先導者としての在り方[上]   作:イミテーター

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世の中には“流れ”というものが存在する。

“川の流れ”や“風の流れ”のような物理的なものから、“時代の流れ”のように漠然としたものまで様々だ。

だから当然、ゲームの中にも“流れ”は存在する。麻雀で言うところの、“ツキの流れ”や“運の流れ”みたいなもんか。

それ以外にも、人が介入する以上は“人の心の流れ”ってもんも存在する。“流れ”がきていると感じて強気に、“流れ”がきていないからと弱気になるみたいに、人ってのは小さなことでも敏感に感じ取り、それは体外に反映されちまう。

ヴァンガードにおいてもそれは例外じゃ無く、引きが強く、トリガー運が良い時に積極的なプレイをすれば、より良くゲームを支配出来る。

逆に調子が悪い時に、一気に手札を消費するみたいな運用をすれば成す術無く敗北しちまう。

元々、運の要素の多いこのゲームじゃそれこそ“流れ”がこなきゃ勝つのは難しく、たとえ堅実な運用をしていても負ける時は負ける。

なら、その“流れ”をコントロール出来れば誰にも負けない最強の存在になれるんじゃないのか?まあ、そんな方法があればの話だが。

そんな中で、全てとは言わないまでも、自分の中の“流れ”を持つ者がいた。

本来なら何がくるかわからないソウルチャージのカードにおいて、決して自身のソウルチャージではトリガーが出ないという“流れ”。

非公開であるはずのデッキから、次に何のカードがくるのか分かるという“流れ”。

そんな自分だけの“流れ”を持つファイターのことを、俺は“規格外適合者”と呼んでいる。


二陣の風

「戦いとは生き甲斐。幾多の戦場を超え、彼の者は答えを求めた。強さとは何か、勝利とは何か。礎を抱きし悠久の探求者は、聡明なる青き星となりて己が価値を解き放つ。ライド、The・ヴァンガード」

 

デッキからカードを引いた瞬間、机に置かれた一枚のカードは宙を舞い、ノブヒロが拳を突き出したのと同時に、ヴァンガードサークルへとライドする。

 

「シュテルン・ブラウクリューガー」

 

 

 

 

 

 

 

――その時、一陣の緩やかな風が流れた。

 

 

 

 

 

 

 

「……おい。今、何が起きた?」

 

店長は盤上を見ながらミズキに意見を求める。その額には、一粒の汗が流れていた。

 

「…………」

 

意見を求められたミズキも、目を見開きながら盤上に釘付けとなっていた。

 

第三ターン、ノブヒロのドローフェイズ。

 

リョーガの采配に完全に圧倒され、ドローを躊躇していた彼は、腕に巻いていたバンダナを頭に巻いたかと思うと、ようやくカードをドローし、G3へとライドした。問題はその後だ。

 

決して目を離していたわけではない。何かに気を取られていたわけでもない。

 

ノブヒロが右腕を振り払うのと同時に、ガラ空きだった盤面には突如湧いて出たかのようにユニットが配置された。

 

アイゼンクーゲル/シュテルン・ブラウクリューガー/アイゼンクーゲル

ロケットハンマーマン/タフ・ボーイ/

 

「ハンマーマンのブースト、アイゼンでヴァンガードにアタック」18000

 

「ノーガード。ダメージチェック、指揮官 ゲイリー・キャノン」

 

(ブーストからのアタックか。コイツ、俺にデビル・サモナーをインターセプトさせない気か?)

 

急激な立ち上がりに周りが困惑の表情を浮かべるも、リョーガだけは微動だにせず、ノブヒロのアタックにも冷静に対処する。

 

本来であれば、場に出た段階で役割を果たしたデビル・サモナーをインターセプトするのが定石であるが、ノブヒロからのアタックは18000。対して、リョーガのヴァンガードであるデビル・サモナーのパワーは7000。15000ものガードを使わなければガードすることが出来ない。

 

かといって、このままデビル・サモナーを残していればパワー7000という低火力が尾を引き、奇形ラインを誘発しかね無い。

 

