C.E.71 1月25日 L3 オーブ連合首長国領コロニー
ヘリオポリス
「誘導に従い速やかに入港せよ」
艦橋で練習艦隊司令官古雅祐之(こが すけゆき)少将は一部の気の緩みもなく静かに入港作業を見守っていた。
船内のいたるところで初々しい士官が号令を飛ばしている。
日本の宇宙軍士官候補生は士官学校卒業後に実務練習のために練習艦隊に配属され、そこで遠洋航行実習を行うという伝統がある。実習終了後に士官候補生は少尉として任官し、各地に配属されるのだ。
そして練習遠洋航行では国際親善を高めると共に国際的な視野を養うために毎回外国領のコロニーや月面都市を訪問することになっている。
大日本帝国宇宙軍の練習艦隊は練習遠洋航行の一環として今回はオーブ領ヘリオポリスを訪れていた。
練習艦隊は旧式の巡洋艦『鹿島』、沢霧型駆逐艦『沢霧』『山霧』『朝霧』の4隻で編成されている。
「艦長!入港完了しました。艦の各部に異常ありません」
艦内の管制を行っていた候補生が言った。
「よし、候補生は全員降りたまえ。これから入港歓迎式典がある」
『鹿島』艦長羽立進(はだて すすむ)大佐は席を立ち、制帽を被りなおした。
「はっ」
見惚れるような敬礼を返した候補生はマイクを取り、艦内に放送を入れた。
幹線道路を走るエレカに乗るナタル・バジルール少尉は平和にうつつをぬかしている国民にあきれ果てていた。そんな時、ふと反対側の車線を走る大型エレカに乗った白い軍服を着た若者達が目に入る。先程見たカレッジの学生達と同じ年頃だろうか?しかし、その顔つき、体つきは全く違っていた。
「日本軍か?」
ナタルは怪訝な顔で隣に座るアーノルド・ノイマン曹長に尋ねる。
「練習航海で訪れた日本宇宙軍の仕官候補生でしょう。日本の練習艦隊が入港することは聞いていましたから。今じゃ数少ない宇宙での中立領ですし、練習航海で訪問することに別段不思議はないでしょう」
ノイマンは特に気にすることは無く答えた。
ナタルは秘密兵器を製造しているコロニーに堂々と他国の艦隊が入港していることが気になったが、練習艦隊ならそこまで気にすることではないと考え直した。
少尉候補生や艦隊の司令官が歓迎式典に出席しているころ、練習艦隊に残った者は補給物資の積み込みをしていた。
「水、食料の積み込み終わりました」
「その他の物資も八割ほど搬入は完了」
その搬入作業のさなか、練習艦隊の入港している区画に大型のトレーラーが入ってきた。
作業中の乗組員達はそのトレーラーに乗っている巨大なコンテナに怪訝そうな顔をした。通常の補給ならこんな巨大なコンテナを搬入することはない。
怪訝そうにトレーラーを見つめていると、トレーラーの助手席から一人の女性が降りてきた。モルゲンレーテの工員服を着た、黒髪が美しい大和撫子の鏡のような若い女性だ。
タラップを誰かが降りてくる音を聞き、ふと振り返ると旗艦『鹿島』副長の牧田敏明中佐が艦より降りて女性に歩み寄っていた。
「宇宙軍練習艦隊『鹿島』副長の牧田敏明中佐だ」
「宇宙軍安土航宙隊『
篁中尉は敬礼する。
「あのコンテナが我々に任された荷物ですな?」
牧田が念を押すように尋ねた。
「はい。その通りであります」
牧田はにこやかな顔で頷くと、篁をねぎらった。
「任務ご苦労だった。中尉には空いている女性士官室を用意している。後は休んでいたまえ、金山曹長!篁中尉を案内してさしあげろ」
「はっ」
牧田に呼び出された金山に連れられ、篁は艦内に入っていった。
それを見送った牧田は搬入中の作業員に指示をとばす。
「コンテナを鹿島の格納庫に収納しろ!」
疑問に思った作業員達だが、中身を牧田に問うことは無かった。彼らは軍人だ。知らなくてもいいことは一々検索しなくてもいいと割り切っている。
ヘリオポリスの港湾近くの講堂にいた練習艦隊の士官候補生達をすさまじい揺れが襲った。
間髪いれず歓迎式典に同行していた通信士が古雅に駆け寄った。
「司令官!『鹿島』からの通信です!港湾区画にジンを2機確認!ザフトの襲撃と思われます!」
