ユーフェミアの強権をもって作戦の凡そが決まり、3ランスロットはフロートユニットを担いでキュウシュウへ飛び立った。また、ユーフェミアはルルーシュに少数精鋭を送れとだけ言われたが、自身とルルーシュの指揮を邪魔されると困るので、口出ししてきそうな連中も纏めてキュウシュウに送った。
こうしてユーフェミアは一人きりになれた。本当に完全に一人だと後でいろいろと面倒なことになるので(特にコーネリアが怖い)、一応アドヴァイザーとしてロイドが近くにいるという設定にしているのだが、もちろん彼が戦略に口を出すことは無い。また、この流れでユーフェミアは特派のトレーラーに乗り移っている。目の前には大型モニターがあり、ルルーシュの顔が映っている。ルルーシュはナナリーと共に本物のガウェインに乗っており、そこからユーフェミアに指示を出すことになっている。実はガウェインは指揮官機であり、こういうことが得意なのだ。ユーフェミアはルルーシュに隣にいてほしかったが、それはさすがにルルーシュが断った。
「ナイトメアの配置はコーネリアが用意したものでいい。市街地は死角が多いため小隊行動を徹底させるというのも、その通りでいい。ただし、密接に固まってはいけない」
「どうしてですか?」
「東京は地下道だらけだからな。地表を崩壊させて纏めて落とされるかもしれない」
「なるほど」
皮肉なことに、ルルーシュはブリタニアを倒すための戦略シミュレーションを何度も重ねており、このような策をいくらか考えていた。そのアイディアが逆にブリタニアを守るために使われているのだ。もっとも、妹を守るという最優先事項を前にしてルルーシュもある程度割り切れている。
「よって歩兵を地下へ送るべきだろうが、ブリタニアの屑共は民間の日本人に手を出しそうだからな。名誉っ……、名誉を奪われた日本人だけを送っておけ」
「つまり、名誉ブリタニア人の部隊ですね」
「そうだ」
ルルーシュは強めの口調でうなずく。一応戦闘前なので雰囲気を固めにしている。それでも本当に指揮官だったならばさらに口数を少なくするところだが、今は妹の成長を促すべくそれなりに説明を交えている。
「数では圧倒的にこちらが勝っているからな。こちらはただ守りを固めていればいいが、相手は奇策に頼らざるを得ないだろう。俺の予想では足場崩しが本命だ。次点で新型ナイトメアによる奇襲。大穴として、裏切り者を基軸にした突破なんてのもあるかもな。もちろんこれらは重複しうるぞ」
「では、対策は」
「まあ待て。ユフィなりの考えを聞かせてくれ。俺が干渉し過ぎるとシュナイゼルに勘付かれる」
「シュナイゼル兄様に? そう、ですか……」
ユーフェミアは少しだけ声を落とす。その後沈黙するのは、対策を考え始めたからだろう。
と、不意に前方のナナリーが振り向く。
「あの、お兄様。私達はずっとこちらで待機するのでしょうか?」
ナナリーは不安そうに言う。ルルーシュは虚を突かれたように首を傾げ、程なくスッと表情を緩めて言う。
「状況次第だね。敵兵に見つかれば、できるだけ逃げるよ」
「あの、そうではなくっ」
「うん?」
ガタッと音を立て、ナナリーが慌てて否定してきて、ルルーシュは何だろうともう一度首を傾げる。ナナリーは少し恥ずかしそうに俯き、再び不安げに言い始める。
「あの、ユフィ姉様が危なくなったら、応援に……」
「えっ」
完全に想定外の言葉で、ルルーシュは声を漏らしてしまう。
「あっ」
出過ぎたと思い、ナナリーも声が漏れる。
「ナナリー、だけどそれは……」
ルルーシュは言い淀む。彼はナナリーを人殺しに関わらせたくないのだ。今彼女をガウェインに乗せているのは、ここが学園よりも安全だからだ。自分の手元であり、特派の頑丈な倉庫に守られており、何よりガウェインが鉄壁を誇る。落とされないことだけを意識すれば、スザクやカレンのランスロットでもかなり厳しい程に。それだけ機体性能が高く、また兄妹の能力が高いのだ。
「ルルーシュ、いいですか?」
としかし、ここでユーフェミアの考えが纏まったらしい。
「あ、ああ。いいぞ」
ルルーシュは勢いと状況でユーフェミアを優先させる。スッと表情も少し厳しいものに戻す。
「足場崩しは、ルルーシュも言っていたナイトメアが固まり過ぎないこと、日本人の歩兵に地下を警戒させることで対応させます。特に日本人の歩兵は土地鑑のある人が各小隊に均等に分かれるようにさせます。東京の地下道は難しいですからね。それと、足場崩しがありえるとナイトメアの各パイロットに通知します。その時は迅速に対応するよう言っておきます」
「ああ、それでいいだろうな」
「新型ナイトメアに対しては、すみません。見つけ次第囲って数で対応するくらいしか思い浮かびませんでした」
「いや、そう悲観することは無い。戦術で戦略を覆そうなんて輩は俺も対応しかねるからな。本部だけは何としても死守するが」
「そうですか。ですが、最後の裏切りについてはもっと酷いのです。即対応せよとくらいしか言えそうにありません」
「まあ、それくらい難しい問題だからこそ騎士のような存在があるのだろうな。だがそれも気に病む必要は無いさ。滅多に起こることではない」
「そうですか」
「お兄様!」
と、ここで突然ナナリーが入ってきた。
「ナナリー?」
「な、なんだいナナリー」
ユーフェミアはただ不思議そうに首を傾げ、対しルルーシュは驚いてビクッと背筋を伸ばす。
「やはり最初から私達も戦力に入れておきましょう! ユフィ姉様のピンチにはいつでも駆けつけられるようにしておくんです!」
「まあ! ナナリー!」
「し、しかしだな」
「話を聞いていましたが、結局のところ万全ではないのではないですか? でしたら出し惜しみするべきではありません! そもそもお兄様はユフィ姉様が危険になった時ジッとしていられますか?」
ナナリーはつい最近までは考えられないような剣幕でまくし立てる。彼女自身何故かは分からないが、ルルーシュがエース機や裏切りを軽視するような発言をすると胸騒ぎがして、声を張らずにはいられなかった。そのルルーシュはナナリーの異常とも言える変化に対応できず、狼狽えてしまう。しかし、その反対に笑みを強くした者もいた。
「うれしいわナナリー! 私を守ってくれるのね!」
「はい! いつまでも皆さんに守られっぱなしではいられません! これからは皆を守るナナリーです!」
「心強い! さすがは私が認めたライバルね!」
「ふふ、ありがとうございますユフィ姉様。私もそう言っていただけるとうれしいです」
美少女姉妹が優雅に微笑み合う。うふふ、あはは、と健全な男子なら誰もが惹き寄せられる、かもしれない空間が出来上がる。しかし残されたルルーシュは、まさかユーフェミアが裏切ったのか!、とさらに驚愕を強めていた。どこで誰が何を間違った!
