先導者としての在り方[上]   作:イミテーター

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出会い

「ふーん、わたしの助けはいらないってわけ?」

 

「……あれ?」

 

不機嫌そうな声が耳まで届き、俺は現実に引き戻された。

 

一定のリズムで振動する身体、おもむろに覗いた窓の外を確認した俺は、今自分が電車に乗っていることを理解する。

 

そんな時、まだぼんやりとしている俺の頭の中で一番最初に思い浮かんだことは「何故電車に乗っているのか」ということだった。

 

たしか俺はアネモネのショップ大会を辞退して、その後大会でクリアとファイトする為に他のショップを探そうと……、

 

「ふーん、今度は無視ってわけ。随分と偉い御身分になったのね?ノブ」

 

俺の眠りを妨げた声が再び響く。

 

心地のいい声質に非常にリズムカルな抑揚。まるでニュースキャスターのような滑舌の良さを感じた俺だったが、この声の主は明らかに俺に対して何か不満を感じている。それも、二回目の声は最初の時に比べて更にレベルが上がっている?

 

まだ寝ている脳みそをそのままに、俺は自分の名を呼んだ方向へと無意識に頭を向ける。

 

ド派手な金色の髪を肩甲骨まで伸ばしたハーフポニーテール。俺の隣に座っているその少女は、笑みを浮かべてはいるがその青い瞳は全く笑っていなかった。

 

「わ、悪い……!俺、さっきまで寝てたせいでどうしてそんな形相で俺のことを見てるのかが全く把握できてないんだけど……」

 

彼女の顔を見た瞬間、これまでのことを超速理解した俺は、反射的に座席の上で正座し土下座をしていた。

 

 

 

ショップを出て特に宛がなかった俺は、以前知り合った彼女に連絡を取った。

 

歳は俺と同じ16歳ということらしいが、何でも既に声優の仕事をしているらしく、アニメなどの仕事でたまにヴァンガードに関する話を耳にしていることもあって情報にはかなり強いということだ。

 

それを以前に聞いていた俺は、藁にも縋る思いでどこかにまだショップ大会を開催していないショップがないか尋ねた。

 

流石に全国に数多あるショップのことを一つ一つ把握することは出来ないということだったが、一つだけ顔の聞くショップがあるということで、途中で合流した彼女と共に目的に向けて電車に乗り込んだ。

 

ショップを出てすぐに向かうということもあって、全く寝る時間の無かった俺の睡魔は躍動し、一先ず手がかりを見つけたという安心感からそのまま眠っていたんだろう。

 

そう、ここまでは思い出せた。だが、どうして土下座しなければならない状態になっているのかがわからない。

 

何か寝言で失礼なことでも言ったのか……?しかし、自分がどんな夢を見ていたのかは思い出せない。そもそも、夢の中であろうとそんな失礼なことを言うことなんかそうそうないはずなんだけどな……。

 

顔を突っ伏して全力で考える俺を、彼女は疑念を抱いたような視線を俺に突き立てながら更に追求してきた。

 

「ふーん、寝言ね。それにしては随分と長台詞だったと思うけど?」

 

「マジでか、俺なんて言ってた?」

 

間違いない、それは寝言だ。しかし彼女を不満にさせ、かつ長台詞とは一体どんなことを俺は口走ったんだ?

 

そんな好奇心を胸に秘めながら問いかけると、彼女は呆れたような表情で首を振った。

 

「『力を借りようとは思わねぇ!』とか『あんたに望むことは何もねぇ!』だとか、しまいには『俺の前からいなくなれ!』なんて叫ぶもんだから、近くにいたわたしも恥ずかしいったらありゃしない」

 

「マジでか!うわ、はっずかし……」

 

俺は周りをキョロキョロと見渡しながら赤面する。

 

不幸中の幸いとしては、今自分の座っているところがペアの座席だったこと。そして乗客もあまり乗っていなかったことだ。

 

もしこれが大勢の人が座る列の座席だった場合、俺は彼女に見捨てられそのまま醜態を晒し続けていただろう。

 

「マジマジよ!一体どんな夢見たらそんな寝言が言えるのかこっちが知りたいくらいよ」

 

そんな俺に、彼女はあり得ないというような表情で呟くと、背もたれに体重を乗せた。

 

まぁ、確かに寝言でも長台詞を叫んだりするなんて状況はそうそうお目にはかかれないだろうからな。

 