また、後列にハイスピード・ブラッキーを控えさせる右ラインは、そもそもG2であるデビル・サモナーがもはや邪魔でしかなく、ここでインターセプトできなければ非常に処理が難しくなる。

 

後列にいるハイスピード・ブラッキーのパワーは9000で依然、ノブヒロのユニットを単体でアタックすることが出来ない。手札には既にダッドリー・ダンが控えており、リョーガはその気になればメカ・トレーナーによってブーストさせるユニットを呼ぶことも可能なのだ。

 

スパイクブラザーズはノヴァグラップラー同様、相手のダメージが5点の時にその真価を発揮する為、毎ターン高い質でのアタックを継続させ、ダメージの蓄積狙う必要がある。だからこそ、リョーガは無駄なくデビル・サモナーを処理する為、ノブヒロのアタックを見定めた。

 

「タフ・ボーイのブースト、シュテルンでヴァンガードにアタック」19000

 

「ノーガード」

 

前のアタックから間髪入れることなく追撃を加える。リョーガもそれに応じ、意識をノブヒロのデッキに向けた。

 

(コイツは手札を全て使いユニットを展開した。ここまでで、デッキのカードの数は39枚。そのうち、トリガーはまだ15枚。ここまでのトリガー発生率を考えた場合、ここでトリガーが発動する確率は極めて高い。

 

もしここでスタンドトリガーが発動されれば、先にアタックしたアイゼンクーゲルがスタンド。パワーはどちらに振られても変わらない。アイゼンクーゲルの単体パワーは12000。この10000ガードを要求する局面にデビル・サモナーを処理すればいい)

 

ここまで、ノブヒロは常人とは比べものにならないほどの思考速度と、巧みなカード捌きでプレイを行っているが、リョーガも決して気後れすることなく、冷静に戦況の把握に努めていた。

 

(これだけの見事な動きをされれば、どれほどのファイターでも動揺は隠しきれん。少なからずその動揺はプレイに影響し、本来なら気にも止まらない小さなミスも敗北への布石になる。それは、俺とて例外ではない。だが――)

 

最速の動きでドライブチェックを捲るノブヒロ。彼の凄まじい集中力は、恐らくファイト以外の情報を完全にシャットアウトしているのだろう、とリョーガは感じた。

 

そんな彼のポテンシャルに、リョーガの心は高揚していた。

 

(――⦅不自由を常と思えば不足なし⦆!)

 

「ツインドライブ!!アイン、キャノン・ボール。GET、スタンドトリガー。効果は左のアイゼンに全て。ツヴァイ、ザ・ゴング。GET、ドロートリガー。一枚引き、パワーは右のアイゼンに」

 

「ダメージチェック、ハイスピード・ブラッキー」

 

「アイゼンでヴァンガードにアタック」17000

 

「ノーガード。ダメージチェック、ジャガーノート・マキシマム」

 

「アイゼンでヴァンガードにアタック」17000

 

「右上のデビル・サモナーをインターセプト。手札より、サイレンス・ジョーカーでガード」22000

 

「エンド」

 

アタックを終えたノブヒロはそう宣言すると、ドライブチェックで引いたカードを一枚ずつ机の上に置いた。

 

     ノヴァ スパイク     

   手札 3    3

ダメージ表 1    3

ダメージ裏 0    1

 

 

戦況は大きく交差する。

 

デビル・サモナーのパワーの低さと、アイゼンクーゲルのパワーの高さを利用した連続攻撃。

 

更にそれを助長するかのようなダブルトリガーと、ダメージトリガーに期待したリョーガのブランク率。

 

それらがかみ合わさり、結果的にリョーガは3点もの大打撃を被ることとなった。

 

「なんだよ、コイツ。さっきのプレイといい、雰囲気といい、全くの別物じゃねぇか」

 

店長は今のノブヒロの様子を観察しながらそう呟いた。

 

バンダナを巻いてからのノブヒロは、表情を完全なるポーカーフェイスに包み、今までの親しみやすい雰囲気は消え去っていた。

 

相手を完膚なきまでに叩き潰す。そんな気迫を感じさせた。

 

