ルルーシュはすぐに立ち直った。
ナナリーの言葉を思い出し、これもお礼の1つだと考えると、特に問題はないように思えた。
一方その頃、ユーフェミアは悩んでいた。
ルルーシュのことと、騎士のことについてである。
騎士の第一候補は、先日助けてもらったジェレミア・ゴットバルト辺境伯である。
その救出劇もあって、自分も感謝しているし、姉や周囲の者達も深く信頼を寄せている。
地位も高く、能力も高く、皇族への忠誠心も高く、見た目までよい。
これ以上の人材はいないだろうと言われている。
しかしユーフェミアは、彼が『純血派』なるものを率いていることが気になっていた。
ユーフェミアは平等を好んでいる。地位や生まれで差別する主張に賛同することはできない。
もっとも、彼のそれ以外にはなんら不満が無いので、話をしてみて説得できたならば、彼が騎士でもいい。
ただし、もう一つの問題があるため、それによっては騎士選定はさらに複雑になるだろう。
ルルーシュについてだ。
騎士よりも彼の方が重要なので、ルルーシュと深く関わる人物などがいれば、多少問題があろうとも騎士に選出されうる。
本音を言えばルルーシュを自分の騎士にしたいくらいなのだが、彼は断るだろうから、実現できる可能性は低い。
「うーん。となれば、外堀から攻めましょうか」
外堀というか、ナナリーである。
くやしいが、ナナリーとルルーシュはセットなので、ナナリーをこちらに引き込めればルルーシュもついてくる。
ナナリーにつらなる人物。
まず思い浮かぶのは、医療のスペシャリストだ。
あの目と足を治せる人がいたならば、ナナリーというより、ルルーシュの方が真剣に飛びつくだろう。
ということで、特派に行ってみることにする。
ここは姉コーネリアではなく兄シュナイゼルの管轄であり、優秀な科学者も多い。
姉に見つからないように人材を探すのにはうってつけだ。
「あれえ? 副総督さまじゃないですかあ。何のご用ですう?」
「いきなりすみません。あの、これは、お姉様には内緒にしていただきたいのですが」
ルルーシュ関連は秘密にしておきたいからである。
「かまいませんよお。僕は口の堅い方なので安心してくださあい」
「ありがとうございます。それで、実は、医療に優れている方を探しているのですが」
「それは病状によると思いますよお。どんな病気を治したいのですかあ」
「あの、目と足です。目は急に見えなくなって、足は、大けがを負って動かなくなったのです」
「そうですかあ。うーん」
ロイドは深く首を傾げる。
「僕が診ましょうかあ?」
「えっ、いいのですか?」
「かまいませんよお。今はランスロットのデヴァイサーが見つからなくて、暇ですしい」
「ロイドさん。医療できるんですか?」
と、横から出てきたのは青髪の若い女性である。
「一応医師免許は持ってるんだよねえ」
「そうだったのですか」
「腕は、どれくらいですか?」
「外科は現場に負けると思いますけどお、知識とかあ、発想とかだったらあ、けっこういい線行っていると思いますよお」
「私も能力は高いと思います。一応特派の主任ですからね」
「セシルくん、一応って必要なのお?」
ロイドはそう尋ねたが、セシルは苦笑いするだけだった。
なんとなくロイドは信用できそうだったので、ユーフェミアは彼にナナリーを診てもらうことにした。
ルルーシュ達の居場所は知っている。河口湖から脱出してすぐに、ミレイからアッシュフォード学園にいると聞いたからだ。
よってロイドにはそこに行ってもらう。もちろん自分も付いて行く。
のだが、その名前を出した時に、意外な反応があった。
「アッシュフォード? それって、僕の婚約者がいる学園だった気がするなあ」
「ええっ。ロイドさん婚約していたのですか?」
「まあね。そこはガニメデっていうナイトメアを開発していたから、そのデータが欲しくてね」