とかく少女達は姦しく盛り上がる。
「こうなったら私がルルーシュを説得してみせるわ!」
「いえ、私が先に説得します! むしろお兄様が反対しても私1人で出ます!」
「あっ、それもいいわね。じゃあ私もそれで許可を出すわ!」
「そうしましょう! ふふ、これでもう問題ありませんね」
「だわね。結局ルルーシュ関係なくなっちゃったわね」
「でもお兄様は結局許してくれるはずです」
「そうね。ルルーシュはやさしいもんね」
兄を離れて物事があっと言う間に決まって行く。ルルーシュは相変わらず狼狽えたままで嘆く間もなく、しかし不意に頭痛を覚える。「うっ」うめくとほぼ同時、何かが垣間見える。するとこの異常事態に、今度は軽い既視感を覚える。先日のミレイの件でも似たようなことがあったが、何かがそれよりもずっと古い記憶だと告げている。
『お兄様は私のものです!』
『違います! ルルーシュは私と結婚するんです!』
突然頭を過ぎしは、今よりずっと幼い妹達の声。これはよく覚えている。あのアリエス宮で、ナナリーとユーフェミアがどちらが自分と結婚するかで言い合っていた時のことだ。
ふっとルルーシュの頬が緩む。懐かしい記憶が次々と蘇ってくる。
『お兄様! お人形遊びしましょう!』
『ルルーシュ! お花の冠を作ったの! 着けてみて!』
『今日は一緒に寝てください! 離しません!』
『ルルーシュ疲れたわ。おんぶ』
そうだ、あの頃から妹達はかわいらしかった。俺はいつも振り回されっぱなしで、断れなくて……。うん? 俺が振り回されていた?
ハッとして気付いたルルーシュ。そうだ! 俺は引っ張る側ではなく、引っ張られる側だったじゃないか!
いつから自分が彼女達を御せると錯覚していた? 彼女達が守られるだけの弱い存在だと思い込もうとしていた? そんなことは無かったのに。
ルルーシュはさらに思い出す。幼い自分の体を引っ張り合う乙女達。痛みに苦悶の表情を浮かべる自分。些細なことでケンカとなり、野性的な笑みを浮かべながら拳で語り合う乙女達。それを遠巻きに怯えながら見ているだけの自分。
なぜ忘れていた? 女性の強さ、勇敢さ、苛烈さ、獰猛さを! あの頃の自分は『ボク』なんて一人称のヘタレで、いつも妹達に振り回されっぱなしで、強く出られなくて、でも、そんな状況に満足していたじゃないか! そういう柄だったじゃないか! そうだ! 彼女達は昔から強かったんだ! 俺が先頭に立って引っ張るなんてことが間違っていたんだ!
「お兄様聞いていましたね。私はガウェインでユフィ姉様の下に向かいます。戦いたくないのでしたら邪魔なので降りてください」
「ルルーシュ、断らないわよね? ここで断ったら、私何をするか分かりませんわよ。とりあえず学園に遊びに行くのは間違いないでしょうね」
気付くと妹達の視線がこちらを向いており、ルルーシュはまたハッとして現実に戻される。ずいぶん強気な言い方。ナナリーはルルーシュを邪魔と言い、ユーフェミアは正体露見をチラつかせて脅そうとしている。しかし真実を知ったルルーシュにもはや焦りは無い。
「そう言わないでくれ、ナナリー、ユフィ。その時が来たら俺もガウェインで闘うからさ」
諦めきったような、しかしどこか満足げな穏やかな表情でルルーシュは返した。長年張り詰めていた糸が突然切れ、肩の荷がドッと下りたような気分だった。
「では早速行きますよ!」
「ボヤっとしないでね!」
頼もしい妹達の呼び声を耳にしながら、ルルーシュは何時からか気弱な幼子のようにはにかんでいた。
ところで、皇族姉妹の名誉のために補足しておくと、彼女達は慣れない戦闘の空気に緊張して、知らない内に脳内がアドレナリンで満たされ興奮していた。それにナナリーはマリアンヌの血が戦士としての自分を掻きたてたし、そうでなくとも互いにあの傍若無人な皇帝の娘なのでそういう性質を受け継いでいた。それでもルルーシュの影響でかなり丸くはなっている。そうでなければ今頃高笑いしながらキュウシュウへ駆けていただろう。