古雅は一瞬目を見開いたが、すぐにいつもの気の張った表情に戻り、声を張り上げた。
「敵襲!総員速やかに乗艦せよ!第一戦闘配備だ、いそげ!!」
実戦経験のない候補生達だったが、士官学校や普段の艦内勤務の条件反射で上官の一声で一斉に席を立つと搭乗してきた大型エレカに駆け込んだ。
「副市長殿、折角の歓迎式典でしたが申し訳ありません。現在ヘリオポリスはザフトの襲撃を受けています。我々は艦隊に戻りますが、皆さんも早くシェルターに避難してください」
古雅は歓迎式典に出席していたヘリオポリス副市長に謝罪すると、既に発進準備の整っていた大型エレカに駆け込んだ。
物資の積み込みを完了させていた練習艦隊は戦闘配置についていた。
「レーダー感あり!数3!熱紋照合、ジンです!」
「対空戦闘準備!対空ミサイル発射準備!」
命令が飛び交う『鹿島』の艦橋に篁が入ってきた。
「中佐!状況は!?」
「ザフトの襲撃だ!港外に巡洋艦2、MS1コロニー内にMS3が展開している。駐留していたオーブ軍MAと大西洋連邦船籍の貨物船から発進したMA3機が港外で応戦中だ。篁中尉!万が一のときに君の持ってきた〝あれ″は出せるか?」
牧田は切迫した表情で問いかけた。
「無理です。現在〝あれ″は分解された状態です。組み上げるにも知識を持った整備員もいません」
篁は悔しそうに答えた。
その時、艦橋の扉が開き、古雅ら指揮官が入ってきた。
「司令官!艦長!」
牧田の顔には喜びが浮かんでいた。
「ご苦労だった、牧田中佐。状況報告を頼む」
古雅の眼光に牧田は浮かんでいた喜色を消し、再びその身を正した。
「なるほど…状況はかなり悪いな」
状況報告が終わった時、古雅が言った。
「司令官。これより練習艦隊はヘリオポリスを脱出すべきでは?」
『山霧』艦長山名順平中佐が具申する。
「状況は予断を許さないものだ。最悪の場合、港外に展開しているザフトと戦闘することになる。正直この新米が多い練習艦隊でどこまで戦えるか」
羽立が眉間にしわを寄せて口にした言葉に一同考え込んでしまう。
そんな中、古雅が口を開いた。
「篁中尉」
「はっ…はい!」
突然話しかけられた篁は動揺してしまった。しかし、そんな彼女には構わずに古雅が尋ねる。
「中尉はこの艦に搬入されたものを動かせるか?」
「できます。しかし、先程説明したように機体が用意できません」
篁の返答に落胆するそぶりも見せず、古雅は再び問いかけた。
「中尉以外の我が国の技術者達はどうしている?」
篁は古雅の言わんとしていることに気づき、表情が明るくなった。「彼らは物資の第一次搬入後にモルゲンレーテ内の日本人居住区に戻りました。襲撃後は持ち出せるだけの資料を持ってシェルターに避難した可能性が高いです。彼らなら、機体を出撃できる状態にできます!上手くいけば同時に第二次搬入作業で収容する予定だった補充部品や試作兵装も回収できるかもしれません」
「しかし、傍受した通信によると現在この宙域ではザフトと連合の戦力が衝突中です。大型エレカで彼らを回収するのは危険では?わざわざ安全なシェルターから移動させるとなれば、彼らの安全は保障できません」
「ザフトの主目標は通信にでてきたアークエンジェルという軍艦と連合側に残されたストライクというMSだろう。それに技術者には護衛をつける。白銀武少尉と九條醇一大尉に準備させろ」
『沢霧』艦長の佐古俊太郎中佐の懸念に対して古雅が返した言葉は会議の出席者を絶句させた。
「ですが、よろしいのですか?この艦がMSを搭載しているのは荷物を受け取った復路での万が一の事態のためです。我々がMSを擁することがザフトにも知られてしまう恐れがあるのでは?」
「どのみちこれから戦闘は避けられん。ならば戦力を充実させることが最優先目標だ」
古雅の覚悟を秘めた瞳に見つめられた彼らも覚悟を決めた。
「『山霧』、『朝霧』に連絡!撃震出撃準備!装備は迎撃後衛だ!」
ついに練習艦隊が牙をむいた。