C.E.70 11月3日 大西洋連邦首都 ワシントン 国防総省会議室
会議の出席者はその映像に釘付けだった。
「何と・・・・・・これが日本のMSだというのか!?」
陸軍参謀は驚きのあまり声を張り上げた。他の出席者も言葉の出ないものばかりだ。
彼らが見ている映像は先日大日本帝国からMSの共同開発を持ちかけられた際に日本側から提示されたものだ。
その映像に納められていた二機のMSはまるで人間のように滑らかな動きで戦っていた。
そして日本側の交渉人はこれがナチュラルのパイロットが操縦するMSの映像だというのだ。
「しかし・・・・・・本当にこのパイロットはナチュラルなのか?」
事務次官ジョージアルスターが疑問を投げかける。
「事務次官はこのパイロットがコーディネイターと考えておられるようですが、その可能性は低いと考えます」
参謀本部のサザーランド大佐が発言する。
「彼らがこの映像を公表したのはMSの共同開発に参加するための交渉材料にするためでしょう。実際、現在ヘリオポリスで製作中の試作機はOSの製作が難航し、いまだ完成には程遠いのが現状です。一方、この映像を見る限り日本は自力でナチュラル用OSを作り上げたことは間違いありません。つまり」
「あっちがOSを提供する代わりにこちらが開発中の兵器の新技術を渡す・・・…という取引を向こう側が望んでいるということですね?もしこの仮説が正しければ交渉の前提となるナチュラル用OSは確実に日本側が持っていることになるということですか」
金髪の若いビジネスマン風の男がサザーランドの言葉を遮った。
「そういうことですアズラエル理事」
サザーランドは自分の言葉が遮られたことは気にすることなくアズラエルの仮説を肯定した。
会議の出席者達は考え込んでいる。ナチュラルでも操縦できるMSの早期実用化が可能になる今回の取引は悪くは無いものだ。ただ、代償がP.S装甲や小型ビームの技術となると即決できるものではない。
しばらく沈黙が続いた後、アズラエルが発言した。
「・・・・・・今回の取引、受けましょう」
サザーランドもアズラエルに続いて口を開く。
「小官も賛成です。確かにP.S装甲などの技術は惜しいものですが、この取引が成立すれば2月中には確実にG兵器をロールアウトできます。戦局を巻き返すのは早いにこしたことはありません。ただ、現在G兵器開発は第八艦隊のハルバートン提督の強い影響下のもとで進んでいます。それに今から介入するというのは・・・・・・」
「我々(ブルーコスモス派)に介入されるとごねますか。でもまぁ、彼らも受け入れざるを得ないでしょう。巨額の開発費を使っていながらいまだに結果を出せていないんです。文句は結果を出してから言えということですね。我々も彼らのMS開発プロジェクト――『TSF―X計画』に協力し、技術交流をすることに、誰か異議はありますか?」
この場の出席者も各々思うことはあったが、ザフトの排除が最優先目標であることは替わりが無い。
アズラエルの提案への異議を申し立てる者は出席者からは一人としてでなかった。
オーブ連合首長国 オノゴロ島 モルゲンレーテ社
ロンド・ミナ・サハクの突然の訪問にエリカ・シモンズは恐縮していた。
「そう、恐縮することはない。私は何も君に無理な注文をしにきたわけではない」
エリカは内心で舌打ちした。以前には専用機を造れだの無理な注文をしていたくせして、何を言うか。
そんなエリカの内心を知ってか知らずか、ミナは挑発的な笑みを浮かべながら口を開いた。
「ヘリオポリスでのMS開発、難航しているようだな」
「ご心配には及びません。ロールアウトも目前まで迫っています」
実際にはOSが未だに満足のいく使用にいたってはいないのだが。「隠すことは無い。ナチュラル用のOSの製作が難航しているのだろう?」
モルゲンレーテをはじめとした軍需産業界や、軍全体にシンパを持つサハクにとってこの程度の調べごとは造作も無いことだったのだろう。
