C.E.71 3月14日
ザフト軍 カーペンタリア基地
アスランは一人食堂で食事を取っていた。
「ねぇ、彼があのザラ議長閣下の……」
「あぁ、そうだ。中立国の軍艦に喧嘩吹っかけたっていうバカ息子」
「連合の新型機を奪って調子乗ってたって噂じゃんか。プラントの、いやコーディネーターの恥さらしだな」
「反省してんのかね、またここで同じようなことしでかすんじゃないのか。俺はごめんだね」
カーペンタリア基地に赴任してから一月ほど経ったが、未だに陰口が絶えないことは彼自身感じていた。
正直、すごく鬱陶しく感じていた。だが、自分はここでは赴任したばかりの新顔の一兵卒。ここでまたトラブルを起こしても自分の心象が悪くなるだけで、何の解決にもならない。
信頼はこれからの任務によって得ていく他なかった。彼は這い上がる気力は全く失ってはいなかった。
「おい、アスラン!」
スキンヘッドの男が食器トレーを片手にアスランに話しかけた。彼はギロン・チャペック。カーペンタリア基地航空隊に属するチャペック隊の指揮官である。
アスランは降格後に彼の隊に配属され、早期警戒・空中指揮型ディン特殊電子戦仕様のパイロットをしていた。
アスラン自身もなんとなく察してはいたが、彼が戦闘部隊ではなく、支援部隊に編入されたのにも理由がある。
一度中立国の軍艦への攻撃をし、軍事衝突を誘発したという前科がある彼の扱いを任されたカーペンタリア基地の最高責任者、イヴン・ウリョーヤ司令官は悩んだ。
彼のMS操縦技術は、アカデミー時代の成績を見る限りではあるがこの基地でも上位に入る腕前であることは明白だった。
しかし、戦闘部隊においておけば何をしでかすかはわからない。アフリカ方面で足つきによって砂漠の虎が討たれ、戦力の低下を心配した上層部がカーペンタリアからも戦力をアフリカ方面に抽出するよう命令を受けたため、現在カーペンタリア基地はパイロットが若干不足している。
できることならアスランを事務職にでも任命してMSから離れさせたかったが、そういうわけにもいかなかった。
結局、二人乗りの機体に乗せて哨戒任務でもさせることが一番安全であると判断したイヴンは彼をチャペック隊に配属したのである。
「アスラン。午後から哨戒に出るぞ。準備しとけ」
チャペック隊長の命令にアスランは違和感を感じた。
「隊長。定時哨戒なら自分は午前中に従事していましたが?」
そう。彼は午前中にすでに紹介任務についていた。本来なら次の任務は翌朝のはずである。
チャペックは新人いびりで任務をおしつけるような性格ではないことを知っているアスランは首を傾げる。
「詳しい話はブリーフィングルームで行う。飯食ったら早く来い」
「……了解です」
どうやらなにかしら起きているようだ。
アスランは昼食のリゾットを腹に収めると、ブリーフィングルームへと足を向けた。
「遅くなりました。チャペック隊、アスラン・ザラ、入ります」
扉を開けてブリーフィングルームに足を踏み入れたアスランは硬直していた。そしてその口が自然に開く。
「イザーク、ディアッカ……ニコル」
それは彼にとって一月ぶりとなる戦友との再会だった。しかし、その胸中は複雑だった。
彼らはザフトのエリートである赤服で、連合から奪取したGを運用することを許されている精鋭部隊。一方の自分は緑服に降格にうえカーペンタリアの哨戒MS隊の下っ端。
彼らへの嫉妬の感情と、彼らが五体満足であることへの安心が同時にアスランの胸中に満ちていた。
「彼ら、ハイネ隊はアフリカを突破した連合の最新鋭艦、足つきの追撃のために派遣されてきた。我々チャペック隊は足つきの行動ルートを探り、彼らの任務を支援することになった」
足つき。この艦もアスランには浅からぬ因縁がある。この艦の追撃任務が、いや、この艦のMSに乗っていた親友との再会が彼の運命を捻じ曲げたといっても過言ではない。彼にとってこの白亜の優美な艦は疫病神であった。
この疫病神は地上に降りてもザフトに災悪をばら撒き続けたらしい。すでにかの“砂漠の虎”、アンドリュー・バルトフェルド隊長、紅海の鯱ことマルコ・モラシム隊長を討ち取っているという。
