先導者としての在り方[上]   作:イミテーター

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傍観者、3人

ノブヒロとリョーガがファイトを開始した同時刻。

 

唯一の光源であるシャンデリアから照らされたとある一室。

 

そこには窓が無く、上に伸びる円筒状の構造をした部屋の壁全てが本を貯蔵する棚と化しており、どの高さからでも本が取れるよう2本の円形に移動させられる梯子が備え付けられていた。

 

床にはその本を読むための机と椅子、そして何故かスタンディングテーブルが置かれており、そこはあたかも図書館のような雰囲気を醸し出す。

 

リョーガと同じトラプル・ゲイン“久留麻クラマ”は、その椅子に座り、机に広げた巻物に手を置き、目を瞑りながら笑みを浮かべる。

 

 

 

「ふ~む、これは面白くなってきたのう」

 

 

 

外界から完全に拒絶された空間。静寂に包まれる部屋の中で、彼女の声のみが空気を振動させる。

 

今の彼女はいつもの巫女服を身につけてはおらず、年相応の可愛いらしいワンピースを着飾り、本人としてはただの脂肪としか思っていないそのよく実った胸を机に乗せていた。本人曰く、これが最もリラックス出来る状態らしい。

 

 

これが彼女にとっての至福の時間。

 

 

誰にも縛られず、己の興味に没頭できるというのは、誰にとっても失い難いものだろう。

 

クラマもこの時間を誰かに干渉されることは喜ばしいこととは言えず、心の隅では永遠にこの時が続けばと願う。

 

しかし、この彼女の願いは決して実ることは無かった。

 

今まさに、この部屋の唯一の出入口となるクラマの後ろに備えられた扉が開かれ、その静寂の空間に同調するように静かに一人の影が部屋の中へと侵入する。

 

その人物はゆっくりとクラマの後ろまで歩み寄ると、ただジッと彼女のことを見下ろしながら佇む。

 

クラマはその人物に気づいていないのか、相も変わらず目を瞑りながら巻物に手を置いていた。

 

その後も状態は変化せず、時間だけが過ぎていったが、おもむろにクラマは巻物から手を放し、そのままの状態で口を開いた。

 

「全く、いつまでそうしているつもりじゃ?ジッと見られていたのでは、気が散って仕方がないというものじゃ」

 

クラマがそう指摘すると、その人物は礼儀正しく謝罪を述べるとお辞儀をする。

 

「それは失敬。ご無礼をお許しください、クラマ殿。あまりに貴女が美しい表情を浮かべていたものですから、その表情を私ごときが触れて壊すなどというあるまじき行為を犯すわけにもいかず、クラマ殿の移行を待つことにした所存……」

 

「前にも言ったじゃろ?それがおぬしの悪い癖とな。おぬしのルックスと、そのような意味深な言葉告げられては、世の女どもはもはやぬしの虜じゃ。取り巻きを作りたいというわけでないのであれば、早々に改めることじゃな。セイバー」

 

クラマは振り返りながら、礼儀正しくお辞儀をする青年を見ながらそう言った。

 

透き通った緑色の瞳と輝く金色の髪。

 

傍から見れば女性とも取れるその整った顔立ちは、老若男女問わず魅了するには十分すぎる効力を持っていた。

 

特に目を引くのはマントのように纏う純白のコートと青と白を基調とした警官の制服に近い服、その腰の煌びやかな鞘に納められた剣だろう。

 

まさに騎士のような風貌の青年、セイバーこと≪フェイ・デュラック≫は、顔を上げると苦笑いを浮かべながら腰の剣の柄に手を置いた。

 

「そうはいきません。誰に何と言われようと、レディに敬意を表すのは当然の務めです。今更己の都合でそれを改めることなど私には出来ませんよ。あとその名で呼ぶのはおやめください」

 

「またそのような世迷言を……そんなことではいつまで経ってもミウから逃れられんのう?」

 

「それは誤解です。何も私は、彼女を避けてるわけではないのですから。ただ、彼女の強引すぎるアプローチには少し度が過ぎるというだけで……」

 

「本当にそれだけかのう?あの者と会った時のぬしの表情は見る限りそれだけでは無さそうじゃが?」

 