彼女と同じように共感する最中、よくよく考えてみると自分の言った言葉に覚えがあった。

 

あまりいい思い出では無かった俺は、当時のことを思いだし思わず悪態をついた。

 

「くそ、なんで突然そんな夢を……」

 

「なんか言った?」

 

「いや!なんでもない!とりあえず俺が悪かった!今度罪滅ぼしすっから許してくれよな!な!」

 

下手に追求されたくなかった俺は、捲し立てるように許しをこう。変な言い訳して悪化しても困るからな。

 

そんな俺の思惑は何とか通り、彼女は澄まし顔で問いかけてきた。

 

「まったく、わたしがこんなことで本気で怒ると思ってるの?」

 

「いや、沸点が高いのか低いのかよくわかんねぇから何とも……っていうかガチで怒ってなかったのかよ!?」

 

「まぁいいわよ。許してあげるから今度何かおごってよね」

 

「マジでか……」

 

「マジマジよ~」

 

そんな話をしながら俺は電車の旅を満喫していた。

 

少女との会話の中で、俺は感謝と疑問の二つの感情がが入り交じっていた。

 

もし彼女がいなければ、俺は自分のわがままのせいでこのヴァンガードチャンピオンシップという機会を無下にしていただろう。

 

そういう意味ではとても感謝しているが、どうして俺のわがままにもこう文句も言わずにきいてくれるんだ?

 

声優としての人気もあるし、俺から見ても美人だし、カードショップにでもいけば直ぐに友達も作れるだろう。

 

にもかかわらず、彼女はあっちこっち転々としている俺によく声をかけてくれるし、近くまで寄った時にはよくファイトを申し込んできた。

 

俺に負けず劣らずの戦闘狂であることは間違いないが、ここまで気にかけてくれる理由が俺には見当つかなかった。

 

おもむろに俺はポケットの中にあるデッキケースに触れる。その中にはデッキと一緒に、彼女から貰ったとある紙が入っていた。

 

 

 

 

  *  *  *  *  *

 

 

 

ヴァンガード初の大規模大会、第一大会ヴァンガードチャンピオンシップ。

 

昔からカードゲームに対して興味を持っていたノブヒロは、すぐにこのカードゲームにハマり、前々から発表されていたこの大会に大きな期待を膨らませていた。

 

自分の知らない戦術、ファイター、劇的な逆転劇etc.

 

様々な展開が予想される大会に、彼は早速行きつけのカードショップで参加を志望。そして待望の第一回ヴァンガードチャンピオンシップは開幕した。

 

しかし、いざ箱をあけてみると彼の期待とは大きく異なった形で本質を現し始めた。

 

運ゲーの要素の高いこのゲームでは、そこまでファイター間での力の差を広がりにくく、初めての公式最大規模の大会もあって、多くのファイターは優勝を目指して勝利に執着する。

 

その思いによって生み出されるものは焦りと苛立ち。

 

ショップ大会が始まり、普段とは違う知り合いのファイター達の態度に、ノブヒロはその本質を徐々に理解していってしまう。

 

普段は様々なクランを使用していたファイター達が、こぞって当時環境のクランであるロイヤルパラディンを使用。冗談を交わしながら楽しくファイトしていた頃とは一転、地区大会への権利を巡るギスギスとした強奪戦が展開されたのだ。

 

しかし、ノブヒロは始めに持っていた期待を捨ててはいなかった。

 

きっとここのショップが特別だったのだと、地区大会に行けば楽しいファイトが出来るはずだと。

 

その思いからノブヒロはなんとか勝ち残り、次の地区大会へと足を進めが、結果はショップ大会と変わらなかった。

 

相も変らぬロイヤルパラディン一色の環境。悪化していくファイターの態度は、あたかも現実を突きつけるようにノブヒロの気分を削いでいった。

 

繰り返される舌打ちの嵐、殆どのファイターは礼節を弁えることなくファイトを進行し、しまいにはカードに罵声を浴びせる始末。

 

そんな現状に、遂に彼は楽しくファイトすることを諦めた。何も考えず、ただ黙々とカードを滑らせる。勝とうが負けようが、その後には何も残らない。

 

そんな状態でなお、彼は決勝トーナメント予選にまで上り詰める。一体何人の相手とどんなファイトをしたのか、もう覚えてはいない。

 

覚えていてもしょうがないのだから。

 

