先導者としての在り方[上]   作:イミテーター

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スプラトゥーンにハマってました。すいません。

まだ買って3ヶ月も経ってないのにWii Uが壊れたのは多分更新しなかった僕への罰なのでしょう。

心機一転、頑張って行こうと思うのでまたこれからもよろしくお願いします。


軍神

「凄まじいですね。彼のデッキの爆発力は」

 

 

「全くじゃな。あやつの運を含めて」

 

 

ノブヒロの視界から状況を窺っていた久留麻クラマとフェイ・デュラックは、二人の白熱するファイトに心を奪われていた。

 

 

ノブヒロがどれほどのファイターであるのかを見定めるという本来の目的は既に片隅へと追いやられ、二人はどこにでもいるファイターのようにファイトの考察に耽っていた。

 

 

「ノブヒロ殿のデッキはスタンド軸のシュテルン・ブラウクリューガーデッキ。本来であれば、クリティカルトリガーを多く搭載し、一撃必殺を狙うのが定石ですが、彼はその習性を利用しているのでしょう」

 

 

「じゃろうな。あやつとしては第二ターンでアイゼンクーゲルを出して自身のデッキがシュテルン・ブラウクリューガーを軸にしたいと考えていると見えるのう。まぁ、今回のファイトでは上手くいかなかったようじゃが」

 

 

「それは問題ないでしょう。勿論、シュテルン・ブラウクリューガーのデッキだと意識させるのは重要ですが、問題は如何に相手からシュテルン・ブラウクリューガーのアタックをガードを引き出させるかです。

 

ある程度ヴァンガードを嗜んでいれば、シュテルン・ブラウクリューガーの何が脅威なのかを身体で知っているはずです。例えダメージが2点だとしても、一度でもクリティカルが乗ってしまえばそれでゲームエンドにもっていけてしまう。

 

センチネルでも握っていなければ、そうやすやすとアタックは通せません」

 

 

「爆発力という意味合いでは、お主のチカラと同じじゃのう?フェイよ」

 

 

クラマは悪戯っぽく笑みを浮かべならチラリとフェイの方を向いた。トラプル・ゲイン内でのチカラの詳細は、ある程度メンバー同士に開示されている。

 

 

フェイの持つチカラが極めて強力であることを知っていたクラマがそう呟くと、フェイは困ったような表情で、剣の鞘に乗せていた左手を口元に移動させた。

 

 

「冗談はやめてください。私のチカラなど、トキ殿達アナー・カードの方々に遠く及びません。だからこそ、それを補う腕を磨く必要があるのです」

 

 

「どこまでも隙の無い男じゃなぁ、お主は。ただ、今回のこのファイトはお主の向上心に良い刺激を与えたのではないか?」

 

 

「えぇ、これ程のファイトは中々見れません。特にノブヒロ殿のこの試合運びとデッキ構築の巧みさは私も見習わなければならない部分でしょう」

 

 

再び左手を剣の鞘に置いたフェイは、ジッと目を瞑った自分の視線の先を見つめた。

 

 

「爆発力のあるシュテルン・ブラウクリューガーのアタックを相手にガードさせ、手札の消耗を催促。少し経てば、こちらのデッキにクリティカル入っていないと気づき、シュテルン・ブラウクリューガーのアタックを通すだろうという心理コントロール。再スタンドの脅威を完全に失った相手に畳みかけるような連続スタンド。ターンの経過でダメージは蓄積しているでしょうし、序盤でガードを消耗させたことで完全に勝利の女神を味方につけるこの試合運びは、一般的なファイターでは到底思いつかない構築と言えるでしょう」

 

 

「終盤のスタンドほど怖いものはないからのう。とはいえ、連続スタンドとは極めて理想的な回り方でなければ達成出来ん。デスアーミーとシュテルン・ブラウクリューガーのコンボは、二連続スタンドを狙うのではなく、可能限スタンド出来る機会を増やしたものというべきであろうな。」

 

 

「しかし、ノブヒロ殿はこの局面でそれを遂行してみせた。これが彼の強さなのでしょうか」

 

 

