ブリタニア伯爵令嬢のカレン・シュタットフェルト、日本人紅月カレン、二つの名を持つ彼女は深く悩んでいた。
実は日本解放を目指してとあるテロ組織に入っているのだが、武器の類がほぼ消え失せて、人員も半数を割り、まともに戦える状態にない。最後に行ったのはブリタニアの毒ガス兵器を盗み出すことだが、それも少しして奪い返されてしまった。
さらに、追い打ちをかけるように新総督がやってきて、日本最大のテロ組織である日本解放戦線がたった数時間、それも敵軍に1割の消耗すらなしに壊滅させられてしまった。
日本人の期待の星、ブリタニアに唯一土をつけた男、奇跡の藤堂も捕えられたと聞く。
もはや独立の灯は途絶えた。
考えたくないが、そう思ってしまう。
彼女が慕っていた扇など「テロ活動はやめて学生をしていればいい」と言ってくる始末だ。お約束のように「兄(ナオト)もそれを望んでいるはずだ」と付け加えてである。
いや、それ自体は昔からだが、最近はやけにズキンとくるのだ。
だからか、そこにいるより、ここにいる方が居心地がいいと思えてしまうこともある。
「こんなのは、私じゃない」
不意に、つぶやいてしまう。自分が変わってしまうことが怖いのだろうか。しかし『変わって何が悪い』とも思ってしまっている。
考えてみれば、歴史を遡れば、日本人も原始的な争いの末にこの地に住みついたのである。
先にいた動物(サル、オオカミ、クマなど)、ひょっとしたら原住民、ひょっとしなくともアイヌ人を追い出して。
ブリタニアと変わらない。
「くくっ」
自分はおかしくなってしまったのだろうか。
こんな不毛な極論が、当たり前のように浮かんできてしまう。
尤も行動しようがない現状では、考えるより他にやることがないのではあるが。
そんなことを思いながら、鬱屈とした気持ちでブリタニアの茶番を眺めていた。
責任者は絶対に民衆を舐めているとか、愚痴がいくらでも浮かんでくる。
どうせオレンジが騎士だろうに、わざわざ「一体誰が」なんて連呼している。そのくせ騎士候補の活躍を示す映像では、オレンジばかりを取り上げているのである。
いや、見る分には楽しいかもしれないと認める。かく言うカレンも「ほらオレンジじゃないか」と言いたくて、うずうずしてきているから。
「日本最後の首相、枢木ゲンブの1人息子として」
そんな時、チラと日本語が耳に入った。
聞き覚えのある声、スザクのものらしいが、その内容は覚えのないものだ。
首相の息子がブリタニア軍に?
「っ……!」
思わず声が出そうになるが、耐えた。
理由は後で聞けばいい。ネットで見たと言えば怪しまれないだろう。
しかし、日本語を理解できることさえ隠そうとしているのは、その血を誇りに思っている身としてどうなのだろう。
「はあ」
またため息が出てしまった。
これでは他人のことを言えない。自分もブリタニアに染まりつつある。
しかし本当に、自分の人生とはなんだったのだろうか。国を失い、兄を失い、怒ったが、抵抗する術も失った。このまま、本当の気持ちを押し殺して生きていくのだろうか。ブリタニア人カレン・シュタットフェルトとして、のんきに過ごしていくのだろうか。
「ワーワー」
考えている時、激しい歓声にハッとする。
(やっぱりオレンジじゃん)
予想通りだったので、山吹色のバッジを付けた男にツッコんでおく。
「きゃー」「うぉー」
次いで、ユーフェミア皇女殿下が現れる。
最も憎むべき敵の1人だ。
「ふーん」
カレンは皮肉気にほくそ笑む。きれいに着飾っているが、その金はどこから出たのだろうか。
皇女は桃色の髪に純白のドレスを纏っていて、清らかそうな雰囲気に、無垢そうな笑みを浮かべているのだが、むしろ反吐が出る。なんという欺瞞、偽善、厚顔無恥なのだろうか。
しかしここで、少し異変があることに気付く。画面はうるさいが、生徒会室が妙に静かな気がするのだ。リヴァルやシャーリーならもっと大げさに反応すると思っていたのだが。
「なあ、彼女って」
「うん。ユーフェミアって名前もそうだった気がする」
「でも彼女は、ルルに抱きついて……」
野次馬3人が怪訝そうに話し合う。
彼等は少しすると、一斉にルルーシュの方へ振り向く。
「ユーフェミア様の、知り合いなの?」
ニーナが尋ねた。
