先導者としての在り方[上]   作:イミテーター

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行く末

とある一台のテーブル。俺はとあるファイターとファイトしていた。

 

 

どういう経緯で、どういう理由でファイトを始めたかは覚えてはいないが、そのファイトで俺が優勢であることは間違いなかった。

 

 

相手も決して弱くはない。相手も俺と同じ適合者であり、その力は俺をはるかに凌駕する。

 

 

ただ、相手が俺だったことが敗因だろう。

 

 

『俺のスタンド&ドロー。さぁ、歯を食いしばれ。これがファイナルターンだ』

 

 

神風の発動。この瞬間、俺は勝利を確信する。

 

 

拳を突き出し、相手を視認する。俺の能力を知っている相手は俯き、確定してしまった敗北から表情を隠していた。

 

 

格上を相手に勝利する達成感。その優越感は、俺に少なからずの油断を生んでしまった。

 

 

『ふふ……あは……あはははははははははは!』

 

 

相手は狂ったように笑い声を上げる。

 

 

不審に思う俺だったが、そこまで気にはしていなかった。

 

 

神風は発動している。そしてターンは俺に回っている。どうあがいても、ファイトを覆すことは出来ない。

 

 

⦅生死無常世のならい⦆

 

 

……ファイト単位でしか物事を見れない俺の茶地な発想が、全ての原因だったのかもしれない。

 

 

おもむろに相手も右手を俺のほうへ突き出す。しかし、俺のように拳を握っているわけではなく、まるで銃口を向けるかのように親指を突き立て、人差し指が俺を捉えていた。

 

 

俺は、相手の顔を見る。

 

 

まるでつまらなくなった玩具を見つめているかのような冷たい目。狂気に歪んだその笑みは、地面を歩く虫を無邪気に踏みつぶす子どものように純粋だった。

 

 

 

『BYE-BYE』

 

 

 

  *  *  *  *  *

 

 

 

「っ!?」

 

 

最初にいたショップの内装とは打って変わって生活感のあるリビング。

 

 

そのソファに毛布を掛けられていたリョーガは、勢いよく体を起こした。

 

 

顔中汗まみれで、息も荒く、不規則に肩を揺らす。しかし、それは体調が悪いからというわけではない。

 

 

「クッ……またあの夢か……」

 

 

リョーガは頭を抑えながらそう呟いた。

 

 

時折見る悪夢。それがとても恐ろしい内容だということは覚えているが、実際にどんな内容であったかは思い出せない。

 

 

彼にとって、とても深刻の問題ではあるが、決してそれを他人に悟らせたことはなかった。

 

 

それは当然、他人に心配をかけたくなかったということに尽きる。

 

 

自分についてきてくれる者に不安を抱かせてしまう。そんなことは、悪夢を見るよりも耐えがたいことであった。

 

 

だからこそ、彼はいつも誰かに寝ているところを見られないよう努めてきた。もし問いかけられれば、うっかり喋ってしまう可能性がある。

 

 

決して自分の寝ている姿を誰かに……。

 

 

「おいおい、大丈夫かよ。汗びっしょりじゃねぇか。折角拭いたのに……」

 

「っ!?」

 

 

完全に油断していたリョーガは、目を見開きながらその声の主の方へ視線を向ける。

 

 

部屋の中央にある机の上に隙間なく埋め尽くされたカード。それを前に両手いっぱいにカードを持ちながら、起きたリョーガを心配そうに呼びかけるノブヒロの姿があった。

 

 

「……お前は……椿ノブヒロか……。そうか、俺はお前とファイトして……」

 

 

ノブヒロを視認したリョーガは、意識を失う前のことを思い出す。

 

 

彼と自分がファイトしていたこと、自分に勝ったら彼を仲間に引き入れること。そして、ファイトの最後を。

 

 

(……フッ。ファイトが終わってなお、ここにいるという事は……ファイトは俺の敗けということか……)

 

 

全てを悟ったリョーガは静かに笑みを浮かべた。

 