「片鱗が見えているといったところかのう。しかし、まだこやつがわっちの期待している域にまでは達しておらん。お主も気づいているであろう?」

 

 

「えぇ。たしかに彼の実力は我々適合者に匹敵すると言っていいのかもしれません。しかし、今の彼は適合者としてのチカラを持ち合わせてはいない。言うなれば、噂の“適合者に通ずる不適合者”に近い実力」

 

 

「たしかトキが“神域”と呼んでおったな。図らずも、そういう代物に仕上がっているのかもしれんのう」

 

 

「うーむ」と難しい表情で頬杖をつくクラマ。彼女自身は、彼からとてつもない可能性を一度感じたことがあった。

 

 

しかしそれは一時的なもので、今はチカラはおろか、適合者としての適性すら感じられなかった。

 

 

適合者の裁定が出来るファイターは自分以外にもいるが、自分以上に優れた裁定者は他にはいない。ならば、同じく裁定するチカラを持つリョーガもノブヒロのことを不適合者と認識しているのは間違いないだろう。

 

 

一体彼の中で何が起きているのか、以前に感じたあの可能性とはなんなのか。クラマは、答えの見つからない問いを頭の中で回しながら目を瞑っていた。

 

 

(本当にクラマちゃんの仕草は見ててもほっこりするなぁ)

 

 

頬杖を付きながら、時折難しい表情を浮かべるクラマを眺めながらほんわかしたような表情でケンタは思った。

 

 

(なんだかんだでクラマちゃんは年相応の可愛さがあるからいいんだよねぇ。僕の中ではトラプル・ゲインでも一番だなぁ。っていうか、他の子でまともな子が全然いないのがあれなんだけどさ)

 

 

自分の今の境遇に感謝しながら涙を流す。

 

 

二人が真面目にファイトに関しての感想を漏らしている中、この紅ケンタという男はそれをそっちのけに年下の少女をいやらしい目で眺めていた。

 

 

これが彼の本質であり、フェイが彼を嫌う最もたる所以である。

 

 

自分の興味に純粋で、移り変わりが激しい。

 

 

その目立ちすぎる真っ赤な風貌も手伝って、彼を見たら万人がふしだらな人間だと考えるだろう。実際それは正しい。

 

 

(さてさて、満足したところで……)

 

 

しかし、彼もまたフーファイターズ、トラプル・ゲインの一人。

 

 

彼がトラプル・ゲインに入ったのは、何もその待遇に惹かれただけではない。

 

 

(椿ノブヒロ君か、以前にファイトした時とは比べものにならないほどに力をつけてきてるねぇ。いや、関心関心)

 

 

瞳を瞑り、二人と同じようにノブヒロの視界からファイトを観戦する。

 

 

成長した彼のことを褒めている傍ら、彼も一つだけ釈然としないことがあった。

 

 

(でもこの強さって皆が言うように適合者とは関係ないんだよなぁ。リョーガ君の様子から見ても彼は不適合者。でもクラマちゃんは彼が物凄い適合者になるって期待してる。これってどういうことなんだろうねぇ?……ま、どうでもいいっか)

 

 

どうせ考えたところで答えが出ないことだと決定づけたケンタ。一見無関心に感じる彼も、このファイトに一つ期待しているものがあった。

 

 

(今の君の実力は適合者と通ずるものがある。ただ、そんだけじゃあリョーガ君には勝てないかなぁ。なんせ、彼の真骨頂はファイトの終盤。つまり、これから本番なんだからさ)

 

 

彼は二人と重ねている左手とは逆の右手。手錠と包帯で身を包んだその右手を頭に押し当てる。

 

 

 

ケンタは思い出していた。

 

 

 

興味本意で出場した大会、第一回ヴァンガードチャンピオンシップ

 

 

 

自身の能力を完全に自覚し、適合者として完成された実力を持っていた彼が迎えた最後のファイト。

 

 

 

そのファイトに勝てば晴れてベスト4。ピオネールの称号を手に入れることが出来るそのファイトであたったファイターのことを。

 

 

 

(君が彼と同じ域に達しているのか、見極めさせてもらおうかな)

 

 

 

 

  *  *  *  *  *

 

 

 

「ダメージチェック……ジャガーノート・マキシマム」

 

