先導者としての在り方[上]   作:イミテーター

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繰り返される問答

第二回ヴァンガードチャンピオンシップ

 

第一回から爆発的に増加したファイターがこぞって参加したこの大会は、その勢いとは裏腹にあまり大きく取り上げられることは無かった。

 

その原因の一つはピオネールの不在。

 

多くのファイターが伝説の相手と手合せし、あわよくばその称号を奪取せんと期待を膨らませ大会に臨んだのは言うまでもないだろう。

 

かく言う俺、椿ノブヒロも同じ感情を湧きたてながら臨んだもんだ。

 

しかしそこに奴らの姿は無かった。

 

トキとヒノワの二人は公式に出場の自粛を宣言。

 

シンジとリセはそもそも消息不明。

 

そんなある意味で期待を裏切られた俺たちファイター達に待っていたのは、弱肉強食の対戦方式だった。

 

第一大会での大会の試合方式は、初めにリーグ予選によって勝率の高い者が次の決勝トーナメントに上がり、そこで成績を残した者が地区大会、全国大会へと上がることが出来た。

 

しかし、第二大会ではあまりの大会参加者の多さにスケジュールが全く合わなくなり、急遽従来の試合方式から変更。

 

予選を廃止し、参加者全員をトーナメントに割り当てる方式。つまり、最後の全国大会で優勝するには全てのファイトで勝利しないといけなくなった。

 

逆に言えば、一度でも負けてしまえばそれで終わり。運ゲーであるヴァンガードで、この方式は非常に酷なものであり、例えどれだけ実力を持っていたとしても極端に運が悪ければ本来の実力を発揮することなく終焉を迎えることとなる。

 

ただ運営側にも言い分があるらしく、出来る限り多くのファイターが参加出来るようにと取った方式らしい。

 

賛否両論あるらしいが、はっきり言って俺にとっては問題じゃない。

 

どれだけ長くファイトが出来るかということと、どれだけ楽しくファイト出来るかでは全く違う。

 

たとえ一回戦目で敗け、その段階で俺の大会が終わろうとも、そこで最高のファイトが出来れば本望。

 

いつまでも変わらない俺の在り方。これからも、この在り方が揺らぐことはない――。

 

少なくとも、この大会が始まる直前まではそう思っていた。

 

 

 

「フフッ、楽しいファイトでした」

 

目の前の白黒の帽子を被った緑髪の青年、久我マサヨシは朗らかに笑みを浮かべながらそう俺に述べた。

 

第二回ヴァンガードチャンピオンシップ・地区大会、後の優勝者であるこの男に俺は幸か不幸か、初戦の相手としてぶつかることになった。

 

圧倒的ファイトセンスと適合者としての力。それを前に俺は敗北を期した。

 

「ああ、いいファイトだったぜ。けど正直、俺は残念でならねぇんだわ。あんたみたいな相手、そうはいねぇからな。出来れば、モーションフィギュアシステムを挟んであんたとこういう熱いファイトを臨みたかったんだがな」

 

俺は頭に巻いていたバンダナを解きながら呟く。

 

ファイトには満足している。負けたことも、単なる俺の実力不足だったというだけ。

 

問題はどれだけファイトを楽しめたかどうか。それに関して言えば、俺はこの大会を誰よりも楽しめたという自負はあった。

 

「それは私も同意見です。白熱した真剣勝負が迫力あるモーションフィギュアシステムを以てして行うことが出来たらと思うと、心躍ります。しかし、それは何れにも叶わぬ願いでしょう」

 

「……そりゃあ、どういう理由でだ?」

 

デッキを片付け、席を立つマサヨシに俺は理由を求める。

 

いや、聞かなくても俺はこの男が何を思ってそう言ったのかをある程度察していた。しかし、俺にも少なからず自分の実力に自信はあった。

 

背を向けるマサヨシはこちらを振り向くことなく、指を鳴らしながら口を開いた。

 

「貴方がまだまだ未熟だから。今のままの貴方では、楽しくファイトをすることが出来ても、真剣勝負までには至らない」

 

「グッ……」

 

少しの遠慮も感じない容赦のない言葉がマサヨシから放たれ、俺は思わず小さく声を漏らした。

 

そう、今の俺はまだまだ弱い。色んなファイターとファイトし、様々な経験を積んできてなお、俺はマサヨシとファイトして自分の未熟さを痛感させられた。

 

「期待していますよ?次にファイトをする時、私の全力が出せるような実力が身についていることをね」

 

デッキケースを手に取り、席を後にするマサヨシ。俺はその後姿をただ見つめることしか出来なかった。

 

このままのやり方で続けていてもこいつには勝てない。ピオネールのリセにも……。

 

「惨めじゃのう。椿ノブヒロ」

「あんたは……」

 

まるで見下すような口振りの声が聞こえ、俺は後ろを振り返る。

 

あまりにも目立ちすぎる黄色の袴の巫女服と腰まで伸びる茶色の髪、以前に会った時と全く同じ姿のその女性は、誇らしげに金色の瞳をこちらを向けながら立っていた。

 

たしか、名前は久留麻クラマとか言ってたか。

 

「また現れたのか。相変わらずそんな恰好で恥ずかしくないのか?」

 

俺は呆れながらそう問いかける。

 

ここはファイターズドームの二階のファイトスペース。当然、他にも大会に参加しているファイターや観客もいるわけで、この巫女様の圧倒的存在感は視線を集めるには十分すぎるほどの効力を発揮していた。

 

しかしクラマは少しも恥ずかしがる素振りも見せず、腰に手を当てながら口を開いた。

 

「安心するがよい、普段からこんな恰好はしておらん。そんなことより、お主に耳よりの情報があるのじゃが……」

 

「悪いが、お前に用なんざ何もねぇよ。さっさと帰った帰った」

 

姿も変わらないが、言う事も変わらないな。

 

前に会ったのは第一回大会の終わり頃。試合会場を後にする時にこいつは現れたんだったか?

