機動戦士ガンダムSEED ZIPANGU   作:後藤陸将

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PHASE-19 エクソダス

 C.E.71 5月8日 地球連合軍 アラスカ基地

 

 戦況は連合にとって絶望的な状態だった。すでに防衛線は各地で破られ、司令部との通信が途絶えたことで統制を失った連合軍は各地で各個撃破されている。既にアラスカの全戦力の4割は失われていた。

そんな絶望的な状況下でいまだにアークエンジェルは戦い続けている。頑強な抵抗を続けるこの艦にザフトは2個中隊を割いて攻撃していたが、獅子奮迅の活躍をするストライクと的確な支援によって返り討ちにされていた。

 

「まだメインゲートは落とせんのか!足つきをとっとと墜とさんか!!」

ザフト軍旗艦、ボズゴロフでクロム・ワイダ司令官は地団太を踏んだ。まさか単艦でここまでの戦闘能力を持っているとは思ってはおらず、多くの犠牲を出したことに憤っていたのだ。

「司令、クルーゼ隊に応援を頼んでは?」

副官の進言に司令官は考え込む。確かにあの艦は並大抵の部隊では手に余る。ただ、クルーゼ隊もあの艦を幾度も仕留め損ねているのだ。正直、任せていいものか不安だった。しかし、アフリカで砂漠の虎、紅海で紅海の鯱の部隊は壊滅させられているのに関わらず、クルーゼ隊は壊滅までは至っていない。ならば、精々あの艦を引きつけてもらおうとワイダは考えた。

「いいだろう。クルーゼ隊に出動要請だ」

 

「ふむ、足つきへの攻撃要請か……この機会だ。彼らへの雪辱も果たしておこう。ハイネ!君達はすぐに出撃し、足つきの相手をしろ。どうやらやつらは友軍相手に派手に暴れているようだ。やつらがいてはメインゲートは簡単には突破できん」

足つきへの雪辱戦の機会を得たハイネは不敵に笑い敬礼した。

「分かりました。こんどこそあの艦を墜としてきます。ザフトのために!!」

ハイネは駆け足でハンガーへと向かった。

 

 

 ストライクの持つライフルの銃口から放たれた緑の閃光がディンを貫く。ディンが火球となると同時にストライクはその爆炎に突っ込み、その後方にいたシグーのグゥルにイーゲルシュテルンを浴びせた。

これでもう何機落としたかは数え切れない。だが、キラの体力も既に限界であった。背後からの攻撃に反応できなかったストライクはエールパックに被弾し、アークエンジェルの甲板に墜落した。そこに追い討ちをかけるようにミサイルが放たれた。

「キラ!」

ミリアリアが叫ぶ。だが、墜落の衝撃でキラは体を上手く動かせない。ストライクにミサイルが迫る。

 

 キラは目の前のミサイルがとてもゆっくり飛んでくるように感じていた。思えば、初めてMSに乗ってからおよそ3ヶ月になる。多くの敵を殺してきたものだ。だが、そのことに後悔はしていない。自分は守りたいもののために戦うと決めたのだから。だが、ここでストライクが撃破されればアークエンジェルは恐らく沈むだろう。

自分自身、死ぬ気はなかった。だが、もう間に合わないだろう。それでも、自分の命が散ることよりも守りたいものを守れないことがキラにとって辛かった。

 

 しかし、キラが覚悟した瞬間は訪れなかった。ストライクに向かっていたミサイルは空中で次々と撃ち落される。そして、爆炎がはれた甲板に一機のMSが降り立った。

そのMSにキラは見覚えがあった。そう、宇宙で見てその圧倒的な強さに密かな憧れを持ったMS――大日本帝国の純国産MS、撃震だった。

そして、その機体からアークエンジェルに向けて向けて通信が入る。

 

「ラミアス艦長、無事でなによりです」

「白銀少尉!?」

マリューは通信してきた相手の顔を見て驚いた。目の前のMSが自分達を助けてくれたことにも驚いたが、まさかそのパイロットが宇宙であったあの青年だとは思いもしなかった。

「単刀直入に言いましょう。自分はこれより貴艦のアラスカ脱出を支援します。その代わりに自分を日本の勢力圏まで運んでいただきたい」

その提案を聞いてマリューは混乱した。

「な……何を仰っているのです!?本艦の任務は防衛線の維持です!撤退命令など聞いておりません!!」

その言葉に武は怪訝な顔をした。

「ちょっと待ってください、ラミアス艦長。貴方は基地の放棄を聞いていないのですか!?」

「そんな話は聞いておりません!!」

 

 武は青ざめていた。サザーランド大佐らが描いているこの戦闘のシナリオを理解したのだ。

「よく聞いてください。ラミアス艦長。自分達はサザーランド大佐にアラスカから避難するように通達を受けました。防衛線の維持が限界になりつつあり、地球連合軍はアラスカ基地の放棄を決定。そしてアラスカ基地はザフトの侵攻部隊を巻き込んで自爆する、と。防衛線の部隊は既に退避命令が出ているとのことでしたが……」