 

 

ノブヒロから受けたダメージを置いたリョーガは、4点になった自身のダメージゾーンを見ながら大きく深呼吸をした。

 

 

 

(⦅急がずば ぬれざらましを 旅人の あとよりはるる 野路の村雨⦆。逆に力の差を見せつけられたということか。どうやら、俺は……焦って結論を急ぎ過ぎたのかもしれん)

 

 

 

現状、こちらのダメージは4点。それに対し、ノブヒロはまだ二点しか食らってはいない。その上、ノブヒロはこれまでのトリガー率から圧倒的なアドバンテージを稼いでいる。

 

 

いくらリョーガ程のファイターでも気圧されるのは仕方なく、それらの要因から焦りが生じたのだろう。

 

 

しかし、彼も百戦錬磨のファイターであることに違いはなく、追い詰められたことで再び考察出来るまでの冷静さを取り戻した。

 

 

 

「ガイのブースト、レディ」16000

 

 

「ノーガード、デビル・サモナーは退却」

 

 

 

(トキは我々適合者と同等の力を持つ者を“神域”だと呼んだ。だが現状、そこに至っていると言われているのはピオネールのリセのみ)

 

 

 

リョーガは無意識の内に思考を働かせる。

 

 

ファイトにおいては完全に受け身。いや、その場に委ねること以外にすることがないと言った方が正しいか。

 

 

「ハンマーマンのブースト、アイゼン」23000

 

 

「ノーガード。ダメージチェック、ジャイロ・スリンガー」

 

 

(トキは同等と言ったが、それはあくまで彼が適合者が絶対的ものだと断言しているが故に結論。しかし、リセはピオネールに至るまでに適合者を相手取って勝利を勝ち取っている。すなわち――)

 

 

この状況の中で、唯一彼に許された行動。

 

 

(――“神域”とは適合者を超える不適合者でなければならない。今の俺が、これ以上の結論を導くのは無意味だろう)

 

 

それは、自身の中にある蟠りに終止符を打つことに他ならない。

 

 

     ノヴァ スパイク     

   手札 2    3

ダメージ表 0    5

ダメージ裏 2    0

 

 

それまでの考察の一切を断ち切り、リョーガは目の前のファイトに全神経を注ぐ。

 

 

(状況ははっきり言って最悪。だが、これが俺の力の限界でもある。他の適合者に比べてファイトに与える影響力はほぼ無しと言っていい。故に、俺に今できることはただ純粋にプレイングの中で活路を見出すこと。幸い、まだ敗けが確定しているわけではない)

 

 

自身のターンに移り、リョーガは自分の手札を確認する。

 

 

不利な状況は続くが、それでもなんとか手札を維持出来ているのは連続して出てきているヒールトリガーのおかげだろう。

 

 

ノブヒロのトリガー(G3含む)発動率には目を見張るものがあるが、決してリョーガ自身もトリガーの出が悪いわけではない。

 

 

(だが、それでは置かれている条件は五分。偉そうに適合者の存在を説いておきながらそんなことでいいのか?この状況で俺がコイツを持ち上げる理由は残っているのか?このまま、運ゲという盾を構えて敗走に赴くのか?)

 

 

「俺のターン。スタンド&ドロー――」

 

 

これを運ゲで負けたというのは容易。しかし、ここまで真摯な態度の暁リョーガも、ここで年相応の感情を表す。

 

 

 

「――すまない、今から少し長考する」

 

 

 

引いた手札に加えたリョーガは、そう呟くと目を瞑った。

 

 

⦅短剣短くば一歩を進めて長くすべし⦆

 

 

これまでの戦い方から一転、状況を打破する為か長考を宣言したのだった。

 

 

誰だって負けるのは嫌に決まっている。それは彼も例外ではない。

 

 

『リョーガ殿はここで一度全てをリセットして状況を見渡すようですね。どんな時でも冷静に対処する、流石の判断ですね』

 

 

隣で感心しているフェイとは対照的に、紅ケンタはこの彼の行動に言い知れぬ違和感を感じていた。

 

 