「ドローしてからカードを確認することなくライド。ドローしたカードを一瞬で確認して即座にユニット展開。間髪いれずにアタック。ここまでの流れを、プレイングミスすることなくあの速度でやってのけるのは普通じゃ出来ないね」

 

ミズキも関心を示しているのか、興味深そうにノブヒロのほうを凝視していた。

 

そんな中で、唯一彼のこのスタイルを知っていたライカは自慢げに胸を張りながら話し出した。

 

「ほーら、見なさい!ノブが本気を出したら凄いって言ったわたしの言葉はこれで証明されたわけね。これで、リョーガの見通しは崩れ……」「それはどうだろうね」

 

リョーガのノブヒロが適合者ではないという言葉に反発していたライカは、ようやく彼が本性を現したことでここぞとばかりに自身の定説を推すが、ミズキの言葉によってぴしゃりと否定されてしまった。

 

「これを見てまだそんなこと言えるなんてミズキ君も結構強情なのね」

 

「別に、意地を張ってこういうことを言ってるわけじゃないよ。凄いには凄いけど、適合者かどうかと言われればそれは違うんじゃないかなって思っただけ」

 

「……ミズキ君が言いたいのか全く見当がつかないんだけど」

 

もったいぶったような言い方をするミズキに対して、ライカは釈然としない様子でそう呟く。

 

すると、ミズキは先ほどアサギから問いかけられた時と同じ面倒くさそうな表情を浮かべた後、わざとらしく店長のほうへと目配せした。

 

「は?俺に説明させろって言うのか?」

 

「だって、オレ説明下手だし」

 

ミズキはむすっとしながらぼやくと、店長はやれやれと言った様子でライカのほうへと顔を向けた。

 

「ったく、いいか?適合者ってのはな、“ファイトが始まる前から既に優性を取っているファイター”のことを言うんだよ。

 

リョーガで例えれば照魔鏡。相手からはこちらが何のデッキを使うかわからねぇが、リョーガからは相手のデッキの中身が筒抜けだ。この時点で、お互いの公平性は消滅する。だから不適合者が適合者に勝つのはよほど運がいいか、よほどプレイングがクソじゃない限りは無理だ。

 

……他に例えれば、ミズキの“自分の好きなカードを引くことの出来る”能力とかもな」

 

「え!?ミズキ君、そんなこと出来るの!?」

 

「なんで取って付けたみたいにオレのをばらしてんだよ……」

 

ニヤニヤ笑みを浮かべながら店長はそう言うと、更に鬱陶しそうにミズキは店長を睨んだ。

 

「罰ゲームに決まってんだろ。俺に面倒ごとを押し付けたな」

 

「でもおかしいわよ。その理論で言ったらノブだって相手に対してのプレッシャーは凄いんだし、現にあなたたちだって凄いと思ったんじゃないの?」

 

店長の説明にもまだ納得のいかないライカは更にそう追及する。そんな彼女に、店長は指を振りながら舌打ちをする。

 

「チッチッチ、それがそうはいかねぇんだよ。たしかにコイツのファイトは普通じゃない。だが、やってることは、“普通のプレイを極限まで速めている”に過ぎねぇんだ。明確な情報アドバンテージがあるわけでもなく、自分に有利なアドバンテージを稼げるギミックを持ってるわけでもねぇコイツは、リョーガの言う通り適合者足りえねぇんだよ」

 

「うっ……」

 

言い方にトゲはあるものの、店長の説明に思わず納得してしまったライカはそう狼狽えた。

 

(悔しいけど、確かにこのエセ店長の言ってることは的を得てる……。でもわたしが初めてノブとファイトしたあの感じは、単なる思い込みなんかじゃない。今のノブも確かに凄いけど、あの時に比べるとなんとなく何かに遠慮してる感じに見えるのが気になるけど。でも……)

 

「確かに傍から見ればただ速くファイトしているだけかもしれないわ。でも!これだけ速くやっててプレイングミス一つしないなんて適合者じゃなきゃ出来る筈がないわ!」

 

必死にわかってもらおうとライカはそう訴えた。自分の言ってることも間違いなく事実であると彼女は確信している。

 

しかし、そんな彼女にミズキと店長は呆れた様子で溜め息をついた。

 