 

「あんまり無茶すんなよな。いきなりぶっ倒れるもんだから俺も焦るじゃねぇか。その様子だとまだ万全じゃなさそうだしもう少し寝てた方がいいんじゃねぇのか?」

 

 

「心配には及ばない。これは少し悪い夢を見ただけだ。体調に支障はない」

 

 

ノブヒロの指摘に、リョーガはそう言いながらソファから起き上がった。

 

 

「……いや、それはそれで心配になるだろ。どんな夢見たらそんなに汗びっしょりになるんだ……?」

 

 

「気にする必要はない。こんなこと、一度や弐度ではない。さして珍しくも……」

 

 

しつこく問いかけてくるノブヒロにリョーガは納得させるように答えるが、次のノブヒロの反応に自分が墓穴を掘ってしまったことを悟る。

 

 

「一度や二度じゃないってそれもう病気じゃねぇか!病院に行ったりしてんのか!?あの店長とかは知ってんのかよ!?あんたら不適合者がどういうもんかはよくわかんねぇけど、そういう精神的なところはもっと神経質にだな……!」

 

 

「……俺も全く学ばないな」

 

 

リョーガは小さく溜め息をつくと、一先ず「そんな病人を前に声を荒げるな」とノブヒロを黙らせた。

 

 

「⦅長く思案し、遅く決断すること。思案を重ねた決断であるなら、後戻りする必要はない⦆状況を整理したい。まず、他の奴らはどうした」

 

 

リョーガは寝ていたソファに腰を下ろすと、再び机のテーブルのカードと睨めっこを開始したノブヒロにそう問いかけた。

 

 

「店長とライカは買い物に行って、ついでに小学生組を送るってよ。……悪いな、テンションあがるとどうにも声のボリュームが調整出来ないんだよなぁ、俺って」

 

 

「別に攻めるわけではない。……俺にも非はあった」

 

 

「せめて店長にはその件は店長には伝えとけよ?流石にその様子はただ事じゃねぇからな」

 

 

「……考えておこう。それにしても殊勝なことだな。あれだけの激闘を征して満足せず、デッキの調整に育んでいるとは。⦅勝って兜の緒を締めよ⦆、と言ったところか?」

 

 

「……んなわけあるか」

 

 

リョーガの言葉に手を止めたノブヒロは、ムスッとした表情で立ち上がった。

 

 

「あのファイトはほとんど俺の負けだ。今の俺は弱い、だからこうやって今出来ることをしてるだけだよ」

 

 

「全く失礼な奴だ。俺に勝っておきながら、まだ己のことを弱いと宣うか」

 

 

視線をずらしながら乾いた笑いを浮かべるリョーガ。その態度にノブヒロは首を傾げるが、すぐにリョーガの考えていることを悟った。

 

 

「あぁ、言わせてもらうぜ。結果的に、俺はお前に勝てなかった。負けてもいないけどな」

 

 

「……どういうことだ」

 

 

ノブヒロの発言に、リョーガは眉をひそめる。

 

 

ヴァンガードは他のカードゲームと違い、引き分けと言うものが起こりずらい。ましてや、あの状況で引き分けになるわけがない。

 

 

しかし、ノブヒロの発言はどう聞いても引き分けがあったことをほのめかすものだった。

 

 

「そのまんまの意味だよ。本当はこんなはずじゃなかったんだがな。俺は勝ってもないし負けてもない。お前んとこの店長のせいでな」

 

 

「……なに?」

 

 

 

  *  *  *  *  *

 

 

 

「ダメージチェック――」

 

 

リョーガが気を失った後、ノブヒロはデッキに手を伸ばす。

 

 

――その時だった。

 

 

ブオオオオオオオオオン!!!