「そんな理由で……」
これには不安も覚えたが、しかし、彼がアッシュフォードのご令嬢と婚約しているのなら、学園に行くのも不自然ではない。運はこちらに傾いているはず。
ということで、アポなしで早速学園を訪ねることにした。
ユーフェミアとしても、一人になれる時間はあまりないのだ。
お飾りの副総督とは言え、お飾りなりに、式典には参加しなくてはならない。勉強することもたくさんある。
そんなわけで、とうとう門をくぐってしまった。
変装はしている。カツラと大きな帽子とメガネくらいだが。
「いいところですね。生徒に活気があって」
「アッシュフォードは意外なところに才能があったのかなあ」
会話はあまりかみ合っていない。
ちなみに現在夕方であり、クラブ活動真っ盛りである。
ユーフェミアは通りがかった生徒にルルーシュ達の居場所を尋ねてから、一目散に生徒会室に向かった。
そうして、生徒会室の前で立ち止まる。
緊張の一瞬である。
いや、ルルーシュの声が漏れ聞こえてきて、頬はけっこうゆるんでいる。
セシルがコンコン、とドアをノックする。
「どうぞー。開いてるわよー」
促されたので「失礼します」と言ってからゆっくり開いていく。
「うん? 誰かしら?」
ミレイが首を傾げる。
「やあ。会いに来たよ、僕の婚約者さん」
と、セシルに遅れてロイドが入ってきた。
「ええっ!」
「婚約者っ?」
「ミレイちゃんの!」
「アスプルンド卿……」
生徒の3人ほどが驚き、当のミレイは気まずそうな顔になる。
「ほら、前にさ、医療の関係者を探していたじゃない? 知り合いに病気かケガの子がいるんでしょ? だから、どうせだったら僕が診ようと思ってね。暇だから。ああいや、婚約者にとっての大切な人みたいだから」
「あ、はい。そうですか」
ミレイは申し訳なさそうに目を細める。
しかし、内心では危険も感じていた。
いや、ナナリーやルルーシュのことなどふつうの貴族は知らないから、問題はないのだが。
いや、この人はふつうじゃないし、ルルーシュにも会ったことがあるらしいから、やはり安心はできない。
「そこの子かな? 目と足が不自由みたいだけど」
「あっ、実は、その……」
「えーっ! ミレイ会長、素敵な方じゃないですか! ナナちゃんのために来てくれたなんて!」
「私のためなのですか? それは、はい。ありがとうございます」
「それじゃあ早速診察に行くってことでいいのかなあ? 僕は暇だからいつでもいいけどお」
「ナナちゃん、行ってくれば? 今日は仕事も少ないし、せっかくここまで来てくれたんだからさ」
「あ、その……。お兄様、どうしましょう?」
尋ねられたルルーシュは、すごい顔でユーフェミアをにらみつけていた。
そのユーフェミアは、所在なさげに視線を逸らし、帽子の端をつかみ、顔を隠すように深く下ろしている。
「お兄さんも付いてくるう? 行くのは僕の研究所だから、特に気を使う必要はないんだけどお」
「ねえルル? どうしてそんなに機嫌が悪そうなの?」
「ああいや、シャーリー。これはその、なんというか……。ともかく、そこにいる彼女と話をさせてもらってもいいかな?」
ルルーシュは目を細めてユーフェミアを見る。
「ええー! ルルってば、また学園の外の女の子を?」
「さすがはたらしのルルーシュだ。敵わないぜ」
シャーリーとリヴァルが感想を述べる。
「いいかな、そちらの女性?」
「あの、遠慮したいのですが」
「いいよな!」
「あ、はい」
「ル、ルルが怖いーーーー!」
ルルーシュはユーフェミアと共に生徒会室を出た。
そろって自室へと移動しながら、軽く話を交わす。
「あの男にはどこまでしゃべったんだ? ユーフェミア」
「まだ何も言ってないわ。ナナリーの名前さえ」
ルルーシュが相変わらずにらんでくるので、ユーフェミアは緊張しっぱなしである。