(……フェイ君の言ってることはもっともだけど、これまでのリョーガ君の態度から見れば、彼がいちいち考えなくても最善の手を導けるのは一目瞭然でしょ。

 

 

彼がいつも相手を最高のコンディションでファイト出来るようテンポを調整してるのは昔からだし、そういうひたむきな姿勢をトキ君やフェイ君が気に入ってる。それもリョーガ君の強さの一つでもあるわけだし。

 

 

今回だって、ノブヒロ君に合わせて劣るとはいえ、最高速度の速さで常に最善の手を打っていた。

 

 

そんな彼が、突然長考。ただ単に状況を整理する為とか、それこそ一から構成を練り直すなんて面倒なことを考えてるとは思えない。

 

 

相手に合わせることを放棄してまで、彼は何かを狙っている……?)

 

 

ノブヒロの視界を通してケンタは目を瞑りピクリとも動かないリョーガを見据える。

 

 

ノブヒロ本人も彼にシンクロしているかのように指先一つとして微動だにさせずにいる。彼もまた、リョーガの行動に合わせることでその場の状況に適応させようとしているのかもしれない。

 

 

自分の敵である相手が新たな手札を切るとなれば、普通はそれに対して身構え、予測を巡らせるだろう。

 

 

しかし、ノブヒロにあるのは後にも先にもただ一つ。次にリョーガが動き出すとき、その情報をくみ取って迅速に対応する。それだけだった。

 

 

「…………」

 

 

数秒の沈黙が二人の間に流れた刹那、リョーガは目を見開き、先ほどと同じ速度で手札のカードを捌いていった。

 

 

「――右上にスカイダイバー(11000)。左上に至宝 ブラック・パンサー(10000)をコール。これでバトルに入る」

 

 

至宝 ブラック・パンサー/ザイフリート/スカイダイバー

ジャイロ・スリンガー/ダッドリー・ダン/ワンダー・ボーイ

 

 

リョーガの長考の末に導き出した活路。その一歩となるメインフェイズの展開は、非常に短いものだった。

 

 

強いてこの展開から予想されることを挙げるとすれば、スカイダイバーのスキルから繋げるダッドリー・ダンのコンボ。

 

 

ダッドリー・ダンはブースト時に自軍の空いてる場所にスペリオルコールするスキルを持ち、スカイダイバーはアタックがヒットした時に自身をソウルに入れ、手札の別のユニットをスペリオルコールすることが出来る。

 

 

このスカイダイバーのスキルを用いてハイスピード・ブラッキーもしくはジャガーノート・マキシマムをスペリオルコールし、彼らのソウルブラストでアタック後にデッキに戻せば、ダッドリー・ダンのスキルの要件を満たすことが出来る。

 

 

ノブヒロの手札は二枚。うち一枚はG3でガード出来ない為、スカイダイバーのスキルを発動させるのは難しくないように思える。

 

 

上手くいけば、先ほどのノブヒロと同じように2回ものアタックを増やすことが出来るが、その場合ヴァンガードはスカイダイバーの後にアタックすることが要求される。

 

 

例えリョーガが15000ものアタックを要求出来るデスアーミー・レディにアタックしようとも、ノブヒロは手札の10000ガードと場のアイゼンクーゲルをインターセプトさせればガードするに事足りてしまうため、必然的にサイドのブラック・パンサーでアイゼンクーゲルを処理する必要がある。

 

 

ただその場合、15000要求出来るデスアーミー・レディをインターセプトすればスカイダイバーのアタックを10000で防ぐことが出来る。よって、この状況での正解は、スカイダイバーによるデスアーミー・レディへのファーストアタック。

 

 

こうすることで、ノブヒロは是が非でも15000をガードする必要が発生し、少なくとも彼の前列のリアガードは処理することが出来る。

 

 

それを嫌ってアタックを通した場合には、上手くスキルを発動させ、先ほどのお返しと言わんばかりの連続アタックを可能にするが、その場合にもよるリョーガの損失も無視できるものではない。

 

 

現状のリョーガの手札は2枚。スカイダイバーのスキルを用いた場合1枚に、ダッドリー・ダンのスキルを用いれば手札がなくなってしまう。

 

 

