機動戦士ガンダムSEED ZIPANGU   作:後藤陸将

16 / 87
PHASE-7.5 贖罪の山羊

 C.E.71 2月11日

 

 ラクス・クラインを救助し、姫を魔王から救い出した勇者として帰還するはずだったアスランはプラント到着後にまず議会への出廷命令を受けた。

 

 いったい何事であろうかとアスランは思案する。

連合のG兵器の脅威についてはすでに報告済みだ。ラクス関連ではいろいろあったが、その報告程度で議会にまで呼び出されることなどありえない。

答えの出せないままアスランは議場の扉をくぐった。

 

 議長席ではシーゲル・クライン議長が深刻そうな顔をしている。自分の父の顔も険しい。議場は重苦しい雰囲気に包まれていた。

いったいどうしたのだろうか。自分は何かしただろうかと自問する。

 

 息が詰まりそうな空気の中でアイリーン・カナーバ議員が口を開いた。

「認識番号285002、ZAFTクルーゼ隊所属、アスラン・ザラ。あなたは2月8日に、非交戦国である日本の軍隊と交戦しましたね?」

「はっ。確かに自分は日本軍のMSと交戦しました。しかし、先に日本軍からの攻撃を受けたために、応戦しただけです。非交戦国に対して先に手を出したわけでは」

「違うだろうが!」

 

 アスランの肩は自らの父親、パトリック・ザラの突然の怒号で跳ね上がった。

「貴様はよくこの場でそんなふざけた事を口に出せるな!」

「父う……国防委員長閣下、私は嘘などついてはおりません。機体のレコーダーを調べていただければはっきりします」

アスランは身の潔白を主張する。しかし、パトリックは全く表情を緩めない。

 

「ならばこれはどういうことだ!?」

パトリックは入り口に待機している武官に何かを指示した。

 

 議場のスクリーンに映像が映される。機体の位置関係からして、日本側から撮影されたものであろう。画面奥ではアスランが駆るイージスがストライクと交戦している。

そしてイージスのスキュラが放たれた。それを避けるためにストライクは距離をとった。しかし、そのスキュラの射線が問題だった。先に撃破した護衛艦の破片を貫通し、イージスからは死角になっていた日本軍の艦艇にスキュラが命中していたのだ。

 

 「昨日、在プラント日本公使館を通じて日本政府から厳重な抗議が届いた。カナーバ議員が交渉の末、事実調査のための猶予時間を得たために開戦はひとまず回避されたところだ。今回の事件の原因究明のために貴官に出頭してもらったのだ」

シーゲル・クライン議長が重々しく口を開いた。

 

 

 

 

 ―――C.E.71 2月8日にデブリベルト周辺で発生した日本軍とザフトの軍事衝突についての詳細な報告を練習艦隊から受けた日本政府は震撼した。

地球連合とザフトが開戦した後、日本は一貫して地球連合への好意的中立の立場をとり続けていた。地球上の各地に日本は医療品や食料品を提供し、連合の兵站に大きく貢献していたのだ。

しかし、日本の本格的参戦を望む大西洋連邦は外交攻勢を強めていた。

各地の戦線が膠着状態にある今、精強な日本軍が本格的に参戦すれば戦況の悪化に繋がりかねないためにプラントも大西洋連邦に負けじと外交攻勢を強めていた。

 

 そんな状況で今回の武力衝突が発生したのである。下手をすれば日本との戦端を開くことにもなりかねない。今回の武力衝突で日本軍の驚異的な実力が判明した以上、日本軍の参戦だけはなんとしても避けなければならないという認識で最高評議会は一致していた。

 

 

 

 

 映像を確認したアスランの頭の中は真っ白になっていた。

自分の行為は日本との戦端を開き、プラントにとっての脅威を生み出してしまうことに他ならなかったのだ。

 

「我々としては事実関係を速やかに精査し、謝罪しなければならないのだ。さて、先程の発言から考えるに、君は射線上の日本艦隊に気づかずにビーム砲を放ったということで間違いないかね?」

シーゲルの問いかけにアスランは答えた。

「はっ……私はこの映像の通り、撃破した護衛艦の破片で見えない日本艦隊に気づかずにスキュラを放ちました」

「レーダーに反応はあったはずだ。貴様の機体に搭載されていたレーダーは地球軍の最新鋭のものだ。その中でも貴様の機体は奪取した4機の中で最高性能のものだろうが!貴様は何を見ていたのだ!?」