「からかうのはおやめください。それに、私はここへ貴女と話をしにきたわけでないのです。トキ殿が後日行われるヴァンガードチャンピオンシップ、エキシビションマッチの件でトラプル・ゲイン全員を招集しました。他のメンバーは揃いましたが、クラマ殿のみが席を外しているということで私がこうして訪れた次第。クラマ殿には早速私と共に広場へと馳せ参じていただきたいのですが……」

「クラマちゃーん、いるかーい?」

 

フェイがそう伝える最中、先ほどフェイが入ってきた扉が再び開き、中から赤い長髪の男が入ってきた。

 

「おー、おぬしか」

 

「≪紅ケンタ≫……!何故貴様がここにいるのですか!」

 

新たな来訪者に笑みを零すクラマとは対照的に、フェイはそれまでの朗らかな表情から一転し、嫌悪感むき出しの表情へと変貌した。

 

シルバーのリングを至る所に取り付けた髪の色と同じ赤の衣で包み、頭にはヘッドギア、右腕を包帯でグルグルに巻き肌を完全に隠し、さらに右手首には鎖の繋がっていない手錠をつけるというフェイに負けず劣らずに特徴的な外見。

 

動くたびにジャラジャラと至るところにつけた装飾品を鳴らすケンタは、虚ろな目でフェイの姿を確認すると、顎に右手を添え首を傾げた。

 

「あれ?なんで、フェイもいるの?もしかして僕と同じであんな男ばっかのむさ苦しいところにいるのは嫌だったとか?」

 

「何を馬鹿な。私はクラマ殿を連れてくるようにとトキ殿の命を受けここにいるのです。貴様と一緒にしないでください」

 

「へー、そりゃご立派なことで。って、クラマちゃんどうしたんだい?いつもと違ってワンピースなんか着て!でも、巫女姿の時と違ってワンピース姿のクラマちゃんは可愛さが一層深まるねぇ」

 

「貴様……またそうして私を愚弄する気ですか!」

 

ケンタはフェイを無視してクラマへと駆け寄るのを見て、フェイは怒号を飛ばしながらケンタの肩を掴んだ。

 

「別にそんなつもりなんかこれっぽちもないってばぁ。もう、フェイちゃんったら構ってちゃんなんだからー」

 

「それを愚弄しているというのです!」

 

どうにも息の合わないフェイ・デュラックと紅ケンタ。これが犬猿の仲というものかとクラマは微笑ましく二人を眺めていた。

 

「おぬしら、こんなところでも本当に仲が良いのう」

 

「これを見てどうしてそう思うのですか!?」

 

クラマの感想に全力で問いかけるフェイ。それに続くようにケンタも頭を掻きながら唸りながら呟いた。

 

「うーん、まぁ良くは無いかもねぇ。僕はとっても真摯に接してるけど」

 

「良くもぬけぬけとそのような口を叩けますね」

 

「だって本当のことだし」

 

「飽きもせず同じことを繰り返していては仲が良いと思われても仕方あるまいて」

 

少し呆れたような表情で呟いたクラマは、二人から視線を逸らし、再び机の巻物に視線を下ろして手を置いた。

 

そんな彼女の反応に、自分の醜態で気分を損ねてしまったと思ったフェイは、ケンタから離れ、クラマに近寄ると再び謝罪を述べる。

 

「ク、クラマ殿!お見苦しいところを見せてしまったこと、謝罪します。どうか、気を確かに……」

 

「そんなに慌てるでない。べつにわっちはおぬしらを見限ったわけでは無いのじゃからな。ただ、わっちは自身の道楽に戻っただけじゃ。フェイには悪いが、これが終わるまではおぬしらについて行くことなど出来まいて」

 

クラマそう言って巻物に手を置く。側から見ればクラマのやっていることの何が楽しいのか理解出来ないだろうが、ケンタとフェイは以前に話を聞いていたらしく、彼女が具体的に何を楽しんでいるのかを把握していた。

 

「まさかまた彼の観察かい?クラマちゃんも好きだねぇ」

 

「お言葉ですがクラマ殿、私には彼がそれ程強いファイターとは思えません。確かに素晴らしいファイターである事は認めましょう。しかし、以前私がファイトした時の印象からすれば、貴女がそこまで彼に固執する理由が分かりません」

 

巻物に手を置き、目を瞑るという初めの体制に戻ったクラマ。今彼女のしていることを具体的に説明するならば、それは他者の視界を自身も共有する、いわゆる視界ジャックと呼ばれるもの。