決勝トーナメント予選の場所は、世界で初めてモーションフィギュアシステムが設置されたファイターズドーム。そこに赴いた彼は、最終的に残り二勝でかのピオネール達が到達した決勝トーナメントにまで迫っていた。

 

誰一人会話をしようとはしない待合室で、それまで勝ち残っていたファイター達は自分の番が呼ばれるのを待つ。恐らくその時にピオネールの誰かもいたかもしれないが、周りの人間のことなど気にも留めてい無かった彼には誰がいたかなど覚えてはいない。

 

暫くして自分の名が呼ばれたノブヒロは席を立ち、係員からエントリーシートを受け取る。相手となる方も同じようにエントリーシートを受け取り、指定されたテーブルへと足を運んだ。

 

「はぁ……」

 

ノブヒロは重いため息をつく。

 

自分は何のためにヴァンガードをやっているのか。どうしてこんな思いまでしてこんなところに座っているのか。

 

大会にもう何の未練もない彼の眼には、もう大会を始めたころの光は宿っていなかった。

 

(……綺麗な人だな。こんな子でも、ヴァンガードやってんだな……)

 

ファイトが始まった最中、おもむろに自分の対戦相手となる金髪の少女を見つめたノブヒロは率直な感想を述べる。彼女もきっとここまで死にもの狂いでここまで這い上がってきたのだろう。そう思うと、少し微笑ましく思えた。

 

(……この子になら負けてもいいかもな)

 

ファイトに全く関係無いことを考えながらカードを操る。運ゲーとはいえ、場の状況を把握せずに勝てるほどヴァンガードが甘くはない。

 

しかし、そんな戦い方でもノブヒロは勝ち続けた。本人は特に気にも留めていないが、そんなことは本来はあり得ないのだ。

 

そしてそれは今回のファイトでも例外ではなく、少女の敗北宣言によりノブヒロは初めてファイトが終わったことを認識した。

 

どういう内容でファイトが終わったのか気に留めることなくカードを片付けると、ノブヒロはチラッと対戦相手を一瞥する。

 

「凄い、このわたしをこんなあっさり……」

 

驚きを隠し切れない様子で茫然と場を見ながら少女は小さく呟く。

 

自分がどんな立ち回りをしていたのか覚えのないノブヒロには一体彼女が何に対して驚いているのか理解してはいなかったが、今までのような感じの悪い逃げ口上がないことに彼は胸を撫で下ろした。

 

いくら慣れてしまったとはいえ、彼女のような子に悪態をつかれたら流石にショックだからだ。だからこそ、ノブヒロはこれで決心した。最後に彼女とファイト出来たことで、完全に大会への未練はないということを。

 

ファイトが終わった後の手順は、勝者が受け取ったエントリーシートを係員に渡すことで次のステップに移り、敗者は負けた段階でその場で解散。本来ならば、ノブヒロが自分と相手のエントリーシートに勝敗を記載し、お互いのエントリーシートを係員に渡さなければならかった。

 

「あっ!ねぇ!ちょっと君!」

 

「ん?」

 

デッキをしまい、おもむろに席を立ったノブヒロに少女は慌てた様子で声をかける。

 

その声に反応し、先ほどのテーブルへと視線を向けると、悪戯っぽく笑いながら二枚のエントリーシートをひらひら見せびらかす少女の姿があった。

 

「うっかり屋さんなのか知らないけど、エントリーシート忘れてってるわよ?そんな上の空じゃあわたしが勝手に勝敗書いちゃっても文句言えないわねー」

 

「……あんた、おかしな奴だな。ここまで頑張ってファイトしてきて、後もう少しのところで負けちまったっていうのに……悔しくないのか?」

 

ノブヒロは、負けてなおその天真爛漫の態度に思わずそう問いかける。

 

ファイトに負けたら誰だって悔しい。自分だって悔しい。なのに彼女からはそのような気概が全く感じられなかった。

 

「んー、そりゃあ悔しくないって言った嘘になるけど……でも悔しがったってしょうがないじゃない?悔しがったところで勝敗が変わるわけじゃないし、折角ファイトするんだったら気持ちよく終わりたいじゃない!」

 

「……っ!」

 

曇りのない笑顔で呟く彼女に、ノブヒロは強く心打たれる。

 

自分はこれまでのファイトを楽しめかった。いや、楽しもうとしなかった。何故なら相手となるファイターがそうだったから。

 

しかし、彼女は違った。恐らくここまで勝ち残るまで彼と同じように態度の悪い相手と当たってきているだろう。それでも、彼女はこのヴァンガードというゲームを堪能しながらここまでたどり着いたのだ。