さらに言えば、ノブヒロ側の両サイドのユニットを潰した場合、残りのアタックはヴァンガードに集中する為、ノブヒロが一度でもダメージトリガーを発動させてしまえばリョーガ側が攻めあぐねることは必至。

 

 

自身の手札が減っている今がチャンスではあるが、圧倒的ダメージ差にどうしても一歩足りないということ。しかし、これが現状最も適した攻撃であり、ノブヒロ自身もそれを理解していた為、上記の線を重点的にシミュレーションを巡らせる。

 

 

今までファイトしてきたこの暁リョーガがこのチャンスを見逃すわけがない。これほどの実力者であるファイターが、こちらの最も痛手を被らせる方法を用いないわけがない。

 

 

「…………」

 

 

高速回転するノブヒロの思考がそのシミュレーションを終わらせたのはリョーガがアタックを宣言する寸前であった。

 

 

この思考力こそが彼のプレイングの根本であり、今までの高速プレイを可能にしていた。

 

 

今回もまた、いつでも対応出来るようにデッキに置いたカードに手を置き、相手を見据える。どんなプレイングをしてこようと、瞬時に対応し、戦場をコントロールする。

 

 

これこそが、“完全統制潮流(レイジングストーム)”の本質。適合者に対抗する為にノブヒロ自身が編み出した力――

 

 

 

 

――しかし、リョーガはその力に対して既に、抗おうとしていた。

 

 

 

 

「ダッドリー・ダンのブースト、ザイフリートでヴァンガードにアタック」17000

 

 

「…………」

 

 

リョーガがファーストアタックとして選んだのはヴァンガードであるザイフリート、そして対象はこれまたノブヒロのヴァンガードであるシュテルン・ブラウクリューガーであった。

 

 

ノブヒロ自身、この展開を予想していなかったわけではないが、最も予想していなかった選択肢であるのは間違いなく、今まで間髪入れることのなかった彼の手が止まる。

 

 

ノブヒロが何故ヴァンガードからのアタックを予想していなかったかというと、これによりリアガードが生存率が上がってしまう為だ。

 

 

ノブヒロのダメージはまだかなり余裕があり、ダメージトリガーが発動した場合、ヴァンガードにパワーを割り振るメリットがほぼない。故に、ここでダメージトリガーが発動した場合にはリアガードのデスアーミー・レディにトリガー効果を乗せることができる。

 

 

そうなれば、例えリョーガ側にトリガーが乗り、リアガードにアタックしたとしても、確実に一発はノブヒロの10000ガードで守られてしまい、結果的に次のノブヒロのターンに前のドライブチェックで引いたアシュラ・カイザーと共に前列を3体並べさせられる自体が引き起ってしまう。

 

 

「……ノーガード」

 

 

ノブヒロは少しの間を置いてそう宣言した。はっきり言って、この展開はノブヒロとしてもありがたかった。と同時に、この暁リョーガという男が何を考えているのかわからなくなってしまった。

 

 

これまで無難かつ理にかなった立ち回りから一転したこの横暴のアタック。ノブヒロの頭に一瞬だけ彼がもう諦めてしまったのではと一抹の不安抱く――

 

 

 

 

 

「――なめてくれるなよ。伊達に俺は、トラプル・ゲインの(トレイ)を名乗っていたわけではない」

 

 

「……!?」

 

 

ドライブチェックを引きながら静かに呟くリョーガに、これまで平静を保っていたノブヒロの目が見開く。

 

 

「ツインドライブ!!壱、ソニック・ブレイカー。クリティカルトリガーの効果でザイフリートのクリティカルを+1、スカイダイバーのパワーを+5000。弐、ソニック・ブレイカー。クリティカルトリガーの効果でザイフリートのクリティカルを+1、至宝 ブラックパンサーのパワーを+5000」

 

 

進撃のダブルクリティカルトリガー。圧倒的だったダメージ差を一瞬で覆され、流石にノブヒロも動揺を隠せずにいた。

 

 

しかし、このターンにノブヒロが被る被害は、彼の想像を絶する……いや、考えたくなかった内容と同等のものとなってしまった。

 

 

