C.E.71 2月20日
プラントと日本の突発的な武力衝突から2週間がたった。その間各国は事実関係を調査すると共に、日本に向けて対プラント参戦をより積極的に打診するようになっていた。
しかし、この武力衝突は各国が期待したようには終結しなかった。プラント最高評議会は日本側への誤射が武力衝突の原因になったことを明らかにし、最初に引き金を引いたザフトの非を全面的に認める声明を発表した。加えて事件を引き起こしたプラント国防委員長の子息は一兵卒に落とされた上に5年の昇給停止、10ヶ月の減俸処分にされるとし、賠償金の支払いにも応じる姿勢を見せた。
各国も両国が穏便な解決策を受け入れようとしている様子をみて、これ以上手を出そうとしても収穫は無いと判断し、手を引いていった。
大日本帝国内閣府
プラントからの謝罪表明を受け、澤井内閣の面々が会議室に顔を揃えていた。
「どうやら、対プラント開戦は避けられそうだな」
澤井は手元にあるプラント最高評議会から在プラント公使館に送られてきた書状を見やる。
そこにはプラント側が提出した2月6日のデブリベルト周辺での武力衝突における戦闘詳報の写しが含まれていた。
「ザフトの戦闘詳報の記載は概ね練習艦隊が提出した戦闘詳報に書かれている事実と一致しております。また、謝罪と賠償に応じる姿勢も見せておりますので、対プラント関係の悪化は防げそうです」
吉岡の発言で閣僚達は胸を撫で下ろした。例え誤射であったとしてもそれを引き金に全面戦争に至る可能性をこれまで捨て切れなかったためである。
しかし、今回のプラント側の声明でほぼその疑念は払拭された。
「しかし、ビクトリアも陥落したとの情報も入っています。地上ではザフトの脅威が拡大しています。スエズにビクトリアまでザフトの勢力下になってしまってはこれまでのような大規模なユーラシアへの援助は不可能です。そうなればユーラシア連邦は……」
千葉外務大臣の発言に再び場の空気は重くなる。元々日本はユーラシア連邦とそれほど親しいわけではないが、貿易相手国の没落は交易国家である以上見過ごせない。
「宇宙で練習艦隊と関わったアークエンジェルがザフト勢力圏に降下したという情報も入っております。このままではかの船も奪取を免れた連合の新型MSと共に鹵獲される可能性も否定できません。連合の最新技術を全て奪取された場合、ザフトは更に強大化する可能性もあります」
吉岡が言った。
「さらに、現状地球連合はアークエンジェルを救出しようという姿勢をみせてはおりません。カサブランカ沖海戦以後戦力の消耗を恐れて大規模な攻勢に出るのを避けるようになった連合軍が孤立無援の戦艦1隻とMS一機を助けるために戦力を防衛線から抽出することは無いと言っていいでしょう」
「……辰村局長、連合のMSの開発状況に関して何か進展はないだろうか?MSの配備が進めば戦局も変わる可能性があると思うのだが」
澤井の問いかけに辰村は唸るように答えた。
「現在試作機がテスト中との情報です。ですが、圧倒的な物量差での運用を前提としているようで、恐らく本格的に運用が始まるのは5月以後になるという報告が来ています。」
「5月……か。それまでザフトの進撃は止まりそうに無いか。しかし、周辺国が本格的にMSの運用が可能になった場合、我が国の防衛も対MS戦を想定することが不可欠になる。吉岡防衛大臣、それらのことはどうなっている?」
「現在、宇宙軍については撃震の正式型の生産を予定を前倒しにして開始しております。前回の試算では8月までに一個連隊分が限界でしたが、状況はMS一個連隊ではとても対応できないものになると考えられます。つきましては、撃震の追加配備が必要になるかと」
「一体どれほどのMSが必要になるのでしょうか?」
大蔵大臣の榊が吉岡を睨みつける。大蔵の番人の視線を浴びながら吉岡が答える。
「宇宙軍航宙隊に撃震1個連隊、瑞鶴1個大隊、コロニー防衛隊に撃震2個大隊。そして陸軍に撃震1個連隊、瑞鶴1個大隊が必要になるとの試算が出ております。さらに、海軍にもザフトの水中MSとの戦闘を想定した水中用MSの開発と配備が必要になります」
榊は眩暈を起こしそうになった。前回の閣議決定の後提出された撃震1個連隊の配備計画ですら相当な予算を必要としたが、もしこの配備計画が成立すれば撃震3個連隊分+瑞鶴2個大隊分の金がかかるのだ。