 

「サンキューな」

 

ノブヒロは今までの強張った表情を解き朗らかに笑う。今の自分は、今まで嫌悪してきたファイター達と同じになっていた。

 

このお礼はそれを教えてくれた彼女への感謝の気持ちだった。

 

「別にいいわよー。こんなところで負けちゃうようじゃ、これから先もきっと勝ち続けられなかっただろうし、こんなうっかりで負けちゃったら君もショックでしょ?」

 

「いや、そっちのことじゃな……まぁいいか。そいつはあんたにやるよ。自分の勝ち星にするなりなんなり好きにやってくれ」

 

「え、それマジで言ってるの?」

 

「あぁ、マジマジだ。あんたみたいな綺麗な子とファイト出来たことへのお礼ってことで受け取ってくれ。じゃあな」

 

ノブヒロはニヤッと笑みを浮かべ、そう手を上げながら別れを告げると、歩みを進めた。

 

残された少女はノブヒロの後ろ姿を茫然と眺めた後、手に握る二枚のエントリーシートへと目を向け、フッと笑みを零した。

 

 

 

多くの車が駐車されている駐車場に佇むノブヒロ。

 

未だ活気を帯びるファイターズロードとは対照的に、今立っている駐車場は異様な静けさに支配されていた。

 

「終わっちまったな。俺の全国大会も」

 

外に出たノブヒロは、後にしたファイターズロードを眺めながらそうポツリと呟いた。

 

期待していたものとは遠く離れていたが、結果としてこの大会に出てよかった。

 

今までの自分に足りなかった物が手に入り、これでこれから先のファイトをより一層楽しむことが出来る。

 

ノブヒロはおもむろに今しがたファイトした少女の顔を思い浮かべ、思わずニヤリと笑みを浮かべると、歩みを進める――

 

「待ちなさい!そこのもじゃもじゃ頭!」

 

「誰がもじゃもじゃ頭じゃ!たしかにもじゃもじゃしてますけど……って、なんであんたがここにいんだよ!」

 

自分の気にしていることを指摘され、思わず怒鳴りながら振り返ると、そこには先ほどファイトしていた少女が肩を揺らしながら立っていた。

 

その手には、先ほどと同じ二枚のエントリーシートが握られていた。

 

「そんなの決まってるでしょ。あんたが忘れてった忘れ物を届けに来たのよ」

 

「いや、忘れてったというか、それはあんたにやるって言っただろ?」

 

「さぁねー、わたしは聞いてないけど?はい!じゃあこれ返したから!」

 

「随分と無理矢理だな……」

 

少女はノブヒロに歩み寄ると、彼の手を無理矢理開かせ、その手に持っていたエントリーシートの一枚を握らせた。

 

呆れた様子で握られたエントリーシートへと視線を向けると、自分の名前以外に見知らぬ番号が書いてあることに気づいた。

 

「なぁ、これって……」

 

それについて問いかけるノブヒロに、少女はニヤリと笑みを浮かべた後、その場で仁王立ちをしながら自分の胸に手を当てた。

 

「わたしの名前は鳴護(めいご)ライカ!それはわたしのことを綺麗って言ってくれたお礼よ。まさか、自分で綺麗って言った子の電話番号を返すなんて言わないわよね?」

 

「おいおい、それって誘導尋問じゃないか?」

 

苦笑いを浮かべながら答えるノブヒロに、さも当然かのようにライカは上から目線で答えた。

 

「当然じゃない。今優位な位置にいるのはこのわたしなんだから」

 

「それはそれは、いい女王様気質で……これじゃあ俺に決定権はないみたいだな。ちょっとそっちの紙を渡してくれないか?女王様」

 

「ん?別にいいけど?」

 

疑問に思いながらも自分のエントリーシートを渡されたノブヒロは、胸ポケットからペンを取り出すと、そこに自分の電話番号を書き記し、それをライカに差し出した。

 

「俺は椿ノブヒロだ、ノブでいいぜ。よろしくな、ライカ!」

 

「こちらこそ、ノブ!」

 

これが彼女、鳴護ライカとの初めての出会い。

 

この運命的出会いは、連鎖的に繋がり、ノブヒロを大きく左右する出会いの幕開けとなった。




説明回の次は回想回になってしまった……。

あんまり日常パートが得意ではないので早いところファイト回にしたいところです……。

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