「アイン……アシュラ・カイザー。ツヴァイ……パンツァー・ゲイル。ドライ……アイゼンクーゲル」

 

 

3連続トリガーなし。

 

 

これが意味するものは――

 

 

「これで俺のユニットはお前に対して15000要求のアタックを弐回行うことが出来る。そしてお前が持つガード値は20000。教えてやろう、お前がここで勝ちに残るには、ヒールトリガーを引くしかない」

 

 

2枚のクリティカルトリガーを指で挟んだリョーガは現実を突きつける。

 

 

トリプルダメージによって5点ものダメージが溜まってしまったノブヒロにとって、残りたった一度のダメージが命とりとなる。

 

 

その上、リョーガの総攻撃力はノブヒロのガード値を超えられ、打つ手がないのはどちらから見ても明白。

 

 

強いて出来ることがあるとすれば、残りのアタックのどちらのダメージを受けるかの選択のみだった。

 

 

「ワンダー・ボーイのブースト、スカイダイバーでアタック」24000

 

「キャノン・ボール、アイゼンクーゲルをインターセプト」26000

 

 

スカイダイバーのアタックを防ぐことを予め考えていたノブヒロはいつものスピードを取り戻し、カードを切る。

 

 

このアタックを通した場合、例えヒールトリガーを発動させたとしても、スカイダイバーのスキルでスペリオルコールされたユニットにリアガードを退却させられる可能性があるため。

 

 

リョーガ自身もそれを見越して、ヒールトリガーの恩恵を受けづらい最後にブラック・パンサーの攻撃を持ってきたのだろう。

 

 

「ジャイロ・スリンガーのブースト、至宝 ブラック・パンサーで――」

 

 

そしてそのブラック・パンサーのアタック。ノブヒロは平静を装いながらも、自身のデッキを見つめながらヒールトリガーが出ることを祈った……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「デスアーミー・レディをアタック」22000

 

 

「っ!?……ノーガード、レディは退却……」

 

 

「これで俺のターンは終了する」

 

 

     ノヴァ スパイク     

   手札 1    4

ダメージ表 3    5

ダメージ裏 2    0

 

 

ターンが移行してから10秒間。ノブヒロはデッキに手を置き、デッキトップを見たまま静止していた。

 

 

最後のリョーガのアタック。あそこでヴァンガードにアタックされていれば、高い確率でノブヒロのダメージは6点になり、勝負は決していた。

 

 

そう、ノブヒロはあの瞬間、ほぼ敗北を覚悟していた。ここまで有利に運んだにも関わらず、ヴァンガードというゲーム性に踊らされ、自分の望みも砕け、儚く散る。それを受けいれる覚悟を。

 

 

しかし、ファイトは終わらなかった。現に今、自分のターンが来ており、今まさにカードをドローしようとしている。

 

 

この結果がヒールトリガーによるものであれば、完全に流れがこちらにあることを確信することが出来、今頃アタックフェイズを終えているだろう。

 

 

だが実際にはどうか。10秒という長い時間の中で、自分はドローフェイズを終えることなく沈黙している。

 

 

その原因は単純明快。自分がリョーガによって“生かされた”からだ。

 

 

今の彼にわざわざファイトを長引かせる理由などない。あのダブルクリティカルトリガーがなければ、今頃立場は逆だったのだから。

 

 

そんな彼が、わざわざ勝利のチャンスを蹴ってまでターンを終えた。この行動が意味するものが、このデッキトップにある。

 

 

ノブヒロは恐る恐るデッキを捲る。考えたくはない。しかし、それしか考えられない。

 

 

今自分が握っているそのカード。それが“ヒールトリガー”であることを、ノブヒロは知っていた。

 

 

「…………」

 

 

カードを確認したノブヒロは、視線をカードから目の前の対戦相手に移す。

 

 

それまで戦っていた相手が別人かのような錯覚。久しく忘れていた未知の領域に足を踏み入れたこの感覚、それはこれまでファイトしてきた適合者達のそれと同じものだった。

 

 

そして彼は呟く。その言葉がこれほどまでに似合うのは、このファイターくらいなものだろうと、ノブヒロは思った。

 

 

「⦅我は軍神、絶対不敗なり⦆」


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