先導者としての在り方[上]   作:イミテーター

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極致

(クッ……この状況で使えばこうなるのも必然か……)

 

 

ターンを終え、緊張が解けた瞬間、リョーガの身に急激な頭痛と激しい睡魔が襲い掛かる。

 

 

なんとか状況を改善出来たと肩を撫で下ろすどころか、少しでも気を緩めば意識が飛んでしまいそうな状態に陥ってしまった。

 

 

気休めと思いつつも、この苦痛を和らげるように手で頭を押さえ、理性を保つ為にとにかく頭の中で考えを巡らせる。

 

 

(“神風”から“回天”、そしてまだ未完成の“桜花”をこの緊張状態で使わせられるとは……。もうこのファイトでは適合者の力は使えんな……いや、そもそもファイトが終わるまで意識を保てるか……。だが……少なくとも……)

 

 

お互いのダメージ、そして手札を見比べる。圧倒的に見えたダメージ差も一気に挽回し、手札や盤面から見てもこちらが大きく上回った。

 

 

(形勢は逆転した。……お互いの残りトリガーもそう多くは無い。後は、このターンで決まる……)

 

 

リョーガはヒールトリガーを確認したノブヒロを見ながらニヤリと笑みを浮かべる。

 

 

(……椿ノブヒロ、お前とこうして出会い、ファイト出来たことに感謝する。……このファイトで、俺は更に強くなれた。……そしてお前もまた、このファイトで何か得るものがあればと願おう。……もしお前と共に大会に出られるのであれば、とても楽しいものになりそうだ)

 

 

実際にファイトを通じて、リョーガはノブヒロに大きな敬意を表した。

 

 

決して良いとは言い難い出会いではあったが、当時の無能の不適合者としての印象は既に薄れ、いちファイターとして、これまで苦楽を共にしてきたトキやフェイと同等の関心を彼に向けていた。

 

 

(……そして、お前はきっと俺の状態にも気づいているだろう。……だが、決して遠慮をすることないだろう。……今のお前は全神経をファイトに……この状況の打破に身を投じることしか考えていないのだろうからな)

 

 

そしてリョーガは確信している。この絶望的状況であっても、この目の前のファイターは決して臆さず立ち向かってくることに。

 

 

「……右上にアシュラ・カイザー(11000)をコール。ハンマーマンは前列に移動し、スキル発動、効果はアシュラ」

 

 

ロケットハンマーマン(レスト)/シュテルン・ブラウクリューガー/アシュラ・カイザー

/タフ・ボーイ/デスアーミー・レディ

 

 

(……フッ、素晴らしい陣形だ。……間が空いたとはいえ、お得意のスピード展開も決して廃れたわけではないと見える)

 

 

ノブヒロの展開に、リョーガは満足げに笑みを浮かべた。

 

 

お互いのダメージは五点。ここで求められる要求ガード値を彼は的確についてきたのだ。

 

 

(……ロケットハンマーマンのスキルによってアシュラのラインのパワーは20000。……これにより、ヴァンガードのアタックと合わせて15000要求のアタックを弐度も行うことが可能になった。……トリガーが発動した場合でも、ロケットハンマーマンを前列に添えたことでスタンドトリガーであれば、それ単体で5000ガードを要求できる。……現状可能な最高の陣形と言えるだろう)

 

 

「タフ・ボーイのブースト、シュテルン・ブラウクリューガー」19000

 

「……ソニック・ブレイカー、至宝 ブラックパンサーをインターセプト」25000

 

「ツインドライブ!!アイン、デスアーミー・ガイ。ツヴァイ、ザ・ゴング。ドロー、パワーはアシュラ・カイザーに。デスアーミー・ガイのブースト、アシュラ・カイザーでアタック」25000

 

「……ソニック・ブレイカー二枚でガード」30000

 

「エンド」

 

 

     ノヴァ スパイク     

   手札 4    1

ダメージ表 3    5

ダメージ裏 2    0

 

 

「ハァ……俺の……スタンド&ドロー……すまないが……もう一度長考する……」

 

 

リョーガはドローしたカードを確認した後、俯きながらそう宣言する。

 

 

(……心なしか、息も上がってきているか?いや、完全に上がっているな……)

 

 

朦朧とする意識の中、淡い瞳で震える自分の手を眺める。

 

 

(フッ……。全く……情けないことだ)

 

 

リョーガは、そんな情けの無い自分の今の状況を冷笑した。

 

 

(俺は……何故こんなになってまでヴァンガードをやっている……?……いや、そもそも何故カードゲーム如きでこれほど疲労困憊になっている?……結局、俺自身も単なる愚か者の馬鹿野郎だったようだな。……目の前のヴァンガード馬鹿と同族の……)

 

 

そんな非現実的な状態に陥ってしまった自分自身を、彼は卑下するように冷笑した。

 

 

もし、ファイトを始める前の自分にこの姿を見られたら何と言われるだろう。もはや気にもしていなかったが、今の状態を見ているミズキ達は何を思っているのだろう。

 

 

長考を宣言したにも関わらず、彼はファイトとは全く関係のないことを無意識に頭の中で巡らせていた。

 