「ハイネ隊隊長のハイネ・ヴェステンフルスだ」
オレンジの髪をした青年が前に出る。
「我々の任務は足つきを早期に撃沈することに他なりません。チャペック隊の諸君にも、この任務に全力を傾けてもらいます。やつらにこれ以上同胞を討たれるわけにはいきません。やつらを発見しだい、我々が現場に急行し、交戦します。足つきの早期発見を期待しています」
挨拶と決意表明を終えるとハイネはブリーフィングルームを後にする。それにニコル、ディアッカが続く。
しかし、イザークは動かない。その眼はアスランを捉えている。
「アスラン。面を貸せ」
イザークの表情から察するに、自分に喝のひとつでも入れたいのだろうとアスランは予測した。しかし、俺にも任務があるのだ。いちいち相手をしている暇はない。
「これから自分達は哨戒任務に入ります。それが終わってからでよろしいでしょうか?」
敬語を使ったことが気にくわなかったのだろう。イザークは凄まじい形相で睨みつけてきた。しかし、あくまで任務は任務。この場でイザークと話している余裕はないのだ。
「いいだろう……後で会おう」
アスランを一瞥するとイザークもブリーフィングルームを後にした。
同刻 大日本帝国 内閣府
「スカンジナビア王国ですが、撃震のライセンス生産には前向きのようです」
千葉からの報告に閣議に出席している閣僚達は喜色を浮かべた。
「そうか。順調なら何よりだ。何か先方から条件はでているのか?」
澤井の問いかけに千葉が答えた。
「先方の要求は寒冷地でも完全に稼動すること、各部の部品生産の許可などです」
「ライセンス料を払ってくれるのなら構わないですな」
吉岡が言った。
「最初から輸出モデルはコクピットブロックをグレードダウンしたものに換装した仕様になっています。我が国のMSの技術の粋がそこにある以上は問題ありますまい」
榊も口を開く。
「スカンジナビア王国も暫定的ではありますが1個連隊分を調達する予定だとか。これならかなりの収入を得られます」
しかし、浮かれる閣僚達の前で千葉の表情は崩れない。そして再び口を開いた。
「もうひとつ、ご報告があります。昨日、ユーラシア連邦大使館よりある打診がされました。」
閣僚の視線が千葉に集まる。
「援助物資の追加か?」
澤井が言った。
「いえ、違います。彼らの要望は“撃震”のライセンス生産でした」
閣僚達に衝撃が走る。
「……何故そのようなことを我が国に?彼らは大西洋連邦の開発している新型MSの供与を受けるはずでは?」
五十嵐が疑問を口にする。
「情報局でもそのような動きに関する報告がいくつか入っています。情報局の分析ですが……実績を重視したものと考えます」
辰村が言った。
「実績?MSのあげた戦果ですか?」
「そうです。我が国の主力MS“撃震”はデブリベルト周辺でザフトと、しかもその中でも名の知れたクルーゼ隊と交戦し、優位に立っていたことは公開された戦闘映像から知れ渡っていますし、我々が大西洋連邦やモルゲンレーテと交渉するために両者に渡した富士でのMS演習のデータもユーラシアに多少は洩れていたでしょう。一方で、大西洋連邦の新型MSはそのような実績が皆無です」
「ヘリオポリスから唯一脱出したストライクのアフリカでの戦果はユーラシアの知るところとなっているはずだが?」
「ストライクは試作機です。それにかのMSのパイロットはコーディネーターということは既にユーラシア連邦も把握しているようです」
「……辰村長官、つまりユーラシア連邦は大西洋連邦の量産型MSに対して不安を抱いているということでしょうか?」
榊が言った。
「そのようです。彼らも独自にMSを開発しているようですが、それもナチュラルが使用できるレベルには至っていないようですし、この際早急に戦力を揃えるには我が国のMSを導入するべきだと考えたのでしょう」
「どうしてそれほどに急いでいるのだ?」
「どうやら、ユーラシア連邦の国力低下に伴い、第三次世界大戦後強引に領土編入された地域で独立の気運が高まっているようですし。厭戦の気運も各所に見られるようになっていることが戦争を主導した上層部を焦らせているようです。1週間前にパリで暴動が起きたことも彼らの危機感を煽っているのかと」