「自分で言っときながら、俺なんかより全然強情じゃん」

 

「こういう時は諦めも肝心だぜ。大体、プレイングミスなんか普通にしてるじゃねぇか」

 

「「え?」」

 

「ん?」

 

ライカとミズキが驚いた様子で店長のほうを向くと、彼も何故そんな表情で自分が見つめられているのか理解出来ずに声を漏らす。

 

「だってそうだろうが。今コイツは手札を全て使ってユニット展開したんだろ?その中にアイゼンクーゲルが二枚あるってことは、前のコイツのターンで既に手札にジャックとアイゼンがいたわけだ。どうせならその時にコールしてアタックしたほうがリョーガに負担をかけられるだろ?

 

その後のリョーガのターンだってそうだ。手札にアイゼンが二枚あるなら、無駄にジャックにガードを割かなくても普通に通してガードを温存出来たはずだろ。実際に、コイツはキッチリ場に展開してんだから……だからそんな目で俺を見るんじゃねぇ!」

 

完全に憐れみの目で見るライカとミズキに対して、店長はそう怒鳴った。

 

「前からちょっと思ってたけど、エセ店長って結構カードのこと詳しくないでしょ」

 

「はぁ!?なんでそうなるんだよ!何か俺が間違えたこと言ったか!?後エセ店長じゃなくて俺は正真正銘のここの店長だからな!」

 

視線を逸らしながら馬鹿にしたようにププと笑うライカに、より一層大きな剣幕で店長はズボンのポケットに入ってた名札を見せた。

 

「え、本当に店長なの……?」

 

「無駄話は面倒だからやめてよね。一つずつ答えてくと、ノブの兄貴が前のターンでアイゼンをコールしなかったのは、次のターンでリョーガの兄貴のデビル・サモナーに確実にアタック出来るようにする為。

 

あの段階でコールしても、次のターンにはデビル・サモナーによって少なからずユニットがコールされてアイゼンに集中砲火がくるのは目に見えてるからね。

 

今のバトルフェイズでわかると思うけど、単体で10000ガードを要求出来るのはかなり大きい。スタンドトリガーに特化してることを考えれば、アイゼンのアタックを有効活用出来るように温存するのが正解。

 

次のどうしてジャックを守ったのかっていうのは、そもそも手札にアイゼン以外のアタッカーがいなかったから。何も考えずに見ればあたかもアイゼンを二枚を持ってたと見えてもおかしくないけど、前のターンでノブの兄貴は手札が三枚しかなかったことを考えれば自ずと答えは出てくるよね」

 

そう言うと、ミズキはニヤリと笑みを浮かべながら店長のほうへ視線を向ける。慌てて店長が考え出すのを見ていたライカは、得意げに答えた。

 

「確定で分かってるのは前のターンのドライブチェックで出たロケットハンマーマン。二枚出てきたんだから、当然最低でもアイゼンが一枚。最後にライドする為のG3、シュテルン・ブラウクリューガー。つまり、もう一枚のアイゼンはこのターンのドローで出たってことかな。まぁ、これくらいならファイターとして当たり前の予測よね?」

 

「チッ、リョーガがいなきゃ、テメェがここにいることなんかぜってぇ認めねぇのに……」

 

「お生憎様。ノブがここにいないんならこっちから願い下げよ。あっ……」

 

完全に犬猿の仲となってしまったライカと店長の二人。ライカが負けじとそう言うと、前にも同じような流れがあったことを思い出し、すぐに慰めようとアサギのほうを向いた。

 

「……アサギちゃん、どうしたの?」

 

ライカがアサギの姿を捉える。先ほどまで楽しそうにファイトを見てた彼女であったが、今はまるで怯えたようにしゃがみこみ、頭に手を抑え俯いていた。

 

「……こわい」

 

「あー!ごめんなさい!別にわたし達は喧嘩してたわけじゃなくて……」「違うの」

 

怯えているのを自分のせいだと思い、弁解をするライカ。しかし、アサギが怯える原因はそんなことではなかった。

 

「こわいのは……あのお兄ちゃん」

 

