C.E.71 6月20日 大日本帝国 内閣府
「大西洋連邦との協議の結果を報告します」
口火を切ったのは千葉であった。その顔には満面の笑みを浮かべている。
「我々は大西洋連邦との取引で以下の合意を得ました。まず、『大西洋連邦は日本のマスドライバー優先使用権を得る。ただし、特別料金を一回の打ち上げごとに帝国政府に支払うものとする。次に、大西洋連邦は帝国に亡命したアークエンジェルの返還、及びそのクルーの送還を請求しないものとする。第三に大西洋連邦は他国のMS採用に関してその国に圧力をかけることを禁止する。第四に大西洋連邦は特定分野における関税を引き下げる。最後に、以上の合意が守られる限り、帝国政府はアラスカ事件の真相を秘匿することとする』以上です」
千葉の言葉を聞いた閣僚達も笑みを浮かべる。今回の交渉で大西洋連邦を脅して手に入れた実利は日本にとって本当に大きなものだった。経済的な損失を試算して大西洋連邦の高官たちが眩暈を起こしたほど厳しい要求でだったのである。
アラスカとパナマでザフト地上部隊は甚大な損害を被った。そしてMSの生産などで戦局を巻き返しつつある連合は、ザフトの本拠地であるL5への侵攻も計画していた。だが、連合が宇宙に攻め入るにはマスドライバーの存在が不可欠になる。
だが、連合の勢力圏に残された最後のマスドライバーである『パナマ・ポルタ』は先のザフトの襲撃において破壊され、連合は自前のマスドライバーを全て失っている状況にある。
地球上に残された連合がマスドライバーは現在、ザフトに占領されたビクトリアの『ハビリス』、中立国であるオーブ連合首長国の保有する『カグヤ』、一応は連合への好意的中立の立場にある大日本帝国が種子島に保有する『息吹』しか存在しないのだ。
連合がマスドライバーを使用したくても、ザフト勢力圏にあるものの使用など論外であるし、中立を国是とするオーブは再三の要請にも関わらず使用を許可しないでいる。唯一交渉が通じる日本の『息吹』しか選択肢が存在しなかったのである。
しかし、先日のアラスカの陰謀を知った日本はその要請に対して多大なる対価を求めた。アラスカでの一件を秘匿する代償として課されたマスドライバー使用の特別料金を目にした大西洋連邦の財務官僚は卒倒しかけたというほどに法外な値段だったという。
「アークエンジェルも手に入れることができたのは喜ばしいことですな」
吉岡が相槌をうちながら言った。
現在、技術解析が終了したアークエンジェルは横須賀で修理を受けている。同時に武装を日本製のものに換装するなどの改造もすすんでいるらしい。
「今回の取引は実にいいものになったと思う。だが、まだまだ我々が解決しなければいけない問題は山積みだ。まだ浮かれるわけにはいかない」
澤井の一言で閣僚の顔には平静が戻る。そして辰村が口を開いた。
「一つ、プラントに関して気になる情報が手に入っています。4日前、シーゲル・クライン前議長が殺害されたことはご存知でしょう。その影響でクライン派が二つに割れるかと我々は推測しておりましたが、どうやらそうはならないようです」
「どういうことでしょうか?」
奈原が辰村に尋ねる。
「シーゲル氏の一人娘、ラクス・クラインが父の遺志を継ぐことを表明しました。彼女を旗頭にクライン派がまとまっていくことは確実かと」
「たかだか16の小娘を担ぎ出すということは御神輿でしょうな。それで、その神輿を担ぎだしたのは誰なのですか?」
榊はこの戦略を意図した人物に興味を抱き、質問した。
「我々の調べでは、彼女の後見人と言うべき立場にあるギルバート・デュランダル氏が怪しいと睨んでおります。同氏はプラントの若手政治家のリーダー的存在でもありますから。プラント有数の敏腕政治家と言ってもいいでしょう」
「ラクス・クラインは彼の傀儡ですか。ですが、その小娘に一体どれほどの力が?」
奈原の口調はたかだか16の小娘にそれほどの利用価値があるだろうかと言いたげなものだ。
「彼女は反戦的な運動も行っていたようです。実際、彼女のファンを巻き込んだ反戦運動もこれまで数回行われていました」
「ですが、現政権を脅かすほどの脅威でしょうか?自分には……」
その時、閣議室の扉が勢いよく開かれた。何事かと閣僚達が会議室に飛び込んできた武官に視線を向ける。
「南雲!ここは会議中だぞ!」
吉岡が怒鳴りつけた。だが、南雲の耳にはそんな言葉は届かないらしい。彼は息を切らしたまま敬礼をし、口を開いた。
「緊急事態です!!種子島にザフトのMSが出現!そして、先ほど在プラント公使が最後通牒を手交しました!!」
その知らせを受けた閣議室の面々は絶句した。
同刻、鹿児島県 種子島『息吹』宇宙港
「そうだったんですか。でも、その場合、ストライカーパックの運用は……」
「ええ、そうなります。元は艦内で換装を済ませることで……」
若い軍人二人が楽しげに談笑している近くで、ノイマンは缶コーヒーを飲んでいた。そこにトノムラが近寄ってきた。
「なんだよ白銀少尉とラミアス大尉のあの雰囲気は」
「俺に言うな。だがな、話している内容はMSの運用についてばかりだ。色気の欠片もないぞ」
そう、我らが恋愛原子核は巨乳の元艦長殿と楽しげに談笑していた。彼らが宇宙港にいるのには勿論理由がある。元アークエンジェルクルー達は調査の結果身元が保証されたので、宇宙軍士官学校に向かうために、そして武は本来の所属である宇宙軍安土航宙隊に戻るために宇宙に出ようとしていたのだ。
だが、醸しだす雰囲気は独身にとっては毒のようなものである。ノイマンらはなんとも言いようの無い不快感を我慢しているのである。
因みに、元アークエンジェルクルーの階級は皆一階級ずつ降格している。訓練学校に送られる際に階級が高いままだと面倒なことになると判断されたためである。
「この状況を打破してくれるんならザフトが来たっていいと思った俺は悪くないだろ?」
ノイマンが溜息交じりに言ったときだった。
『緊急事態発生!!緊急事態発生!!宇宙港職員はマニュアルCに従って行動してください!繰り返します。宇宙港職員はマニュアルCに従って行動してください!』
その放送を聞くやいなや随伴する予定だった宇宙港職員は武に駆け寄った。
マニュアルCが適応される事態を察した彼の顔には焦りが浮かんでいる。
「事態は一刻を争います。とにかく、隣接する軍の詰所に行ってください!!」
職員の切羽詰った様子から尋常ならざる事態であることを察した武はすぐに立ち上がった。
「アークエンジェルクルーは全員集合!!これより隣接する軍の詰所に向かう!急ぐぞ」
その命令に従ってクルー達は全力で先に走り出した武の背中を追いかける。
トノムラが走りながらノイマンを睨みつける。
「お前が縁起でもないことを言うから……」
「俺のせいじゃないだろうよ……」
同僚からの非難がましい視線にノイマンは今日何度目か分からない溜息をついた。