機動戦士ガンダムSEED ZIPANGU   作:後藤陸将

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PHASE-21 後始末

 C.E.71 5月15日 大日本帝国 内閣府

 

 ザフトのアラスカ奇襲作戦――ザフト呼称:オペレーション・スピットブレイクから一週間が経過した。その間、澤井内閣の閣僚は休む暇もなかった。

錯綜する情報、アラスカ派遣団の安否確認で大忙しだったのだ。しかも先日アラスカ守備軍の軍艦の亡命騒ぎまで発生した。各省庁が情報を収集、精査し、対応を協議し続けて一週間。事態が詳しく把握できたことを受けて閣僚会議がようやく開かれた。

 

 「ザフトのアラスカ奇襲から一週間が経つ。今回に件の詳しいことも分かってきただろう。吉岡大臣、今まで分かったことを報告してくれ」

澤井に従って吉岡が口を開いた。

「はっ…まず、アラスカでの戦闘の経緯について報告します。8日の早朝、カーペンタリアやジブラルタルといったザフトの主要基地から発進したと思われる大規模な輸送機の編隊がアラスカに現れ、同時に宇宙からの軌道降下部隊がアラスカの上空に出現しました。それを援護するように浮上した潜水艦が対地火力支援攻撃を実施、そして陸戦用MSが揚陸を開始しました。大西洋連邦の公式発表では守備軍は奮戦し、己の死すら反撃の糸口とするために自分達の手で基地に保管されていた爆薬を使って自爆したとされていますが、それは事実ではないことも判明しております。実際にはアラスカの守備隊が迎撃するもザフトがこの作戦のために用意した戦力には力及ばず、防衛線は瓦解していきました。結果、JOSH-Aはザフトの兵力の八割を道ずれに自爆したということです」

「いくらパナマに戦力を集中していたとはいえ、アラスカは地球連合軍の総司令部でしょう。アラスカの守備隊の戦力がそれほど小さかったとは思いませんが」

五十嵐が疑問を口にする。

「そのことですが、どうやら、アラスカの戦力はリニアガンタンクやスピアヘッドの初期型など、バージョンアップのなされていない武装が殆どだったということです。このことは守備隊の生き残りから証言が取れています。また、自爆の経緯に関してもいくつか不自然な点が見受けられました。集められた情報や先ほどの守備軍の生き残りの証言から推測するに、JOSH-Aにはサイクロプスが仕掛けられていた可能性が高いことがわかりました。自軍の最高司令部にサイクロプスを設置するなど普通はありえません。可能性があるとするならば……」

「地球連合軍はアラスカ攻撃のかなり前から今回の作戦についての情報を入手しており、攻撃に備えてサイクロプスを建造した……というわけですか。失礼、口を挟んで申し訳ありません」

辰村の発言を吉岡は肯定する。

「そうです。おそらく連合はザフトのアラスカ強襲計画を何らかのルートを使って入手し、最低の犠牲で最大の戦果を得るために自爆作戦を計画したのでしょう」

 

 澤井が不愉快そうに口を開く。

「国を守るために兵に犠牲を出してしまうことについては批判する気はない。彼らも防人だからな、戦死する覚悟はあるだろう。だが、最初から犠牲にする前提で作戦を組み立てていたというのか?犠牲になる側にはなに一つ教えずに戦場で死なせていったというのか?不愉快極まりないな」

閣僚も相槌をうつ。

 

「アラスカには我が国からコンペに参加する人員を送り出していましたが、彼らの安否はどうなっているのでしょうか?」

今度は榊が口を開いた。

「撃震のパイロット以外の人員はアラスカ自爆の前に輸送機にて離脱し、ユーラシア連邦のペトロパブロフスク・カムチャッキー基地に脱出しました。同基地で燃料補給を受けた輸送機は10日に新千歳に到着しております。コンペのために持ち込んだ補充部品等は全て爆破処分して脱出したそうなので、機密漏えいの可能性は低いという報告も受けています。」

「では、撃震のパイロットは?」

「撃震のパイロット、白銀武少尉は先日元アラスカ守備隊のアークエンジェルに搭乗し帰還しております。彼の報告によると、アラスカで脱出直前に傭兵らによる襲撃を受けたためにMS輸送用の大型輸送機は大破したので自力でアラスカ脱出を試みたそうです。その際にアークエンジェルと共闘して戦場を離脱したとのことです。詳細は彼の提出したレポートを参照していただきたい」

吉岡は目配せして付き人に報告書を配らせた。

 

 配られた報告書を読み終わると千葉が眉を顰めた。死者は出なかったといえども、今回の武の一連の行動は外務省としては対応が面倒なことのオンパレードであった。既に報告を受けたアークエンジェルのことは知っていたが、まさかザフトとも交戦していたとは知らなかった。

 