「あのお兄ちゃんって……ノブのこと?」

 

恐る恐る指を指すアサギ。その矛先がノブヒロであることをライカは認識した。一体どうして彼女がノブヒロのことを怖がっているのか分からないライカは、一先ずアサギの声に耳を傾けた。

 

「さっきまで楽しそうにやってたのに……今は人が変わったみたいに……」

 

「あぁ、そういう事ね。多分それはノブが本気を……」「違うの!」

 

ライカの言葉をかき消すほどのアサギの叫び。彼女はミズキ達とはまた別の観点から、ノブヒロのことを見ていた。

 

「あ、アサギちゃん?」

 

「だって!さっきはロボットさんのカードの名前ちゃんと全部読んでたんだよ?スキルもちゃんと読んでたんだよ?なのに、今はロボットさんのことを何にも教えてくれない。わたしだったら、自分のユニットが頑張ってるところ皆に知ってもらいたいもん!あれじゃ、ロボットさんが可愛いそうだよ……」

 

「アサギちゃん……」

 

涙目になりながら震える声でライカにそう問いかける。気の毒に思ったライカはアサギの名前を呟くと、視線をファイトをしている二人のファイターに向けた。

 

ノブヒロとリョーガも今の話を聞いていたのか、二人の視線とライカの視線が交差する。

 

途中まで完全にファイトにのめり込んでいたノブヒロも、アサギの声には思わず反応したのだろう。ライカと目が合った彼は、どことなく後ろめたそうに視線を逸らした。

 

(ファイトの勝敗ばかり気にして気づかなかったけど、アサギちゃんの言うことも尤もだわ。出来ればわたしもアサギちゃんの意思を尊重してあげたい……。でも、ノブがあんな戦い方なったのはわたしにも原因があるかもしれないし……)

 

(たしかにそう見られてもおかしくない……ただ……俺は……)

 

「全くもって関係のない話だ」

 

ライカとノブヒロが葛藤していると、そんなことを考えている二人が馬鹿馬鹿しいと言わんばかりに、リョーガはノブヒロの方を向き、鼻で笑いながら一蹴した。

 

「リョーガ!あなたね……!」

 

「⦅一人武者の手柄話を聞いたとて、何の役に立とう。部隊の駆け引き、戦の変化などを主眼にして聞いてこそ合戦談も役に立つ⦆。ユニットを大事に思えば勝てるのか?マナーを守って、相手を尊重して、楽しくやることが勝利に直結するのか?違うはすだ。必要なのは、自軍を勝利に導く采配だけだ」

 

「……おい、流石にそれは言いすぎだろ!」

 

アサギの言っていることは間違っていないが、リョーガの言っていることにも一理ある。

 

それでもここは、アサギの意思を尊重すべきだとノブヒロとライカは考えた。まだまだ幼い彼女を全否定したのでは、あまりに酷だと思ったからだ。

 

しかし、リョーガは自分の発言は改めるどころか、逆に自分を否定したノブヒロに対して問いかける。

 

「どうした?お前も俺と同じ考えではなかったのか?だからこそ、さっきのプレイスタイルに変えたんだろ?」

 

「っ……それは……」

 

「ファイトに集中しろ、椿ノブヒロ。他人の言葉に耳を貸す必要はない。何故自分がここにいるのか考えてみろ。俺に勝利し、ヴァンガードチャンピオンシップに出場する為じゃなかったのか。この程度で心が揺れているようでは、お前の決意もたかが知れている」

 

「…………」

 

吐き捨てるようにリョーガは呟く。事実、ノブヒロの心はアサギの声によって揺れ動いていた。長い葛藤を乗り越えたというのに、これだけ決意を固めたというのに、アサギの純粋な気持ちを、彼には無視することが出来なかった。だからこそノブヒロは反論が思いつかず、ただただ悔しそうに黙りこくるしかなかった。

 

「ちょっと!そんな言い方はないんじゃないの!?リョーガ!」

 

そんな彼に代わり、ライカが声を大きくして批判する。ノブヒロの優しさを非難したこと、そして今なお怯えているアサギに対するリョーガの対応に、ライカの怒りの沸点は既に超えてしまっていた。

