パーティの後片付けをしていると、ある時ルルーシュとミレイが2人きりになった。
すると告白した側のミレイはもちろんのこと、ルルーシュも多少彼女を意識してしまう。特にミレイが自分のことを好きだと考えると、お見合いなどに口を出すのがとても失礼だと思えてきた。
「ミレイ。やはり、前に言ったことは忘れてくれ」
「前って、アスプルンド卿のこと?」
「そうだ」
「それはいいのよ。私は私の意思でルルちゃんの力になろうとしているんだから」
「しかし、やっぱり失礼だと思うんだ。その、俺を思ってくれている人に、そんなことを頼むのは」
「それは筋違いよ。いや、そうやって気を使ってくれるのはうれしいんだけどね。でも、私はルルちゃんの力になりたいし、力になれることがとてもうれしいの。だから、止める必要なんてどこにもないのよ」
「だが、それでは、ミレイにばかり迷惑をかけることになってしまう。俺は埋め合わせをすることができない」
「それは一緒に旅行してもらったじゃない」
「それだけじゃないか。俺は納得できない。それにあれは、邪魔が入ってしまったし」
「いいえ。むしろ、みんなを辛い目に遭わせた分は、私が埋め合わせをしなくちゃならないのよ。私が提案したんだから」
「だが、俺も協力した」
「順位を付けるなら私が一番でしょ」
「そんな問題では」
「そういう問題なのよ」
その後も話をしたが、ミレイは頑として譲らず、結局ロイドとお見合いするらしかった。
ルルーシュは悩み、めずらしくナナリーに頼った。
「なあナナリー。ミレイは何をすれば喜んでくれると思う? その、今までの感謝につり合うくらいの大きなものだと」
「今までの感謝ですか? ……それは、よく分かりません。ですが、お兄様と一緒にいられること、お兄様に愛してもらえることが一番うれしいと思います」
「もう少し具体的に言うと?」
「私とお兄様のような関係になることですね」
「それは、家族ということか?」
「そうです。毎日一緒に過ごして、苦楽を共にする家族です」
「しかし、結婚は無理だろう。彼女にも俺にも家の事情があるのだから」
「そんなものは俗事ですよ。些事ですよ。駆け落ちすればいいのです。どの道私たちは隠居することになるのでしょうから」
「いや、彼女には華やかな世界が似合っている。駆け落ちなどというのは」
「ですが、それ以外の方法では、ミレイさんの思いに報いることはできないと思います」
「うっ。そ、そうか」
ルルーシュは「うーん」と首をひねる。
とそこへ、ナナリーはおもしろいことを思いついたように笑う。
「お兄様。位の高い者は、結婚相手を選べない代わりに愛人を作ることが認められているって、知っていますよね」
「そういう考え方があることはな。しかしいきなり、何を言い出すんだ」
「お兄様が何もなさらない場合、ミレイさんは好きでもない人に嫁がなくてはなりません。ですがそれゆえに、好きな人と交わる権利は人並み以上にあると思うのです」
「う、うん? そうなのか? そうかもしれないが」
「ですから、どの道お兄様はミレイさんと交わればいいのです。本当に恩を返したいと思っているのならば」
「ええっ。いやしかし、ナナリーがそんなことを言うなんて……。これも、成長?、なのか……?」
ルルーシュはどこか悲しくなった。
ナナリーは悪戯っぽく笑った。
しかし、その2週間後のことである。
予想だにしない状況になった。
ミレイがロイドとお見合いどころか、婚約までしてしまったのである。
「どういうことだ、ミレイ」
「あの、アスプルンド卿って、思ったよりいい人と言うか、ドライと言うかで。家柄もいいし、能力も高いし」
「あいつは変人のはずだぞ。それでもかまわないのか」
「何か知っているの? 調べたとは言っていたけど」
「というより、会ったことがある」
「ああ、そうなの」
ロイドは一目で分かる変人である。変わった人である。
変わった口調で、規律を気に止めず、人よりもナイトメアに興味がある。
ミレイとの婚約も、アッシュフォードの持つナイトメア“ガニメデ”のデータが欲しいから、それだけのためであった。
そのあたりをミレイもルルーシュも理解しているのだ。
「別の男にした方がいいのではないか?」
「でもどの道、家の都合で結婚した人を愛する気にはなれないし」
「子を作る気はないのか? ……ああすまない。失礼なことを聞いた」
「ふふっ、ルルちゃんどうしたの? 慌てているの?」
「お前のことを心配しているんだ」
「ふふっ。それはありがとう。だけど私は、好きな人以外とは交わりたくないのよ」
「その気持ちは、分からんでもないが」
というより、それこそがまっとうな感情だろう。
それ以外は強姦のようなものだ。
『そういう利害に価値を置いていない人間にとっては』だが。
「ねえルルーシュ。いえ、ルルーシュ様。私はいつでも待っていますからね」
「な、何を急に」
ルルーシュは問うが、ミレイはただやわらかく目を細める。
その、どこかはかなげな雰囲気に、間違いを意識させられる。