パトリックが声を荒げた。英雄にする予定だった息子が戦犯になるような真似をしでかしたとなると冷静ではいられなかったのだ。

 

「申し訳ありません……私の不注意であります……」

戦闘中アスランの頭の中は友人と殺しあうことや、生還が絶望視された婚約者のことでいっぱいだった。そのことが彼から集中力を奪っていたのだ。

しかし、そのような言い訳は通用しない。どのような事情があったとはいえ、彼は己の手で武力衝突の引き金を引いたのだから。

 

 「貴様にはおって処分を下す!拘置所でおとなしくしていろ!この愚か者が!!」

パトリックは息子を怒鳴りつけ、室外に待機していた兵士にアスランを連行させた。

アスランは返す言葉も無く、項垂れながら連行されていった。

 

 

 シーゲルは暫し天を仰いだ。

「……我々の方から攻撃があったことが事実なら、我々に非があることになるな」

「日本政府の要求はどのようなものなのでしょうか?」

エザリア・ジュールがカナーバに問いかける。

「日本政府からの要求は4つです。まず第一に今回の武力衝突における経緯の徹底究明ならびに早急な説明、第二に最高評議会から日本政府に対する公式な謝罪、第三に責任者に対する厳重な処罰、第四に賠償金の支払いとなっています」

 

 日本政府の要求にパトリックは苦虫を噛み潰した顔をした。

「ナチュラルのくせに調子にのりおって……!!やつらも討ち果たさねばならんか」

「しかし、我々から攻撃があったことは事実です。あちらが今回の戦闘のレコーダーを公表した場合、我々には彼らの主張を否定できる証拠はありません。最悪の場合、日本と戦端を開かれることも考えられます。クルーゼ隊から提供された戦闘記録を見ると、明らかに日本のMSの性能はジンを、いや、奪取した連合の新兵器をも凌駕しているのでは?」

「日本が我々に対して戦端を開いた場合、連合にあのMSを供与することもありえます。そうなるとミリタリーバランスは崩壊しかねません。血気にはやるようなことは慎んでいただきたい」

パトリックの物騒な発言にオーソン・ホワイトとアリー・カシムが苦言を呈する。

 

 

「今回の事件の影響が大きくなると今後の戦略にも影響が出かねん。早期に対処して終わらせるべきだ」

シーゲルの発言にパトリックが反論する。

「何を言いますか!ここで引く必要はないでしょう!奪取した地球軍の兵器を元に新兵器の開発も始まっております。7月までに新型機を実戦に投入できるでしょう。そうなれば野蛮なナチュラルどもなどもはや敵ではありません!!」

「日本は既に宇宙にMSを配備している可能性もある。ここで通商破壊を行われたならプラントは食糧不足になりかねん」

「あの悪食民族は今度は通商破壊で我々の食料事情を脅かしますか!ハッ、面白くない冗談だ。だが、やつらの通商破壊など哨戒用機体や高速艦も充実しているザフトの脅威ではない」

「パトリック、今別方面に戦線を作ったらザフトの活動限界を超える。これ以上軍事費を上げて国民の生活を圧迫することはできないんだ」

 

 

 マンデンブロー号事件の後、プラントはその食料輸入先を日本に切り替えた。プラント理事国は南米から食糧を輸入しようとしたことへのペナルティーとして食糧価格を大幅に吊り上げていたためである。

その点日本は『恵比寿』『豊受援神』『倉稲魂神』『大歳神』などの食料生産コロニーを有しており、その規模は宇宙の食糧庫を自称するほどであった。別にプラントとは特に深い関係もない日本は適正価格で食糧を輸出していたのだ。流石にプラント理事国も南米とは段違いの国力を持つ日本の船に手を出すことはできなかった。

しかし、この食糧輸入もコペルニクスの悲劇の後中止されている。日本はこの後に地球連合に対する好意的中立の立場を取ると表明し、プラントに対する経済制裁を実施したためである。

ちなみにプラントへの輸出が止まり余剰になった食糧はそのまま地球連合軍の食糧にまわされているために日本側は大きな取引先を失ったところで痛くもかゆくも無かった。

 

