賭けチェスからの帰路のこと。
ルルーシュはリヴァルの運転するサイドカーに跨っていたのだが、付近で事故が起きた。
「あれは、俺達にも責任があるのか?」
50メートルほど先に、立ち入り禁止区域に突っ走って動かなくなった大型トラックがある。
その突っ走った時に自分たちがすぐ近くにいたのだ。だから多少は原因になったかもしれないと不安になっている。そもそも事故なのだから車内にいる人間が心配だ。ケガなどしていなければいいのだが。
「……リヴァル、行こう」
しかし、ルルーシュは無視することに決めた。
「いいのか?」
「あのトラックの動きは妙だったからな。もしかすると、麻薬の密売にでもからんでいるのかもしれない」
「えっ? そんなことを考えていたのか。可能性はあるけどな」
「あとは大人に任せよう。救急車だけは呼んでおいて」
「そうだな。それがいいだろう。学校もあるしな」
それだけ言うと、2人は再びサイドカーに跨った。
その後特に異常なく学校に戻り、授業を受け、放課後になる。生徒は帰宅、もしくは部室に向かう。ルルーシュは生徒会に入っているので生徒会室に向かう。
「おいルルーシュ。お前の言った通りだったみたいだぜ。いや、それ以上だ」
歩いていると、リヴァルが駆け寄ってきた。
「昼のトラックの話か?」
「そうだ。なんでも、軍の兵器を盗んだテロリストだったらしいぜ」
「なっ……。そ、そうか。それは命拾いしたな」
本当に命拾いである。
テロリストともなれば、警察どころか軍が出てくる。それも上層部の厄介になる可能性がある。それは身を隠しているルルーシュにとっては、絶対に避けなければならないことだった。
「本当だぜ。あーよかった。しっかし、イレブンは相変わらず恐ろしいことをするなあ」
「それは、まあ、そうかもな」
ブリタニアの方が……、とは思うが、テロもまた無意味な暴力なので味方をする必要は無かった。
生徒会室に入ると、愛しのナナリーや、かわいらしいナナリーや、ちょっとオチャメなナナリーや、やさしいナナリーが先にいた。
「あっ、お兄様」
「やあナナリー。今日も学校は楽しめたかい?」
「それは、はい。ここの皆さんはよくしてくれますから」
「ふふっ。そうか、それはよかった」
ルルーシュはナナリーに寄っていく。
寸前で立ち止まると、手を拝借し、憚らずに甲にキスをする。
「ちょっ、ルルー。私達もいるのよー」
隣で見ていた少女、シャーリーが顔を赤らめつつ、眉を顰めて言う。
「ふふっ。今日もかわいいよ」
「聞いてないし……」
「しかしお兄様。今日も賭けチェスをなさったようですね」
「ん? いやしかし、それは……」
「お兄様。私はお兄様を心配しているのです。もう少しご自身のお体に気を配りなさってください」
「ナナリー、しかし俺は」
「私はお兄様が無事でいてくれさえすればいいのです」
「ああナナリー、なんてうれしいことを。俺だってナナリーが無事ならそれでいいんだぞ」
「ですから、私の気持ちも理解してください。お兄様には危険なことをしていただきたくないのです」
「うーん、うん。分かった。分かったよ。もう賭けチェスはやめにする」
「えーっ! マジかよー!」
「ありがとうございます。お兄様」
「私が何度言ってもやめなかったのに。なんなのこの気持ち。この無力感は」
「おいルルーシュ! 考え直せ!」
「リヴァルは黙ってなさい! 調子に乗り過ぎよ!」
「おい! シスコンのルルーシュ!」
外野はとやかく言うが、ルルーシュは意に介さない。
「おーう。青春してるかー、若人どもー」
とそこへ、会長のミレイが入ってきた。大量の書類を胸に抱えながら。
「会長、なんですかそれは」
「俗事、そして些事ね。みんなでちゃっちゃと片付けちゃおう!」
「いや、小出しにしてくれれば大変な思いをせずに済むわけですが」
「ふふっ。やっぱりルルちゃんは素敵ね。口を出しつつ手を動かしているんだからっ」
「会長も早く始めてくださいよ」
「ふふっ。分かった分かった」
そうして作業が始まる。ルルーシュ、シャーリー、リヴァルは散々愚痴をこぼすが、手を抜いたりはしない。その甲斐あってか書類はその日のうちに片付いた。
部活が終わると、ルルーシュとナナリーはクラブハウスに、他のメンバーは寮の自室に戻っていった。
それから数週間は、そんな穏やかな日常が続いた。途中に病弱らしいカレン・シュタットフェルトが生徒会に入ったが、何も事件は起きなかった。
しかし、結局ルルーシュは賭けチェスを再開した。
どうしても大金が欲しかったのだ。ナナリーの治療費、学園卒業後の生活費、それに、ブリタニアを変えるための資金を手に入れるために。
人目に付く商売はできない。卒業後働くにしても、仕事を選ぶ必要がある。素性がバレたら困るから。
一応ミレイに頼んではみるが、アッシュフォードに依存することもできない。
ミレイは別として、彼女の一家はルルーシュが皇族復帰すると見込んで匿っているだけであり、利が無いと判断されると、いつ見捨てられてもおかしくない。
「ミレイ、相談がある」
「何かしら?」
しかしその日、めずらしいことが起きた。
ルルーシュがミレイをクラブハウスに呼び出したのだ。
「お前の婚約者の件だが、確かロイド・アスプルンドという男がいたよな」
「いたわね。それがどうかしたのかしら?」
「俺が仕入れた情報によると、やつはラクシャータ・チャウラーの知り合いらしくてな。このラクシャータに用があるのだが、どうしてもこいつが見つからなくて」
ラクシャータは医療のスペシャリストである。
ルルーシュはナナリーの目や足を治してもらうために、彼女に目を付けていた。素性もいい。インド人であるため、裏切られてブリタニアに売られる可能性が低い。
「アスプルンド卿にそれとなく聞いてみてほしいってこと?」
「そうだ。いや、忘れてくれてもいいぞ。これは俺のわがままだからな。お前には迷惑をかけたくない」
「ふふっ。子供はわがままを言ってもいいのよ」
「1つしか変わらないじゃないか」
「じゃあ親友? には頼ってもいいってことで」
「すまない。いや、いつ断ってくれてもいいがな」
「平気よ。どうせ学生のうちはお見合い全部断るんだもん。その相手に少し昔話を聞くくらいならなんの問題もないわ」
「恩にきる。この埋め合わせは必ずする」
ルルーシュは申し訳なさそうにうつむく。
ミレイはそんな彼に苦笑し、しかし少しして、悪戯っぽく笑う。
「だったら一緒に旅行してくれない? ぱあっとさ」
「旅行か? 俺はかまわないが」
「ふふっ。じゃあ決まりね」
「分かった。だがもちろんナナリーは一緒だぞ」
「ふふっ。それは分かってるって。私としては、生徒会のみんなにも一緒に来てもらいたいくらいだしね」
「ふっ。その方が会長らしいな」
「分かっているじゃない」
2人は満足げに笑う。その後も2人で話し合い、行先は河口湖に決まった。
旅行のちょうど一週間前には、エリア11の総督がクロヴィスからコーネリアに変わった。未だテロが横行しているために、クロヴィスが能力不足として左遷されたのだ。
しかし、トップが変わっても一般人にはほとんど影響がないため、学生達は特に気にも止めなかった。