 

「アサギちゃんはあなたの仲間なんじゃないの!?そんな態度とってたらあなたの周りから誰もいなくなるわよ!」

 

「…………」

 

アサギ寄り添いながらライカは言い放つ。そんな彼女を、リョーガはしばらく見ているかのような素振りを見せると、おもむろに椅子から立ち上がり、二人の元へと歩み寄った。

 

「な、何よ!」

 

「アサギ。君は、俺から離れたいと思うか?」

 

「……リョーガさん……」

 

リョーガは片膝を付き、ライカを無視してアサギにそう問いかける。その声はファイトをしていた時のような鋭さは無く、初めてライカに会った時の柔和さを感じさせた。

 

「君はいつだって、誰よりも本質を理解している。この場においては、情報が足りなかっただけなのだろう?」

 

「……情報?」

 

口元を緩ませ、リョーガがそう聞くと、アサギはキョトンとした様子で首を傾げた。

 

「そうとも。彼の使うカード、ノヴァグラップラーというのは、各々が優れたユニット達だ。人に見せて自慢するには充分なほどに。しかし、彼らが求めているのはそんなことではないんだ」

 

リョーガは顔をノブヒロの方へと向ける。

 

「“何が何でも勝利すること”。それこそがノヴァグラップラーのユニット達の行動原理であり、最終目標。その為であれば、どれだけ卑怯な手を使おうとも、それが自身の身を削ることになっても厭わない」

 

リョーガは再びアサギのほうに体を向ける。もう既に、彼女の目の涙は乾き始めていた。

 

「だからこそ彼は、自分の大切なユニット達のことも振り切って今のスタイルに変えた。自分のユニット達に是が非でも勝利の祝杯を届ける為に。だから、そう悲観しないでくれ。俺は、君の悲しんでいる顔は見たくない」

 

リョーガはアサギの手を取り、引っ張りながら一緒に立ち上がった。そんなリョーガに、アサギは申し訳なさそうに俯いたかと思うと、思い切って口を開いた。

 

「……ごめんなさい!リョーガさん!わたしのせいでファイトを止めちゃって……」

 

「構わない。引き続き、ファイトを楽しんでくれるのであれば十分だ」

 

リョーガはそう笑みを浮かべながら告げると、踵を返し、先ほど座っていた椅子の方へと歩み始める。

 

そんな後ろ姿をライカは茫然と見つめていた。

 

「リョーガ……あなたは……。それに顔は見たくないって……?」

 

「ミズキ……リョーガのやつ……」

 

「リョーガの兄貴、多分あれをやるんだろうね」

 

店長とミズキは、リョーガの態度の変化に気づき、これから起こる出来事を予感する。

 

「すまなかった。ファイトの途中で席を離れるという、ファイターとしてあるまじき行為をしてしまった」

 

「リョーガ……」

 

席に着いたリョーガはそう謝罪を述べると、頭を下げる。

 

ノブヒロが彼の名を呼ぶと、ノブヒロを思ってか、リョーガはデッキからカード一枚引き、カードを確認しながら呟いた。

 

「⦅上下万民に対し、一言半句にても虚言を申すべからず⦆。ライカの言われずとも、俺はアサギのことを気にかけていた。ようやく出来た仲間なのだからな。ただ俺は、お前がどういう思いでファイトし、どんな思いでプレイしていたのか。さっきのお前とのファイトでそれを見定めたいと思っていた。だからこそ、お前にファイトに集中しろと言ったのだが、どうやらこれも逆効果だったようだな」

 

彼の言葉を聞いたノブヒロは、閃きに近いものを感じ、先ほどのリョーガの言葉を思い返した。

 

初めはアサギの言葉を否定しているようにしか聞こえなかったが、良く考えてみると、その矛先は全て自分に向けられていたのだ。

 

「なるほどな、お前は俺を励ましてくれてたわけか。不器用なりに」

 

「ああ。分かりにくくて悪かった」

 

自分の非を誤魔化すことなく受け入れる。これまでの彼の発言は、全て相手を思っての発言だったことを、ノブヒロは今更ながらに感じた。

 