「そんな命令……受けていません」

「ここに残っている部隊はユーラシアの部隊かそちらのように訳ありの部隊だけでしょう。言いにくいのですが、貴艦らは恐らく、ザフトをギリギリまで引きつける為の囮にされたのです。我々が伝えられた自爆のタイムリミットは1300。それまでに基地の半径20km圏外に脱出しなければなりません!信じてください!!」

 

 マリューは迷った。自分達は本当に捨て駒にされたのだろうか。目の前の青年の話を鵜呑みにしていいものか。艦とそのクルーの命を背負っている以上、短絡的に答えを出すことはできない。

しかし、白銀少尉の話の辻褄は合っている。司令部との通信を試みても防衛線の維持をせよという指令しか帰ってこない、一向にくる見込みの無い援軍、そしてザフトが上手く誘い込まれている状況は彼の言った上層部のシナリオに一致していることは事実だ。

彼の人柄についても信用はできる。マリューは武とは宇宙で一度会っただけだが、その時彼がキラに両親からの手紙を届けた配慮、そしてキラに語りかけた口調やその内容から彼に対して良い心象を抱いている。

故にマリューは武の話を信じることにした。

 

「白銀少尉。……私は貴方の話を信じましょう。総員に通達!!ザフト軍を誘い込むという戦闘目的は既に果たされたものと判断します。本艦はこれより現戦闘海域を放棄!離脱します!!最大速度で前に出ます!!尚、この判断は本官、マリュー・ラミアスの独断であり、全責任は本官にあるものとします。白銀少尉は遊撃に出て下さい!その間にこちらはストライクを収容し、補給に入ります」

「了解!ヤマト少尉!!急いでアークエンジェルに戻れ!!その間は俺が何とかする!!」

突然呼びかけられたキラは安心感からか、上ずった声で返事をした。

「はっ、はい!よろしくお願いします!!」

 

 アークエンジェルに収容されるストライクを横目に撃震は甲板から跳躍する。そして高機動で敵を翻弄しながら36mm段を連射する。グウルに被弾したジンはみるみる高度を下げていき、ブースターに被弾したディンは爆散する。

撃震の弾薬も手持ちのものしかなく、バッテリーと推進剤も同様な状態ではあまり時間をかけてはいられなかった。故に武は敵の飛行能力を奪うことで無力化していくことを優先したのであった。

 

 あっというまにアークエンジェルの周囲に展開していた部隊を掃討した撃震の雄姿に艦橋が沸いた。これまで絶望的な状況下にいた彼らにとって武の駆る撃震の活躍はこの戦いの中で始めて見つけた希望の光だったのである。

 

 ハンガーにいたキラも目の前に映し出された外の映像を食い入るように見つめていた。効率的に敵の戦力を削りつつ、発砲は最小限に控えるその機能美に惹かれていたのである。

「坊主!!補給は終わったぞ!いつまでもあのにーちゃんだけに頼ってるわけにもいかねーからな!暴れてこい!!」

マードックに発破をかけられたキラは再びストライクのコックピットに入る。そしてストライクはカタパルトへと歩く。

「キラ・ヤマト、ストライク、行きます!!」

 

 

 ストライクと撃震に守られているアークエンジェルも度重なる攻撃により満身創痍となっていた。既にゴットフリート1番が沈黙し、後部ミサイルも弾切れである。イーゲルシュテルンも半数が既に沈黙していた。そんなアークエンジェルの艦橋でミリアリアが悲鳴のような報告をしていた。

「右舷前方よりMS4!……これは、バスター、デュエル、ブリッツ、イージスです!!」

「ここにきてまた彼らなの!?」

マリューは唇を噛みしめる。彼ら、クルーゼ隊とは幾度も交戦しているが、これまで撃退できたのはムウやナタルもいたためである。今回はその2人を欠いている状態で、さらにアークエンジェル自身も満身創痍だ。だが、諦めてはいない。もうすぐアラスカ基地から10km圏外に出ることができる。そして彼らの頼みの綱、撃震を駆る白銀少尉がいた。

「白銀少尉!!あの4機は手ごわいです!気をつけて下さい」

キラが武に通信をつなぐ。

「ヘリオポリスの新型MSか!?アークエンジェル、聞こえるか?砲撃タイプのMSはそちらの艦砲で牽制していただきたい。こちらはそれ以外を叩く!ヤマト少尉はあの黒いやつをやってくれ!」

武がアークエンジェルにも通信をつなぎ、指示を出す。本当ならば所属が違い、階級的にも指示を出す権限の無い武だが、彼の醸しだす頼もしさがアークエンジェルのクルーを動かしていた。

そして通信を終えるやいなや武は甲板を蹴って飛翔した。推進剤の残量が限られている以上は可能な限り高機動戦を避けたかったが、キラの言葉から察するにどうやら相手はそんな余裕を見せられる相手ではないと武は判断したのである。

 

