣僚と陸海空宙の4軍の総司令官と共にその生涯で幾度目かとなる参内をしていた。新年の祝賀参内や親任式で主上と顔を合わせる機会もそれ相応にあった。だが、今回の参内はこれまでとは全く事情が異なるものである。今回の参内の目的はプラントとの開戦の詔勅を主上から戴くためであるのだから。

 

 主上がいらっしゃる前に閣僚らは松の間に入室して背筋を伸ばす。これまでに幾度と無く外国の統治者と会談を行った経験がある澤井も、主上との謁見だけはどうしても緊張してしまう。他のメンバーの顔を少し強張っている。そして主上が松の間に入られた。豊葦原千五百秋瑞穂国を統べる国家元首たる主上はその徳の高さで臣民に心の底から尊敬されているお方でもある。

澤井が腰を折り、それに合わせて出席者全員が腰を折った。主上が座るように仰せられ、出席者は着席する。

 

 御前会議が開かれるということは平常時にはまずない。平時に閣僚が参内し、主上に国策や日本を取り巻く情勢について報告することはよくあるが、御前会議は国の行く末を決める重要事項を巡って、又は主上に大権を発動して戴く場合にのみ開かれることが常であるからだ。

コズミックイラに入ってからこの御前会議が開かれたことは2回しかなかった。1回目はコーディネーターの製造の是非を巡って、2回目の御前会議はこの大戦における日本の立場について基本方針について決定するために開かれた。そして前回の御前会議は澤井内閣の第一期に開かれたものであり、澤井内閣は数世紀ぶりにその任期期間中に二度の御前会議を開いたことになる。

 

「此度の御前会議における議題について、説明せよ」

主上はいつもと変わらない穏やかな口調で澤井に声をおかけになる。

澤井は主上に一礼し、口を開いた。

「去る6月20日、L5宙域にて独立運動を展開していた独立運動組織はL4に存在する我が帝国宇宙軍の軍港、『安土』を奇襲しました。そして同時に我が国が種子島に保有しているマスドライバー『息吹』を攻撃し、これに甚大な被害を与えました。同時刻に在日プラント公使より、最後通牒が手交されております。我々、大日本帝国はプラントを名乗る独立運動組織からの宣戦布告を受けたのです。そのため、大日本帝国がプラントと開戦する了承を戴きたく、御前会議を開くこととなりました」

「まず、この奇襲における経緯が聞きたい。そしてプラントなる組織の狙いは奈辺にあったのだ?」

「それについての説明は吉岡防衛大臣がお答えいたします」

そう言うと澤井は吉岡大臣に話をするように促した。

 

「防衛省では、今回の侵攻の目的は連合の地球への封じ込めにあると分析しております。パナマのマスドライバー『ポルタ・パナマ』陥落後、地球連合が使用可能なマスドライバーはなくなりました。しかし、アラスカ侵攻の折にザフト地上軍はその戦力の半数以上を喪失しており、連合を地上に足止めできる戦力を喪失しています。これまでの地上戦で多くの戦力を失ってきた連合ですが、地上のザフトの脅威が無くなったことで宇宙に戦力を回す余裕ができている状況です。そこで連合は宇宙に戦力を集中させ、プラントに侵攻する準備を整えるために我が国にマスドライバーの使用を求めてきました。我が国もそれを了承し、7月から打ち上げが始まる手筈となっておりました。ザフトの狙いは連合が宇宙に戦力を集めることを妨害することにあったと見て間違いないと防衛省は結論を出しています」

「だが、種子島への攻撃と同時に安土も攻撃を受けたと聞く。何故ザフトは安土も攻撃する必要があったのか」

「種子島に攻撃をするということは、我が国と戦端を開くことと同意義です。戦端を開いた際に、敵の戦力を奇襲によって削り、後の戦闘を優位に進める狙いがあったものと思われます」

「だが、ザフトが連合を地球に縛り付けようとした理由が分からぬ。我が国のマスドライバーの使用を封じたとて、連合が再び宇宙にあがってくることは時間の問題であろう。大局が変わることは無かろう」

主上の問いに吉岡は険しい顔をする。

「これは現段階では確定的な証拠の無い推論ですが、ザフトは連合が宇宙に上がってくるまでの時間を稼ごうとしている可能性が高いです。そして、稼いだ時間で再びこの戦局をひっくり返すことができる『何か』を準備しているものと思われます。その『何か』が作戦なのか、それともNJのような戦略的兵器であるのかは、目下調査中であります」

 

 主上はしばし目を閉じられ、そして澤井に声をおかけになった。

「ザフトの狙いは分かった。罪の無い我が赤子がそのものたちの戦略に巻き込まれたとなれば朕も黙ってはおれぬ。しかし、澤井よ。戦は始めることは容易い。しかし、終わらせることは難しきものよ。そなたらは如何にしてこの戦を終わらせることを考えているのか、朕に聞かせよ」

澤井は主上を正面から見据え、口を開いた。

「アプリリウスに日章旗を立てることは考えてはおりませぬ。我々はプラントを守る絶対防衛戦ともいえるザフトの要塞、ヤキンドゥーエへの確定的破壊能力の誇示によってプラントとの講和を誘導することを考えております。講和条件としては、日本製品に対する関税の撤廃、そして賠償金の支払いを考えております」

