C.E.71 5月3日
地球連合軍アラスカ基地――通称JOSHA
武は既にパイロットスーツを着用して日本軍に与えられたハンガーの中にいた。そこでは愛機の撃震が装甲を装着していた。4日前までは情報局の職員がハンガーや周辺に仕掛けられた盗聴器や監視カメラの回収をしていたためにハンガーの中で本格的な整備ができなかったのである。
アラスカに来て一週間ほどたつがやはり五月この寒さはつらい。ようやくユーコン川の氷も溶け始めたそうだからもう冬も終わりに近づいてるのだろうが、それでも寒い。
武はこのアラスカの地で搭乗することとなる愛機を見つめた。
TSF-Type1S『寒冷地仕様撃震S型』は日本がスカンジナビア王国に輸出するために改良を加えた機体である。オリジナルの撃震と違い間接思考制御システムは組み込まれていない分ソフト面の性能は劣るが、コクピットブロックや駆動部には特殊セラミック製耐熱タイルを装備し、対ビーム防御はオリジナルを凌ぐ性能を持つ。これは連合、ザフトの主力MSの搭載兵器は今後ビーム兵器が中心になると睨んだためである。しかし、その反面、若干高価になり、装甲の増加で機動力も低下している。
「白銀少尉!」
整備班の山本伍長が白銀に声をかけた。
「もうじき整備が終了します。試運転の準備に入ってください」
「了解した」
武はキャットウォークに登り、コックピットに乗り込んだ。
工場からの卸したての真新しいシートの臭いがするコックピットの中で武は着座調整をした。
「OK……全システムに異常は無い。山本伍長、これから予定どおり試運転を開始したい」
「了解です!総員!発進準備!」
『ボディアーム開放、続いてショルダーアーム開放します』
アナウンスが流れる中、撃震を支えているアームが開かれていく。続いてハンガーのゲートが開かれていく。そしてCPからの連絡が入る。
『ゲート・オープン。撃震、発進シークエンス承認。発進、どうぞ!』
「シルバーブレット01白銀武!撃震S型、いきます!!」
撃震はハンガーの外に向けて歩き始めた。その足取りはしっかりしている。ハンガーの外の演習場に出た武は管制に連絡を入れる。
「シルバーブレット01よりCP。これより高速機動を実施する」
『CP了解』
CPのお墨付きを得た武は飛蝗のように跳躍した。反応は悪くは無い。装甲の増加により若干機動性が低下したと聞いていたが、この程度ならば問題は無いだろう。これでもジンを相手にするのならば十分だ。
空中で宙返りを決めた後、AMBAC制御で体勢を整える。これも、特に問題が無い。重量が増えた分強引なAMBAC制御は各部の関節に負担をかける可能性があったが、この手ごたえなら問題なさそうだ。だが、一応は後でモニターしている整備班に関節の磨耗度合を調べてもらうとしよう。
一通りの機動を終えた後、背部ガンマウントを起動し、突撃砲を装備する。演習場に設置された的に狙いを定めてトリガーを引いた。的の中央にいくつもの穴があく。
どうやら射撃性能は撃震と遜色ないようだ。
その後も長刀の使用、射撃を交えた機動などを行ったが、特に問題はなく、試験運転は無事終了した。
武はハンガーに戻り、撃震をガントリーに固定していた。その作業に淀みはない。収容を終えると武はコックピットを開放し、キャットウォークに降り立つ。
「お疲れ様です」
山本がスポーツドリンクを差し出した。
「ああ、ありがとう。それじゃ、後はまかせるよ」
「はっ!」
山本伍長からもらったスポーツドリンクを飲みながら武は更衣室に向かった。
そこで着替えを早々と終えた武は物思いに耽っていた。そのきっかけは、先の時間の試験運転の時に遡る。機動力を試すために高度を上げたときのことだ。
ふと、画面の端に白亜の点が映った。気になったので確認してみると、そこにいたのは宇宙で見た白亜の巨艦、アークエンジェルだった。彼らはどうやら無事にアラスカに辿りついたようだ。アークエンジェルがドッグにいる様子を見るに、相当な激戦を潜り抜けてきたようだ。
同時に、あの艦に乗っていた少年のことを思い出す。運命に翻弄されて戦場に引っ張り出された彼も生きているのだろうか。