このままではダメだ。わけもなくそう思わされる。
しかし、自分にできることなどあるのだろうか。
そう考えると、先日ナナリーが述べた言葉が思い浮かんでくる。
『ミレイは好きな人と交わる権利がある』
実際にその通りだとは思う。
しかしそれが自分だと思うと、本当にしていいのかどうか分からなくなる。
いや、すでにいいかどうかの問題ではないのかもしれない。
彼女には貸しを作りすぎている。
ロイドとの結婚だって、おそらくは自分とナナリーを思ってのことなのだ。
それほど思ってくれているのだから、返さなくてはならないはずだ。
いや、返したい。報いたい。それは真実だ。
「ルルーシュ様は、私のことがお嫌いですか?」
と、結論が出かかったところで、また核心に迫りそうな質問をされてしまった。
「嫌いになるはずがないだろう。お前はずっと俺達によくしてくれているのだから」
「では、好きですか?」
本当に、ミレイにしては珍しく、はかなげな表情をしているのである。
そんな顔でそんなことを言われたら、否定できるはずがない。
「好き、と、言えるだろうな」
しかし、ルルーシュは真っ赤になってしまった。
こんな言葉は、本当は言いたくなかった。
「ありがとうございます。それだけで十分です。では、お体にお気を付けて。いつまでも幸せに」
「ま、待て」
ミレイが急に出て行こうとするから、ルルーシュは咄嗟にその腕をつかんでしまう。
するとバランスが崩れて、“ルルーシュが”転びそうになってしまう。
ミレイは余裕があったので、ルルーシュを受け止めた。
はずが、どこからかやってきたボールがカカトに当たり、転んでしまった。
咲世子が投げたのである。一瞬で身を隠してしまったので見つけることはできないが。
ともかく、ルルーシュを受け止めようとしたミレイが倒れたのだから、2人はかぶさることになる。
今回はミレイが下でルルーシュが上だった。
「す、すまない」
ルルーシュは急いで退こうとする。
ミレイはそんなルルーシュを悲しそうに眺めていた。
その頃、ナナリーの部屋では。
「かあああああ、奥手。なんたる奥手えええええ!」
咲世子が絶叫していた。
「咲世子さん落ち着いてください。まだ時間はたっぷりありますから」
「しかし、これ以上どうすれば」
「私がミレイさんを説得してみます。お兄様を襲うようにと」
「ええっ、よろしいのですか?」
「かまいません。それが私達からミレイさんへ送ることのできる最大のプレゼントなのですから」
「感謝します。ナナリー様」
「必要ありませんよ。私もミレイさんが幸せだとうれしいのですから」
咲世子はハンカチを鼻に当て、ナナリーはかわいらしく笑った。
その3日後。
ちょうどミレイと2人きりになれたところで、ナナリーは切り出す。
「ミレイさん。相談があるのですが」
「何? ナナちゃん」
「はい。実は最近、お兄様が、トイレでミレイさんの名前をつぶやいていまして」
「トイレで? ヤアねえそれ。なんでそんなことをしているのかしら」
「実は、その、慰めているようでして。殿方のあれを」
「ええっ!」
突然の言葉に、ミレイは大きく目を見開いてしまう。
「最近特に元気がいいみたいなんです。時々私に対しても、押し付けるような動作をしてきますし」
「押し付けるっ!」
「はい」
今度は口を開いたまま固まってしまう。
「ほら、お兄様ってとても奥手ではございませんか。ですから、本当はしたいのを相当我慢してらっしゃるのだと思います」
「そう言われてしまうと、そう思えてしまうかもしれない」
「常に外敵に気を配り、家でも、身体の不自由な私に気を配っているのです。ストレスは相当あるはずです。そのストレスはどこへ向かっているのでしょうか」
「それも、なんとなく理解できるけど」
ミレイはほとんど思考できなくなってしまった。
その空気を感じ取り、ナナリーは攻め立てる。
「私、お兄様の相手をした方がよろしいのでしょうか?」
「ええっ! それはやめておきなさい!」
「ですが、このままでは時間の問題です。もし間違いがあれば……。それでも私は、お兄様を責めるつもりはありませんが、きっとお兄様は後悔し続けるでしょうね。それこそ姿をくらませたり、自殺もありえます。そうなるくらいでしたら、いっそ私から迫った方がよろしいと思うのです」
「そんなに、そんなに深刻なんだ」
「そうなのです。ですがこれは、ミレイさんにしか相談できないことですから」
「うん。もちろん誰にも言わないわよ。私だってルルちゃんの境遇には心底同情しているし、もっとわがままになるべきだと思っているし、何より大好きだからね」
「ふふっ。やっぱりミレイさんに相談して正解でした」
「うん、そうね。きっとそうなのよ。だからこの問題は、このミレイさんに任せない。きっと解決してみせるわ。ナナちゃんが苦しまないで済む方法でね」
「ありがとうございます。ミレイさん」
ミレイは自信ありげに胸を張る。
ナナリーは純朴そうな笑顔を浮かべつつ、内心ほくそ笑んでいた。