「ただ、目と足が不自由な子がいるから診てほしいって言っただけ」
「誰が頼んだんだ! そんなことを!」
「ご、ごめんなさい。でも私、あなたの力になりたくて」
「謝罪は必要ない。重要なのは、今俺達が危険にさらされているということだ」
「でも、その、彼は信用できると思うのよ」
「それは俺達が判断することだ! お前じゃない!」
「ご、ごめんなさいルルーシュ。本当にごめんなさい」
ユーフェミアはうつむいてしまった。
しかしルルーシュの怒りは静まらない。
ユーフェミアはその剣幕が恐ろしかった。それに、嫌われてしまったかもしれない恐怖も加わって、涙まで流してしまう。
「ううっ。こんなつもりじゃ、なかったのに。どうして、私は、好きな人さえ……」
「うっ。……ユフィ、泣かないでくれ。その、今のは俺が悪かったから。言い過ぎていたんだ」
しかしここで、ルルーシュが甘くなった。
申し訳なさそうに目を細め、ユーフェミアの腰に手を回し、さすり始める。
「ごめんなさいルルーシュ。私はとんでもないことをしてしまったの。どう償えばいいのかも分からないわ」
「いや、そんな大した問題じゃないさ。まだ取れる手段はたくさん残っている。致命傷なんて1つもないよ」
「ううっ。ぐすうっ」
と、ここで部屋に着いた。
話はすぐに終わらせるつもりだったが、この状態で生徒の目につく場所に放つわけにはいかない。
ルルーシュは眉をひそめつつ、しばらく自室で彼女の面倒をみることに決めた。
その頃、ロイドもミレイに連れ出され、2人きりで話をしていた。
「あの、すみませんが、彼女の兄が首を縦に振らない場合は、何もせずに帰っていただいてよろしいでしょうか」
ミレイが申し訳なさそうに尋ねる。
「うーん。と言っても彼女、殿下だからなあ」
ロイドは困った風に眉をひそめる。
「ええっ! それは!」
つまり、ルルーシュとナナリーのことがバレているのだろうか。
ミレイは慌てた。
「へ? ああいや、僕と一緒に来てた彼女、実はユーフェミア様なんだよ」
「あっ、えっ? いや、はい、そうだったのですか」
ミレイの頭はごちゃごちゃになってしまった。
ユーフェミアだからバレていないのだろうか。いや、彼女にバレているのは間違いない。
では、この目の前の男はどうなのだろう?
「ふふっ、安心してよ。僕はルルーシュ様の味方だからさ」
「えっ! ってことはやっぱり!」
敬称を付けたということは、知っているということだろう。
「信用できないかもしれないけどさ。僕はもともと、マリアンヌ様専用のナイトメアが作りたくて今の業界に入ったんだよね」
「そうだったのですか」
ミレイはすばやく考える。
それが本当ならば信用できるかもしれない。しかし口では何とでも言えるため、やはり信用できない。
「だから、ナナリー様も僕の手で治したいんだよ。特にラクシャータに任せるなんてありえない。よければきみからも殿下にそう伝えてもらいたいんだけど、無理だよねえ」
「そう言っていたとは伝えます。それが真実だとは伝えません」
「ははっ。きみ、意外と冷静なんだねえ」
「ありがとうございます」
ミレイは目を細めつつ、緊張感を高め続けていた。
その頃、生徒会室では。
「ロイドさんは信用できる人よ。ああ見えて」
「いえ、そんな、見た目も別に変じゃありませんよ」
「ふふっ。気を使わなくてもいいのよ。ロイドさんはそういうことで怒ったりしないから」
「やっぱり変ですよね。じゃあ会長も、気が変わって婚約破棄とか……」
「ありえるんじゃないかしら」
「よっしゃー!」
「ふふっ。私としては、あんなかわいらしい子がロイドさんと結婚なんて、本当に考えられないことなのよ。いえ、そもそもあの人には結婚自体が似合わないの。ああでも、悪い人じゃないのよ」
セシルが残った生徒会メンバーと談笑していた。