 

俺はクラマの声に耳を貸すことなく立ち上がり、結果を報告する為に吉田君の元へと歩き始めた――

 

「……今のままではお主はいつまで経っても久我マサヨシには勝てぬぞ?」

 

「なんだと?」

 

フッと笑みを浮かべながら呟くクラマに、俺は歩みを止める。

 

こいつは俺とマサヨシのファイトを見ていたのか?いや、今はそんなことは問題じゃねぇ。

 

何を根拠にそんなことを言い出したのかを確かめる必要がある。

 

普段の俺なら特に気にしなかったかもしれないが、その時の俺は今のファイトにとことんナイーブになってしまっていた。

 

「どうしてあんたにそんなことがわかるんだよ。ヴァンガードは運ゲーだ。今回は負けちまったが、また何回かやれば俺だって……」

 

「さっきもあやつが言っておったであろう?本気ではないとな。しかもあやつが出していたのは8割や7割というレベルではない。3割か4割……少なくとも、あの久我マサヨシという者は本来の半分の力を発揮することなく、お主を屈服させたのじゃ。ならば、どれだけ運が悪かろうと10割の力を発揮させればお主など目ではないわ」

 

まるで俺を怒らせるような言い方でクラマは言った。

 

その効果は俺には効果覿面で、彼女の思惑通り頭に血が上った俺は、いかつい表情を浮かべながらクラマに歩み寄った。

 

「それはあんたのいう適合者の力か?そんなわけのわからない力が、この運ゲー超越すると言いたいのかよ」

 

「当然じゃ。でなければ、ピオネールが英雄として語り継がれることもないからのう。かくいうわっちも適合者であるから、何度やってもお主には負けることはないじゃろうな」

 

「……何が何でも引くつもりないんだな。あんたはよ」

 

この巫女様は完全に俺を乗せて自分の口車に合わせたいようだ。

 

クラマの要件は既に知っている。というより、俺はそれを一度断っている。

 

「にはは。なんじゃ、よく分かってるではないか。ならば、もう一度お主の問おう」

 

悪戯っぽく笑うクラマは、そう言いながら俺に手を差し出す。喋り方は年寄り臭いが、その手は子どもと変わらない艶のある温まり包まれていた。

 

「わっちと共にフーファイターズへこい。さすれば、お主にも適合者としての力が備わるじゃろうて」

 

以前と全く同じセリフ。同じ仕草。

 

彼女の声に俺を貶めようという感情は一切ない。むしろ、俺に力を貸したいという善意の心がひしひしと伝わるのを感じる。

 

わざわざ俺をあちらこちらと探し回り、俺の為に力を貸そうとするこの女性を、完全な善人であると俺は認知している。

 

それでも、俺の答えは変わらない。

 

「悪いけどな、その答えはノーだ。そんな力に頼ってたら楽しくファイトなんて出来ないからな」

 

「またその返答か。全くお主の言い分には理解に苦しむ。ファイトなど、勝ってなんぼのゲームであろう?」

 

「別に理解してもらわなくても構わねぇよ。ゲームってのは本来楽しむ為にやるもんだ。たとえ勝負だとしてもな」

 

「なるほど、それなりの価値観は持ち合わせているようじゃな。しかし、お主の考えには些か矛盾があるのではないか?」

 

「何!?」

 

挑発的に言うクラマの態度に俺は思わず怒鳴った。後から思うと、柄にもないこともそうだが、人の眼を気にせず先走った行動をしたことに俺は心底後悔した。反省もしてる。

 

しかし自分の心意気を馬鹿にされ、元々頭に血が上っていたこともあり、その時は周りのことを全く意識することができなかった。

 

「ならば問おう。今しがたファイトしていた久我マサヨシ。果たして彼は今のファイトを楽しくすることが出来たのかのう?」

 

「っ!?それは……」

 

今までの威勢が嘘のように黙りこくる。

 

おもむろに、俺の頭の中で去り際に放ったマサヨシの言葉が思い浮かんだ。

 

「勝負というものは非情じゃ。負けた者は否が応でも劣等感を覚え、たとえゲームであっても悔しいものじゃ。お主のような者はそれこそ珍しい。しかし、マサヨシは勝利した。だがあやつの表情からは、どことなく不完全燃焼な面持ちが伺えたようじゃが?」

 

「……それは否定しねぇよ。実際、あんたが言うようにマサヨシは本気じゃなかった。本人もそう言ってたしな」

 

「じゃろうな。では、それを聞いてお主はどう思った?お主は手を抜かれた相手に負けた。そして、その相手も満足にファイトを楽しむことが出来なかったと見える。そんな中で、お主は本当にファイトを楽しく出来たのかのう?」

 

心に響くクラマの問い。

 

今までに多くの相手とファイトをしてきた。ファイトの回数なら誰にも負けない自信がある。

 

勝ったことも、負けたことも、俺は全てを受け入れてきた。だからこそ、俺はここまで強くなれたと信じてる。

 

誰かに力を分けてもらおうとは思わない。どんな時も、俺は一人で全てやってきた。

 

 

俺はクラマに背を向け口を開く。このまま面と向かっていたら、言いたいことも言えないと思ったからだ。

 

「たしかに、今回のファイトで俺はいつもみたいに楽しくすることが出来なかったかもしれない。けど、だからといってあんた達の力を借りようとは思わねぇ!俺があんたに望むものは何もねぇ!頼むから、さっさと俺の目の前からいなくなってくれよ!」


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