 なまじ理事国以外にも食糧供給先が確保できていただけあって、巨額の費用が必要とされる穀物生産コロニー建造はスローペースだった。

そのためプラントの食糧自給率は開戦時に60%に満ちていなかった。オーブや大洋州連合からの食糧輸入でかろうじて食いつないでいたのだ。開戦から2ヶ月もたたぬうちにザフトが地上侵攻を実施した背景には食糧の確保と言う切実な問題もあったのだ。日本のコロニーへの侵攻という案も考えられはしたが、自分達の大義名分を失うと説いたカナーバによって廃案にされている。

 

 

 

 議員の半数以上が今回の事件は穏便に解決したいと考えている以上、パトリックもこれ以上強攻策を唱えられなくなった。

不愉快そうなパトリックを横目にカナーバが口を開いた。

「議長、日本からの要求にはどのように答えましょうか?」

「第一、第二の要求は受け入れざるを得ないだろう。第四の要求に対しては交渉で緩和したいところだ。そして、第三の要求についてだが……」

シーゲルはパトリックに視線を向ける。

 

 パトリックはシーゲルに顔も合わせず、憮然としながら口を開いた。

「指揮官であるクルーゼを罰するわけにはいかん。ネビュラ勲章持ちの英雄がこのようなことで処分されたとなれば全軍の士気に関わる」

「しかしだな、パトリック、関係者の処分をしないわけには」

「蜥蜴の尻尾きりをすればいいでしょう」

「誰を切る気だ?」

議場の空気にはパトリックへの不満が満ち始めていた。議員たちはパトリックが息子かわいさに他の人間に罪を着せようとしていると思ったのである。しかし、そんな疑念は次のパトリックの言葉で打ち砕かれた。

 

「アスラン・ザラを緑服に降格処分とする。国防委員長の息子が一兵卒に降格処分されたのなら、日本側に対する我々の誠意のアピールにもなります。日本側も誤射であったことは映像の解析によって判明しているはずですから、極刑を求めてはいないでしょう。ただし、議長。ことを愚息の処分だけですませるために、謝罪の際にも全ての責任は愚息にあることを明確にして日本側に示していただく」

「いいのか?」

「ラクス嬢とは婚約破棄させます。気にしないでいただきたい」

「……分かった。パトリック、アスラン君の犠牲は無駄にはしない」

 

 

 

 

 

 アスランは拘置所にいた。ここに入れられてから2日になるが、彼は殆ど眠れず、憔悴していた。

ベッドに腰掛けていると、コツコツと靴の音が聞こえる。だんだんと近づいてくるようだ。やがてその音は自分のいる房の前で止まった。

 「認識番号285002、ZAFTクルーゼ隊所属、アスラン・ザラ、出なさい」

自分はどうやら出られるようだ。アスランはベッドから腰を上げた。

 

 

 

 拘置所から出たところには父がいた。自分を見つけた父は懐から取り出した封筒を差し出した。

「貴様への辞令だ。さっさと読め」

アスランは封筒から取り出した辞令を朗読する。

「認識番号285002、ZAFTクルーゼ隊所属、アスラン・ザラを緑服へ降格処分とし、カーペンタリア基地への配属を命ずる・・・・・・」

「ザフトでは愚かなナチュラルの軍隊と違い、愚か者は出世できないようになっている」

突然の状況の変化にアスランは呆然と立っていることしかできなかった。そして、理解した。自分は蜥蜴の尻尾きりにされたのだと。そして父は自分よりもクルーゼ隊長を守ろうとしたことを。しかし、パトリックの続く言葉でアスランは己の誤解を解かされた。

 

「実力で這い上がって来い、アスラン。貴様を私は弁護しない。己の能力だけで出世しろ」

そう声をかけると、パトリックはアスランに背をむけ拘置所前に停めてあった送迎車に乗り込みこの場を後にした。

 

 己の能力を示して出世しろ・・・・・・つまりは、親の背景は関係なく這い上がってこいということだ。アスランは父の真意に気づけなかった浅慮な自分を恥じた。 

 

 

翌日、彼は地球に降りるシャトルに搭乗した。その瞳には左遷させられる悲壮感は無く、激しい気炎が上がっていた。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。