 最初に武が狙ったのはイージスだ。この機体は宇宙で既に篁中尉が交戦しているため、その性能や武装が分かっていたためである。

急加速した撃震はデュエルに突撃砲を使って牽制射撃を行いながらイージスに迫る。イージスがビームライフルを放つも、武は発射直前に機体を射線上から微妙にずらして回避する。この程度は武にとっては“あの世界”での空中戦で慣れたもの。楽々と火箭を回避してイージスに接近し、弾切れとなった突撃砲を右腕のビームライフルに向けて投げつけた。

イージスは不意に投げつけられた突撃砲に対応できずにビームライフルを落としてしまう。その隙にナイフシースからビームサーベルを抜いた撃震が接近する。イージスも迎え撃つように量腕にビームサーベルを展開し、撃震に突き出した。

だが、ここで予想外の事態が起きた。撃震の展開したビームサーベルがイージスのビームサーベルと打ち合ったのだ。そしてビームサーベルが打ち合っている間に撃震はこれまでの加速の勢いを保ったままイージスに足を掛け、グゥルから蹴り落した。その勢いのままイージスは海面に激突し、大きな水柱を立てた。

次に武はデュエルを狙う。武は操作者のいなくなったグゥルを足蹴に方向転換し、デュエルめがけて跳んだ。

 

「なめるなよぉ」

イージスを一瞬で蹴落として向かってきた撃震にイザークは吼えた。グゥルからミサイルを発射して迎え撃つ。だが、当たらない。目の前のMSは腰部のスラスターを巧みに操り弾幕をすり抜けて行く。その絶技にイザークは目を見開く。あの至近距離で放たれたミサイルを無傷で突破されるなどとは思わなかったのである。

そして、目の前のMSは両手のビームサーベルでデュエルに斬りかかる。イザークは先のイージスとの戦いを見ていたために迷わずビームサーベルで切り結んだ。やはり、先ほどの光景は目の錯覚ではない。イザークの目の前でビームサーベルが交差していた。本来は互いにすり抜けてしまうビームサーベルで交差しているのである。

鍔迫り合いは長くは続かず、デュエルが強引に押し返したことで両者に距離ができた。そして敵はビームサーベルを一本格納した。おそらく空いた腕に突撃砲を装備するのだろう。

そしてイザークは信じられない体験をした。相手のMSが距離をつめようと突撃したところでイザークが迎え撃つようにビームサーベルを突き出すと、そのビームサーベルが明後日の方向に吹っ飛ばされていたのである。そしてそのままデュエルは左足と左腕を一撃の下に切り裂かれて海面へと墜ちていく。

「一体何が!?」

イザークは驚きを隠せなかった。あの一瞬で何が起こったのか全く理解できてはいなかった。

 

「うっし……ぶっつけ本番だったけど、なんとかなったな」

武はコックピットで一息つく。

 

 ここで先ほどの技の種明かしをしよう。コックピットを直撃するはずだった最後の一撃を咄嗟にバーニアを噴射することで回避したイザークの技量も素晴らしいものだったが、武の技量はその数歩先をいったものだったのだ。

ビームサーベルが交差した一瞬の間に武はデュエルのビームサーベルを巻き込むように螺旋状の軌道を描き、自分のビームサーベルの剣先を相手の鍔元に潜りこませた。そして相手の鍔の下に剣先が入りこんだら、一気に跳ね上げたのだ。所謂、剣道の巻き技である。

イザークからしてみれば催眠術なんてチャチなもんじゃなく、もっと恐ろしいものに感じられただろう。

己の相手を始末した武がキラの様子を伺うと、彼は既にブリッツと撃ち合っていた。

 

 武はブリッツの相手はキラで十分と判断してバスターに切りかかった。近接武器を持たないバスターはミサイルの弾幕を張る。デュエルよりもミサイルの数は多いが、武は動じない。急降下して海面すれすれで水平飛行に移ることでミサイルを全弾海面に落とすことに成功する。その間にアークエンジェルのゴットフリートがバスターのグゥルを貫いた。

バスターはグゥルを放棄し、友軍のディンに救助された。

 

 同じタイミングで左前方で黒煙が上がった。ブリッツが半壊して海面に落下していく様子が見えた。どうやらキラも上手くやったらしい。アークエンジェルから通信が入る。

「白銀少尉!!時間がありません!!」

既に時刻は1305だった。もういつ自爆しても不思議ではない。現在アークエンジェルはアラスカ基地よりギリギリ10km離れているかいないかだ。このままでは巻き込まれる。

「アークエンジェル、全速前進!!」

マリューの号令でアークエンジェルのエンジンが出力を上げていく。

 

 

 そして、その時が訪れた。

「アラスカ基地に、巨大なエネルギー反応!!これは!?」

サイが画面に表示される熱量に唖然とする。アラスカ基地より発せられた熱は次第に周りを飲み込んでいく。その光景にマリューは心当たりがあった。

「まさかあれは……サイクロプス!?」

 

 かつてエンデュミオンクレーターで使用され、ザフトに甚大な損害を与えたという兵器が再びザフトに牙をむいた。一つ目の巨人は基地に残った守備隊も侵攻してきたザフトも関係なくその巨大な腕で蹂躙していく。これが、JOSH-A防衛線の結末であった。


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