しかし、どんなに彼が気になってもドッグのある区画に他国の軍人である彼が合法的に入る方法はない。彼らと通信等でコンタクトを取るということも不可能だ。
武はどうしたものかと思案する。合法的に入れないからといって侵入するという手は悪手だ。夕呼先生に調べてもらう……こんなことで連絡したら絶対彼女は機嫌を損ねる。そうなれば後が怖い。どうしたものか。
色々と思案するものの、結局武には調べる術もない。帰国してからゆっくりと情報を集めることにした。
アークエンジェル艦内では殆どのクルーが暇を持て余していた。
昨日アラスカに到着したものの、統合作戦室からの指示で外出許可も得られず、艦内に閉じ込められた彼らには鬱憤が溜まっていた。そんな中、レーダーを監視していたミリアリアが声をあげた。
「上空に反応!これは……日本軍のMSです!」
「日本軍の?あの宇宙で遭遇したMSか?」
ナタルは首を傾げる。
「間違いありません。宇宙で遭遇した日本の新型MSです。最大望遠でモニターに出します」
確かにそこに映っていたのは宇宙で遭遇した驚異的な強さを持つ日本軍の新型MSだった。しかし、何故今ここにいるのだろうか。
「ハウ二等兵!司令部に問い合わせてくれ」
「了解です」
ややあって司令部からの通信があった。
「あの日本軍のMSはブルーフラッグに参加するためにアラスカに来ている」
「ブルーフラッグとはどういったものなのでしょうか?」
「地球連合加盟国の導入する新型MSのコンペディションだ。既に大西洋連邦、ユーラシア連邦、大日本帝国からそれぞれ一機ずつエントリーしている。対MS演習が近いのもあって試験飛行を本日実施するという報告を日本側からも事前に受けていた。貴官が見たというMSは試験飛行中だったのだろうよ」
その報告を聞いてマリューは唖然とした。自分達はこれまで地球連合の新型MS量産の先駆けとしてGAT-Xシリーズの製造に従事していた。自分達がアラスカまで持ち帰ったストライクとその運用データが連合のMS開発に繋がるものであると信じてきたのだ。
しかし、今このタイミングでコンペを行うということは、自分達のデータ抜きで地上ではMS開発が順調に進んでいたということだ。定期的に開発データがヘリオポリスから送られていた大西洋連邦の機体がコンペに通るならばまだしも、ユーラシア連邦か大日本帝国の機体がコンペに通ったならば、我々のアラスカまでの道のりはなんだったというのだ。
マリューの脳裏にはこれまでの道のりで失ってきたものが走馬灯のように映し出された。
ザフトの襲撃から最後までGを守ろうとして銃弾に倒れた同僚達、アークエンジェルを逃がそうとして大損害を被った先遣艦隊、アラスカに降ろすために犠牲となった第八艦隊、そして艦隊と運命をともにしたハルバートン提督。マリューは彼らの犠牲に報いることは連合のMS開発を成功させる以外には無いと考えていた。
しかし、これでは彼らの犠牲にはいったいどんな意味があったのだろうか。
どうすれば報いることができるのだろうか。
統合作戦室との通信が終わり、気が付けば、マリューは瞳を潤わせながら唇を噛みしめていた。
「ごめんなさい……少し離れるわ」
マリューはそう言い残すとブリッジから出て、艦長室に戻った。ナタルはマリューの表情から何かを察したのか、無言で了承する。
艦長室に戻ったマリューは泣き崩れた。ブリッジでは見せられなかった涙が頬をつたう。
「私達がやってきたことってなんだったの!?ハルバートン提督は何のために犠牲になったのよ!?」
やり場の無い思いが溢れ出す。自分たちがもっと早くにアラスカについてさえいれば、いや、直接アラスカに降りることができてさえいればこれまでアークエンジェルとストライクを守って散っていった人たちの犠牲に報いることができたはずだったとマリューは信じていた。
だが、自分達と関わりの無いどの機体がコンペで選ばれたとしてもこれまで払ってきた犠牲に報いる方法は無いのだ。
行き場の無い怒りと悲しみにマリューは慟哭した。