「されど、プラントと交戦状態にある連合とはどのように接するつもりか。彼らもまたプラントと戦争状態にある。仮に我が国とプラントとの単独講和がなったとて、彼らが矛を収めるとも考えられぬ」

「無論、連合――大西洋連邦とユーラシア連邦とも連携していくつもりであります。各国とプラントとの講和条件は今後の交渉で細部まで詰めていきますが、基本方針としては我が国と同じく賠償金支払い、そして理事国軍のコロニーへの駐屯、プラントの軍備制限、地上の占領地の返還、理事国による総督府の設置を考えております」

「連合国には反コーディネーターの思想を掲げ、プラントの破壊を主張する世論が根強いと聞くが問題はないのか。聞くところによれば彼らの賛同者は今回の戦争で被害を被った各国ではこの思想を持つ団体による示威行動(デモ活動)が激しくなっているが」

「プラントに出資していない我が国の経済界とは異なり、各国の経済界にはプラントへの出資分を回収できていないことへの不満の声が未だ根強くあります。また、各国政府がこの戦で受けた傷は非常に深いものであります。ここでプラントを滅ぼしたところで戦災復興がより厳しいものになることは各国政府とて百も承知です。国とそこに住まう民の安寧と発展を願う為政者がこの判断を間違うことはありませぬ。故に、この条件で交渉を進めることができると存じます」

 

 主上は暫し、御前会議の出席者の顔を一人ひとり御覧になられていた。一通り見渡された主上は静かに頷き仰せになった。

「ここに至れば他に道もなし。朕、茲にプラントに対して戦を宣す」

主上は席を御立ちになり、松の間を後にされた。

残された澤井達はただ、深々と礼をしていた。

 

 そして、今度は澤井が閣僚達を見渡す。今日の彼は普段の温厚な内閣の長ではなかった。瞳の奥に宿る意思は鷹のように鋭く、その眼差しからは揺ぎ無き覚悟を感じる。

「大元帥陛下はここに至り、臣民を守るべくプラントとの開戦をお認めになった。ならば陛下の臣たる我らの為すべき事は決まっている」

ここにいるだれもがまっすぐに澤井を見つめている。文官も、武官も、瞳に宿る覚悟は変わらない。彼らは等しくこの国の民であり、陛下から国政を、国防を任せられた烈士であった。

「勝つぞ」

澤井の宣誓が静かに松の間に響いた。

 

 

 

 

 

 

 

「繰り返しお伝えします。当今の帝におかせられましては、本日正午におん自ら御放送遊ばされます。国民の皆様は正午には国営放送を視聴するようにして下さい」

国民は既に種子島のマスドライバー『息吹』とL4の軍港コロニー『安土』がザフトの奇襲を受けて深刻な損傷を受けたことも、プラントが最後通牒を手交したことも政府の発表により認知していた。そして、その翌日の主上の玉音放送である。その内容にも察しがついていた。

 

 時計の針は午前11時59分を刻む。樺太から台湾まで大日本帝国の殆どの国民が国営放送を視聴していた。

そして時計の針は正午を指し示した。国営放送の画面には皇城の春秋の間が映し出された。画面奥から主上がお出ましになる。そして、カメラの前に御立ちになった。

「去る6月20日、L5宙域にて独立運動を展開していたプラントを名乗る独立運動組織はL4に存在する我が帝国宇宙軍の軍港、『安土』を奇襲したことも、そして我が国が種子島に保有するマスドライバー『息吹』を攻撃し、臣民の財産に甚大な被害を与えたことは周知の通りである。同時刻にプラント最高評議会は在日プラント公使をして後通牒を手交させた。我々、大日本帝国はプラントを名乗る独立運動組織からの宣戦布告を受けたのである。ここに、朕は大日本帝国国王として、プラントに戦を宣す」

この時、日本中から人の言葉が無くなっていた。そして、世界中の為政者もこの放送に無言で見入っていた。彼らの耳に届いているのは当今の帝の御声のみであった。

 

「朕はこれまでこの国の臣民が戦によって不当に命が奪われることがなきように努力せよと臣たる澤井に命じていた。朕が臣は朕の意を汲み、臣民の将来の安寧を脅かすことが無きように全力を尽くしてきた。しかし、プラントは独立と核攻撃の報復という大義名分の下、勝利のために我が国に対してその矛を向けた。先の襲撃ではこの国、臣民をを守るべく多くの防人が海に、宇宙に散っていったことも朕は知っている。今、国益と臣民の安寧を脅かされていることも知っている。真に残念なことであるが、ここに至って皇国はその手に武器を取り、臣民の安寧と国益を脅かす戦力を武力を持って排除するほかない。朕は、誠実にして勇敢なる日本国民が再び安寧の日々を取り戻すことを期待する」

 

 

 日本中の臣民が、そして世界の為政者達も理解した。日本が戦争を始めるということを。

 

 

遂に、世界を揺るがす力を持った皇軍が進撃を開始する。


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