実は辰村たち情報局の予想は殆ど当たっていた。
アルテミスのガルシア少将の報告からストライクのパイロットがコーディネーターであることを知ったユーラシア連邦は大西洋連邦の製造した新型MSの実力を疑問視していた。
その時世界中を駆け抜けたのが日本のMSによるザフト精鋭部隊の撃退の報道である。戦闘映像を見た上層部の意見は割れた。
「ナチュラルでもコーディネイターを圧倒することができるMSがすでにあるのだ。戦力を早期に立て直して反抗に出なければならない」
という意見が出る一方、
「大西洋連邦がもうすぐ新型MSをだす。それを同時に採用すべきだ。補給の面でその方が合理的だし、我々の持つ最大の武器である物量を生かせる」
という意見も出た。また、少数派だが国産MSを開発すべきだという声もあった。
「我が国でも試作MS、CATシリーズの試作機がロールアウトしている。国産にすれば国内産業にも活気を与えることができる」
という意見だ。
ただ、一つ情報局は見誤っていた。彼らは危機感を煽られていたのは事実だが、それはザフトからのものでも、国民からのものでもなかったのだ。
上層部では喧々諤々の議論が続き、更にその最中に大西洋連邦からストライクダガーの採用を求める政治的圧力がかかったり、軍部、特に大西洋連邦に対抗しようとする主流派からも実績のある撃震を推す意見が出されたりし、収まりがつかなくなりつつあった。
下手に結論を出してそれを不服とする一派をだせばユーラシア連邦の内部は割れ兼ねない状態であった。それが彼らの危機感を煽っていたのである。
もし、ストライクダガーを採用すればライセンス生産で取られるパテント料は高くつく。アズラエル財閥がどれほど吹っかけてくるかわからない。一部にはOSの著作権を持っている日本にも支払う義務が生じるだろう。おそらく性能は支払った費用のわりには合わない。自国開発の芽をつぶされたユーラシア連邦は恐らくこれからもMSの供与を受け続けることになるだろう。
撃震を採用した場合も大西洋連邦との間に軋轢が生じる。恐らく共用しているMAや艦艇の部品の供与といった支援が縮小されるといった制裁が行われる可能性がある。スエズを奪われて日本から大規模な支援を受けられなくなった今、大西洋連邦からの支援も縮小されればいくつもの戦線が限界をむかえてしまう。反抗など夢のまた夢だ。
ユーラシア連邦はあっちをとってはこっちがたたない状況に追い込まれていた。
そして、ついに決断した。
その答えが、大西洋連邦のMSと日本のMSでコンペティションをするというものだ。ザフトへの反抗に必要なMSは優れた性能を持つMSであるということを前提とし、実際にコンペを実施してどちらが相応しいかを見極めるということである。
どちらの選択肢でも反発は避けられない以上、反発する材料を少なく出来るようにしようという名目で計画されたコンペティションという色々と背景にやましいものを抱えた答えであった。
今回の打診はそのコンペティションの前振りであり、日本に自国のMSを輸出する意思があるかを見極めるものであった。
「ユーラシアも内部は色々と火種を抱えている。それゆえの焦りか」
澤井は腕を組む。ここでライセンス生産の許可で得られる利益は魅力的だ。ややあって澤井は決断した。
「スカンジナビアにも輸出することは決まっている。機密という点では問題は無い……前回の閣議でもユーラシアに供与する際に軍需産業複合体との軋轢が問題になるという話があったが、あちらからの申し出であるならその心配もないな。とりあえず交渉に入るという点について諸君の中で、何か反対意見があるものはいるかね?」
閣僚の中で積極的に反対意見を出すものはいなかった。
「反対はなし……か。よろしい、千葉大臣、先方との本格的な交渉に入ってくれ。その条件しだいでは撃震のライセンス生産の許可も視野に入れていこう。次回の閣議で詳しく交渉の経過を聞く。その際に最終決定を下したい」