 

 

けたたましい音共に、盤上に強烈な風が吹き荒れ、盤上に合ったカードは全て吹き飛ばされてしまった。

 

 

それは、ダメージチェックを確認しようとしていたノブヒロのデッキも例外ではない。

 

 

「…………!」

 

 

ノブヒロはそれまでデッキが合った場所を見ながら目を見開くと、視線を風が吹いてきた方へ向けた。

 

 

「おっと、悪いなぁー。手が滑っちまって煙を払う≪モクモクフンフン君≫がカードを吹き飛ばしちまったぜー。わざとじゃなかったんだがなぁー。いやぁ、悪いことしちまったなぁー」

 

 

そこには≪モクモクフンフン君≫を握り、頭を掻きながらワザとらしく悪びれる店長の姿があった。

 

 

店長以外状況が呑み込めない店内は、少しの静寂の後、ライカの声が一番に上がった。

 

 

「何やってんの!?もうあと少しで決着がつくってところだったのに!」

 

 

「今年一番驚かされた。ほんと何やってんのさ。これじゃあ結果が分からなくなっちゃったじゃん」

 

 

それに続くようにミズキも店長に指摘するが、店長はまるで二人が何を言っているのかわからないかのような素振りで首を傾げた。

 

 

「だから謝っただろ?大体、今はそれどころじゃねぇだろうが。ウチの姫様を見てみろ。あれが正しい反応だと俺は思うけどな」

 

店長はそう言いながらリョーガに駆け寄るアサギのほうへ皆の視線を促した。

 

「リョーガさん!リョーガさん!しっかりしてください!」

 

「安心しな。ただ寝てるだけだよ。相当疲弊はしてっけどな。何故か」

 

「ノブヒロさん……あ、本当だ……よかった……」

 

ノブヒロに指摘されたアサギは、リョーガが穏やかな寝息を立てていることに気づき安堵した。だが、ノブヒロの言う通りかなり疲弊しており、びっしょりと汗をかいていた。

 

「とりあえず汗を拭いて横にさせたほうがいいな。後のことは俺がやっとくから、子どもはそろそろ帰ったほうがいいんじゃねぇか?」

 

「ノブ……」

 

まるで何事も無かったかのような振る舞いをするノブヒロに違和感を覚えるライカ。しかし、そんな彼女に構うことなく、店長は話を進めた

 

「……コイツの言う通りだ。ガキは門限を守らねぇとな。あと、嬢ちゃんにも来てもらうぜ」

 

「えっ!?ちょっと……!」

 

ライカの腕を掴み、無理矢理出入口へと誘導しようする店長。ミズキは何かを察したように無言で彼に付いて行き、アサギもリョーガを心配しつつも店長の方へと向かう。

 

「あの……リョーガさんは大丈夫なんでしょうか?」

 

「ああ。別にこういうのが初めてってわけじゃねぇから。ちゃんと休めばまたいつもみたいにピンピンしてっから」

 

「よかった……。それじゃあノブヒロさん。リョーガさんのこと、よろしくお願いします」

 

自分のほうを見てそう言いながらお辞儀をするアサギに、ノブヒロはぎこちなく笑いながら手を上げた。

 

すると、ノブヒロはこちらを恨めし気に睨むライカの存在に気づき、これまたぎこちない笑顔で手を振った。

 

「後のことはアイツらに任せろ。俺達は俺達のやるべきことがあるんだからな」

 

「はぁ……わかってるわよ。ノブー!とりあえずわたしたちは食べ物とか色々調達してくるから、しっかりやんなさいよー!」

 

「あいよー」

 

ノブヒロがそう答えると、4人はショップから出て行った。

 

ショップの中にはノブヒロと寝静まっているリョーガだけとなり、一転して静寂が流れた。

 

「さてと……」

 

ノブヒロはそう言いながら、随分長いこと座っていた椅子から立ち上がり、机に突っ伏すリョーガを見た後ショップ内を見渡した。

 

「タオルもねぇ、毛布もねぇ、横にさせるソファもねぇ……。どうすっかな……」

 

 

 

  *  *  *  *  *

 

 

 

「で、今に至るわけだ」

 

「俺が生死を彷徨いかけたということはよくわかった」


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