恐らくこれは防衛省の試算した防衛戦略上最低限必要な数である。もしも戦争なんてしたらこの倍のMSの生産も考えられる。
「榊大臣」
澤井がこめかみを抑えている榊に話しかけた。
「君達大蔵省には苦労をかける。だが、国民の安寧を守るためにはどうしても軍事力が必要となる。この世界情勢の中で、弱みを見せるわけにはいかない。侵略に屈するわけにもいかない」
榊も澤井のことは理解している。国連の日本大使などを歴任し、首相に当選してからも外交、財政でこの国の舵を巧みに操ってきた彼は国民のために必要なことには妥協しない人物だということも当然理解している。
「帝国の臣民と陛下を守るために必要な力であるのなら、我々が財布の紐を緩めることは吝かではありませんよ」
榊は澤井に微笑んだ。
防衛省特殊技術研究開発本部技術廠第一開発局
「久しぶりだなぁ、唯依ちゃん」
顔に大きな傷を持つ男が美しい黒髪をなびかせる女性を迎えていた。
「巌谷のおじ……巌谷中佐、職務中です。公私で呼び方は分けて下さい」
女性……篁唯依中尉は緩みかけた顔を引き締めるながら答えた。
「はっはっは、すまないな、しかし、唯依ちゃんが無事に戦地から帰ってきたんだ。親代わりとして、つい安心してしまってなぁ」
「ハァ……わかりました」
挨拶もそこそこに唯依は技術廠の中の会議室に案内された。周りには巌谷や他の技官らも着席している。
全員の着席を確認した巌谷が切り出した。
「さて……全員事前に配布した戦闘詳報と機体のレコーダーの記録、戦闘後の各部部品の磨耗状況の報告に目をとおしたと思う。その上でだ、試製瑞鶴のテストパイロットをしていた篁中尉に対しての質問事項はあるかね?」
初老の眼鏡をかけた男が挙手した。
「篁中尉、あなたは先の戦闘において、後部ガンマウントを用いて近距離射撃を行っていましたが、ガンマウントの起動速度に対してどのような心象をお持ちになりましたか?」
「後部ガンマウントの起動は迅速でしたので、特に問題視するようなことはありませんでした。ただ、高速移動による慣性のためか照準が安定せず、銃弾の散布界が広がってしまっていると感じました」
「ガンマウントを起動しながらのAMBAC制御に関して意見はありませんか?」
「ガンマウントを起動した瞬間ですが、一瞬姿勢がぶれたように感じました。敵MSの死角からの攻撃を成功させるためには起動前のモーションで気づかれるわけには行きませんし、ガンマウント起動時に瞬時に起動を安定させるプログラムを組む必要があると感じました」
その後も3、4の質問に答えた後、唯依は会議室を退室した。会議室では唯依の提唱した問題点についての議論が続いている。
「ふう……」
唯依は一息つく。MA隊にいた自分が突然のMSへの機種転換訓練を命じられたのが7ヶ月前。当初はMAとは全く扱いの異なるMSの操縦に苦労したものだが、データが蓄積されて間接制御システムが上手く機能するようになるとあっという間にMSが手足のように感じられるようになった。
ふと、訓練を共に受けた男を思い出した。白銀武。彼は異常ともいえる存在だった。初めて乗るはずのMSをまるで知っていたかのように乗りこなし、さらにはアクロバットまで自由自在。撃震で連続バック転からの、1回宙返りを決めたときはどこの青いコアラかと突っ込みたくなった。その後彼は整備班からたっぷりと説教されたらしいが。
だが、一度戦闘に入るとその動きには無駄が無い。訓練の中で幾度か戦う機会があったが、結局彼に一太刀入れることは叶わなかった。恐らく現状では日本軍最強のパイロットであることは間違いない。
ちなみに、書類仕事が苦手な上に動きが特殊すぎるために試製瑞鶴のテストパイロットには抜擢されず、試作機の護衛を任されて練習艦隊に同行していたらしい。
そんな彼だが、練習艦隊と分かれた後は地上で陸軍のMS教導を行っているそうだ。確かに彼はどんなシチュエーションにおいても最強の座は揺るがない。しかし、一瞬脳裏には地上でアクロバットを決める撃震軍団が浮かんでしまい、別の意味であの男に教導される陸軍部隊を心配してしまった。
そんなことを考えながら唯依は技術廠を後にした。