 千葉の顔色が変わったのを察して澤井が声をかける。

「千葉大臣、今回のザフトへの武力行使は緊急避難が適応されると思うかね?」

「白銀少尉が撃震を誰にも渡さずに生還するには他に方法が無かったでしょう。報告書によれば補充部品の爆破に使用した弾薬の量では到底撃震S型の堅牢な装甲を破壊して内部まで破壊することは不可能だったとありますし、輸送機も無い状態でした。国際法上で定義されている緊急避難の適応が可能だと考えます。ただ、白銀少尉が脱出のために撃破しなければならなかったMS以外にも自分から危害を加えていなければの話ですが」

「ザフトが抗議してきても緊急避難で押し通そう。別に我が国のMSがザフトのアラスカ侵攻を頓挫させたわけでもない。ましてザフトの本質的な利益に対する重大な侵害をしたわけでもない」

澤井の意見に千葉が頷く。

 

 そして澤井は吉岡に問いかけた。

「吉岡大臣、アラスカでアラスカ派遣隊を襲撃した傭兵、そして彼らの雇い主について何か分かったことはないか?」

「傭兵2名の内1名は乱入者によって射殺されています。しかし、1名は確保に成功、意識不明の重体で現在札幌陸軍病院に入院中です。彼の意識が戻ればはっきりとした証言が得られるかと」

「それまでに何とかして依頼主を特定できないのか?」

「例の傭兵の所属する組織……サーペントテールと接触を試みています。彼らと接触すれば早期に依頼主の正体が分かりそうなのですが、ここ数日、彼らと連絡が取れなくなっているようです。おそらくですが、依頼をした勢力に狙われて何処かに潜伏しているものと思われます」

澤井は深く息を吐く。サーペントテールとやらにコンタクトが取れない以上、依頼主を聞き出すことは傭兵本人の意識が戻るまでは困難だろう。ここからは情報局に一任するべきか。

 

 澤井が一息ついたところに続いて奈原が口を開いた。

「しかし、アークエンジェルとそのクルーはどうなさるおつもりですか、外務大臣」

「アークエンジェルのクルーの亡命を認めようと思っています。彼らはアフリカ北部、紅海でザフトの部隊を突破している優秀な軍人ですから、亡命受け入れの条件を満たしているかと。一部のクルーのオーブへの帰国希望も受け入れるつもりです」

その回答に奈原は目を丸くした。

大日本帝国は古くから単一民族が暮らす島国である。島国と言う気質、単一民族である国民の構成などから難民や亡命者の受け入れには長年消極的だった。難民の大規模受け入れがあったのは20世紀、隣国で共産主義国家が成立した時に亡命ロシア人が流入したぐらいしか前例は無い。理由は簡単だ。中華思想を持った西の大陸国や大陸から盲腸のように突き出た半島の住民が大規模になだれ込んでくることを危惧したからである。かの国々からの密入国者は以前から治安を悪化させる原因にもなっていたのだ。

「正気かね!?我が国は長年亡命者の受け入れをやっていない。なのに何故今更?」

奈原の疑問に千葉が答える。

「かつて、第二次世界大戦のころになりますが、我が国は欧州各国で亡命者が出ていることを好機と捉えました。欧州の優秀な科学者を我が国に招致する切欠になると考えた当時の政府は『特殊技能保持者受け入れに対する特別措置法』なるものを成立させ、国外の技術者を幅広く集めようとしたことがあります。この法律では特殊技能――物理学や化学などに対する特別な知識を持つ、又はその他の分野において極めて有能な能力を有するものが我が国への亡命を希望したならば特別に亡命認可の審査の対象とすることを明記してあります。この法律が成立したのは数世紀前のことになりますが、この法律はその間一度も改定されてはおらず、未だに効力を持っております。ですから今回はそれを利用します」

「彼らはその特殊技能保持者に該当するのかね?」

「彼らは既にザフトで名を馳せた名将を2名討ち取っているそうです。MS1機とMA2機、そして戦艦1隻でこれほどの戦果をほこっているのです。十分特殊技能者といえるでしょう」

そこで再び吉岡が発言する。

「外務省としては強襲揚陸艦、アークエンジェルはどのように扱うおつもりですか?」

「大西洋連邦大使館より先日、艦の返還要求がありました。国際的な慣例からいっても、人員は引き渡せません。しかし、あまり大西洋連邦との間にしこりを作りたくもありませんし、アークエンジェルは引き渡す必要があるかもしれません」

「だが、すぐにというわけでもないでしょう。我々の懐に強大な艦が入ってきたのです。できれば手放したくはありません。最低でもあの艦を技術解析したいのです。艦の引渡しを決めるまでせめて交渉で時間を稼いでいただけないか」

その問いに少し間をおいて千葉は考え、発言した。

「……およそ2ヶ月といったところでしょうな、稼げるのは。それでよろしいでしょうか?」

「それだけ確保していただければ技術解析に問題はありません。できれば艦も手に入……」

 

 その時突然会議室のドアがノックされた。入室の許可をだすと一人の若い男が入室した。服装からすると、防衛省の人間だ。彼は吉岡に一枚の紙を渡す。それを見た吉岡がにんまりと笑いながら口を開いた。

「件の傭兵が意識を取り戻したようです。依頼人が分かれば外交カードとして上手く使えそうですな」


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