本当の紳士というのは、こういう奴のことを言うのだろう。

 

「気にしてねぇよ。むしろ、お前のその心意気に感謝したいとおもってるんだ。これで、俺はまた全力で飛ばせそうだ」

 

「それならいい。が、その前に一つだけ、聞きたいことがある」

 

「ん?なんだ?」

 

カードから視線をノブヒロに向ける。この機を逃せば、ノブヒロから本意を聞き出すことは無理だとリョーガは判断した。

 

「お前のそのファイトスタイル。その名を教えてほしい」

 

「名前?あー、特に考えて無かったな……。そんなに必要とも思わなかったし……」

 

やはりな、とリョーガは思った。

 

そもそも、ファイトスタイルなどという漠然としたものに名前を付けるのは馬鹿馬鹿しいと思うのが必然。現にリョーガも、フーファイターズでトキと出会うまで、自身の力に名前など付けていなかった。

 

リョーガは口を開いた。かつて、トキが自分に語り掛けたものと同じものを、目の前の気高きファイターに伝える為に。

 

「名というのは単なる飾りではない。そのものの存在は形作り、より具体的なイメージを残してくれる。考えるのでは無く感じろ。誇りある己の力を。お前の想い描く姿を。目指すべき先導者としての在り方を」

 

(……目指すべき先導者としての在り方……)

 

ノブヒロはこのリョーガの言葉を頭の中で繰り返す。

 

自分が目指すのは誰にも負けないファイター。その為には、適合者の持つ“流れ”に負けない自分だけの“流れ”を手に入れる必要がある。

 

自分が培ってきたファイターの軌跡。そこから導き出した自分だけの“流れ”。

 

しかしその“流れ”は簡単に止まってしまう。相手の戦う姿勢に感化され、相手の気持ちに共感され、果ては外野からの言葉で自分の流れを塞き止めてしまった。

 

己を制御することの出来ない自分を、俺は克服することを諦めていた。

 

しかし見つけ出した。自分に足りなかった最後のピースを、暁リョーガが示してくれた。

 

己の良心を殺し、無慈悲さに支配され、何が起きようと、誰かに止められようと、荒れ狂う暴雨風の如く流れに身を任せ、突き通す。

 

ノブヒロは巻いていたバンダナを目元近くまで深くかぶる。彼の表情に、もはや笑顔はなく、その鋭い視線は、対戦相手のリョーガに深々と突き刺さる。

 

「“完全統制潮流(レイジングストーム)”。これが、俺の強さの証だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(――最終段階だ)

 

リョーガは今まで決して取らなかったパーカーのフードを捲り上げる。

 

「!?リョーガ……その髪の色……」

 

ライカはフードを取ったリョーガの髪の毛を見て驚愕する。

 

フードから覗かせていた水色の髪は前髪のみで、他は白髪と非常に奇抜な髪型。

 

どことなく痛々しさを感じさせる彼の髪型は、初めて見れば誰もが驚くであろうが、ノブヒロは決して動じることなくリョーガが自身のターンをプレイするのを待っていた。

 

(そう、それでいい)

 

リョーガは続けざまに後ろで結んでいた包帯の結びを解き、緩んだところを左手で思い切り引っ張った。

 

スルスルと包帯が取れ、リョーガの瞳が露わになっていく中、彼の右手には一枚のカードが握られていた。

 

 

 

 

「悪鬼招来。我が身を糧と散り果てん。されどそこに意味はなく、名はヤマの分帳に刻まれた。百鬼の行は永久に還り、欲望を引継ぎしは冷酷なる軍師。行を終えし奈落の骸は、霞の勝利に酔い痴れん。ライド、My・ヴァンガード」

 

 

 

 

包帯が完全に解かれたのと同時に、右手のカードをヴァンガードに重ねる。

 

 

 

 

「将軍 ザイフリート」

 

 

 

 

露わになった目をゆっくりと開いていく。青空のような全てを見透かす空色の瞳には、バンダナを被った一人のファイターが映していた。

 

 

 

 

「さぁ、歯を食いしばれ。これがお前に見せる適合者としての俺の最後の力。“神風”だ」


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