ルルーシュは恐ろしい顔になっていて、ピクリとも動かない。
「もしかして、叶わぬ恋?」
「そ、それは違うっ!」
と、シャーリーの言葉には慌てて否定する。
「その反応は怪しいぞルルーシュ」
「ええっ! ってことはやっぱり!」
「だから違うっ! 彼女とはそんなんじゃっ」
「じゃあなんなのよ!」
「卑怯だぞルルーシュ! 皇族にまで抱きつかれて!」
「シャーリー、リヴァル、やめてあげましょう。ルルちゃんが困っているわ」
シャーリーとリヴァルが恐ろしい剣幕で迫っている。
ルルーシュ、ナナリー、ミレイは気まずそうに視線を逸らすばかりだ。
「あの、ユーフェミア様が抱きついたって何の話?」
カレンは全く話についていけていなかった。
とても重要な会話がなされている気はしている。
「あの、いたのよ! ユーフェミア様が! 河口湖のホテルジャックの時に! 私達と同じ部屋に! 人質として!」
「その時になんと言うか、愛の告白? みたいな流れで、ルルーシュに抱きついたんだ」
「愛の告白? 皇女様が? 人質として捕まっている時に?」
「そう! そういう流れだったんだ!」
全く理解できない。
流れとは何だろう。非常に深刻な状況だったはずなのだが。
「なあルルーシュ!」
「ルル!」
「いや、そんな大したことじゃないんだ……」
やはりルルーシュは隠そうとする。
その後も何度も詰め寄られていたが、ずっと曖昧にして濁し続けていた。
やがてリヴァルはミレイの言葉で退き、シャーリーはルルーシュが泣きそうになったところで謝り、重ねて謝り、むしろ彼女の方が涙を流してしまった。
「でもいいよなあルルーシュは。頭いいから政庁で文官として働けるだろう? だったら近くにいられるじゃん」
やっとシャーリーが落ち着いたところで、再びリヴァルが口を出す。
「だからリヴァル」
「すいません会長。もうやめます」
彼は謝るが、カレンはその話に興味があった。
文官、という言葉が妙に頭に響く。
今浮かんだというか、状況を整理するうちに出てきたことなのだが、自分もブリタニアを中から変えようだなんて、思い始めているかもしれない。
『それも戦いの1つだ』
ちょっと考えてみると、耳触りのいい言葉も浮かんでくる。
「ところでスザクくんは、どうして軍に?」
あっ、と思った時にはもう遅かった。
答えを急いだためか、後から聞くつもりだったことが口から出てしまった。
「え? 僕?」
スザクは気の抜けた声を発しながら、己の顔を指さす。他の生徒会メンバーは彼とこちらを交互に見やっている。いや、ルルーシュだけは真剣にスザクを睨んでいる。なぜだろう。
「その、なんて言うか、これが正しい道だと思ったから」
スザクは小さくうつむく。
「そうなの?」
機械的に返したが、すぐに分かった。残念だが、彼はもうこれ以上語らないだろう。面倒な事情があるのかもしれない。できれば日本のためを思って行動していてほしいが、まあ、個人の自由だ。
それよりも、今はルルーシュが重要な気がする。彼がブリタニアを中から変えるための鍵になってくると思える。
不本意ながら自分は伯爵令嬢なので、政庁に勤めるのにも問題がない身分だ。勉強も得意だし、実は身体能力が抜群に高い。あとはコネだけと言ってもいいだろう。
それさえあれば、総督の側近になれる気さえする。歳も近いから。
そして、あの間抜けそうな皇女が総督なら、簡単に出し抜ける気がする。
考えるほどうまくいくと思えてくる。
テレビを見るに、コーネリアはユーフェミアに総督を譲るらしかった。ネットを見ても、コーネリアの根っこは武官であるため、日本のテロが落ち着けばすぐに別の紛争地域に飛ぶだろうと噂されていた。つまり、おそらく自分がこの学園を去る頃には、ユーフェミアがここの総督になっている。
実にちょうどいいではないか。勉強もコネ作りも今からやれば間に合うだろう。
だから自分は側近として、裏でブリタニアを操ろう。それが私の戦いだ。
しかし、ルルーシュはまともに攻めても取り合ってくれないだろう。それは分かっているので、ナナリーを籠絡することにする。いや、彼女に話しかけるきっかけがないので、まずは咲世子さんに近づいてみることにする。同じ日本人として。
心情を吐露しまくると、3人称が難しくなる(確信)