「……そこまで知っているのなら、いまさら何のようですか?」
ミナが付き人に視線で促す。付き人が懐から取り出した書類をエリカに差し出した。
エリカは書類の内容に目をとうし、目を見張らせた。
「……日本からの技術提供ですか!?」
エリカのリアクションの満足したのか、ミナが話を再開した。
「先日、日本政府からの打診があってな、先方はヘリオポリスでのMSの共同開発を希望しているらしい。彼らは自己学習型機体制御プログラムを軸としたナチュラル用のOSを提供する見返りにこちらがヘリオポリスで建造中のMSに投入されている新技術を所望しているということだ」
「技術の漏洩というデメリットを考えると、そのようなものが必要だとは思えませんが?」
エリカにも技術者としての意地がある。自分達の技術力ではMSを造れないと宣告されてはい、そうですかと受け入れるわけにはいかない。
しかし、ミナはその意地を一笑に付した。
「そのような勇ましいことは結果をだしてから言いたまえ。君達は求められた結果を出すことは出来なかったのだから」
エリカは言い返すことができない。自分達はナチュラル用のMSを造ることはできなかったのだ。
「それとも、何か言い訳でもあるのならば聞くが?」
ミナの言葉にエリカは苦虫を噛み潰したような表情をした。そして、これから命じられる仕事は自分達の矜持を否定するものであることを察した。
「では、改めて命じようか、シモンズ主任。君はヘリオポリスでのMSの共同開発において出来る限りの日本の技術を奪うように手を尽くしてくれたまえ」
L3コロニー ヘリオポリス
「日本との共同開発でありますか?」
ヘリオポリスにあるモルゲンレーテの兵器工廠でマリュー・ラミアス大尉は素っ頓狂な声を挙げた。
「そうだ。アラスカのやつらが取引をした」
忌々しげにカイン・ポール中佐は吐き捨てた。彼は地球連邦軍第八艦隊司令官にしてG計画の推進者であるデュエイン・ハルバートン准将の代わりに秘密裏にヘリオポリスとプトレマイオス基地を往復し、連絡役として働いている。今回の技術協力の件も無線で知らせるわけにはいかないないようなので、彼に伝令役がまわってきたのである。
「しかし、Gのロールアウトまでは後少しです。OSさえできれば完成なのにいまさら共同開発だなんて」
納得できないマリューは眉をひそめて反論する。
「お偉方は一刻も早いMSの量産を望んでいるらしい。それにOSの完成のめどがたっていないということは否定できまい」
カインの口調に棘が混じる。貴様ら技術者がぐずぐずとしているからこんな取引をされることになったんだ――と言外に非難しているようだ。
なおも不満そうなマリューにカインは言った。
「フン、気に食わないがどうやら日本は既にMSをロールアウトしているらしいな。無論、ナチュラル用のMSをだ」
マリューは絶句した。大西洋連邦の技術陣とモルゲンレーテの技術者が束になってもまともに進展しなかったナチュラル用OSをすでに日本は実用化し、それはもう量産段階に入るほどの完成度であるというのか。色々と技術者として思うことはあるが、その技術を学びたい――それに、あの科学技術大国とならよりすばらしいGが作れる。なら、受け入れるのも手か。
「明後日〇一〇〇に日本の技術者がヘリオポリスに来航する。それまでに資料の類を整理し、合同会議に備えたまえ」
閉口したマリューに今後の予定を伝えると、カインはその不機嫌な様子を隠すそぶりもみせずに工廠を後にした。
数日後、マリューは到着した日本の技術者を迎えていた。
「遠路はるばるお疲れ様です。大西洋連邦軍第二宙域第五特務師団所属、マリュー・ラミアス大尉であります」
敬礼して出迎えたマリューらの前に一人の女性が歩み出てきた。
「『TSF―X計画』開発主任として着任しました。大日本帝国宇宙軍安土航宙隊『