 

しかし、それが気分転換になったのか。少し軽くなった頭を起こすと、ゆっくりと時間をかけながら状況を分析した。

 

 

(……今引いたカードはセンチネル。……そして元々手札にあったカードは指揮官 ゲイリー・キャノン。……上手くここでジャガーノート・マキシマムかハイスピード・ブラッキーを引ければ連続アタックが可能になったが、贅沢は言っていられない。

 

 

……一先ず、ゲイリー・キャノンを引き換えにダッドリー・ダンのスキルでスペリオルコールするしかない。……現状での要求ガード値は、ジャイロ・スリンガーの前にジャガーノート・マキシマムをスペリオルコールし、先にジャイロ・スリンガーのスキルでパワーを3000上昇。……ジャガーノート・マキシマムのスキルも合わせれば、ここだけで20000要求。

 

 

ヴァンガードのアタックは最低でも10000ガードが必要。そして最後にワンダー・ボーイとスカイダイバーで10000。合計要求値は40000。問題は、奴の手札……)

 

 

そこまで考えると、自身の手札からゆっくりと視線をノブヒロの手札へと移動させる。

 

 

(……四枚の手札のうち……三枚は分かっている。……二枚は先ほどのドライブチェックのドロートリガーとデスアーミー・ガイ。……もう一枚は俺が引かせたヒールトリガー。……そして……分かっていないのはドロートリガーで引いたカード。……もし……引いたカードが10000ガードだった場合……合計ガード値は30000。

 

 

……センチネルであれば、こちらの最大パワーの20000に使い、残りガードは15000。つまり……)

 

 

リョーガは右手で握りこぶしを作ると、ゆっくりと前へ突き出し、疲労困憊になりながらもニヤリと笑みを浮かべた。

 

 

「さぁ……歯を食いしばれ……ファイナルターンだ……」

 

「…………」

 

 

完全に勝利を確信したリョーガと、それに対して表情を全く崩さないノブヒロ。

 

 

リョーガの能力である“神風”を知る者であれば、彼がこれを宣言した時点で敗北が決定しまう為、平静でいるのは難しいが、ノブヒロはそのことを知らない。

 

 

ノブヒロ自身、このターンにリョーガのアタックを全てガードすることが出来ないことは分かっている。しかし、まだ彼には可能性が残っていた。

 

 

(……まだヒールトリガーが残っているからこその平静と言ったところか。……当然だ。……ここで自分のデッキを信じられないようでは、ファイターとして未熟というもの。……悲しいことに、今の俺では“神風”による判定は出来ない。……それどころか、)

 

 

リョーガは自分の手札のカードを見る。が、完全に虚ろになった彼の視界は、それらのカードのスキルをまともに確認することが困難になるほど衰えてしまっていた。

 

 

(……俺が意識を保てるのがこのターンが限界だ。……ヒールトリガーが出れば……ファイト続行不能で俺の敗北。……クリティカルトリガーが出れば……問答無用で俺の勝ち。……文字通り、これがファイナルターンだ)

 

 

「……ジャイロ・スリンガーのCB。……参回使い、パワー+3000。……バトルに入る」

 

 

/ザイフリート/スカイダイバー

ジャイロ・スリンガー/ダッドリー・ダン/ワンダー・ボーイ

 

 

朦朧とする意識の中、リョーガは最後の力を振り絞り、ヴァンガードに手を添える。が、この状況下ではただアタックするだけにはいかなかった。

 

 

(……ここで途切れるわけにはいかない。……ダッドリー・ダンのスキルを発動させなければ……せっかくの勝利への布石が……建たなくなってしまう)

 

 

時間が経てば経つほど、リョーガに襲い掛かる睡魔は大きくなる。しかし、勝つためにはダッドリー・ダンのスキルでデッキサーチ、シャッフルという過程を乗り越える必要があった。

 

 

リョーガはなんとか息を整えると、アタックを宣言する。

 

 

「ハァ……ダッドリー・ダンのブースト……ザイフリートで……ヴァンガードにアタック……。ダッドリー・ダンのスキ……」

 

「ノーガード」

 

「っ!?」

 

 

リョーガがダッドリー・ダンのスキルを発動させるよりも前に、ノブヒロはノーガードを宣言する。

 

 

それは既にヒールトリガーしか勝ち筋がないことによる自暴自棄なのか、はたまた体調の優れないリョーガの為を思ってのものなのかはわからない。

 

 

「……その心遣い……痛み入る。……ツイン……ドライブ!!」

 

 

しかし、リョーガは彼の行動に笑みを浮かべながら感謝を述べた。例えそれが勘違いだったとしても、リョーガにとってはそれだけの価値があった。

 

 

「壱……ワンダー・ボーイ……。弐……至宝 ブラックパンサー……。トリガー……なし……」

 

 

ドサッという音共に、リョーガは机の上にうつ伏せで倒れる。

 

 

最後に残った力を振り絞ったこの攻撃。決着は、ノブヒロのダメージチェックに全てが委ねられた。

 

 

「……ダメージチェック――」


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