咲世子が「ナナリー様もルルーシュ様もすばらしいお方です。カレン様は率直な気持ちを伝えるだけでよろしいかと思います。きっと悪いようにはなされません」と言うので、カレンは素直に思いを告げることにした。
彼女としてもその方が性に合っているのである。
というわけで、また咲世子に動いてもらい、放課後に彼等と話し合う場を設けてもらった。
「カレンさん、話とはなんでしょう?」
ナナリーがいつもの調子で尋ねる。
「うん。実は、副総督のことなんだけど」
カレンもいつも通り、お嬢様然としてつぶやく。
しかし、その言葉だけで2人の空気は変わってしまった。
「……それは、できれば遠慮したいのだけど」
答えるルルーシュは眉をひくつかせている。
一体どんな因縁があるのだろうと、カレンは気になったが、今はそれ以上に重要な目的があった。
「待って! その、実は私は、日本を救いたいの! だから話を聞いて!」
思わず、力強く叫んでいた。
「日本を救う? それはもしかして、危ない話になるのかな?」
「あなたの口からバレてもかまわない! 私の覚悟は決まっている!」
ノリで言ってしまった。
これほど早く仕掛ける気はなかったが、しかし、悪くはない。
ルルーシュとナナリーはカレンの急変に驚いたらしく、慌てるばかりである。
「カレンさん、落ち着いてください。それに、お兄様はカレンさんが困るようなことはしませんよ。日本については私達も心を痛めていますし」
「……カレンさん、本気なのかな?」
「本気も本気よ! なんたって私は日本人なんだから!」
「えっ」
「本当ですか?」
「ええ。本当の名前は紅月カレンって言うの。ブリタニアとのハーフだけど、生まれも育ちも日本よ。今は父親の姓のシュタットフェルトを名乗っているけどね。戸籍もブリタニアだけどね。……でも! 心は日本人なの!」
カレンは言い切った。
これが本当に言いたかったことなのだろう。
すがすがしい気分であり、説得が失敗してもいいと思えるほどだった。
「それは分かったよ、カレンさん。だけど、それと副総督とはどんな関係があるのかな?」
ルルーシュはしばらく黙っていたが、ナナリーを見た後にハッとなって、落ち着いた口調で述べた。
兄は妹の前で冷静さを失ってはいけないらしい。
「彼女、ユーフェミア様は次の日本の総督になるらしいでしょう? だから私が彼女の補佐になって日本人にとっていい政策を進言したいの」
「なるほど……」
ルルーシュは相槌を打ち、顎に手を当てて考え始める。
「お兄様、良いことではありませんか? カレンさんがいればきっとユーフェミア様も助かります」
少しすると、ナナリーがうれしそうに語りかけてくる。
「だが、しかし……」
「私は問題ないと思いますよ。だってユーフェミア様なのですから」
「うーん」
「ありがとう。ナナリーちゃん」
カレンは両拳を握って喜びを露わにする。
この流れならいける。ルルーシュはナナリーに甘いから。
「カレンさん。私からロイドさんに頼んでみましょうか?」
「へ? ……え? いいの?」
「はい。ロイドさんならユーフェミア様まですぐですから」
「ありがとう! ありがとう!」
カレンは感無量でナナリーに近づき、片手を両手で力強く包む。
その状態で何度も何度も感謝の言葉を口にした。
その間ナナリーはただ笑っていて、カレンにはその顔がまるで天使のように見えて、ルルーシュがシスコンになるのも分かるなぁとか、彼女に頼んで正解だったとか、ルルーシュは必要なかったなとか、ロイド卿ってナナリーちゃんの言葉に従ってくれるのかなとか、等々と思ったが、最終的には『まあうまくいきそうだからどうでもいいか』と結論付けた。
「紹介するのはいいですけどぉ。彼女って何が得意なわけですかぁ?」
ロイドが開口一番に尋ねる。
「得意なもの、ですか?」
「理由も無く推薦すれば、怪しまれると思いますよぉ。副総督に関わる人事は全て総督の目が入りますしぃ」
「えっ」
そこまでやるか。
カレンとスザクは驚いたが、ルルーシュとナナリーは分かり切っていたことなので特に反応しない。
「勉強は得意ですよね、カレンさん」
「でも、本当は運動の方が得意なの。今だから言うけど」
「「えっ」」
今だから、と言われたところで理解はできないだろう。
カレンが病弱だというのは周知の事実だと思い込んでいる。それに、お嬢様然とした態度からは、激しく動く彼女を想像できない。
「カレンさん、こんな時に冗談は」
「スザク。彼女は身体を患う前にスポーツが得意だったのかもしれない」
「あっ。ごめん、カレンさん」
「違うの。本当は体は何も悪くないのよ。あれは学園を休むための口実だったの」
「へ?」
「ええっ」
「一応医師免許持ってる僕から見ますと、彼女はどこも悪くなさそうですよぉ。というより、すばらしいバランスですねえ。ランスロットのデヴァイサーとしてほしいくらいですぅ」
今でも信じられない男子学生2人だが、しかし、ロイドの発言で本当かもしれないと疑い始める。
ナナリーは先日カレンの手に触れた時に熱気やら強さやらを感じていたので、カレンが健康だと知って逆に納得している。
「じゃ、うちの機材でテストしますぅ? 結果が良ければ、すぐにでも副総督の耳に届けられると思いますけどぉ」
「あ、では、お願いします!」
カレンがうなずいたので、早速検査を行った。
「あはぁ。総督に勝っちゃってるなぁ。僕の知っている女性ではナンバーワンですねえ。あっ、マリアンヌ様には負けますけどぉ。……あっ、なんでもないですよぉ」
これが検査結果を見たロイドの反応である。
ポロリと危険な名前を口走ってしまったが、ルルーシュが結果に驚き「ほへ?」と上の空だったので、特に怒られはしなかった。
「ふー」
カレンは結果に満足したようである。
いい汗かいた、とやりきった爽快感だけでもいいものだが、やはり憎きコーネリアを上回ったことはさらなる喜びがあった。
「おめでとうございます。カレンさん」
ナナリーもうれしそうにカレンを褒め称える。
本音を言うと、彼女にはコーネリアが負けたことを残念に思う気持ちもあったが、それをここで出すべきではないと考えた。
後日、カレンの件はロイドからコーネリアに伝えられた。ユーフェミアの補佐を望んでいることを含めてだ。能力は好意的に受け入れられたが、ならば軍属しろという命令が下った。
ロイドはちょうどいいと思い、カレンに特派に入るようにと誘った。カレンはそれを受け入れた。特派であれば日本人と戦う必要が無いし、スザクのように学業を両立させることもできるので、都合がいいと思ったのだ。