 

原理は全くもって不明だが、ケンタとフェイも以前に同じ体験をしていた為、特に怪しむことも無くクラマの行いを指摘した。

 

遠回しに非難されたクラマであったが、特に動じることも無く、むしろ二人の物言いを滑稽に思ったのか、含み笑いを浮かべながら口を開いた。

 

「おぬしらは全く分かっておらん。椿ノブヒロというファイターがどれほどの潜在力を纏っておるのかを。あやつが自身の力を最大限に発揮出来るようになった時、その絶大な力はあの狭間シンジをも凌駕するじゃろうて」

 

「流石にそれは持ち上げすぎなんじゃ無いかなぁ?大体、そんな原石をトキ君がほっとくとも考えにくいし」

 

「……紅ケンタに賛同するのはあまり気が進みませんがその通りです。不適合者である彼が、恐れ多くも世界最強の狭間シンジ殿を超えるなど、信じられません」

 

「疑り深い奴等じゃなぁ。そんなに言うのであればおぬしらも一緒に見るがよい。以前にやった時と同様、わっちの手におぬしらの手を重ねれば椿ノブヒロの視界をジャック出来る」

 

クラマは振り返り二人にそう言うと、颯爽とクラマの側まで走り寄ったケンタは、早々にクラマの手に自分の手を重ねる……

 

「えっ!?良いのかい!?またクラマちゃんのプニプニのお手手を触らせてもらえるなんて光栄だなぁ……いててて」

 

「おぬしはフェイの上じゃ。またわっちの手を舐め回すように触られたのでは堪らぬからな」

 

その瞬間、クラマのもう一方の手で手の甲を抓られたケンタは、残念そうに肩を落とした。

 

「えぇ、そりゃ無いよクラマちゃーん。僕そんないやらしいことしないのにぃ」

 

「盾となるのが我が勤め。醜き者からクラマ殿の美しき手をお守りしましょう。しかし、前から気になっていたのですがこれは一体どういう原理で他者の視界を共有しているのでしょう?」

 

ケンタを軽蔑の眼で一瞥し、そう問いかける。クラマは少し唸りながら考えると、上手い誤魔化し方を思いついた彼女は悪戯っぽく笑った。

 

「ふむ。では聞くが、おぬしらは自分達の能力がどういう原理で起こっているのかわかっておるのか?」

 

「神の加護です」「呪いだわな、こりゃあ」

 

フェイは心臓に手を添え、ケンタは手錠をしている右手を見ながら二人同時に答えた。

 

「これもそんなところじゃ。わっちらが簡単に認識出来るものではないのじゃよ。この“アルス・フラグメント”というのはな」

 

どことなく悲しげな表情で呟くクラマ。フェイはその表情を見逃さず、右腕を伸ばしクラマの手に重ねた。

 

「申し訳ありません。どうやらクラマ殿を困らせてしまったようですね。以後、このようなつまらない質問をしないと誓いましょう」

 

「うぬ、そうしてもらえるとわっちは嬉しいぞ」

 

「僕は完全に除け者ってことかい。辛いねぇ……」

 

二人が笑顔で見つめあっているのを見て、ケンタは虚しそうに首を振った。

 

「何をぼさっとしておる。おぬしもさっさと手を重ねぬか」

 

「はいはい、わかりましたよっと」

 

クラマにそう指摘され、ケンタは露出している左腕のほうでフェイの上に手を重ねた。

 

 

 

「さぁ、目を瞑り、刮目することじゃ」

 

どう聞いても日本語としておかしいクラマの言葉であったが、ケンタとフェイは特にそれを指摘することもなく目を瞑る。

 

二人と同様にクラマも目を瞑る。これからの展開を思い浮かべてか、自然と彼女の口元が緩んだ。

 

「このファイトで、おぬしらの評価は180度一転する。“適合者に通ずる不適合者”椿ノブヒロの開花によってな」




やっと久しぶりにファイト出来ると思ったら色々と下準備を忘れていたことに気づいてまたもや設定を考えるのに追われて更新が遅れてしまいました……。

次回こそはファイトに入っていきますので、当時のノヴァVSスパイクの懐かしさを思い出しながら早い更新を心がけます!お楽しみに!

後どんな内容でもいいので感想とかもあったらよろしくお願い致します!

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